Sense289
「これで――ラストよ!」
ライナの掛け声と共に突き出された短槍が盗賊の首領の胸を突き、光の粒子となって消え去る。
ライナは疲れたようにその場に座り込み、フランは肩で息を整える。
盗賊のアジトの前で倒した盗賊のドロップの確認をするアルとユカリ。そんな四人にお茶を配って回る。
「大丈夫か? これからアジト内部のお宝回収だけど」
「余裕よ。ボスの盗賊の首領であの程度なんだから、あれ以上に強い奴なんていないでしょう」
手渡したお茶を煽るように一気飲みするライナは、口では軽く言っているが、自分たちより数が多く、延々と湧き出す敵に辟易とした感じを抱いているのだろう。
他の三人も口には出さないが、うんざりと言った様子だ。
「懐かしいな」
「何がよ」
「いや、洞窟から延々と湧き出るお化けから逃げ続けるために走ったり、周囲をスケルトンに完全包囲される精神的負担、大量のMOBたちの津波から逃げるために崖を登るようなことに比べれば、五十人の盗賊NPCを倒すなんて全然ピンチじゃないな、って」
「何よ。不幸自慢かなにか? でも、そんな面白そうな場面がこのゲームにあるんなら、こんな所でへこたれちゃいけないわね。行くわよ! みんな!」
短槍を掲げて、盗賊のアジトへと足を踏み入れるライナ。俺は、最後尾からこうした施設を観察しつつ、取り出したノートに軽いマッピングしていく。
ライナが先頭に立ち、探索系の技能をユカリと俺が後ろから着いていくが――
「うぎゃっ! また仕込み吹き矢!?」
「こっちは、古典的なロープのトラップだよ」
「なんですの。このイライラする罠の数々は」
ダンジョンよりも密度の高い罠が配置されている盗賊のアジトの防衛システム。
とは、言っても内容は、ダンジョンよりも質の低い古典的なトラップだ。ほら、ライナが引っかかって侵入者警報用の鳴子がカラカラと乾いた音を鳴らすが、既に盗賊たちを全滅させたので、出現する相手がいない。
「なるほどな。こういうトラップも有効か」
稼働するトラップの種類やその用途もノートにメモしながら、三人が掛らなかった罠をわざと作動させてその効果を確かめる。
おっ、粉状の薬を吹き付ける罠だ。色が黄色っぽいので麻痺などの痺れ薬だろうと当たりを付ける。
俺とユカリは、ひょいひょいと罠を抜けて、時折特殊技能の不要な解除可能なトラップは解除して進む。
「この通路で盗賊を六人相手にするとどう思う?」
「そうですね。罠がなければ、楽に倒せますけど、罠に足を取られたりすると難しいですね」
「そういうことだな。攻城戦イベントだとこういう罠とか沢山あるんだろうな」
そう思いながら、一つ一つ書き残せば、ユカリが勉強になります。とマッピングしたノートを覗き込んでいる。
「そんなことより助けなさいよ!」
「ライちゃん。ユンさんとユカリちゃんを前に歩かせた方がいいんじゃない?」
ブラブラと三人それぞれがネットに捕まりジタバタと暴れて抜け出そうとしている。
このネットなんて、ネット部分は、布系素材。重りは、金属素材との組み合わせだからクロードが作れそうだ。と思いながら、三人のネットを切り裂き助け出す。
「私が先に歩いて解除していきますね」
「ううっ、ユカリ。よろしくね。私が不甲斐ない」
「そこは仕方がないですわ。適材適所というんですの」
同じくネットに捕まったライナとフランで互いに慰め合いながら盗賊のアジトを調査していく。
二か所ほど、隠し通路を見つけたが、ユカリの発見・感知系のセンスが隠し通路を発見するレベルにまで達していないのか、そのまま見逃すが、これも勉強。後でネタ晴らしした時にどんな反応をするのか楽しみだ。
そして、罠を解除して、解除できないものは、意図的に発動させるか、放置するかで先へと進んでいく。
「ここは、盗賊の生活スペースですね。罠とかは無いようです」
「お宝、お宝!」
楽しそうに薄汚い洞窟内の居住スペースから使えそうなものを物色していくが、見つかるのは、初心者ポーションやポーション、少量のお金と投げナイフなどの消耗品だ。
