Sense308
「ここに居ると戦場の様子が分からないな」
城壁の内部で次から次へと料理を振る舞い、訪れるプレイヤーの波状攻撃のような襲撃に耐える。
遠くでは、戦闘音が響くが、後方支援のプレイヤーには全く状況が分からない。
たまに、満腹度の回復で戻って来たプレイヤーたちの情報を断片的に繋ぎ合わせるが、互いにプレイヤーとMOBの軍勢が正面からぶつかり合っているところらしい。
そして、少しずつ増える死に戻りのプレイヤーたちは――
「次! 四番テーブルにこの料理を運んで!」
「は、はい! ただいま!」
出来上がった料理を順次各テーブルに運ぶ手伝いをしている。
「まぁ、一時間のステータス低下のデスペナルティーの仕様変更は当然だよな」
イベント中のデスペナルティーの仕様変更は、死に戻りしても再び突撃を繰り返すゾンビアタック防止のための措置だった。
倒されたプレイヤーは装備センスのレベルによって、デスペナルティーの時間が決まる。また、デスペナルティーの効果は、武器による攻撃判定の消失、ステータスの低下、攻撃系スキルの仕様制限などが上げられる。
レベルの低いプレイヤーほど戦線復帰しやすく、レベルの高いプレイヤーほど復帰しにくいシステムは、レベルの高いプレイヤーたちが主導権を握る戦いにならない措置だろう。と予測している。
そして、現在デスペナルティーを受けているプレイヤーは、やることがなく、こうして手伝いをして貰っている。
「ユン。こっちのテーブルの手伝いは、もう必要ない。俺たちは、城壁の上に移動するぞ」
「城壁の上?」
「ああ、一番に戦場を見回せる場所だからな。お前が活躍できる場所の一つだ」
マギさんやリーリーも初動の支援体制の確立が終わり、手が空いたところでクロードが俺たちを誘ってくる。
俺とマギさん、リーリーは、この場を他のプレイヤーたちに任せて、城門の脇にある普段は閉ざされている螺旋階段へと向かう。城壁の上部へと繋がるそれをクロードたちと共に登れば、戦端の開かれた戦場が一望することができた。
「……これは、凄い数だな」
見渡す限りの多種多様なMOBの軍勢とプレイヤーたちがぶつかり合っている。
その奥には、異次元の魔女の城である灰色の城が聳え立ち、その城の城壁からは飛行型MOBも飛び立っている。
「そうだろ? 戦力差は、プレイヤーに対して、MOBの数は、三倍以上だ。まだまだ強いMOBが後方に控えている」
「これが左右に展開して、南北の城門を責め始めたら、戦力を分散する必要もあるな」
「タク、それにミカヅチ!」
目の前の戦場の様子に圧倒されて、気が付かなかったが、この場にタクやミカヅチ。他にも何人ものプレイヤーたちがいる。
どうして、ここに、という疑問に対して、クロードが答えてくれる。
「城壁の上で飛行MOBの迎撃戦力ってところだな。ある意味、最終防衛ラインだ」
それに、盤上から眺める戦場が最も楽しいからな。とクロードの言だ。
「最終防衛ライン。って……」
俺は、眼下に広がる戦場を【空の目】で一望する。
まさに、プレイヤーとMOBの軍勢がラインとなって敵を押し留めている。
剣戟と閃光がチラつく戦場には、プレイヤーたちの怒号が響き渡るが、その中で見知ったプレイヤーたちを何組か見つける。
「ああ、ミュウたちがあんなに敵陣に食い込んで囲まれてるのに、平然と包囲網を食い破ってるよ」
ミュウたちは、パーティー単位で敵陣に突っ込み、誘い込む形の包囲網を蹴散らしていく。
嬉々として斬り掛かるミュウやその背中を守るルカート。ヒノが大槌で纏めて叩き潰し、それを抜けて近づく敵を背後から静かに斬り捨てるトウトビ。
爆炎と暴風で防衛網の一角どころかその後ろに詰める敵すら火災旋風で巻き込むリレイとコハク。
