Sense290
残り一つの隠し部屋には、ちょっと微レアな武器が保管されている以外には、何もなく無事にクエストをクリアした俺たち。
クエストの達成により報酬のお金と盗賊のお宝であるアイテムを貰ったが、特筆すべきものはなく、本当の宝は経験だ。なんて臭い台詞を言えればいいんだろう。
「それじゃあ、今日は付き合わせて悪いな」
「勝手に賭けを吹っ掛けて負けたのは、私たちなんだから。けど、次は負けないわよ!」
全く、勝気なところは全然変わらないな。という別れを告げて、俺は、【アトリエール】に引き籠る。
「はぁ、複合毒と複数異常に対する回復薬」
目の前に並べたどす黒いポーションと薄汚れたメモ用紙を並べて、幸せの溜息を吐き出す。
この複合毒の【盗賊の秘毒】は、極稀に発見される毒ポーションだ。ただ、システムによるランダム生成の影響か、その効果にはバラつきがある。
二種類の混合毒だったら、【未完の秘毒】。三種類なら【試製の秘毒】。そして四種類なら【盗賊の秘毒】と言う風に名称を変える。
また、秘毒の系統は、基本的に、身体系の状態異常で構成されている。
つまり、毒、麻痺、眠り、気絶の四種類だ。
そこに、毒それぞれの強度である1から5の段階が用意されているが、今回の秘毒は、種類こそ四種類だが、毒性は、最弱の1だ。
「でも、それでもこれが手元にあるだけでも価値があるんだよ」
このサンプル一つを徹底的に研究して再現してみせる。また、こうした複合毒や状態異常の重ね掛けに対して、一度で複数種類に対して効果を発揮する状態異常回復薬は、欲しいと思っていた。
いや、一度手探りで実験した。
「ただ、状態異常薬を混ぜても、後に足した状態異常に効果を上書きされる。更に、煮詰めても変わらず、煮詰めすぎて毒性が消滅。普通に混ぜても毒が弱まると色々な問題点があるからな」
普通に混ぜても、濃縮させても、薄めても、色々な組み合わせ・素材を掛け合わしても効果は上書きされて徐々に薄まる。
状態異常回復薬もそうだ。一向に成果が出なかったアイテムであるために素材の無駄遣いをしないために、一度諦めて、情報が出揃うまで待っていた。
「また、試していない素材で作ってみるとしますか」
新規に手に入った素材で色々と試してみるか。
「どれかに当たりがあるだろう」
そう思っていた時期がありました。
一日目――
「うーん。この素材との組み合わせは駄目。次」
二日目――
「駄目だ。一通りの素材を混ぜてみたけど駄目だ。毒を混ぜるための繋ぎの素材は、別の素材同士の掛け合わせか? それに回復薬の方も進展がない……」
三日目――
「だぁー! 組み合わせが膨大過ぎる。どこかで見落としがあるんだ。素材じゃなくて作り方から実験し直しだ」
四日目――
「……煮ては駄目。焼いた灰を水で溶いても駄目、水分蒸発だと成分抽出に失敗、煎じた生薬は効果が薄い。いや、生薬の方は別のアイテム作りでも活用できるから発見だけど……」
ぶつぶつと言ってノートに乱雑に書き込んだ内容を眺めている。
きっと鏡を見たらかなり不気味に見えるだろう。時折、知り合いたちが店に来ては、心配そうに声を掛けてくるが、こうした難題にぶつかるのは、生産職としてはよくあることだ。
「うー、駄目だ。蘇生薬以来。いや、それ以上の困難さだ。図書館にもこのレシピに該当する本の情報は少ない。どこかで情報の見落としが……うーん」
考えるが全く思いつかない。気分転換にザクロやリゥイにブラッシングをしつつ、頭を捻る。
「盗賊からのレシピだから盗賊系のクエストで何か分かるか? 調べるために別の盗賊系クエストを受けるか?」
断片的な情報だったからもしかしたら他のクエストにそれを補完する情報が隠されているかもしれない。現在判明しているのは、状態異常回復薬の素材と共通という点だけだ。
「……よし。もう一頑張りするか」
「何がもう一頑張りなんだ。嬢ちゃん」
「そりゃ勿論。新レシピの再現だよ。断片的なレシピがあるんだからきっと……って」
ザクロを膝に乗せて、マッサージついでにモフモフした感触を楽しんでいたから気つかなかったが、ふと目の前には満面の笑みを浮かべるミカヅチとセイ姉ぇ。
