Sense288
「げへへへっ、俺たちは、ここいらを根城とする盗賊だ! 大人しく金目の物を――「喰らいなさい――《多段突き》!」――ニギャァァッ!」
「ふん。弱すぎるわよ」
「いや、全部倒してどうするの、ライちゃん」
短槍から放たれる連続突きのアーツを受けて、倒れ伏す盗賊NPCたち。すぐに、MOBと同じように光の粒子となって消えるが、目的が違いすぎる。
「今度の盗賊は、銅の短剣か。まぁ鍛冶センスのプレイヤーに持ち込んで買い取ってもらえばいいわね」
「何をカツアゲみたいな殺伐としたこと言ってるんだよ。盗賊団の首領討伐とお宝回収が目的だろ」
俺のツッコミにそうだったと小さく口を動かすライナに対して、一度冷静にさせるべきか、と思い手招きする。
木の木陰に座り全員に持ち込んだバスケットとレジャーシートを敷いて、軽い食事を促す。
「俺は、何も言わないから好きにサンドイッチでも食べて、話し合え」
アルたちに話を放り投げて、俺はお茶を取り出して、サンドイッチを食べる。今日は、カリカリベーコンとレタスのサンドイッチと卵サンドだ。
作戦会議というには、少し緩い話し合いでは、初撃で殆どの盗賊を倒すライナに視線が集まり、その視線に耐えながら小さくなっている。
「まず、ライちゃん。最初に盗賊NPCと戦闘した時、三人いたよね。二人倒して一人が逃げようとしたところをどうしたの?」
「えっと……楽に倒せるから背後からグサリと」
「その逃げる盗賊を追い掛ければ、アジトに行きついたんじゃないの?」
まさか、と目から鱗が落ちるとでも言いたげな驚き方にユカリとフランは苦笑いを浮かべている。なんせ、見つけた端から倒しては、お金か銅製武器のドロップを収集しつつ、無暗に盗賊のアジトを探し回っている。
だけど、言えることは、素材採取で森を隅々まで探索している俺から言わせれば、このエリアには存在しない。
別の言い方をすれば、クエスト用の盗賊のアジトがどこかの時点で通常エリアと切り替わるのだろう。
よく、ゲームである追い掛け過ぎても辿り着けず、追わなくても辿り着けない。そんなエリアなのだろうな。と漠然と予想する。
「なによ。それを早く言いなさいよ! 満腹度を回復させて、もう一度探し出すわよ!」
そう言って、元気よく立ち上がるライナに呆れたように溜息を吐き出すアル。あー、アルに全部のツッコミを任せると俺が楽だ。
「ユンさん? 美味しそうですわね。お茶飲んでいるんですか?」
「飲むか? 木のコップとお茶入りの水筒。温かいから舌火傷しないようにな」
「私、マイカップとコースターが有りますのでそれで飲みますわ」
「緩いですけど、嫌いじゃないです」
フランは、陶器のティーカップとコースターを取り出して優雅にお茶を飲む。ユカリは、普通に木のコップでちびちびと飲んでは、ほっと小動物的な雰囲気を醸し出す。
アルだけは、ぶちぶち文句を言いながら、飛び出していったライナを追い掛ける。
女の中に男一人なんて大体扱いなんてそんなもんだよ。俺も妹のミュウに振り回されているから生暖かい目で見守ることにしている。
「あはははっ! 盗賊よ! どこへ行こうと言うのかしら?」
「ライちゃん! それなんか、違う! スニーキングじゃないから!」
ライナはまた一人で突撃して、盗賊を見つけては、三人をサクッと倒して、残り一人が逃がしては盛大に煽る。その言動は、どこかの悪役のような台詞を言っている。
盗賊を追い掛けて森の奥へと入り込むが、盗賊程度なら大丈夫だろう。と思っていたら、すぐに引き返してきた。
「なんか、髭もじゃの盗賊の親玉っぽい奴と三十人くらいの盗賊が洞窟の前で待ち構えているんだけど!」
「はぁ? なんかあったのか?」
「それが『子分たちが帰って来ねえ! 何かあったんだろう。おめえら、警戒しておけ!』とか言ってハンドアックスを持って洞窟の前で仁王立ちしてるんだけど」
あー、と全員の視線がライナに注がれる。こいつは、不用意に手下の盗賊を倒し過ぎたせいで、盗賊の首領がじきじきに出て来たのか。洞窟内部なら相手取る数も少なくて済むのに、外の開けた場所でなんて、面倒臭いな。
「ど、どうする? 私やフランは大丈夫かもしれないけど、アルとユカリは……」
「後衛は囲まれたら厳しいですわね。それに盗賊の首領というのがどれほどの強さなのか分かりませんわ」
うんうんと唸るライナとフラン。
「ユンさん一人で何とかなります?」
