Sense313(改訂版)
本日、10月20日にOnly Sense Onlineの7巻が発売です。どうぞ、よろしくお願いします。
12月31日:長らくお待たせしました。取り下げていた内容の改訂が終わりました。お楽しみ頂けたら幸いです。
俺は、城壁を登る階段を軽快に登って行き、最上層の城壁の上へと顔を出す。
「おっ、嬢ちゃん。どうした?」
城壁の出口付近には、空からの攻撃を警戒していたミカヅチが先に俺の姿を見つけて、声を掛けて来た。
「一応様子見かな? それと差し入れの食べ物を持ってきた」
「おお、ありがたいな。城壁の上は、移動が面倒なのもあるから上手く交代ができずにいたんだ」
嬉しそうにするミカヅチは、その周囲に居るプレイヤーたちに声を掛けて、休憩の順番を決めて集まって来る。
俺は、その休憩するプレイヤーたちの前にインベントリから取り出したピザを置きながら、タクの姿を探す。
「どうした? 嬢ちゃん」
「だから、嬢ちゃんっていうなよ。昨日は、タクが居たけど、今日は別の配属か?」
俺の答えに視線の意味に気が付いたミカヅチだが、その表情は、ニヤニヤとした感じで俺を見ている。
「なんだ? 様子見と差し入れは建前で、本命は、タクに会いに来たのか?」
「違うからな。俺は、ただ「――ただ、なんだ」――ってタク!? 後ろに立つな!」
咄嗟に振り返った先には、タクが立っていた。
驚き、両手にピザの乗った皿を持っていたために、バランスを崩して落としそうになるのをタクが皿ごとキャッチする。
「おっ、差し入れか。旨そうだな」
「あ、ああ。昨日は、ここに居た人たちにもお世話になったから差し入れだ」
タクは、キャッチしたピザの一切れを手に取り、早速食べる。
インベントリに入れたので熱いまま保持されているピザを美味しそうに食べる。また、タクの手に取る皿からミカヅチも一切れ取っていく。
「うまいなぁ。ただちょっと油っこいから炭酸飲料が欲しくなるなぁ」
「ほうほう、確かにうまいな。私は、白ワインでも飲みながら食べたいな」
「酒とか炭酸って太りそうな組み合わせだな。まぁ、さっぱりとした紅茶なら用意できるけど、必要か?」
俺が尋ねると、二切れ目のピザを手に取るタクとミカヅチが頷くので、インベントリに入れてある水筒から紅茶を注いで渡す。
タクやミカヅチ、その他の東側の城壁上で対空警戒していたプレイヤーたちにもピザを渡すが、それでも全員に行きわたらないので、【アトリエール】の商品にもしているサンドイッチを不満が出ないように配る
ただ、どうしても人数が多かったので、満足する量を渡せなくて申し訳ない気持ちになるが、全員から感謝される。
「これでもうしばらく戦えるな!」「城壁の上で料理は用意できないし、移動や交代に手間が掛かるからな」「保存食っぽいもの持ち込んで食べるよりもちゃんと温かいもの食べると気力も湧くな」「なにより美少女の手作りだ。役得って奴だ」
みんなが褒めるのに、嬉しいのだが、一部の発言に対して俺は男だ! と内心でツッコむがそれすら聞き入れられない状態だ。
俺は全く、と溜息を吐いてから改めてタクに向き合う。
「さっきまで居なかったけど、タクはどこに行ってたんだ?」
「俺は、防衛用の道具をチェックしていた所だ」
「ふーん。そうなんだ。でも今使わないのか?」
「昨日と変わらず空からの攻撃が多いからな。場面が違うんだ。城壁に取り付いた敵MOB用への攻撃アイテムがメインだから出番はないな」
そう言って、指折り数えるタクの並べるアイテムに俺は、真剣な表情で聞いていく。
「火炎瓶だろ、後は加熱設備とそれに煮られる鉛や油、投石のため岩とか、色々だ」
「あー、全部、【アトリエール】でも作れる物だな」
火炎瓶は、火山エリアの【火山地帯の炎熱油】を瓶詰して瓶の口に敵からのドロップである繊維系アイテムでも詰めておけば作れる。
鉛も先日、タクたちと倒した偽金貨の地縛霊が大量に鉛を残している。投石のための岩も【錬金】センスを使えば、石を纏めてある程度大きな物に作り変えられる。
どれも素材があれば、作るには大した手間にはならない。
「ストックはどれくらいあるんだ?」
「そうだな。一応、防衛半日分くらいはあるんじゃないのか?」
「じゃあ、俺の手持ちを少し補充していいか?」
「それなら、私が案内するわ。ギルドの代表として渡したから場所を知っている」
よっと、と軽い掛け声と共に立ち上がるミカヅチが、城壁の内部へと降りる階段を進んでいく。
「どうした? 着いて来ないのか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「ユンとミカヅチさんもいってらっしゃい。こっちは俺が監視しているからな」
そう言って、タクは、戦場の方へと目を向けている。
俺は、ミカヅチの後を追い、倉庫代わりの一室に案内される。
「ここに置けば、必要な時、誰かが持っていくから」
「ほぉ、一応は整理されてるんだ」
部屋が三か所に分かれており、油壷、鉛、投石が置かれている。
俺は、その置き場所に従い、自分のインベントリにあるアイテムを取り出す。
「そう言えば、使わなかったらどうなるんだ?」
「後で残った分をきちんと配分して戻すから。ほら、ちゃんと預けた量が記録されている」
