Sense301
「これで、四つ目。中身は、属性付きの短剣だ」
「了解」
「なぁ、砦の中には、いくつの宝箱があるんだ?」
「さぁな。ランダムと固定位置での二種類の宝箱があるから二十とも三十ともあるからな」
今は、天井から吊るされる明かりを支える梁に登り、その上に置かれた宝箱をタクとガンツ。そして、俺の三人でチェックしている。
下の通路では、木箱に隠れたまま、曲がり角から巡回の山賊NPCが近づいてこないか確認しているケイとその反対側をリゥイとの協力で姿を隠して監視しているミニッツとマミさん。
「よし、大丈夫そうだな。もっと奥を進むか」
「了解」
よっと、軽く岩壁に通された梁から飛び降り、膝を曲げて衝撃を押し殺すタクとガンツ。俺もその後に合わせて飛び降りようと思うが、二人ほど綺麗に着地できるとは思わない。
「――《キネシス》。よっと」
念動スキルを自身の体を対象に飛び降りる時の衝撃を押し殺すように力を加える。
着地する勢いは和らげることはできたが、完全に勢いは押し殺せないので、同じように膝で衝撃を吸収するが、二人のように綺麗には着地できずに、転ぶ。
「……ユン」
「なんだよ、その目は。どうせ俺は、どんくさいよ」
「そうじゃなくてだな。はぁ、ほら手」
「うん。ありがとう」
タクの手を借りて立ち上がる。ゲームだから汚れなんて自然と消えるのだが、服の汚れを手で払い落して、ガンツと共に、砦の内部を左の壁沿いに探索を続ける。
通路や小部屋などを通り、見つけたセンスの反応を丁寧に調べて行く。
「そこの壁の下に穴があるぞ」
「マジで。やっぱり、ユンちゃんの【空の目】と【看破】の組み合わせいいな。ダンジョン探索に向いてる」
「ただ、暗視系のセンスとかでも十分だろ。逆に見えすぎる時もある。っと、あー、この穴の奥に何かあるな。ちょっとごめん」
手を伸ばすのに、地面に俯せになって、奥を覗き込むように奥を調べる。金属の取ってみたいなものが見えたので、それに手を伸ばし、ゆっくりと引っ張り出す。
薄汚れた小さな宝箱を引っ張り出せば、ガンツの出番だ。
鍵と罠の有無を調べて、開いていく。
「うはっ!? コイツは当たりだぞ。タク!」
「精神耐性系の指輪は、結構使えるぞ。後で配分しよう」
「ねぇ、奥の方をミニッツとリゥイちゃんと一緒に見て来たけど、山賊三人が守ってる宝箱があったよ」
「そっちは、何かで気を引いた隙に、全部奪うか、全員ダウンさせて奪う」
「見逃す選択肢はないのか」
「「「ない!」」」
あっ、そうですか。一角獣のリゥイは、女性のミニッツとマミさんにしか協力的ではないのは流石、一角獣と言えるだろう。
「反対側に石を投げて、その隙に背後から締め落とす。でどうだ? 俺とタク、ガンツの三人で石を投げるのは……」
「それなら俺がやる」
「タクもそれでいいか?」
「いいと思うぞ」
通路で宝箱攻略の相談を手短に行い、すぐに実行に移す。勿論、その間も周囲の警戒は怠らずに、動いていく。
「大部屋で、宝箱は部屋の中央か。じゃあ、石投げるぞ。三、二、一……」
エンチャントストーン用の石を取り出す。既に研磨段階を終えて、握りやすい形に作られた石の握りを確かめて、反対側の通路の方へとアンダースローで石を投げ込む。投げられた石は、軽い風の流れを作り、ぼんやりと部屋の明かりを保つ蝋燭の火を揺らし、反対側の通路に落ちる。
カツン、カツン。という地面とぶつかる音が聞こえ、山賊NPCがそちらの方に一歩踏み出した瞬間、三人が飛び出す。
一番足の速いガンツが奥の山賊NPCを背後から締め落とす。
続くタク、鎧を脱ぎ捨て、盾だけを構えたケイが、背後から剣の柄と盾の尖端部分で殴り倒す。
ぐらり、と崩れ落ちる山賊NPCは、光の粒子となって消える様子はない。
「ガンツ。早く宝箱を回収。その後は、速やかにこの場を離れる」
「ラジャー。って、ちょっと俺のレベルだとギリギリの鍵。それに罠付きか」
鍵開けのために鍵開け用のツールを動かしているが、中々開かない。
「こっちから足音が聞こえます」
「分かってるよ。ああ、もう……」
タイミングが悪く巡回に来たNPCが近づいている様だ。そのために焦るガンツだが、手元の鍵開けツールで鍵を開けた後、小さなバタフライナイフを取り出し、ナイフの薄い刃が入り込む隙間を開けて、ナイフをすっ、と動かす。その瞬間に、【看破】のセンスで感じていた罠の反応が途切れ、宝箱が開けられた。
「くそっ! 労力に見合わねぇ!」
「いいから、逃げるぞ!」
「撤収、撤収!」
