Sense279
亀の甲羅干しじゃないが、水着姿で大の字で体を乾かすミュウたち。俺も上着は脱いでいるが濡れたままであるために、縁に寄りかかって、同じように太陽の光と海風を浴びて乾かす。
「よーし! 漁業訓練に入るぞ! 第一班は、素潜りをしてこい。戻ったら、順番に潜って来いよ!」
それぞれ武器となる道具を片手に海へと飛び込む男達。
「すぐに魚とか取って来る。まずは、船の中で食べられる刺身とか作って、陸に上がったら焼き魚にすれば楽しめる」
「お刺身!」
海水へと飛び込みで遊び疲れたミュウがガバッと起き上がり、目を輝かせる。その役目って大体、俺なんだよな。まぁ、いいけど。
「小魚だったら、骨と内臓を取って、叩きでもいいんじゃないか?」
「おっ、それ旨そう」
ザクロに生で渡した魚は、アジっぽかったので見た目はそれっぽいものができるだろう。
他にも船上で作れる生魚料理を考えていたが、そんなにレシピが多くないのですぐにネタ切れになってしまう。
ただ、幼獣のままの不死鳥のネシアスを肩に乗せたリーリーが腕を組み、小さい体で怒ってますよ、と言った感じでシチフクと俺の間に入り込む。
「むぅ、シチフクっちは、お魚だけじゃなくてもっと海底のこと見ようよ! 僕が折角、サルベージ機構まで付けたのに!」
そう言って、船に取り付けられている滑車を指差すリーリー。フックとロープ。そして、引き上げ機構のあるそれは、サルベージなのだろう。他にも、風船のようなものと空気を送り込む革製のポンプなどが用意されている。
「わりぃよ。でも俺たちは、魚の方が」
「魚はシチフクっちギルドで使えばいいけど、僕たち生産職にも少しは嬉しい成果が欲しいんだよ。海の素材とか、収集物とかさ」
「海の収集物かぁ、それならさっき、こんな物があったな」
シートを引き、その上に自身の素潜りの成果を広げていく。
魚やエビ、貝柱などの食べ物は除外して、真珠貝、宝石の原石、化石。そして、釣りをしていたルカートとヒノから武器の破片や流木を確かめて貰った。
何より、リーリーの目を引いたのは、錆びた宝箱と流木だ。
「す、すごいよ! これはすごい! これ欲しいよ!」
「そんなに凄いものなのか?」
俺は、【木工】系のセンスを持っていないためにただの流木にしか見えないが、リーリーには別のもののように見えるのだろう。
俺がただの石と鉱石や宝石の原石を見分けられることの違いだ。
「これは、妖木の欠片だよ。ユンっち、これを【錬金】センスで上位変換して!」
「いや、この素材は、ルカートたちので――「いいから!」――」
いい意味でも、悪い意味でも目の前のことに真っ直ぐな生産職のリーリーに肩を竦めて、どうぞ。と許可を出すルカート。
「分かった。――《上位変換》」
【錬金】センスの《上位変換》スキルでリーリーの分けた十個の妖木の欠片が纏まり、一本の素材になる。
海水に浸かり、腐らずに流れていた枯れ木が、立派な木材に変わる。色が濃く、年輪が数えきれないほどみっちりと伸びている。また、少し離れた位置でも十分に木の香りがする。
「硬くて、しっかりとした杖にもなるけど、やっぱり、打撃用武器とか、その硬さを利用して、大型木造兵器とか作りたいんだよ! ああ、ユンっち、見つけたらもっと集めてきて!」
いや、そんなに見つかるとは思えないから。リーリーの隣から覗き込んでいるシチフクは、これだけ香りが強いならチップにして魚の燻製に使えるな、とどこまでも自分の道を進んでいる。
他にもリーリーが着目した宝箱だが、こっちは、素材的な意味ではないらしい。
「はぁ、この金属の錆具合と木だけが残っているしっかり具合。凄いなぁ、欲しいなぁ。インテリアにバッチリだよ!」
