Sense271
アロハ座長から皆様にクリスマスプレゼント……いや、書籍化作業が少し詰まったのでこちらに逃げてきてしまいました。ごめんなさい。三週間以上開いてしまってすみません。本当にごめんなさい
「ミュウちゃん! ユンのフォローに回れ! 俺とセイさんで相手する!」
「わかった!」
ミュウがマンティコアの攻撃を避け、壁に叩きつけられた俺の元に走って来る。
灰色に染まる視界と蘇生薬が使えないこの状況。ミュウが一つの腕輪を装備して、俺の元に駆け寄る。
「大丈夫!? ――《リヴァイヴ》!」
淡い桃色の光に包まれて、俺のHPが0から僅かに回復する。
続けて、ミュウはアイテムの使えない状況で更に回復魔法を使用する。
「――《ラージ・ヒール》、《ラージ・ヒール》」
「……ミュウ。もういい、大丈夫だ」
よろよろと立ち上がる俺に、何故この状況で蘇生が使えるのかを考え、ミュウの装備している腕輪を見た。
「それは――【桃藤の蔦】か」
桃藤花の樹関連のレイドクエストの報酬の一つ。追加効果に、限定蘇生という効果を持つアイテムだ。
「うん。私は、まだ【蘇生】ができるまで回復センスが成長していないから。使える回数は限られているけど」
腕輪に色服花びらは、四個。残り四回しか、この腕輪で蘇生はできない。
「ユンは、前に入れ! マンティコアの動向を確認しつつ対応しろ! ミュウちゃんは、距離を取りつつ、安全マージンを取りつつ援護! セイさんは、そのまま遠距離での攻撃だ!」
「でも! それじゃあタクさんに攻撃が集中しちゃう! それに紙装甲のお姉ちゃんじゃ!」
「不測の事態に備えた安全行動だ! 次は、どの行動が封じられるか分からないぞ!」
タクの言葉に無理矢理に納得したミュウ。確かに俺は、防御面は薄く、前衛に不安はあるが、このままではタクの負担が大きい。タクが全面でマンティコアの攻撃を回避し、受け流す一方、俺は、邪魔にならない位置を取っている。
タクが正面を取り、ミュウとセイ姉ぇが後衛で魔法と回復。そして俺は、遊撃だ。
「かけ直す! 【付加】――アタック、ディフェンス、マインド!」
前衛で一人ボスを相手にするタクの背中にエンチャントを重ね掛けし、俺は、状況を確認する。
緑のスキル封じ、青のアイテム封じ。残る壁画は、赤い壁画だ。
くそっ、有効な攻撃手段が思いつかない。
マンティコアのHPは残り八割の中で俺は、どう動けばいい。
「どうする、どうすればいい」
ぐるぐると打開策を巡らせるが、方法が見つからずにいる俺にセイ姉ぇが攻撃の警戒を発する。
「またあの攻撃が来るよ!」
右を振り向いたマンティコアが口に光を溜めこんでいる。先ほど、気絶から覚める直前に放たれた光の色と同じ明るさと色に嫌な予感に咄嗟に首の向きとは反対側に走る。
「おい、ユン! そっちに行くな!」
「いや! なんでタクはそこに入り込むんだよ!」
口元に光を溜めたマンティコアは、その光を収束光線として放出し、右から左へと薙ぎ払うように放つ。
ミュウとセイ姉ぇは多重の防御魔法を使用して耐えているが、タクだけは、マンティコアの足元に入り込んで、直進する光線の絶対に届かない位置で剣を振るい続けている。
「安全地帯だ! ユンも次はここに入り込め!」
「次があったらなぁ!」
タクは、そうしたモーションの隙を突いて的確にダメージを与えるが、背後から光の光線に追われる俺は、とにかく逃げようと走っている。
しかし、光の速度の方が早く、扇状の射程圏外に逃れることができないと悟り、俺は、反転する。
「こうなりゃ、自棄だ! 【付加】――スピード!」
胸の高さで迫る収束光線に向って跳躍する。頭から飛び込むように光線を避け、胸の下を通る光の熱量をじりじりと感じながら、転がるように床に着地する。
「まさか! ユンちゃんが、ベリーロール!」
「ユンお姉ちゃんが、貧乳を利用した回避方法を!」
「なぁ、実はミュウとセイ姉ぇって結構余裕だったりするわけ?」
俺は。驚愕している二人にジト目を向けるが、ボスとの戦闘はまだ続く。
再び、尻尾を高く掲げ針を射出するマンティコア。今度の赤い壁画に突き刺さる。
「アイテムは使える。スキルやアーツも使える。なら、俺も攻撃に参加できる。ってことだよな」
