Sense298
「ユン。早速で悪いけど、この装備たちに頼むな」
そう言って、タクたちが用意した装備が【アトリエール】のカウンターに並べられる。
双剣に大剣、裏側に杭の付いた大盾、手首に付ける鋼鉄製のバックルが複数、艶やかに磨かれたメイスに魔法使いの杖。
「凄い量の武器を集めたな。使い捨て用か?」
「そんな勿体無いことするわけないだろ。一応、全部攻撃力を押さえて、耐久力を高めた装備だ。まだ追加効果もないまっさらな装備だ」
タクが言う縛りプレイ用の最弱装備。とにかく作ってくれ、と笑顔で言われたが、個々の要望を聞かないと。
「それで、それぞれどんな感じで能力を制限したいんだ? それを聞かなきゃ話にならない」
「そうか。なら、俺の双剣は、物理攻撃と防御の低下だな。いきなり速度落としたら、普段の装備に戻した時に速さの違いでミスしそうだ」
それなら、タクの用意した長剣には、【物質付加】によってATKとDEFのカースドを施す。
次に、ケイの装備は、ATK、DEF、SPEEDの三種類だそうだ。普段よりも動きを鈍くして、攻撃の先読み、防御の受け流しの精度を高くするつもりらしい。
ガンツは、格闘家プレイヤーであるために、用意したのは武器ではない。厳密には、アクセサリーだ。重量が3と2のアクセサリーがそれぞれ、二つ。ATKとSPEEDのカースドを希望した。
「あれだよな! ほら、漫画とかであるじゃん。やられそうになった時、この重みを外して宙に投げるとあり得ない感じで垂直落下する! あれやってみたい」
「アホだな」
「アホね」
俺とミニッツは、力説するガンツに対してツッコミを入れる。流石に四つの攻撃と速度の弱体化の呪いを受けた装備は、動けずもがいている。
「うぐぐぐっ! これは、動けない。ユンちゃん、助けて……」
「あと、一つ言わなきゃいけないけど、エンチャントは、魔法効果であって決して重力で重みを増すとか、そんな効果はないから装備があり得ない落下をするとかないぞ!」
「マジかよ! くそぅ! じゃあ、最初は、二個でいつか、四つ装備した状態でも戦えるようになってやる!」
そう言って、無駄なところに努力を燃やしている。ただ、SPEEDを下げたケイとガンツの動きが目に見えて悪くなる。
「それじゃあ、私たち後衛は、そうね。と言っても、あんまり制限掛けるのは駄目そうね」
「一番経験値の入りが多いのは、負けないことですから、生存率優先でお願いします」
「そうね。ユンちゃん、その方向でお願いできる」
「了解」
それならと、二人の装備には、物理・魔法両方の防御力を引き上げるDEFとMINDの【物質付加】を使い生存率を高め、魔法効果を弱めるためにINTのカースドを選択する。
「それじゃあ、そういうことなら俺も縛り用の武器を用意した方がいいかな」
「何だよ。ユンは無理にしなくてもいいだろ」
「そうなんだけど、一人仲間外れは寂しいだろ」
俺がそう言うと、視線が集まるような気がする。
タクだけではない。ガンツやケイ、ミニッツにマミさんまでも。
「大丈夫よ! ユンちゃん、いつでもあなたを歓迎しますから!」
「そうですよ! 大丈夫ですよ! 私たちは友達です」
「なに!? 何があったの!?」
急に左右から抱き付くミニッツとマミさんに押し潰されそうになる中で、あたふたしていると、マミさんは、ケイに止められ、タクが俺を寄せるような形でミニッツから引き剥がす。
「はいはい。そのくらいにしろよ。別にユンは、一人ぼっちとかじゃねぇよ。同じコンセプトでやるからにはそれに合わせているだけだ」
「まぁ、そうだな。それで何時まで俺を掴んでるんだ?」
肩に手を置いたタクが何時までも放す気配がないので尋ねると、おっと、とわざとらしい声を上げる。
俺は、助かったと思いながらも一つの予備装備を取り出す。
その間、何かタクの肩を叩くガンツやミニッツが視界の端をちらりとした気がしたが、気にしない。
「さてと、やり直し自由のユニーク装備。こんな使い方をするのは勿体無いよな」
そう呟きながらも、必要なら、いくらでも追加効果の削除が可能な破壊不能効果の武器を取り出す。
ヴォルフ司令官の長弓。去年の夏のキャンプイベントから所持しているユニーク装備であり、追加効果の限界数が15個という破格の装備だ。
だが、今まで活用される機会は殆ど無く、追加効果には、【対空ボーナス】が付いているだけだ。
今回は、【対空ボーナス】をそのままに、ATK、DEF、INT、MIND、SPEEDの五種類のカースドを施して、装備を切り替える。
「ぐっ、確かにこれは、キツイ」