相変わらず、すげぇ。と思いながら、戦場の後衛に目を向ければ、ミニッツやマミさん、セイ姉ぇが後方から魔法による遠距離支援で頭上を飛び越えて、上空から襲う飛行MOBや前衛を超えた奥のMOBへと攻撃を加えている。
そして、最も目立つ場所では――
「レティーアとエミリさん。凄い目立つ」
大型の使役MOBの巨象・ガネーシャのムツキの背に乗り、ただ練り歩くだけだ。だが、その巨象の足元では、MOBたちが踏み潰され、蹴散らされ、隊列を乱されて、その後にプレイヤーが殺到して、綺麗に残党を処理している。
また、そんなレティーアに付き合う形で銀色の巨人であるシルバーゴーレムの肩に乗って同じように練り歩くエミリさんも見て取れる。
敵からのヘイトを集め続ける二人だが、それすら弾いて爆走して、整列した陣形をガタガタにしていく。
「ユン、呆けてないで、お前の活躍の機会だろ」
「そうだな」
俺のキャラは、今も昔も変わらず、サポート気質だ。そして、この場面で最もそれが活用できる。
「《空間付加》――アタック、ディフェンス」
【空の目】による複数プレイヤーへと対象として二重のエンチャント。
選んだプレイヤーは、突出しすぎて後退ができなくなっている一団を丸ごと強化した。急なエンチャントのエフェクトに驚くが、それでも継続される戦闘に剣を振り続けるプレイヤーたちだが、すぐにエンチャントの効果に気付き、底上げされた力を使って、次々に包囲網を崩して脱出していく。
「いやいや、嬢ちゃん。お見事だ」
「うむ。今回ばかりは、ユンを後ろで待機させるのは宝の持ち腐れだな」
「やめろ。俺が凄いんじゃなくて、脱出できたプレイヤーたち本人が凄いんだよ!」
うんうん、と頷く褒めるミカヅチとクロードの言葉に恥ずかしいやら、こそばゆく感じ、視線を逸らす。
その間にも、撤退戦をするプレイヤーたちを見つけては、エンチャントを掛けていく。
俺が行うのは、異次元の魔女の軍勢を打ち倒すサポートではなく、一人でも多くのプレイヤーが死に戻りしないための守りのサポートだ。
「俺なんか凄くないって、実際に下では、体を張って守っている奴らが居るんだからな」
そうして見下ろす先では、ケイのような有能な盾職たちが、深く入り込み過ぎたプレイヤーや強めのMOBを誘い出してしまった時に、身体を張っての殿をしている。
一番にリスクが高い場所で戦っている彼らの方が、安全な場所にいる俺の何倍も凄い。と思いながら、彼らには念入りに三重のエンチャントを施していく。
「なんか、こうして奮戦しているのを見ると一暴れしたくなるな」
「ミカヅチ。俺たちは、上空を抜けて来る飛行MOBの相手だろ。ほら、言ってる傍から来た」
そう言って、タクの指差す先では、皮膜を広げて空を飛ぶ一匹の飛竜がいた。
飛竜の亜種MOBであるスパイクテール・ワイバーンというMOBがこちらに狙いを定めて一気に滑空してくる。
「な、何か来た!」
「ユンくん、こっちに避難!」
そう言って、マギさんに案内されるように、俺たち生産職は、城壁の上部へと登る階段へと戻り、避難する。
『Kyaaaaaaaaaaaa――』
甲高い怪鳥のような声と共に、城壁の上部に向けて飛竜のブレス攻撃が放たれる。紫色の毒々しい色の吐息が階段に隠れた俺たちの頭上を這うように広がり、その直後に飛竜が、城壁の足場に着地したのが見える。
「ひぃぃぃっ!? だ、大丈夫なのか!?」
「大丈夫だと思うよ。ほら――」
そう言って、覗くようにして、階段から頭を少し出して確かめれば、タクとミカヅチ。その他数名の待機していたプレイヤーたちが飛竜相手に善戦している。
「お前ら、吹き飛ばされて、城壁から落ちるなよ! 落ちたら、助からないと思え!」
「ほら、そんな攻撃当たるかよ。翼は貰ったぞ!」
ミカヅチが真正面からワイバーンの脳天をかち割りに掛り、タクが体を低くして、ワイバーンの足元を走り抜ければ、足の腱と皮膜を二本の長剣でズタズタに引き裂いていく。