再び取り出した矢は、こんどは消えることなく手の中に存在する。それを確認し、弓に番えて放つ。
マンティコアの眉間へと突き刺さる射線を走る弓矢は、眉間の手前数センチに見えない障壁が生まれ、阻まれる。
「はっ!? なんだ?」
続く早打ちで二射、三射と放つ矢は全て、障壁に阻まれる。タクの方も前足の振りかぶりや噛みつき攻撃を避けるタイミングに合わせて、カウンターを放つが尽く障壁に阻まれる。
「――【アクア・バレット】! 一斉掃射!」
「――【ソル・レイ】!」
俺たちの背後から放たれる大量の水弾と光線は、マンティコアの体に突き刺さり、苦悶の咆哮を上げる。
「赤は、通常攻撃封じ! ユンたちは、スキルとアーツ中心だ! 俺は、回避に専念する!」
「分かった!」
これで壁画のパターンが分かった。
後は、安全に戦える戦闘のサイクルを回して、HPを削っていけばいいのだ。
「まずは、弱点を探さないとな。――【食材の心得】!」
視界に宿るのは、敵MOBの弱点を表示するマーカーだ。視認に特化した【空の目】との組み合わせで複数の弱点を見つけ、走りながら、そのポイントに向けて、アーツとスキルを併用して攻撃を重ねる。
「――【長距離射撃】! ついでに【ボム】!」
通常攻撃と大差ない威力だが、出の早い攻撃だけを選択し、タクの邪魔にならない背中や脇などを移動しながら攻撃を続ける。
「ちっ、流石に武器に無茶させるか。腕も重くなってきやがった」
「大丈夫!?」
「このくらい平気だ!」
丸太のような剛腕を二本の長剣で受け流す芸当を見せるタクだが、次第にその動きにキレがなくなりつつあるように見える。
ミュウの心配に対して強がるが、HPが六割を切るサイクルの中でそれは起こる。
「しまった。剣が! がはっ!?」
受け流しに失敗した右手の長剣が、弾かれ、後方の床に突き刺さる。その一瞬の隙に振るわれる剛腕の鎖がタクを捉え、大きく後方へと吹き飛ばす。
その直後に尻尾を掲げて、アイテム封じの青の石版に狙いを定めている。
「させるかぁっ! ――【連射弓・二式】!」
一瞬の間に、同時に二本の矢を放つアーツ。一撃の威力は通常の攻撃だが、隙の少なさと連射性によって、矢の雨がマンティコアの頭上に振りかかる。
顔や体に降り注ぐ矢の多くは弾かれるが、視界を潰すことができた。そして、マンティコアの放つ針の風圧で何本もの矢がばらばらと落ちてくるが、石版には刺さらずに、狙いを外すことができた。
「ミュウちゃん、タクくんの回復! ユンちゃんは、タクくんの代わり!」
「分かってる!」
タクが倒れたままでは、回復のミュウと後衛のセイ姉ぇを守るのは俺しかいない。こんな巨体には包丁は使えないと考え、アイテムを駆使した立ち回りを始める。
振るわれる剛腕とそれに伴う鎖を余裕も持って回避しつつ、機会を伺う。
そして――
「ユンちゃん、来てるわよ!」
「それを、待ってた!」
口に溜め込んだ収束光線の兆候。タクに止めを刺すために選んだその攻撃は、決まったモーションであり、狙いやすい。
タクと同じように安全地帯に入り込んだ俺は、マジックジェムを取り出し、地面に地面にばら撒く。
「今だ! ――【クレイシールド】! 【ボム】!」
収束光線を放つタイミングで下げる顎下の地面に土壁が乱立する。
土壁の役割は、視界を塞ぎ、一瞬でも光を押し留めるために。
もう一つの役割は、開けた口を強制的に閉じさせるためだ。
口腔内に逆流する光の奔流が、互い違いに並ぶ牙の間から漏れ出し、生み出した土壁の多くを破壊する。また、遅れて発動するボムの多重爆破を腹部に受けて、体が僅かに持ち上がったように感じる。
今の現象は、近距離のみのためにミュウとセイ姉ぇ、タクたちには影響はないが、安全地帯と思っていた場所が土壁の残骸と爆風の余波に晒されて、飛び出すように逃げる。
「あぶねぇ。まさか、あそこまで威力あるとはな」
「お姉ちゃん! あんな危ないことしないでよ! マンティコアの足元で倒れたら、蘇生させるのにもかなり面倒になるんだから!」
ミュウの小言に少し考えなしだったと一瞬反省するが、今の一連の反撃でHPが三割を下回った。
