Sense300
目が覚めると薄暗い牢屋の中に俺たちは居た。
「おい、タク。これはどういうことだ?」
岩壁に隔てられた隣の牢屋に声を掛ければ、隣の牢屋から返事が返って来る。
「山賊に捕まって牢屋に直行のイベント」
「なんで言わないんだ!」
「それ言ったら、お前逃げるだろ」
うぐっ、確かにそうだけど。山賊に包囲された後、気絶させられて気が付いたら牢屋の中だ。それも丁寧に男女で牢屋を別けられてる! そう、別けられてるんだ!
「俺は男だ。隣の牢屋に早く入れ替えろ!」
「いや、ユンさん。そのツッコミはおかしい」
「だって、捕まったけど、こんな緊張感のない牢屋にいられないって」
そう、牢屋に捕まった俺たちは、軽い制限を掛けられているが、脱出はかなり容易になっている。
第一に、手足が拘束されておらず、取り上げられた武器は、牢屋の前のテーブルの上に丁寧に並べられている。
次に、部屋の中には脱出に使えそうな小さな道具や明らかに後ろの脱出用の穴が開いていたり、牢屋前のテーブルには、牢屋の鍵が無造作にぶら下がっている。
サルの行動実験じゃあるまいし、人を馬鹿にしたような配置は、牢屋の態をなしていない。
「じゃあ、ユンにちゃんと説明するか。山賊砦の攻略のための注意事項を」
「最初から言えよ! あー、だから砦の中に侵入する方法を教えなかったのか!」
「まぁ、砦のお宝回収だけど、注意が一つ。砦内部に歩く山賊に再度捕縛されると回収したお宝を没収されるからな。後は、隠し宝箱とか、レアアイテムのある場所は、色々と難易度が高いんだ」
砦内部の一部には、宝箱を守るユニークNPCが居る以外、殆どの山賊は、敵対できるが倒すことはできない。一時的に行動不能にすることができるが、下手に攻撃したら仲間を呼ばれるなど、スニーキングミッション系のクエストになっている。
「なぁ、それって、多人数で参加すると不利じゃないのか?」
「一長一短だ。多人数推奨の宝箱の場合には、パーティー推奨。小さな宝箱を回収して脱出するだけなら、ソロでも可能だ」
きっと、岩壁の一枚向こうには、重い鎧を着たケイが腕組みをして言っている姿を想像する。一番、スニーキングに適さない格好だろうに。
「それじゃあ、脱出するか。ガンツ、よろしく」
「はいよ。はぁぁぁっ――《壊崩拳》」
隣の牢屋から響く音に耳を塞ぎ、縮こまるマミと庇うように立つ俺とミニッツ。何事か、と牢屋の隙間から横を覗けば、牢屋の扉の蝶番が弾け跳び、壁に牢屋の扉が突き刺さっている。
「うーん。やっぱり、呪いのアクセサリー無しだと威力出過ぎちゃうな」
「ガンツ! もう少し静かにできないの! これで巡回するNPCが来たらどうするの!」
ミニッツは牢屋の中からガンツを怒るが、飄々として出てくるガンツたち、タクも牢屋の入り口から脱出し、最後には一番大柄のケイが、ゆっくりと出てくる。
ケイの姿は、一切の金属鎧が外されて、一回り小さく見える。それでも十分に大柄な男をマミさんと一緒に見上げる。
「どうした? 何か変か?」
「いや、別に変じゃないけど、見慣れないから」
「……変じゃ、ない」
男らしい肉体美に俺は、少し嫉妬する。くそぅ、俺だって女に間違えられないくらいに男らしくありたいよ。
「それじゃあ、ユンたちも脱出しろよ」
「……助けてくれないのか?」
「これも練習だ」
「はぁ、全く……」
俺は、メンドクサイと思いながら、装備中のセンスの一つを【念動】センスに切り替えて、牢屋の鍵を【空の目】でターゲットに指定する。
「――《キネシス》」
念動力による物体操作のセンスを使い、ポーション瓶よりも軽い鍵をゆっくりと近くに寄せる。そして、手元まで来た鍵を掴み、上手く鍵穴に差し込んで回せば、ゆっくりと扉が開く。
「おおっ、ユンちゃん。多芸ね。私はそんな方法使えないわ」
「うんうん。私なんか、そこの脱出用の穴から這って出るしかないよ」
「私は、一応光魔法も使えるから扉を焼き切るかな」
小柄なマミさんは、隠された脱出用の穴。そして、ミニッツもガンツと大差ないが、魔法の方が静かに扉を破壊できるのだろう。
「それじゃあ、まずは目の前のお宝を回収だ」
タクが率先して前に出てる。没収された縛り用の武器が並べられたテーブルには、武器の他にも宝箱が一つ残っている。
