Sense281
飯テロ注意。覚悟はよいか
カラカラカラ、と油で揚がる小気味のいい音、包丁がまな板を軽快に叩く音、魚が直火で焼け表面が弾ける音。聞いているだけで胃袋に訴えかける音のはずなのに、俺は、目の前の食材の調理に忙殺されかけている。
まずは、軽く摘まめるものを手早く数品の料理を作ってから、全体に出した指示が完了するまでの繋ぎを作り続ける。
「こっちは、食材の下拵え終えました!」
「こっちも、魚の内臓処理が終わりました!」
「それじゃあ、下処理終えた魚は、棒に刺して焼いてくれ! ちょっと手間のかかる料理は教えながら作るからそっち見たい人は来てくれ」
俺も処理を終えた食材を片手に、エプロンで手を拭きながら下処理された食材で料理の作り方を実演する。
シチフクの【OSO漁業組合】のギルドメンバーの中には低レベルだが【料理】センスを持っている者がおり、その数名が手伝ってのバーベキューだ。
とはいっても、最初は、時間の掛らない刺身や叩きなどを提供し、その間に簡単に作れる焼き魚。現在の少し手間のかかる料理とどんどんと変わっている。
「何を作るんですか?」
「そうだな。魚の叩きの応用で、魚肉団子のスープだろ? イカとホタテ、エビ、アジとかがあるからミックスフライ、あとは白身魚とホタテはバターソテーやムニエル。他にも野菜と合わせて、シーフードお好み焼きとかかな? 後は、簡単な直火焼きとかは、適当にやってくれ」
ぱっとした思いつきで幾つかの料理を口にしたら、全体からどよめきのような歓声が上がる。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! シーフードカレーは!」
「そんな時間はない」
俺がきっぱりと否定すると、そんな、と絶望したような表情で焼き魚を手に取り食べるミュウ。はぁ、全く――
「仕方がないな。一つ味付けのアレンジを見せるから覚えてくれ」
俺は、丁寧に処理されたランス・スキッドのドロップであるイカを食べやすいサイズに切って、油を引いたフライパンに火を通す。そこに色付くほどのカレー粉を入れてイカに掛けて行く。
「おおっ!? お姉ちゃん、やっぱり最高!」
「はいはい、料理中は危ないから気を付けろ。ザクロを見ておいてくれよ」
俺は浜辺に簡易的に用意されたテーブルにイカリングを盛り付けると即効で消えていく。はえーよ。
「ねぇ、お替り!」
「……料理人諸君。さっきの作り方見てたから出来るよな。後は、ホタテのバターソテーと白身魚のムニエルも口頭で教える」
全部作っていたら限りがない。簡単な料理であるバターソテーは、バター一切れで真珠の取れた肉厚の貝柱を焼いて、上から少し醤油を垂らすだけの簡単な料理だ。
ムニエルも白身魚に塩コショウで味付けして、小麦粉を付けたら、バターで味付けする。
「ミックスフライも下処理した魚介類に小麦粉、卵、パン粉の順番で入れて、油で揚げればできる。一回は俺が見本を見せるからそれで判断してくれ!」
エビフライ、イカリング、アジフライと作って行き油の中に入れて、テーブルの中央にソースを用意する。タルタルソースなんて手間のかかるものは、他の料理人に任せる。
ここまで料理しても端から食べられるが、それ以上に消費し切れない魚介類の総量。一部は、そのままインベントリに入れておくとして、残りは、切り開いて一夜干しなどに作るか、と思いながら、お好み焼きを作る。
マギさんの包丁と黒鉄製の肉断ち包丁を手首のスナップを聞かせてカタカタカタと叩いていけば、切り身の魚は瞬く間にミンチになり、そこに食感のための刻んだ玉ねぎやネギ、卵を加えて、塩コショウで味付けして、揉んでいく。
「そう言えば、さっきMOBすら叩き切る包丁でまな板を叩いていたけど、壊れなかったな。まな板って最強防具か」
かなりどうでも良いことを口に出していたのだろう。周りの【料理】センス持ちたちが、どこか微妙な表情で動きを止めていた。その中の一人が、ぶふっ、とツボに嵌ったのか、動けずに砂浜で蹲っている。
「なんだ? どうした?」
「いえ、何でもないです」
俺は、スプーンですくった魚の団子をスープに落として、一先ずの完成。どんどんと新しい次の料理へと移っていく俺の目の前では、全員が美味しそうに料理を食べる。羨ましい。
「あー、どのギルドも料理人の確保に勤しむわけだ。腕がいい料理人ほど戦力の底上げになる。ほら、このイカリング食べてDEFが5上がる」
「美味しい物は正義! これで後十年戦える!」
「いや、料理の効果は30分とか一時間だから……」
