Sense275
「ああ、欲しい色を出すための素材。こんなにありがとう! それじゃあ、これは、僕の知り合いの芸術家が作ったアクセサリーなんだ。是非とも貰ってくれ!」
芸術家の男性NPCが今回のクエスト報酬を俺たちに渡して来る。
通算四回。行先はランダムで四回とも別々のエリアのアイテムを納品したが、一番最初の荒野の難易度が高かったと感じる。
そして、何度も同じクエストを受け、やっとクエスト報酬が必要数に達した。
「やっとみんなが欲しいアイテムが集まったわね」
「そうね。戦闘系ではないけど、数は欲しいものね」
そう言って、手に入ったクエスト報酬は三種類だ。
土輪夫の鉄輪【装飾品】(重量:1)
DEF+4 追加効果:採掘ボーナス(小)
園芸地輪具【装飾品】(重量:1)
DEF+4 追加効果:採取ボーナス(小)
チヌ・キリング【装飾品】(重量:1)
DEF+4 追加効果:食材ドロップ(小)
土輪夫と書いて、ドワーフと読み、園芸地輪具と書いて、エンゲージリングと読む。
チヌ・キリングはなんか物騒だが、点の位置を変えて変換すると血抜きリングになる。
微レア装備の駄洒落的なネーミングセンスには、苦笑するが、その効果は採取・採掘を行う生産職としては有用だ。
十回に一回、アイテムの入手数が少し増える。食材系アイテムのドロップ率が少し上がるなど、補助的な効果だが、俺たちは是非とも欲しかった。
マギさんは、自身のためのドワーフの鉄輪を一つとリーリーとクロードのためのエンゲージリングを二つ。
エミリさんは、それぞれドワーフとエンゲージを一つずつ。
俺は、ドワーフ一つにエンゲージが二つ。
レティーアは、自身とギルドメンバーに配布するために四つを手に入れた。
「珍しい組み合わせだったけど、楽しかったわ」
「そうね。【素材屋】のエミリちゃんやMOB使いのレティーアちゃんたちから色々教えられることがあったわ」
マギさんは、リクールでの騎乗戦闘などを二人から教えて貰いながら、何度もクエストを往復した。途中、リクールたちの騎獣に乗っての移動と戦闘を繰り返して慣れた。
俺とマギさんでは、武器の違いから参考にならない点が多々あったので、これはいい機会となったようだ。
マギさんとエミリさん、レティーアと三人集まって、きゃっきゃと楽しそうに話しているが、次第に話の流れが怪しくなってきた。
「それにしても、ユンくんには驚かされたな~」
「そうね。あんな離れたところにあったキョウセイ・チェリーを【念動】センスで回収するなんて思わなかったわ」
「崖にある薬草を安全に回収したこともありましたね。後は、毒に耐性持って突撃する場面でも何でもないように回収できたことも」
「それがユンくん本人の無自覚ってところがまた……」
「それって褒められてます? それとも貶されてます?」
マギさんたちにジト目を向ければ、苦笑いを浮かべている。
「十分に役立っている。ってことだよ。【念動】センスも使い様ってことが分かったからね」
「まぁ、まだ補助の域を出ないけど、これからを期待。ってことで」
マギさんとエミリさんがそうやって言葉を濁す中――
「見事な、変態的活用術です」
「レティーア!」
「逃げろー」
一人、ストレートな発言で俺を怒らせる。薄々気がついていたのだが、言葉にされると地味に傷付く。
「ううっ、いいですよ。どうせ、不遇とか、クズとか、ゴミとか。そんなのばっかりですから」
「まぁまぁ、落ち込まない。お姉さんがクエスト終了ってことでお茶でも奢っちゃうから」
「ごちそうになります」
「うん。レティーアちゃんは、ちょっと反省しようか」
ショックを受けた。と言った感じで表情だけ変えずに背中に暗い雰囲気を背負うレティーア。マギさんとレティーアの掛け合いに沈んだ気持ちも少し浮き上がる。
「ふふっ、やっぱりユンくんは笑ってた方がかわいいよ。ほら、気分が沈まない内に食べに行こう!」
マギさんに背を押されるようにして、移動を始める。
その時、ログイン中の全プレイヤーに公式からインフォメーションが入る。
『イベントに関する情報――』
その内容に目を通すために殆どのプレイヤーが静かになるのだった。そして、マギさんたちと一緒にコムネスティー喫茶洋服店でお茶とケーキを前にして、先ほど送られてきた情報について、吟味する。
