Sense268
【アトリエール】の工房部に戻ってきた俺は、早速食器作りに取り掛かる。とは言っても茶碗などの粘土などの技能がないので、ガラス細工と金属食器限定であるのだが。
「金属って言うと、金食器、銀食器……まぁ、銀皿だな」
最初に取り掛かるのは、銀皿だ。今まで採掘で細々と貯めた銀鉱石を備え付けられた炉に放り込み、銀が溶け出るのをじっと待つ。
溶け出し、型に注がれる溶解した銀を金槌で叩き、形を整える。
リズミカルに振るわれる金槌と飛び散る火花。鉄インゴットを作る作業は、銀を作る時にも発揮され無事に一本の銀インゴットが出来上がる。
「銀の皿って言っても細かな細工を施す程の技もないし……シンプルに作るか」
形は四角。それでいて煮込み料理にも使える深さを想像して、冷えたインゴットを再び炉の中に投入する。
ハンマーで叩いて形を整えて行けば、芸術品のような薄く美しい皿ではなく、まるで陶器のような厚さを持った銀皿へと作り変えられていく。
表面は、鏡のような光沢を放つ銀が陶器のような厚ぼったい形になる違和感。
まだ途中としては違和感しかないそれだが、俺は、ほぼ完成形の皿を水で冷やし、形を確かめる。
「よし。後は、表面に模様を着けるか」
つるつるの銀皿だが、その表面に熱を加えて泡立たせる。柔らかくなった表面にザラザラとしたものを押し付け、まるで陶器のような表面へと作り変える。
まだ銀色の輝きが残る皿。これに先日、タクが狩ってくれた虫系MOBと粘菌スライムのドロップを混合した強酸液を表面にさっと浸けて軽く炉の火に通して、水に浸けて冷やす。
強酸液によって黒くくすんだ表面が味のあるいぶし銀となり、まるで陶器のような出来栄えになる。
和風の銀皿【消耗品】
満腹度+3% 追加効果:毒軽減
料理なのに贅沢な効果だ。と思ってしまう。
なにより毒軽減の追加効果は、文字通り盛り付けた料理の毒効果を減らす効果だ。これと一番合うのは、俺が不完全な毒抜きをしたワイバーンの肉だろう。まだ残っている毒を誤魔化すために、この皿を使う。
ただ、和風の食器であるためにここは煮込みハンバーグではなく、和風ハンバーグに紫蘇の代わりに刻んだ薬草と解毒草も加えて彩りを豊かにすることで献立を考える。
だが、これは、一つでしかない。
もう一つは、ガラス食器だ。
だが、先に【愚足の光珠】を使った保存瓶も作ろう。
「まずは、細かく粉砕して、混ぜ合わせてから形を決めるか」
工房部の鉱石の粉砕機に掛けて砂のように砕かれるベース素材の砂結晶と強化素材の【愚足の光珠】と混ぜ合わせる。
そこに発色のための粉末鉱石を混ぜて、炉に加えて、ドロドロに溶かす。
今回は、ポーション瓶のような小さい物では無く、大きな保存瓶であるために、作り方が少し違う。
厚い型に液状ガラスを流し込み、各パーツを溶けたガラスで溶接し、最後に口となる部分を作る。
パーツ毎に作るために細かな手先はそれほど必要ないが、それでも穴のないようにパーツ毎にガラスで形を整え、最後に口となる部分を個別に作りくっ付ける。
作業を進め、合わさるガラスパーツが一つの形になるにつれて、重さを増し、作業のやり辛さを増す。それでも何とか、形にすることができ、最後は自然に冷まして蓋となるコルクを作成すれば完成だ。
保存瓶【消耗品】
回復度+4%
濃緑色のガラス瓶が【アトリエール】の工房部に置かれ、薄暗いこの場所では、深い緑は黒に限りなく近く見える。
「少しガラスが残ったからこれで食器を作ればいいか」
ポーション瓶三本分程度の残ったガラスを鉄製の棒に絡めて、空気を吹込み、形を整える。
作るものは、ガラスの器でポーション瓶のようなフラスコ型ではなく、口の大きく開いたガラス食器と小さなジャム容器程度の保存瓶だ。