ただ、その笑顔には裏があるような気がして怖く感じる。
「えっと……セイ姉ぇ? ミカヅチ? どうしたの?」
「うふふふっ……」
いや、そんなに満面の笑みで微笑まれても見上げる顔には影が差して非常に怖いんですけど。言外に、怒っていますよ。と言っているような物だ。
「……ごめんなさい」
「あらあら、ユンちゃんは何を謝っているのかな?」
「えっと、その……」
謝らないといけない雰囲気になっている気がしたために、つい謝ったがそれすら駄目だったようだ。
「セイ。そんな感じで怒っても嬢ちゃんは分からないぞ」
「はぁ、分かったわ。けど、周りはユンちゃんに怒っているってことを知ってほしかったの」
「やっぱり、何か悪いことでもしたの?」
自覚がない俺に対して、ミカヅチが目線を合わせて諭すように話す。
「嬢ちゃん、ここ最近の行動って思い出せるか?」
「勿論、工房部に籠って、前に失敗したレシピの再現に再挑戦したんだけど、上手くいかなくて」
「周りの奴らが心配してたぞ。生産活動に没頭している嬢ちゃんの姿に」
そんな、心配されるほどに酷かったのか、と思ったが、元々のイメージとの差があるようだ。
「まぁ、あんまり引き籠ってないでたまには来る人に元気な姿見せたり、ツッコミしろよ。ボケても、ツッコミも無くて生返事返されたって泣かれたから」
そうなのか? それは気を付けないと……じゃなくて、俺はツッコミ役認定されてる。
「と、言う訳で、これから気分転換に【ヤオヨロズ】で宴会やるぞ! 落ち込んだままの無限ループじゃ良い解決法も見つからないからな」
「えっ? ええっ!?」
俺を掬い上げるように抱き上げるミカヅチ。その恰好は、米俵でも担ぐように軽々と運んでいく。
「そうそう。魚の干物を作ったんだって? それを酒の肴にしようや。さぁ、出発だ!」
「待て待て待て! こんな格好で外を歩くのか!? 恥ずかしいからやめろ!」
「あはははっ、さぁプレイヤーのみんなに元気な姿を見せるためだ。暴れたいなら暴れても良いぞ」
「セイ姉ぇ! リゥイ! ザクロ! 助けて!」
俺がジタバタ暴れようとするが、足はガッチリと抑えられており、ミカヅチの背中をポカポカ叩こうとするが、ゆっさゆっさ揺すられて、力が入らない。
「ユンちゃんは、変に凝り性でたまに時間とか色々と忘れちゃうから反省だよ」
ニコニコとしているセイ姉ぇは、リゥイとザクロを引き連れて、町中で目立つ移動を始める。
恥ずかしさに熱を帯びる顔を隠すようにフードを深く被って耐える。
それでも知っている人は、俺の名前を呼んだり声を掛けてくる。無視する訳にもいかずに視線を逸らしながら、軽く挨拶を交わすが、間抜けな姿に笑われて、ジタバタ暴れるが、また抑えられるを繰り返す。
「もう勘弁してくれよ。反省したから」
「くくくっ、まだまだ。宴会すら始まってないからな」
既にぐったりとしてミカヅチの肩に担がれる。
ミカヅチたちのギルド【ヤオヨロズ】のギルドホームまでに疲れてぐったりしているが、そこでログアウトしない時点で、自分の変な律義さ加減を思い知る。
「さーて、ご到着だ! 野郎ども! 宴会を始めるぞ! 酒と肴を用意しろ!」
「準備完了です! ミカヅチの姐さん!」
「料理班も何時でもオッケーです! 姉御!」
本当に楽しそうに準備している宴会の光景。薄暗い工房部に籠っていたために、必要以上に眩しく見えて、目を細める。
「それじゃあ、嬢ちゃんは、私とセイの近くだ」
「嬢ちゃん言うな。全く……はいはい。もう、逃げませんよ」
溜息を吐きながらも、俺も宴会の準備としてインベントリに入っている食材を提供する。
これで最後となる鮮魚。そして、魚の干物や天日干ししたイカ。
「おっ、スルメイカ。こいつの足が酒によく合うんだよ」
「お前は、どこのオッサンだよ」
一応、未成年の俺やセイ姉ぇ、他のギルドメンバーに配慮して、お酒の他にもジュースを配り、ミカヅチが宴会の音頭を取る。
「それじゃあ、始めるぞ! 乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
E-5甲は諦めて、丙でクリアする予定に変更。甲種勲章は、またいつか