十一番目のセンスが拡張され、新たに一つセンスを装備した時は、僅かにステータスが上昇したかな? 程度の違いだった。だが、装備を変えた段階ではっきりと体に何らかの制限が掛るような感覚を覚える。
「今の俺たちだとどのレベルの敵が適正かな?」
「縛りなしなら、ワイバーンも余裕だけど、今の状態だと、レッドオーガとブルーオーガに引き分けか、負けるんじゃね?」
「あり得るかもな。いや、あの時よりもステータスは低くてもHPとMP、使えるアーツやスキルの数から言ってギリギリ勝てるんじゃないか?」
「そうかもな!」
あっはははっ、と笑い出すタクとガンツだが、それは、かなりの弱体化じゃないだろうか? と思う。
ケイとミニッツ、マミさんは、いつものことと捉えて、今回のための消耗品を補充するためにNPCのキョウコさんから購入している。
「じゃあ、クエスト受けたら肩慣らしをしてからクエストNPCと戦うか」
「それじゃあ、行くぜ!」
「ほら、ガンツ。はしゃがない」
タクの掛け声にガンツ一人が大声で応じるが、窘めるミニッツ以外の全員が苦笑する。
今回のクエストは、西門側のクエストNPCから敵性NPCの出現するクエストを受ける予定だ。
「おいっす。【現代忍者】さんところの、これからクエストか」
「ああ、タクくんたち。そうだよ。まだ探し切れてないし、スニーキングのレベリングにはちょうどいいからね」
「うちらも受けますんで、その時はよろしく」
黒ずくめの軽装パーティーのリーダーと会話を交わしたタク。その後、入れ替わるようにクエストNPCからクエストを受注する。
すれ違ったパーティーは、誰だろうと首を傾げているとそっとマミさんが教えてくれる。
「あの人たちは、ギルド【現代忍者】さんたちのパーティーです。全員、軽装備の忍者や隠密スタイルで現代知識活用する人たちです」
「現代知識?」
「自衛隊式のハンドサインとか、ミリタリー的な軍隊行動です」
ああ、なるほど。だから【現代忍者】か。レスキュー隊員や自衛隊とかの訓練も見方によれば、忍者訓練のようなものかもと納得してしまう。
「よし、クエスト受注したからゴルゴンエッグで肩慣らししてから行こうぜ」
肩慣らしのMOBが出現するエリアまでの移動の間にタクから敵MOBの情報やクエストの大まかな情報を聞いておく。
今回は、二種類のクエストを受け、山賊退治と山賊の溜めこんだ財宝の回収の二つだ。砦内部の歩き方を重点的にレクチャーされたが、それ以前にどうやって砦に侵入するかを教えられていない。どこかに簡単な抜け道でもあるのだろうか。
そうこうしている内に、山賊の出現するエリアの近くまで辿り着き、MOBによる肩慣らしが始まり聞けなかった。
「よっ、と……まぁ、ステータスが下がってもこの敵はこの程度か」
「そう? 私の魔法はあんまり効かないんだけど……」
「それは元々、ゴルゴンエッグが魔法防御が高いからそう感じるだけじゃないか?」
タクとガンツは、襲ってくるゴルゴンエッグを的確に処理していく。
直径数十センチのダチョウの卵のような外殻と一部ひび割れた場所から怪しい一つ目でこちらを覗き、浮遊するゴルゴンエッグ。
外見上から分かる通り、一つ目という大きな弱点を持っている敵MOBに対してどれだけ的確に急所を狙っていくかの肩慣らしをしていく。
カースド装備によって低下させられたステータスでは、硬い外殻を貫通させてダメージを通すゴリ押しが使えないために、瞳を狙っていく必要がある。
タクは、両手の長剣で的確な突きを繰り出し、俺は、弓矢の点攻撃でダメージを与えていく。
やはり、装備やエンチャントによる弱体化状態だとダメージの通りが悪い一方、命中や器用さに関わるDEXはそのままであるために、急所の瞳を的確に射抜いていく。
「ひえぇ、ユンちゃんすげぇ命中率」
「いや、ガンツの方が凄いって」
ガンツの場合、逆に瞳を拳で撃ち抜くのではなく、外殻を狙って攻撃している。だが、その攻撃は、防御を貫通させる技を重視した攻撃をメインに行っている。
掌底打ちなどの浸透勁で防御無効の内部破壊を狙った技を練習する。
ただし、タイミングがシビアであり、失敗すれば、ガントレットで保護された手にダメージを負い、更にゴルゴンエッグの魔法を至近距離から浴びるリスクもある。時折、ミスしてダメージを受けるガンツをミニッツが即座に癒すことで役割を持つ。
ケイとマミさんは、二人それぞれが攻防を分担して低下したステータスを確かめている。
元々、ゴルゴンエッグはそれほど経験値やドロップで旨味があるMOBではないために適度に肩慣らしが済んだら、すぐに山賊砦の方へと向かった。