「いや、俺もこれ気に入ってるんだけど……そんな絶望したような顔するな! 中身取り出したらやるから!」
一瞬、落胆したような顔をするリーリーだが、すぐにぱっと表情を明るくする。全く、現金な奴、と呟きながらも、再び宝箱に目を向ける。
「ユン。これ、鍵がかかっているぞ」
「あっ、ホントだ」
いつの間にか復活したタクも素材を眺める輪に加わり、宝箱の錠前を指差す。
錆びついているが、鍵でガッチリと閉じられている宝箱。物理的に破壊するか、後で開けられる人間に開けて貰うか。確か、化石もあるから骨董屋にでも店に行けば開けて貰えるのだろうか。
「……一応、私は、罠解除の派生で鍵開けはできますけど」
「トウトビ? やってくれるか?」
「……はい、少し失礼します」
俺と位置を交換するように宝箱の前に座り、錠前を観察するトウトビ。ミュウたちもその様子をじっと眺めてみる。
「……構造はシンプルですから、少し捻れば開きますよ」
そう言って、細長い金属棒を鍵穴に差し込み、何度か角度を調節して捻れば、錆びついた錠前が開く。
「なに? これ?」
宝箱の中身は、銀食器やアクセサリーが数点と宝石が数個。一回の回収だと割はいいかもしれないが、即座に使えるようなアイテムは、銀食器くらいだ。
「まぁ、そうそう宝って物は入ってないだろうけどな」
「なーんだ。けど、宝石は色々あるよね。それに、こっちの真珠とかも綺麗だよね」
ミュウやルカートたちは、やはり女の子なのか、宝箱の宝石や貝から採れた真珠の方に目が向いている。そんな女の子の姦しい様子を苦笑いして眺めるタクやシチフク。
放置される銀食器だが、毒料理の毒効果軽減とか、再利用のインゴット化と色々と使えるんだぞ。と内心でごちる。
「ユンっち、こっちの宝石の原石は、そのままなの?」
「ああ、時間がなかったからな。今、見てみるか」
携帯用の研磨セットで表面を削れば、飴色の宝石が現れる。そのまま削っていけば、綺麗なアンバーという宝石が現れる。
「アンバーっていうと琥珀か」
「うちと同じ名前の宝石やな」
「じゃあ、ミュウたち全員、記念に一つあげるから選んでくれ。多分全部同じだから」
「ええん? なら、遠慮なくこれにするわ」
ミュウたちは、原石の中から一つ摘み上げて、俺に手渡す。
全員が全員。自分の選んだ原石加工される様子を真剣に眺めており、俺は、それを丁寧に研磨して、周りの余分な所を削り落とせば中から濃い飴色の宝石が現れる。
多少サイズは違うが、全員自分の選んだ宝石を空に掲げたり、どんなアクセサリーに使うのか、相談している。その中で、コハクが選んだ宝石は、ちょっと珍しいもので俺も小さく声を上げる。
「へぇ、蝶入りのアンバーか。運がいいな、ほい」
「おおっ!? コハクちゃん、運がいいね!」
「ホントに貰ってええんか? なんか、レアっぽい気がするんやけど……」
「別に気にしなくていいって。気になるんなら、俺にアクセサリーの注文した時にでもその宝石を使うから」
申し訳なさそうに眉を下げるコハクに、こういえば一応は納得してくれた。
この時知らなかったが、生物入りのアンバーの宝石は、やっぱりレアだったらしい。閉じ込められた生物の種類によって、追加効果が発生したり、アクセサリーの補正がプラスされるらしいのは余談だ。
「船長! どの班も素潜り漁で魚介類の回収しました!」
「なら最後に戦闘訓練だ! 一応、共闘ペナルティーが発生する可能性があるからタクとお嬢さん方は見学って形になる。まぁ、戦いたい場合には、一言言ってくれれば、うちのメンバーがサポートに回る」
そう言って、推進力を生み出していたオールが引き上げられ代わりにセイルが開かれる。
赤い丸に放射状に延びる赤い帯――大漁旗と呼ばれる種類の絵柄が描かれたセイルが風を受けて、更に沖へと進んでいく。