Sense282
「イカの足が美味しいですね」
「一応、作った塩干しとみりん干しも少し持っていけ」
俺は、リゥイとザクロを連れて、レティーアのギルド【新緑の風】のギルドホームを訪れていた。
捌いて、塩水につけた魚やイカの干物を小さく割いて、もぐもぐしている。
互いに、ギルドホールのテーブルで向かい合い、今日の目的を再度確認する。
「成獣化したザクロの能力確認と言うことで間違いないですか」
「ああ、だから、調べるためのアイディアを頼む」
「確かめるなら実戦が最適じゃないですか?」
そう言って、小首を傾げるようにこちらの意向を尋ねてくる。確かに、実際に戦闘してみるのはいいかもしれないが、ザクロの性格を考えると……
「あー、まぁ」
「ユンさんは、優しいですからね。いきなり戦闘じゃあ厳しいので、ならうちのハルかナツあたりと軽い戦闘訓練で確認したらどうですか?」
「その辺が妥当だよな」
「まぁ、こちらに来れば分かりますよ」
レティーアの案内で小さな一軒家のギルドホールの奥へと案内される。そこには、一つの扉があり、その前に止まる。
「ここって……」
「入って下さい」
扉を開けるレティーア。逆光で一瞬眼が眩むが、手を翳して慣れるのを待つ。そのまま、一歩踏み出すように背中を軽く押されれば、扉の中に入る。
「広い空間って言うか! 別空間に飛んでる」
足を踏み入れた場所は、広いフルフラットな空間だ。ただし、世界の切れ目が見えた箱庭の空間。
「ギルド限定の個人フィールド増設券です。覚えていませんか? 冬のイベント報酬」
そう言えば、クエストチップでの選択式報酬でそんなものがあった記憶がある。確か、チップ300個以上での交換でオプションなどを考えるとそれ以上だったはずだ。
「流石に、初心者支援の中小ギルドですから最大拡張とかできませんでしたけど、うちのギルドでもこれで結構手が余ってます」
箱庭の空間は、幾つか区切られていた。
林やアスレチックステージ、剥き出しの地面などの戦闘向けのエリアや柵で囲われた牧草地や自由に走れる使役MOBが運動できる空間、食糧確保のための家庭菜園などが区分けされて用意されている。
「色々な設備が充実している! ここならリゥイに乗っての騎乗訓練もできる!」
「作るの大変でしたよ。オプション付けられないからフルフラットの世界を一から試行錯誤で作ったりしたんですから」
一部、ユンさんのアトリエールの畑を参考にしました。と言いながら、家庭菜園のスペースからキュウリをもぎ取り、そのまま生で食べて見せる。
「おろ? みなさんが来たみたいですね。今日は自由に過ごして貰っていたのですが」
そう言って遠くから砂煙を上げる集団が複数。
一つは、草食獣のハルを含むレティーアの使役MOBたち。
もう一つは、ライナとアルを筆頭とするプレイヤーたちが、爆走してくる。
「ケモミミゲットだぜぃ!」
その筆頭に立つケモミミ好きのベルがクロードと同じような飛び込みジャンプで接近してくるが、寄り添うリゥイが俺とザクロを含めて、透明化する。
ベルは、俺たちからすり抜けるようにして後ろの扉へと突撃し、悶絶してのた打ち回っている。
「全く、変わらないな」
「大丈夫です。みんな対処に慣れてますから。回収」
後から来た他のギルドメンバーに引き摺られるようにして見えない位置に移動させられるベル。
代わるように息を切らして目の前に来るライナとアル。それとパーティーメンバーのユカリとフランだ。
「まぁまぁまぁ! ユンさんが来てくださるなんて! 淑女教室でも開くのですの! そうですの! そうなのですの!」
「フラン、煩い。でも、何でいきなり」
テンション高めなライナとフランが俺に詰め寄るためにちょっと引き気味に対応する。後ろでは、アルとユカリが苦笑いを浮かべているところだ。
