Sense292
共通するのは、アルコール。
アルコールの匂いの他に漂うのは、【アトリエール】の工房部に染みついた状態異常回復のポーションに近い匂いだ。ザクロが誤って飲んでしまった酒を軽く舐めたが、状態異常回復のポーションの味が混ざって感じる。
また盗賊のアジトには、オブジェクトとして酒瓶が多数あった。他には、粉末噴出の麻痺トラップ。
「アルコールによる成分抽出法か」
今まで、水による抽出主体だったが、アルコールは試したことが無い。そもそも、未成年ということで手元にあるアルコールが料理酒の調理アイテムくらいしかないために、そもそもその考えに辿り着かなかった。
「ただ、液体混ぜて料理とするか、薬とするか……工程や手順は同じだからセンスの補正を考えて、一応、毒耐性を持たせる料理もあるから、変ってことはない。――ミカヅチ!」
「な、なんだよ。急にブツブツと言い出したかと思ったら大声を出して」
「酒くれ」
「いくら私が酒飲みでゲームでも未成年に酒を飲ませる真似はしないからな」
「違うって、そうじゃなくて……調合に使える素材としての酒はあるか? ないなら、自分で蒸留してアルコールだけを取り出すから」
蒸留水を作る設備を流用すれば、お酒からアルコールを取り出せる。後は、アルコールと蒸留水で混合液を作り出し、最適の成分抽出液を作り出せれば、ベストだ。
「どうして、そんな話になる」
「複数の状態異常に対応する回復ポーション作りで酒が必要なの! それにミカヅチのその酒だって、状態異常薬の一種だろ」
「まぁ、そうだな。麻痺だから、このぴりっとした舌の感覚が辛口の酒とよく合うんだよ」
勿論、【麻痺耐性】を持っているからできる真似だけどな。と冗談交じりで言うが、俺は、そんなことよりも自分の閃きに対する答えが欲しい。
「素材は、少しインベントリにあるとして……お酒を分けて貰えるか」
「酒造りの担当が何本も瓶に詰めて寄越したんだ。持っていけ。それと、気になるんなら、うちの生産施設を使え。場所は知ってるだろ。あと、蒸留酒を後で持ってきな」
「助かる!」
すっきりとした頭で宴会を抜け出し、【ヤオヨロズ】の生産施設を借りる。
セイ姉ぇは仕方がない。と言った感じだが、俺を見守るために付いてきて、代わりにザクロを介抱してくれている。
「まずは、酒を蒸留しなきゃ、他にも素材の状態ごとにどんな違いがあるか」
蒸留酒と水の混合液は、アルコール度数を10%刻みで用意し、それぞれに、乾燥した薬草、生の薬草とで抽出の実験を行う。
二十個のビーカーの中では、時間を掛けて抽出が行われる。だが、料理センスの発酵促進スキルと同じように、調合センスにもある乾燥促進や経過促進の効果を持つスキルを使い、成分抽出の結果を見る。
「乾燥した薬草の方が色濃く出て、アルコール度が30%と40%が一番、濃く出て、成分が結晶化しているな」
他の物も若干結晶化しているが、獲れる量に差がある。俺は、抽出液を捨て、結晶化した成分を取り出し、お湯に溶かす。
解毒ポーション【消耗品】
【解毒4】
「はぁ、こんな簡単な抽出方法でできるなんてな。それに【錬金】センスを絡めないでこれができた」
溶かし入れる結晶の量を減らせば、解毒効果は下がり、逆に多すぎると、結晶が溶けずに残ってしまう。また効果の上限は【解毒4】と変わらない。
「後は、液体状のポーションを使えば、複数ポーションを混合できるのか、それとも、薬草状態の方ができるのか」
状態異常回復薬をアルコールに混ぜた結果、結晶化していたが、中途半端な結晶化だ。
それを考えると、複数のパターンを考えないといけない。
「ポーションをアルコールに混ぜて、混合結晶を作成。その後、溶かしてポーション化が一つ。あとは、素材を漬けこんで、混合結晶を作成。どっちができるんだろうな」
とにかく、と分量が多くなりそうなので大き目の鍋を借り受け、そこに先ほど算出した条件を鍋の量に比例して増やし、素材とアルコール抽出液を入れる。
作り方の目途が立てば、後は、片手間でもレシピの改良ができる。先ほど宴会で歌った曲とは別の曲を鼻歌交じりで鍋から多数の混合結晶を作成。
最初はスタンダードな毒と麻痺の状態異常回復ポーションを作成したが、どうやら少し効果が下がるようだ。
未完の汎用ポーション【消耗品】
【解毒2】【解痺2】
どうやら効果は、【解毒】と【解痺】の並列表記となるようだ。二種類混合で未完、三種類で試製、四種類で完成という名前の法則は同じようだ。