宝箱の中身を掴んで巡回に来るNPCと反対側へと脱出する。
小走りで移動する俺たちは、走りながらガンツが開けた宝箱の中身を見る。
「あー、入門道具かぁ。残念」
「入門道具?」
がくり、と肩を落とすタクと聞き慣れない言葉に首を傾げる俺。
「ゲーム始まって半年くらい経つだろ。そうなると、装備するセンスが固定化されて、他のセンスに挑戦しよう。って気になるプレイヤーが多いんだよ。でも、装備するために、SPを一つ消費するのは割に合わないから。そのための入門道具」
そう言ってタクは、最初の宝箱の鍵開けに使った【盗賊の鍵】も入門道具の一つである。
分類は、アクセサリーで【罠解除】レベル5相当の技能が一時的に得られる一方で、本来のセンスと比較するとレベル上昇によるステータスアップの有無やスキルの使用・制限などがある。
ただ、レベル5程度の補正なので、レベル1の状態でもレベル5程度の行動の成功率が高く、レベル差による経験値の入りが良いために、初期のレベリング補助アイテムの役割も果たす。
今回の入門道具は、エプロンタイプの【料理】センスの入門道具だ。
「いいなぁ。俺も最初からこれを持ってれば、もっと楽にレベリングできたのに」
「こういうアイテムは、最初からは手に入らないからな。まぁ、新規センス取得を促すためと初心者プレイヤーの育成のためだよな」
そう言って、エプロンの入門道具を片付ける。後進育成なら【弓】センスの入門道具を集めて、使わせたら多少は新規で【弓】センス持ちが現れるかも。それに他の不遇センスと呼ばれる類のものも注目されるかもしれない。
いや、武器系センスの入門道具以外にも、【料理】とかは、兵站維持に必要な長期イベントで補助要員を生み出せる。
まぁ、そんなことはタクたちも承知しているだろう。
「それじゃあ、次の場所に……」
「誰か来たな」
タクたちは、何かが近づいてくるのを感じ取る。NPCの山賊のような足音はない。
俺のように【看破】のセンスを持たないタクたちだが、今までの経験から何かを感じ取ったようだ。また同じように気配を警戒したリゥイが、ミニッツとマミと共に幻術で姿を隠す。
「悪い悪い。警戒させるつもりはないって。今姿を現すよ」
【看破】のセンスでも何となく居場所を感じられた彼らは、俺たちの前に姿を現す。
黒ずくめのパーティーはクエスト出発時にすれ違ったギルド【現代忍者】所属のプレイヤーたちだ。
その姿を見て、全員がふぅと長めに息を吐き出し、姿を隠したリゥイが現れる。
「さっき見つけたけど、全員動きにキレがないな。調子悪いのか?」
「いや。ただ、装備にデメリット効果付けた縛りプレイ中」
「あんまり舐めてると痛い目見るぞ。この奥は、罠だけだったから戻ってきた」
そう言って、パーティーには、ハンドサインだけでやり取りを始める。その奇妙な様子に首を傾げていると、苦笑いしながら【現代忍者】のパーティーリーダーが理由を教えてくれる。
「ああ、うちのギルドは、忍者って言ってるからね。こうしてフレンド通信や会話を介さずに、ハンドサイン一つで迅速に行動しよう。ってことで練習してるんだ」
そう言って、武器の短刀を持たない手を動かすが、意味が何となくのニュアンスしか分からない。止まれ、隠れろ、進めのサインのニュアンスは辛うじて拾えるが、それ以外の個別の指示のような複雑なサインは訳が分からない。
「まぁ、センス外のプレイヤースキルって奴だよ。俺たちはそう言う奴のマニアだからね」
ほわぁ、凄いなぁ。と尊敬の眼差しを向けて呟くと【現代忍者】さんたちは、少し照れたように苦笑いを浮かべ、タクたちは、俺を生暖かい目で見ている。
何故、俺が見られる?
「やっぱり、ユンは無自覚だな」
「そうだな。ユンちゃんは、最初会った時からこんな感じだな」
「いい加減、自己評価を改めるべきだろ」
「まぁまぁ、そこが可愛いんじゃない」
「ユンさんの長所の一つです」
タクから順に、ガンツ、ケイ、ミニッツ、マミさんが言ってくるが、具体的に何を言っているのか分からない。俺に【現代忍者】さんたちと比べられるレベルのプレイヤースキルなどあったのだろうか。
「それじゃあ、こっちはそろそろ帰るから気をつけてくれ」
「おう、またな」
そう言って、周囲の風景に溶け込むように姿を消す【現代忍者】たちが去るのをセンス頼りに見送って、奥へと進む。
出口とは逆の方向で更なるお宝を求めていく。
そして、突き当りには、確かに罠しかない。
罠を発動させる意味もないような空間が確かに存在していた。