「えっと……だな。ちょっと野暮用」
「その用事が終わった後で、四人の様子を見て貰えますか?」
「ライナとアルたちの?」
「はい。ライナとアル、ユカリ、フランの四名の模擬訓練の手伝いでもお願いします。でもまずは、ザクロの能力を調べるための準備をしますので」
レティーアと共にトラック広場の方へと行こうとすると、ベルがレティーアの肩を掴んで、行かないで、獣成分などと嘆いているので、無表情で引き摺って行く。
「いやぁぁ、尻尾が増えた子狐ちゃんの尻尾の付け根に顔を埋めるんだぁぁぁ」
「ベル。煩いです」
リゥイやザクロに触れたいとジタバタしているベルを引き摺るようにして、ギルドメンバーを連れて、野外の煉瓦造りの平屋へと移動してその中にベルを放り込む。
ベル。変わらないブレなさと執念に恐怖を感じたザクロは、自分の尻尾が気になるのか、自分の尻尾を追い回すようにクルクルと回り始める。
「……と、そういうことだけど、移動します? 残りのメンバーは、ユンさんから貰った魚介類の調理など各々自由に動いてください」
では、行きましょう。と言って、走って来たレティーアの使役MOBたちを一撫でしてから引き連れて移動を始める。
それに付き従う、俺とリゥイとザクロ。更に俺たちの後ろでは、ライナたち四人が目を輝かせて着いてきている。
「ふふふっ! いつまでも弱い私たちじゃないのよ! 私たちのコンビネーションの前に捕まるといいわ」
「そうですわ! パワーアップした私たちの姿、何時もの成果を見せる時ですわ」
ない胸を張るライナとフラン。
だけど、それは後でな。と内心呟き、レティーアに付き従って移動したトラック広場は、埃っぽい地面が広がっており、そこには、ザクロを相対するようにレティーアの使役MOBたちが並ぶ。
草食獣のハル、ミルバードのナツ、ウィスプのアキ、フェアリーパンサーのフユ。ガネーシャのムツキ。
「さぁ、勝ち抜き戦でもしますか」
「いや、この面子に勝てるか。特に最後のなんて、ザクロがぷちっと潰されるだろ」
巨象のムツキに踏まれたら子狐のザクロなど一溜まりもないだろう。
ムツキは論外として、ザクロより体格の優れているハルやフユは相手に適さないだろう。そうなると、選ぶのは、ナツとアキと言うことになる。また、ウィスプは、火の攻撃を使うので、ザクロの《狐火》と被るところがあるために、除外すると――
「じゃあ、ミルバードのナツと軽い戦闘訓練をお願いできるか? ザクロ、準備はいいか?」
「分かりました。ザクロ。いいですね」
互いにトラック広場で対峙するように前に出て、ミルバードのナツもレティーアの腕に止まりやる気になっている。
ほぼ初の戦闘のザクロだが、リゥイのような性格と違い臆病なために、いきなりの戦闘訓練で戸惑って俺の方を何度も振り返る。
「ザクロ! 成獣化したんだ。威嚇だ、威嚇!」
「きゅぅぅっ!」
尻尾を大きく広げて膨らませるようにして、自分の存在を主張するザクロ。それに対して、レティーアの腕に止まる翼を広げて、嘴を大きく開いて、鳴き声を上げる。
「きゅぅ~」
「いや、威嚇合戦で戦意喪失しないでくれよ」
大きさでは、勝っているんだから、弱気にならないでくれよ。と願うが、涙目で俺の方をちらちらと振り返る。
そんな目で見られたら、俺がザクロを戦わせる決心が鈍るだろ。お前の能力を把握したいのに……
「ユンさんの葛藤の表情が面白いですね」
「くぅっ! ここは心を鬼にして、戦闘開始を頼む!」
「分かりました。ナツ、手加減お願いします」
ミルバードのナツを相手にした戦闘訓練、これでザクロの能力を確認できればいいが、不安だ。
そろそろストックが尽きそう。