そう言って、入り口付近で腕を振ると、メニューが現れ、アイテムの出入記録が表示されている。
「ほら、心配ごとがなくなったことだし、上に戻るか」
「そうだな。ミカヅチ、案内ありが――」
俺がお礼を言おうとした時、ずん、と下から突き上げるような衝撃を覚える。
「――っ!? なんだ! また新しい城でも現れたか!」
イベント開始直後、空を切り裂いて現れた異次元の魔女の城の出現に似た現象に声を上げるミカヅチ。
「とにかく上に戻ろう!」
俺の言葉に弾かれるように駆け出すミカヅチとその後を追って、城壁の上へと向かう。
そして、城壁の上で見たものとは――
「はははっ、空間切り裂いて登場の次は、大地に巨大な魔法陣かよ」
城壁の上から一望する東側の平原では、平原一杯に描かれる赤い線が走り続ける。徐々に完成に向う六芒星の魔法陣に対して、その内部にいるプレイヤーたちは、突然のことに混乱すると共に、敵MOBの様子がおかしい。
「タク! こいつは、どうなっている!」
「分からない。何せ、唐突な出来事だからな。何がトリガーになって居るのか不明だ。それより、ユンは何か分からないか」
「ちょっと待て!」
俺は、【空の目】の遠視能力を駆使して、平原の様子を観察した結果を報告していく。
「魔法陣内部のプレイヤーのMPが減少している!」
「何か、ヤバそうだけど、この場合、阻止できるのか?」
俺は、分からない、と首を振る。
何が条件でこの六芒星の魔法陣が生み出されたのか、不明である。そして、魔法陣が続く限り、プレイヤー側のMP減少が続くこの状況。
徐々に完成に向う魔法陣に危機感を覚えたプレイヤーたちは、目につく敵MOBを攻撃するが、それでも魔法陣の完成は収まらない。
「どうすることもできないか」
ミカヅチの呟きが周囲に異様に響く。
城壁の上と平原では距離があり、俺たちは、ただ指を咥えて魔法陣の完成を見守る。
そして、赤い六芒星の魔法陣の線が全て繋がり、一際強い光が生まれるとともに、地面から暗黒が湧き出す。
暗黒は、泥のような粘度を持ち、それが徐々に硬度を増して形状を変化させ、新たなMOBが姿を現す。
「――ナイト・ゴーンド」
遠視能力で確認した敵MOBの名前を呟く。
ツルリとした漆黒の外皮に覆われ、蝙蝠の翅と尻尾を持ち、鋭い鉤爪を持つ悪魔。
後頭部が異様に長く発達し、口元に牙が並んでいる。
それらが、一斉に空へと飛び立つと、様々な場所へと散っていく。
平原に、城壁の上に、周囲の森の中に、城壁内部へと――そして、ナイト・ゴーンドの二体が俺たちの前に降り立つ。
『――我らは、戦場に流れた血と人間の心から湧き出すイドを糧に呼び出された』
『――異次元の魔女により呼び出された悪魔。我は、契約を履行する』
「こいつら、喋るぞ!」
喋るMOBなんて、珍しいために、俺が驚愕に声を上げるが、タクとミカヅチの二人は、ナイト・ゴーンドの言葉から別の意味を読み解こうとする。
「戦場に流れる血ってことは、敵MOBが一定の討伐数になると発生するのか」
「後は、人間の心から湧き出すイドってのが、MPだな。その条件を満たしたら発生する敵MOB追加イベントか」
「いやいや、落ち着いている場合か! 色んなところが襲撃されているぞ! それにレベル差があるのに、こんな強そうな奴が低レベルのプレイヤー混じるフィールドに出現してるんだぞ!」
平原のフィールドを見た限り、他のナイト・ゴーンドと対峙しているプレイヤーには、ミュウたちのパーティーやセイ姉ぇたち魔法部隊、レティーアの使役MOBを追跡したりと今回のイベントで主戦力とも言えるプレイヤーたちを襲っていた。
『――安心するといい、人間の小娘よ。異次元の魔女との契約により、汝らを倒す』
「誰が小娘だ! 俺は、男だ!」
『――女、子ども、老いも若いも強いも弱いも倒す』
「あー、うん。それってつまり……」
『『――皆殺しだ』』
「全然、安心できねぇ」
俺は、二体のナイト・ゴーンドの台詞を聞いて一歩引く。
城壁内側の町中や城壁外のフィールドの各地でプレイヤーが無差別に襲われているが、唯一、イベント中のリスポーン地点である教会には集まっていないようだ。
つまり、戦場に出たプレイヤーが狙われるので会って、倒されてデスペナルティーを受けたプレイヤーがすぐに巻き込まれて倒されないように配慮された配置になっている。
ならば、俺は、早々にこの場から離脱して、リスポーン地点の教会へと逃げ込めば、戦いに巻き込まれないはずだ。
『さぁ、我らが魔女との契約を履行するために倒させて貰うぞ、人間ども』
「ユン、来るぞ! エンチャントによる支援を頼む」
「嬢ちゃんは、全力で私たちのバックアップを頼む!」
「……え、ええ。マジかぁ」
まさか、こっそり逃げ出そうと後退する俺に対して、ナイト・ゴーンドたちを警戒するタクとミカヅチが背中越しに声を掛けて来た。
ここで二人に頼まれた支援を頼られている。つまり、二人の頭の中では、俺のエンチャントを込みした戦闘が構築されていることになる。
もし、俺がそれを無視して、逃げ出したら多分二人の考えている戦闘プランが崩壊するだろう。
「ちくしょう。敵から逃げられないだろぉぉっ!」
城壁の上から俺の叫びが響くのだった。