特定MOBは、一定のダメージを与えることで行える部位破壊。ワイバーン特有の機動力は、城壁に降り立った瞬間に狙い澄ましたような部位破壊によって一瞬で無効化され、そのまま城壁から下へと叩き落とされていく。
俺は、落ちて消えていくワイバーンの姿を見るために、階段から恐る恐る出て、城壁の下を見下ろせば、飛べないワイバーンがもがき暴れる中で、プレイヤーたちが、小さな蟻のように群がっている。
「いや~、綺麗に仕留められたな。私は、ワイバーンはあまり相手にしたことがないが楽勝だな」
「飛べないワイバーンなんて、タダのでっかいトカゲだからな。下に待機しているプレイヤーたちでも対処できるだろうから」
そう言って、あはははっ、と笑っているミカヅチとタクの二人。怖えよ、と内心ツッコミを入れる。
下に落としたワイバーンだが、いくら飛行能力を無効化しても暴れるワイバーンの噛み付きや棘付きの尻尾の攻撃は、かなりの攻撃力を持ち、紫色の毒々しいブレスも吐き出す。
紫色のブレスや棘付き尻尾には、毒や麻痺の状態異常があるらしく、数多くのプレイヤーが一度に状態異常に掛かる。
「うわっ、棘付きの尻尾の攻撃とか痛そう。それに毒だ」
「それじゃあ、僕たちの役目だね。行くよ、シアっち」
「ピキャ――ッ!」
リーリーは、近接戦闘メインであるために、この場での有効手段はただ一つ。使役MOBである不死鳥のネシアスの力を使った支援だ。
成獣となり、美しい火の鳥が姿を現し、ワイバーンの攻撃を受けたプレイヤーを広範囲で癒していく。
「俺もやるか。《空間付加》――アタック、ディフェンス!」
城壁の下を覗き込み、復帰したプレイヤーたちにエンチャントを掛けて支援していく。
「しばらく、ワイバーンみたいな大物は来そうにねぇな。つまんねぇ。この場所、セイに任せて下で暴れればよかった」
「そう言うなって、また城の方から飛び出してきたぞ。ユン、目視!」
「見えるのは、中型のカラスや蝙蝠型MOBだ! 数は――ああ、多すぎて分からん!」
さっ、と異次元の城から飛び立つ真黒のカラスや蝙蝠の集団だ。
それらが黒い塊のようにも見え、その中から急降下して、地上のプレイヤーたちを襲い始める。
「俺たちじゃあ、無理だな。魔法使いは対処を頼む」
「ならば、簡単な足止めの手伝いくらいするとしよう――《ヒュプノ・ガス》」
クロードは、杖を掲げ、緑色に色付くガスを生み出し、黒い塊の一部を包み込み、包んだ範囲で何匹のカラスたちが地面へとボトボトと落ちて行く。
他にも、地上側に配置された魔法使いが、火や水、風、光と言った様々な攻撃方法で黒い塊の下部の方を撃墜している。
「なら、俺は、上を狙うとするか――《弓技・流星》」
上空へと構えて放つ矢が空へと消える。そして、数瞬の後に、放った矢が上空より青い尾を引きながら、黒い塊を上から突き抜ける。
矢の本体と青い尾の余波で撃墜されるカラスたちを眺め、削れたのはほんの一部だ。と小さく息を吐く。
「すごーい! それじゃあ、僕たちも戦おうか、マギっち!」
「そうね。近づいてきた敵からユンくんとクロードを守らないとね」
そう言って、戦斧を構えるマギさんと大振りのナイフを両手に構えて空からの強襲するカラスや蝙蝠たちを斬り伏せていく。
「第二射いくぞ――《弓技・流星》!」
二射、三射と青い流れ星が黒い塊を貫き、地上からは様々な魔法の攻撃が放たれる。
また、狙いが甘く、黒い塊を掠めた、流れ星の矢は、そのまま地上の一団へと叩きつけられるが、一々確認する暇はない。
絶えず襲ってくるMOBの集団。ワイバーンを始めとする飛行型MOB。中には、足に爆発する大岩を抱えて、城壁へと特攻を掛けてくるMOBもおり、緊張感は半端ない。
そうした集団戦が二時間半も続き、敵MOB集団が引き始め、誰もが息を吐く。
最初の攻撃を凌ぎ終えた。