アイテムの品質は、デフォルトのために使えなくはないが、少々四人には物足りない結果になる。
「もう少し、盗賊らしいお宝とかないの!?」
「まだまだ、探索していない場所があることですし、そちらに引き返しましょう」
ユカリの一言に渋々ついていくライナたちの様子を生暖かい目で見守りながら、アジトの探索は進んでいく。
次は、盗賊の道具部屋に訪れ、殆どの入手アイテムは同じで次、と探していく。
大したお宝ではないが、塵もつもれば山となる。で全部売るなり、鋳潰してインゴットにすれば、そこそこな物になるだろう。
そして最後に、盗賊の首領部屋へとやって来た。
「ここが一番奥ね。今までお宝らしいお宝がなかったから。もうここよね」
「本来、ここで盗賊の首領を倒したんだろうな」
洞窟を削って作った広い空間と石を削って作った大きな椅子。あそこに座って盗賊の首領が待ち構えて、この空間で戦う。いかにもRPGのボスのような演出になるんだろうけど、俺の率直な感想としては、石で作った椅子って硬くて冷たそうだな。というどうでも良いものしかない。
そして、首領部屋には怪しい場所は、でかい石の椅子しかなく――
「あったわよ! お宝っぽい宝箱って、あっ……」
ライナが触れた瞬間、お宝は、粒子となってライナの手の平に吸い込まれていく。
「クエストアイテム。いわゆる、大事なものだな。クエストクリアまで中身が分からないからそれまでのお楽しみだな」
「よーし! これでクエストもクリアよ! 帰るわ!」
さて、ここでネタ晴らしとしますか。
「実は、ここに来るまでに二か所、ユカリが見落とした隠し部屋の入り口を見つけた」
「……なんでそれを言わないのよ」
「俺が主導のクエスト攻略じゃないってのが理由の一つ。ここまでは、ライナたちのスキルアップ目的。そして、二か所の隠し部屋は、俺の好奇心」
と、言うことでレッツゴー! と今度は、俺が先頭にたちアジトの元来た道を戻る。ユカリが殆どのトラップを解除しているために、残りの罠を避けるように歩けば安心して戻れる。
「ここが、隠し部屋の入り口の一つ。まぁ、さくっと終わらせるか」
壁横にある石壁を強く押すと、ずずずっと擦れるような音を上げながら目の前の壁が横にスライドする。
ファンタジーな光景だが、実際にこうした隠し扉のギミックとかどうなっているのか、裏側を見てみたくもある。
そして、俺たちが辿り着いた場所は――
「うわぁっ――」
「「「うわっ……」」」
全員の口から漏れる言葉は、感嘆である。ただし、俺とライナたちでは全くの別種であるが。
目の前に広がるのは、薄汚れ、赤黒い染みや緑の染みが飛び散る調理場のような空間だ。今も鉄製の大鍋には、ぐつぐつと何かが煮えており、時折大きな気泡が浮き出ては、毒々しい煙を噴き出しながら、弾ける。
「悪趣味ね」
まるで魔女の竈か、人食い生物の台所のような空間だが、この空間に広がる匂いには、嗅ぎなれたものがある。
「毒薬に痺れ薬、他にも匂いが混ざっているんだな。何かないかな」
「なんで、ユンさんこんな空間で目を輝かせているんですか?」
一人ガクブル状態のユカリに対して、ライナとアルは達観したように呟く。
「「生産職特有の病気よ(だよ)」」
失礼な二人は無視して探す中で見つかったのは、たったの二つ。メモのような紙切れと一本の小瓶だ。
「これは、ここで入手できるのか」
「なんですの、そのどす黒くて色が変わる液体は」
「――【盗賊の秘毒】って複合毒のポーションとその毒に対する回復薬の不完全なレシピのメモの一部」
俺の言葉の意味がイマイチ理解できない四人だが、理解されなくてもいい。
今回は、防衛施設の攻略の練習だったが思いがけないものが手に入った。
汚く、ミミズが張ったようなメモから綺麗な文字でノートに書き写しながら、ワクワクが止まらなかった。
艦これのイベントが楽し過ぎて、執筆が滞る。すみません