そして、土壁の残骸の中心に立つマンティコアを警戒しつつも後方を確認すれば、タクはセイ姉ぇに支えられて立ち上がっている。
「タク、大丈夫か!」
「ああ、大丈夫だ! それより、動きがあるぞ!」
自身の力を逆に利用され、空気を震わせる咆哮を放つマンティコアは、尻尾を高々と掲げる。棘のついた尻尾は、ばきばきという不穏な音を立てて棘を生み出していく。
びっしりとついた棘の塊の尻尾がミチミチと膨らみ始め、警戒心が高まる。
「避けろ!」
弾ける棘の塊がこの場所に降り注ぐ。
タクは、セイ姉ぇを抱え上げ、飛び散る棘を避け、残った一本の剣で弾き、ミュウは、剣を併用しながら、接近する棘を全て弾く。
俺は、【空の目】で直撃コースだけを選出し、それを弓矢で相殺する。何本かの棘が腕や足、頬を掠めるが、致命傷だけは避ける。
「あー、相手への攻撃なら通常攻撃は無効だけど、攻撃を弾くための行動は無効化されないのか」
タクの呟きが、棘の嵐を抜けた後にポツリを響く。
辺り一面を棘の障害物が広がる空間。壁画には、それぞれ一本ずつの針が楔のように打ち込まれ、こちらの通常攻撃、アーツとスキル、アイテムの使用が封じられた。
タクに守られたセイ姉ぇ以外は、全員少なくないダメージを負っている。
「攻撃が封じられた! 全員、回避重視! 散開!」
タクの掛け声に俺とミュウは、弾けるように走り出す。
棘の障害物をジグザクに避けながら走れば、俺たちの軌道上を薙ぎ払う様に鎖の着いた腕を振り回し、棘の障害物を破壊して、こちらを責め立てる。
飛び散る破片が腕や肩に突き刺さるが、それも足を止める訳にはいかない。
蓄積するダメージを回復する手段はなく、ただ逃げて、機会を待つ。
明滅を始める壁画を確認しつつ、封じられる前に使用したエンチャントの効果と【食材の心得】の効果を併用しつつ弱点を探す。
「弱点、見つけた! タク、ミュウ! 尻尾の付け根だ!」
「ユン、よくやった! 封印が解かれた瞬間にそこを狙え! 」
「正面は、私とセイお姉ちゃんが受け持つよ!」
ミュウとセイ姉ぇが壁画の明滅に合わせて、マンティコアの正面に立ち、タクが棘の障害物を避けつつ、手放した片方の長剣を拾い上げ、マンティコアの背後を取る。
そして、封印の解かれる瞬間に――
「――【弓技・一矢縫い】!」
「――【メイルシュトローム】!」
「――【パワーウェーブ】!」
俺は、尻尾の付け根に弓矢を放ち、放つと同時にアーツの効力が切れた。
セイ姉ぇは、内部が渦巻く巨大な水球を生み出し、それによりマンティコアの頭部に押し当てる。視界と口元を覆われたマンティコアが攻撃の発生源であるセイ姉ぇに攻撃を加えようと我武者羅に腕を振るうが、ミュウが長剣に力を溜め、マンティコアの一撃を相殺する。
二度、三度を重い音を上げて打ち合わされる剛腕と長剣。その隙を突いて飛来した、矢が弱点の尻尾の付け根に突き刺さり、水球の中で空気を吐き出し、頭を天に向ける。
水によってじわじわと削れるHPと弓矢による急所の一撃。そして、弓矢を目印として、タクが最大火力を叩きつける。
「はぁぁぁっ――【レゾナンス・ソード】、【シャープ・エッジ】!」
打ち合わせ、共鳴を始める二本の長剣。二つ目のアーツで剣の鋭さが増し、子細な振動を繰り返す。
タクに残留するエンチャントが、鋭さを増した長剣が、振動しながら、尻尾の付け根と目印の矢を両断する。
真上からの振り下ろしで、尻尾の付け根を半分まで長剣を食い込ませた。肉で動かぬ長剣を手放し、今度は、逆側から尻尾の付け根を切り、両断する。
尻尾の先が切り落とされ、地面に鈍い音が響く中で、食い込ませた長剣が宙を舞う。
タクは、宙を舞う食い込ませた長剣を掴み取り、交差するように構える。
鋭さと共鳴す刃が残る中、止めの一撃を放つ。
「――【デスブリンガー】!」
漆黒に染まる刃が、巨獣の後ろから頭部までを駆け抜ける。
余波は、セイ姉ぇの作り上げた頭部を覆う渦巻く水球を切り裂き、マンティコアの残りHPを全て刈り取る。
死を齎す者の一撃、複数のスキルとアーツによる強化の一撃は、クエストの終わりも同時に齎した。
――特殊クエスト【センス拡張・三つの試練】を達成しました。
流れるインフォメーションが俺たちの間に一つの達成感を生み出す。