ガラスに混ぜた金属粉末による効果で保存瓶と同じ濃緑色になるそれは、保存瓶にはいい色合いだが、ガラスの器となると微妙だった。
ガラス食器【消耗品】
満腹度+4%
小さな保存瓶【消耗品】
回復度+3%
出来上がりに微妙な顔をしつつも、盛り付ける料理との組み合わせを考える。
「もう少し色が薄いと素麺とかそういう物に使えるんだが……。ガラスだから煮物とかには余り向かないし、シャーベットとかアイスはどうだ? 確か、お菓子作りのスイーツ・ファクトリーにそんな道具があったはずだ」
そうなると、和風ハンバーグと冷菓の組み合わせだ。悪くないと感じつつ、作り上げた食器に横に置き、料理を作り始める。
「あっ、そうだ。折角、保存瓶をつくったんだから、何か漬けなきゃ。それにシャーベット用の果物も探さないと」
今まで漬け込んだトゥーの実の砂糖漬けをそのまま保存瓶に移す一方で残っているトゥーの実でシャーベットを作る。杏っぽい果実であるためにシャーベットにしたらおいしそうだ。
「そうだ。小さな保存瓶の方に、カモモの桃を漬けこんでおこう」
桃のシロップ漬けをやらないと、と本来の目的を忘れて料理を楽しんでしまう。
その結果、和風ハンバーグとシャーベットの完成よりも大きな保存瓶のトゥーの砂糖漬けと小さな保存瓶のシロップ漬けの方が先に完成した。
「やべっ、早く『喰い岩』に食べさせる料理を完成させないと」
「すみませーん! 何かたべさせてくださーい」
店舗部の方から大きな声で呼ぶ声と騒めくような複数の気配。俺は慌てて、片付けて店舗の方へと飛び出す。
「はぁ!? なんだなんだ!」
この時作った保存瓶は、すぐにアイテムボックスに仕舞い込まれて、少しの期間忘れられてしまう。
だが、それは徐々に熟成していくのだった。
トゥーの実の砂糖漬け【熟成中】
満腹度+19% 追加効果:抵毒1、熟成(0日/60日)
カモモの桃のシロップ漬け【熟成中】
HP回復+13、満腹度+8% 追加効果:正常化1、熟成(0日/60日)
熟成が進む毎に効果を増す砂糖漬けとシロップ漬けの二つのアイテム。
これが日の目を見る頃には、一種のプレミアが着くことをこの時の俺は、まだ知る由は無かった。
「……ユンさん。ご飯ありませんか?」
「……レティーア。何でここに」
トロンとした目をさせて、お腹の音をぐぅぅっ、と鳴らす残念エルフのプレイヤー・レティーアの急な訪問に対応する。
「美味しそうな匂いに釣られてきました。何か沢山作っていたようなので」
「……そっちは駄目だから、新しいの作るけどいいか?」
「はい。それとこれはお代の代わりにお願いします」
ジャラジャラと沢山の鉱石や宝石の原石、はたまた希少なポーションの材料などを押し付けられた。
「おい、これはどうしたんだよ」
「地中に美味しいお芋があると聞いて、そのエリアを掘り返したのですが、ガセネタで無駄骨でした。なので未練もありません」
なので早く食べさせてください。とカウンターにへにょんと頭を乗せて、尖がったエルフ耳が力なく垂れる。
俺は内心、これだけのものの対価の食材を揃えられるか、と冷や汗を掻きつつ、残ったらテイクアウトしておけばいいだろう。と考える。
「キョウコさん、ちょっと食材を買って来てくれ。俺は、今ある食材で料理作っておくから」
「分かりました。食材の希望は?」
「あんまり扱いに困るのは、なしでお願い。すぐに取り掛かるから」
出来るまでこれでも食べておけ、と渡したサンドイッチを食べるレティーア。
だが、今回の客はレティーア一人ではなかった。
「私のパートナーたちの腹ペコなのでお願いします」
「……」
ごめん、タク、ミュウ、セイ姉ぇ。今日は、すぐに『喰い岩』の試練を突破できそうにない。
心の中で謝りながらも、料理を作り続けるのだった。
久しぶりの投稿。すみません。書籍の方に手間取っております