タクは、宝箱に触れる。だが、再び手を離して、顎に手を当てて唸り声を上げる。
「なぁ、どうしたんだ?」
「これ、鍵が掛かってる」
「ええっ!? ちょっと。大丈夫なのか?」
俺が覗き込むように宝箱を見れば【看破】のセンスが鍵の反応を発する。これが罠の反応がないだけマシだが、これじゃあ中の宝箱を開けられない。
「と、言うことでガンツ。頼むわ」
「またしても俺の出番だな。レベルは低いけど、任せとけ!」
肩慣らしのように腕を大きく回して、鍵穴に対して、インベントリから取り出した硬めの金属棒を一本取り出し、差し込む。そのまま、適当に動かしていると、軽い開錠音が響く。
「この程度、朝飯前だ」
「なぁ、なんでその技術を牢屋の脱出に使わないんだ?」
「殴る方が早い!」
そう断言するガンツに対して、ミニッツが額を抑えて、呆れている。
「まぁ、ガンツの本業は格闘家であって、シーフじゃないからね」
「でも、何でガンツが開錠技術を?」
俺は、疑問を投げかけるとタクが教えてくれる。
「俺たち、五人パーティーだろ? だからパーティーを組む枠が余ってるけど、それが何時もダンジョン探索に適した奴とは限らない。だから、多少は、他の役割でできるようにセンスを取ってるんだよ。まぁ、レベル上げの機会は多くなくて、低いレベルだけどな」
苦笑いするタクは、ちなみに俺も【罠解除】のセンスを持ってる。と言って、一度開けた宝箱の鍵を閉めて、タク自身が宝箱を開けてみせる。
「タクだって多芸だな」
「俺の場合は、汎用アイテムの【盗賊の鍵】ってレベル5相当の【罠解除】センスを一時的に使えるアイテムを持ってるからできるんだよ」
そう言って、タクは、全員に見えるように宝箱の中身を公開する。
宝箱の中には、多少のお金と銀メッキのブローチだ。俺も宝箱の中を覗き込むが、小粒な宝石があしらわれており、一度生産素材にバラして、集まった宝石を【錬金】でサイズを大きくすれば、マジックジェムの素材になるだろうな。と漠然とした考えが浮かぶ。
「さぁ、ここからは、砦の中の探索だ。これ以上のお宝を見つけて、持ち帰る」
砦内部の探索は、隠密行動が基本であり、見つからないように立ち回らなければいけない。
「先行するのは、ユンとガンツだ。ユンが索敵。ガンツが罠解除。後は、戦闘になった時のために準備だ」
「なぁ、タク」
「なんだ。ケイ?」
「ここに牢屋の中にあった木箱を持っていくぞ 隠れる場所にするから」
「いやいや、不自然だろ。明らかに」
そんな通路の真ん中に木箱なんかあっても、と思うが全員に、こいつ何言ってるの? みたいな目を向けられると少し傷つく。いや、少しじゃなくて、かなり。
俺がおかしいのか? と思ってしまう。
そして、俺たちが打ち合わせをしている間にも、NPCの山賊たちは巡回している。砦内部にコツコツと反響する足音に全員が身動きを止める。
タクの頷き一つで全員が隠れ始める。
「あー、砦の内部は異常なし。戻るか」
ザルな巡回をする山賊の手には、蝋燭とそれを灯す蝋燭立てがある。その光は頼りなく揺らめいており、隠れるこちらの範囲まで届いてこない。
立ち去る巡回する山賊NPCを見送り、俺は緊張から止めていた息をそっと吐き出す。
「全員、出てきていいぞ」
立ち去ったことを確認して全員が姿を現す。
俺とミニッツは、幼獣状態で召喚したリゥイの【幻術】で姿を隠し、マミさんは、その小柄な体格を生かして緊急回避用の穴に入り込む。
ケイは、先ほど持ち出した木箱をすっぽりと被る形で隠れており、タクとガンツは、岩壁を蹴上がり、ごつごつした表面に指を引っかけて登攀する。
「あんなのでも見つからないんだな」
「まぁ、こういうのはザルだから」
苦笑いを浮かべるタク。ケイは冗談か、本気か分からないが、このまま匍匐前進で進むか、とか言っている。まぁ、俺の隠れ方もリゥイの能力に頼っている面が大きい。
「なんか、本当に攻城戦の役に立つのか、心配になって来た」
「まぁ、悪い所の観察にはなるんじゃないのか?」
「いい加減だな。全く……」
何時もの口癖を口にして、溜息を吐き出す。まぁ、脱出だけは心配はいらないそうだから、宝箱探しに専念するか、と気合いを入れ直す。
三百話になりました。お蔭さまで長く続いております。