ただ、身体系の状態異常と精神系の状態異常では、並列されず、身体系の複合回復ポーションは、汎用ポーション。
精神系の複合回復ポーションは、精神ポーションという名前になる。
ここから一歩進んだ、両方の状態異常を回復させるポーションはまだ先のことになるかもしれない。
「ふぅ、とりあえず完成かな。もう少し調節は必要だけど、完成だな」
できたポーションを瓶に詰め込み、空になった酒瓶に改めて蒸留酒を注ぐ。
まだまだ改良したいが、ここまでにしようと一区切りつけて振り返れば、今まで黙って見守っていたセイ姉ぇも呆れた様子だ。
「もう、そんなキラキラした表情でやってたら、止められないじゃない。ユンちゃんは、ずるいよ」
「えっと……ごめん」
「あんまり、集中し過ぎるといけないから自重」
セイ姉ぇにまた注意されたために、ここではこれ以上はできないな。と痛感した。
「ミカヅチたちも首を長くして待っているだろうから、戻ろう」
「そうだな。分かった」
借りていた生産設備を綺麗に片付けてから、複合回復ポーションと蒸留酒を持って、宴会会場へと舞い戻る。
宴会の会場では、頭の痛い光景が飛び込んでくる。
「二番目、ミュウちゃんが歌いまーす!」
「「「ヒューヒュー!」」」
セイ姉ぇは、頬に手を当ててあらあらを言っているが、俺としてはヒートアップする会場にげんなりだ。
「なんで、ミュウが居るんだよ」
「あっ! お姉ちゃんだ。おーい!」
手を振ってぴょんぴょん跳ねるミュウ。一曲歌い終わった後にアンコールの声が上がり、次の一曲を歌い出す。
ミュウが軽快な曲を歌えば、それに合わせて、ノリのいい奴らがコールを上げる。
時折、手を振り上げ、頭をシェイクなど、コンサート会場のような統一感を見せ始めている。
「いいぞ! もっとやれ!」
「ミカヅチも止めろよ」
「あらあら、ミュウちゃん。楽しそうね」
ミカヅチは、炙りイカを噛み締めながら、酒を飲んで両手を叩いて楽しんでいる。
何となく関わりたくないが、生産用のお酒を借り受けたんだ。きちんと成果報告をしないと。
「これは一応、試作品一号ってところ。あとは蒸留酒」
「おう、じゃあ、早速氷割りで飲むか。セイ、氷頼む」
「はいはい」
セイ姉ぇは、氷魔法で透明度の高い氷を生み出した。生み出された氷をミカヅチは、アイスピックで砕いてグラスに入れて、蒸留酒を注ぐ。
グラスのお酒をちびちびと飲みながら、成果物である二種混合のポーションを眺める
「ほう、成功か。アルコールが鍵になるんなら、うちのギルドのメンバーでも作るな」
「俺でも簡単に作れたからすぐにできると思うぞ。後は、試行錯誤だけだな」
個人的な感想を口にして、成果を報告した。後は、実際に後ろから眺めていたセイ姉ぇに様子を聞けば、どんな感じで作ったか分かるだろう。
「あー、こいつが早く完成してれば、状態異常のノーマルダンジョンが楽だっただろうに」
「けど、これから後に来るプレイヤーには、有用なアイテムになるから。その苦労は先駆者特有のものよ」
ミカヅチのボヤキに対して、セイ姉ぇがそう窘めれば、ちょっと口を尖らせて酒を舐めるように飲んでいる。
「それより、何でミュウがここにいるんだよ」
「突撃してきたから参加して貰った。セイも嬢ちゃんも歌ってこい」
しれっと言うミカヅチに、溜息を吐き出すが、セイ姉ぇ自身は案外乗り気で、ミュウも俺たちの姿に気がついて近づいてくる。
「歌おう! 騒ごう!」
「はぁ、分かったよ。一曲だけな」
そう言って、結局何曲も歌って、デュエットとかするんだろうな。と頭の片隅に思い浮かべながらも、この時だけは馬鹿になって騒ぐことに決めた。
三姉妹? +タクがそれぞれ歌いそうな曲。
ミュウ……アニメのキャラソンやゲームのテーマソング系。明るいポップな曲を好む。
ユン……原作アニメを知らずに曲調と歌詞で選んでいる。中にはエロゲー・ギャルゲーの曲と知らずに熱唱。知っている人は唖然となる。なお、スイッチが入ると本気で歌う。気分がいい時は、曲調がいい曲を鼻歌で歌っていることがある。
セイ姉ぇ……割と何でも歌える系。ただ昔懐かしの渋いチョイスや澄んだ声色を必要とする曲を好む。
タク……熱血系やロボット系、男性ボーカルなら割と行ける。リズムゲーでリズム勘はあるのに歌になるとちょっと三人に見劣りする。なお、その見劣り部分が宴会では逆に盛り上がる要素