「まぁ、手段を選ばないならなるけど……今回の趣旨に反するし、元々俺は多人数相手の乱戦は滅法弱いんだぞ」
こいつ、何言ってんだ。というような視線を送って来るライナとフラン。確かに四対一でPVPには勝てたが、事実、弓矢は、点での攻撃という点が乱戦に向かない理由の一つだ。
大剣や長剣、槍のような長物を振り回すだけで範囲の敵を纏めて斬れる、魔法なら爆破の範囲が広い。
同じ一撃で盗賊を倒せるなら、一度に沢山倒せる武器の方が有利な点だ。
纏めて倒せる武器としては、解体包丁があるが、そこで使ってしまうと攻城戦に向けての訓練が力やレベルによるゴリ押しになってしまうので、自粛する。
「だから、俺は正面切っての乱戦じゃなくて、逃走しながら、突出した敵に優先順位を付けて各個撃破ってスタンスに近いんだ」
正面切って戦うのに必要な防御のステータスよりも回避や逃走のためのSPEEDの比重が高いし、回避技能だけは、短期間で教え込まれたりした。
「どうする? リーダーのライナの作戦は? 一応、力をセーブした状態でも俺は手を貸すぞ」
「なら、作戦は一つよ。――やられる前にやれ! 遠距離攻撃アーツよ!」
またゴリ押しか、と思ったがライナの作戦を詳しく聞けば、悪くはないと言う感想を抱いた。
「みんなはこの作戦でどう?」
「私は、レイピアなので遠距離攻撃には参加できませんわね」
「そこは我慢して。相手が接近するまでに可能な限り倒すわよ」
俺は、ライナの指示に従って、ユカリと共に盗賊のアジトと思われる洞窟の手前まで来た。
発見されない距離から観察し、全員が準備を整える。
「俺から行くぞ。――《連射弓・二式》!」
長弓からほぼ同時に放たれる二本の矢が、別々の盗賊の首筋に吸い込まれるように突き刺さり、二人が崩れ落ちる。
「居たぞ! 倒せ!」
盗賊の首領らしきNPCがハンドアックスを掲げて突撃の合図を送り、それに合わせて、じりじりと俺たちは後退しながら、アルは火属性の魔法で応戦し、ユカリは、機械弓の連射で四本から五本の矢で一人の盗賊を仕留めて行く。
そして、ライナは――
「纏めて喰らいなさい!」
転ぶんじゃないかと思うほどに力を溜めこんで投げる投擲用の短い槍だ。普段使いの武器とは違い、安い銅製の投擲槍は、俺の矢よりも貫通力があり、上手く当たれば、二人の盗賊を串刺しにして倒す威力を持つ。
正面から来る盗賊や足の遅い盗賊は、ライナとアルとユカリが徐々に討ち取り、俺は、木々に隠れるSPEED特化の盗賊をフランと共に背後を取られないように連携して倒す。
「逃がすな! 追加でこい!」
「また、洞窟から盗賊が出て来た!」
「絶対背後を取らせませんわ!」
最初は三十人かと思っていた盗賊も最終的には、五十人は倒したのではないだろうか。
俺のステータスが高いために一撃で一体を倒している状況だが、最初に遭遇した盗賊よりも僅かにステータスが強化されているように感じる。
「盗賊の首領ってのが、パーティーや集団のステータス補正系の能力を持ってるな。元が弱いからいいけど、ちょっと厄介かも」
小さく呟きつつも、湧き出るような盗賊たちを攻撃しながら囲まれないように後退する。
ダメージはほぼ受けていないが、囲まれないための注意に精神的な疲労が溜まるのか、ライナの動きに少し精細さが欠けて見れる。慣れない投げ槍が外すようになる。
「ライナ。大丈夫か? 残りの投げ槍の数も注意しろよ」
「はぁはぁ……大丈夫よ! このっ!」
十分ほどの戦いで盗賊の出現が打ち止めになった所で、盗賊の首領の前に姿を表す。
「手下どもがやられちまったか……。だが、まだワシと数人が残っておる!」
「ここで畳みかけるわよ!」
投げ槍を盗賊の首領へと全力で投げると共に、バックラーを前面に押し出すように走り出すライナ。
その後に続くフランと二人で慣れた連携突撃で盗賊の首領を討ち取りに掛かる。
二人が盗賊の首領を相手にしている間に、二人に迫る盗賊を俺たちが処理する。
「――なんだ。ライナとフランだけで盗賊の首領とは十分渡り合えるじゃないか」
「むしろ、外見とステータスが合わない気がします」
「仕方がないよ。そう言うことは」
掛け声を上げて、盗賊の首領と切り結ぶライナとフランとは反対に、残る盗賊を討ち取る作業は、のんびりと行われていた。これ以上の増援がないために安心感が違うな、と思いながら、一人また一人と矢に射抜かれていく。