目の前でミックスフライをソースで舌鼓を打っているシチフクとミュウ。リゥイは、味の濃いものよりも刺身や付け合わせのキャベツを好み、ザクロはアツアツの焼き魚をはふはふと息をさせ、バターソテーなどは皿まで舐めている。
俺もお好み焼きを何枚か焼き終えた所で休憩に入ることができたために、ミュウやタクたちの輪の中に入り込む。
「はぁ、疲れたぁ」
「おう、お疲れ」
「お姉ちゃん、私で癒されていいんだよ」
「あー、とにかく離れてくれないか? 食べられない」
タクは、シーフードお好み焼きをコハクとリレイと一緒に切り分けて食べ、ミュウは俺の胴体に抱き付く。正直食べるのに邪魔だから。
「ユンさん、お疲れ様です。いくつか取り分けておきました」
「ありがとう、ルカート」
ルカートがさり気なくこちらに少量ずつだがテーブルに用意された料理を取ってくれた。さり気なく、ヒノがコップに飲み物を注ぐ気遣いが嬉しく感じる。
「はぁ、エビフライは、さくさくのぷりぷり。イカリングの食感がうまいなー」
料理の疲れが振り切れて、思考が停滞気味だ。暫く、飲んで、食べて元気になって来る。
「そう言えば、ユン。さっきのボスとの戦闘で何をドロップしたんだ?」
焼き魚の身を解しながら食べていた俺に唐突に尋ねてくるタク。そう言えば、確認してないな。と思いながらインベントリのドロップを見る。
「えっと、海月球ってドロップだ」
「ああ、通常ドロップなんだな。俺も同じだ」
戦った皆が大体同じ、海月球をドロップした様だ。俺はビー玉サイズの青白い玉は、ポーション瓶のガラスに混ぜるのには使えるだろうな。と感じる。
タクたち戦闘職や俺やリーリーのような生産職でもあまり活用する方法が少ないアイテムだ。
「まぁ、その内、使い道も生まれるだろ」
「それもそうか」
そう言って、残りの料理を頬張り、背伸びをするタク。タク自身は、シチフクの初航海の時の救助訓練に付き合うだけなので、ここには居る必要がない。と背伸びをする。
ミュウたちも次々と出来上がる料理を食べては、インベントリに詰めて、当初の目的である魚介料理のストックを確保している。
「じゃあ、私たちとユンお姉ちゃんも戻るね!」
「そうか。まぁ、何か魚が食べたくなったらうちのギルドに来いよ。格安で譲ってやっから」
「ユンっち、ミュウっちたちもまた今度ねー」
リーリーとシチフクに別れを告げて、ポータルで第一の町へと戻る。
全員、季節外れの海水浴を楽しみ、ちょっとした料理を食べてリフレッシュしたのか、表情が非常に明るい。
「みんな、今日はどうだった?」
「楽しかった!」
いや、そりゃわかる。とミュウは終わった後でもはしゃいでいる。少し考えるようにルカートたちが順番に感想を口にする。
「そうですね。戦闘や生産とは違う。第三の楽しみ方なんでしょうね。楽しかったですよ」
「僕もルカちゃんと釣りしたのは楽しかったね。釣りの成果は、まぁ、微妙だったけど、色んな場所で釣れば結果が違うかもしれないから偶にやるのも良いかも」
ルカートとヒノの釣り組は、いい反応を見せている。
「……ただ、海岸を歩いて海を眺めるだけでも楽しかったですよ」
「ぶぅ、私だって楽しかったよ! ほら、船から見た海の景色とか! 今度は、あのマストの上に登って、大声で叫びたい」
「危ないからやめなさい」
トウトビは、柔らかな微笑みを浮かべる一方で、ミュウは相変わらず、アクティブだと頭痛を耐えるようにこめかみを抑える。
最後に、コハクとリレイに目を向ける。
「うーん。うちらは、のんびりとビーチパラソルの下に座っとっただけやしなー。まぁ、こうしてのんびり過ごして、ただ飲み食いするだけでものレジャーも楽しかったで。あと、蝶入りの琥珀ありがとな。うち、嬉しいわ」
「私は、毎日でも! 水着や濡れた衣服とほんのり透けて見える肌の色が――「あー、分かったから黙ろか」――ちょ、コハク。ギブギブ」
なんか、いい感じで終わりそうな雰囲気をリレイが見事にぶち壊して、コハクに後ろから腕の関節を決められている。徐々にコハクのツッコミもレベルアップしているようだ。
そんな感想を言い合い、別れた俺たち。
だが、俺にはまだ大量に押し付けられ――もとい、お土産に渡された海産物の処理が待っている。
イカと魚は、【アトリエール】の設備の一部を流用して、干物に加工して保存しておく。
エビやホタテ、解した焼き魚は、食べやすいように、炊き込みご飯にして、おにぎりにして、【アトリエール】の限定販売として売り出した。
三分の一はそれで加工したが、残りは生のまま店のアイテムボックス内に保管されている。これで時間経過による腐敗などがあったら恐ろしいと思う今日この頃。