「そっかぁ。『攻城戦』か。防衛戦ならβ時代にあったんだよね」
「次回のイベントは『攻城戦』ですか? でも何を……」
「開催日は、来月ってまだ時間はあることだけど、それだけだと分からないことが一杯ね。まぁ、アイテムの生産とイベントに向けての消耗品の確保かな?」
「すみません。ケーキお替り」
真面目に考えるのは、マギさんとエミリさんに対して、俺は為すようになるというスタンスで話しに耳を傾けながら、召喚したザクロと幼獣状態のリゥイをブラッシング。
レティーアは、一人パクパクとケーキを食べてはお替りを続ける。
「けど、攻城戦ですか? 具体的に何をやればいいのか分からないんですけど」
「あー、そうね。私も分からないわ」
俺の疑問に対して、マギさんがどうだろう、と首を傾げてお茶を口にする。
エミリさんもレティーアも具体的にどんな感じなのか、想像できない様子だった。
「それなら、砦や町を攻める想定でもしたらどうだ? 砦ではないが、特定の防衛施設を攻略するようなクエストはあるはずだ」
「あっ、クロード」
ケーキとお茶のお替りを運んできたクロードがその話に加わって来る。
「そっか、アイテムの準備以外にも、そういうクエストとかで予行練習やイメージトレーニングが必要なのか」
「あっ、そうだそうだ。クロードにもお土産よ。染色用のアイテムと採取のリング」
「有難く頂こう。こっちも近々遠くのエリアを探索する予定だ。その時何か見つけたら渡そう。そうだ、クツシタ」
クロードの呼び声と共に、カウンターを飛び跳ね、一番奥のテーブル席に座る俺たちの元に駆け寄って来る黒い影。足先だけが白い毛をした成猫がクロードの肩に駆け上がる。
「あっ、クツシタも成獣になったんだ。おめでとう」
「ああ、とは言っても戦闘向けじゃないからな。できることと言えば、一時的にLUKを上げたり、下げることだな」
そう言って、肩に登る猫の顎を撫でれば、ごろごろと気持ち良さそうな鳴き声を上げる。
そんなクロードとクツシタの様子を見ていた俺だが、ふと、膝上に乗るザクロが小さく震えだしたことに気が付く。
「うん? どうした、ザクロ?」
「震えているって私もつい最近見た記憶が……リクールが成獣化する時だ」
「俺の時もそうだったな。」
「ちょっと、ここで大きくなったら!」
呑気に構えるマギさんとクロードだが、エミリさんだけ成獣化に伴う巨大化でお店に被害があることを心配する。俺も慌てて立ち上がって、広い場所へと移動しようとするが、店の一番奥のテーブル席で、更に奥側に座ったために出るのに手間取る。
そうこうしている間にも、ザクロの震えは、徐々に大きくなってくる。
「ちょ、ここで大きくならないでくれ!」
俺が前足の脇を持ち上げて、掲げるように捕まえるザクロの震えが最高潮に達し――ポフン。
可愛らしい音と共に、二尾のゆらゆらと揺れる尻尾の間に新しい尻尾が生えるのだった。
「ふへっ?」
大きさは変わらないザクロ。ただ、マギさんたちの視線を集めることで居心地が悪いのか、慌てるように俺の手から抜け出して、俺の体に飛び込んでくる。いつもならフードに入り込み、尻尾が零れるように出しているのだが――
「って、ザクロが消えた!?」
すっと俺の中に入り込むようにしてザクロが消えた。代わりにザクロに集まっていた視線が、俺に集まる。
「おー、ベルが好きそう」
「リアルのケモ耳?」
「ついにここまで来てしまったのね」
三人の視線が集まる先は、どうやら俺の頭部のようだ。恐る恐る触ってみると、三角形のピンと立っているふわふわ。それと椅子からはみ出るように、三本の尻尾が腰あたりから生えている。
「は、はぁぁぁっ!?」
どうなったのか、自分でも理解していない状態で大声を上げる。
クロードは、目を見開き、腰を僅かに沈める。
「リアル獣耳キタァァ!」
「ひぃっ!?」
飛び込むようにしてジャンプしてきたクロードに俺は、椅子からずり落ちそうになりながらも身を引く。
その間に入り込むマギさんとエミリさんが、クロードを空中で叩き落とし、レティーアが床に倒れたクロードの背中を踏んで動きを止める。
それでもなお動きを止めないクロードの額に成猫となったクツシタが強烈な猫パンチによる肉球スタンプを押して、暴走が止まるのだった。