Sense267
「見事、第一の試練を突破したようですね。続いて、第二の試練を受けますか」
「はい。お願いします」
「わかりました。では、こちらにどうぞ」
セイ姉ぇが先頭に立ち、クエストNPCと話を進めると、俺たちを奥へと案内してくれる。NPCに先導される先は、教会の一室で一枚の穴の三つ空いた大きな一枚岩が掲げられている。
「では、第二の試練は、『喰い岩』の求める物を差し出す、です」
『ヘイヨー! おめえら、元気かぁ!?』
「……しゃ、喋ったぁ!?」
掲げられた一枚岩が、その穴を歪ませて、陽気に喋った。その様子に驚いた俺だけが声を出し、ミュウとタク、セイ姉ぇは、この展開を予想できずに声を出せずにいた。
「……あの? これは?」
「これは『喰い岩』です」
「おいおい、人のことを、これって失礼じゃないのかい? そこのレディー?」
「は、はい。すみません」
中々にファンタジーをぶち壊すキャラ人格のようだ。この『喰い岩』がその穴で構成された顔を大きく動かして、第二の試練を伝えてくる。
「そんじゃあ、お前らに試練を与える。って言っても単純に俺が欲しい物を口に放り込めば、それでオッケーって奴だ。なーに、簡単簡単、楽勝ヨー」
陽気な声で説明し出す『喰い岩』と案内の役目が終わったのか、クエストNPCの神父さんが退出している。それにしても話し方が胡散臭い。
欲しい物を口に放り込め、とはまた抽象的な内容に、俺は眉を顰める。第一の試練みたいにプレイヤーごとに違う課題なのだろうか。
どうなるか、思案していると『喰い岩』が課題を提示してくる。
「それじゃあ、お前らに要求する物は――『漬け込んだ物』だ。それじゃあ、楽しみにしてるゼ!」
「はぁ? それって具体的には?」
「漬け込んだ物って言ったら、味噌に漬け込んだ肉とか、毒蛇を漬けた酒とか、色々あるだろ? 何でも良いんだよ! 高い評価の物であればな!」
「じゃ、じゃあ。参考に聞くけど、他の人にはどんな試練を受けたの?」
ミュウが恐る恐る聞いたその内容に俺も気になる。もしかしたら、第一の試練のように俺たちが面倒な奴を掴まされた可能性もある。
「あん? そうだな……『長く愛用した武器』とか『最低三つは追加効果の着いた防具』とか『レアなアクセサリー』や『とにかく、山ほどの硬貨』とかだな」
何でもないように呟く『喰い岩』の内容に、さっと自身の武器を隠すように動くミュウたち。確かに、今まで強化し続けた武器や防具が失うレベルの試練があるなんて。また作り直せばいい。とはいうかもしれないが思い入れという点もある。
「漬けたものなら、料理だよね! ユンお姉ちゃん。任せた!」
「それなら食材とかも必要よね。じゃあ、私とミュウちゃんとタクくんが食材系のアイテムを集めて、ユンちゃんが作る。でいいかな?」
「そうだな。それが妥当だな。第一の試練だと戦闘で頼りっぱなしだから、やっと自分の得意な部分で貢献できる」
「そんなことないだろ。ユンだって十分戦闘で活躍したぞ」
今まで、戦闘で頼りっぱなしで情けない姿を見せたのに、タクは優しい言葉を掛けてくれる。ミュウやセイ姉ぇも同じように頷く。そんな三人の優しい気遣いを感じながら、第二の試練では、自分が主体となって突破しようと決意する。
「漬ける物って何にしよう。漬物、瓶詰、煮込み料理、他にも……うん。【アトリエール】の食材ひっくり返して作るか」
【アトリエール】に戻ってきた俺は、アイテムボックスの食材を確認して、料理を始める。
野菜の浅漬けに始まり、ビックボアの肉を味噌とみりんの混合調味料で漬け込み、大きな魚は処理を済ませて刺身を醤油に漬けたヅケにする。
小魚や食用の虫MOB食材は、佃煮にして纏めて瓶に詰めていく。
他にもトゥーの実の杏の砂糖漬けもどきとシユの実での梅干しもどきなども再度漬け込み直す。
久しぶりに【料理】センス中心の生産活動をガッツリした。
「おい、ユン! レッサー・ワイバーンの肉取って来たぞ」
「ユンお姉ちゃん! ちょっとアイアン・カウを倒したからこれも調理して!」
「ユンちゃん。こっちは、鮫だからよろしくね」
「なんでそんなに俺が調理したことないような素材持ってくるんだよ! ちきしょー!」
声を上げて吼える。
タクの持ってきたレッサー・ワイバーンの肉は、筋っぽく毒持ちであるために、毒抜きから初めて、ミンチ肉にして、煮込みハンバーグにする。
ミュウの持ってきたアイアン・カウの肉は、肉質が良く、脂身が多いために、大和煮になる。
セイ姉ぇの持ってきた何のMOBか分からない鮫らしい生物のヒレは、調理したことが無いので、一度レシピを調べるために図書館に走り、即席、フカヒレスープもどきが出来上がる。乾燥させるために【調薬】スキルを使い、薬草と同じように水分を飛ばしてから素材にした。
「できたぁ! これだけの漬け込んだ物に煮物料理があれば『喰い岩』も満足するだろう!」
簡単に出来たように見えるが、これらの料理の完成には、ノンストップで三つのコンロを並列した作業を行い、またミュウたちが全力で俺の扱った事の無いMOBの食材を確保してきた。
この短時間で【料理センス】のレベルが4も上がった事から食材のレベルと俺のセンスレベルに大きな差があったように思う。
「ヘイヨー。随分と早い再会だな。ボーイ&ガールズ! 俺の欲する物はちゃんと揃えたかい、ベイベェー」
「なんか、キャラ定まってないな。まぁ、いいや。半日掛けて作った料理で満足してくれよ」
「そいつは、ユーたちの腕次第だぜ」
ミュウたちが見守る中、料理を一つ一つ口に相当する穴へと置いていく。
『喰い石』の口が粘土のような柔らかさを持って、そしてプレス機のような音を立てて、食器ごと料理を粉砕――いや、噛み砕いていく!
「ヒャッハー! こいつは、スタンダードな美味さだぜ! 酸いも甘いも、しょっぱいもある! 食器の口に刺さる感じがタマンネーゼィ! 贅沢にボスクラスのMOBの肉まで使って、ステータス上昇の効果も着いた料理をそうホイホイ用意するなんてアホじゃねぇのか! バーカ!」
こいつ、褒めてるのか、貶しているのか。どっちだよ。とツッコミを入れ、用意した料理が全て粉砕――いや、食べられていく。どこに消えたんだろう。この石の裏側だろうか?
「あん!? このワイバーンに煮込みハンバーグ、毒抜きの処理失敗してほんの少し毒が残ってんぞ! ゴラァ!」
「マジで!?」
「けど、毒を喰らわば、皿までってなぁ! あー、うめぇ!」
そして、皿まで食う、ってさっきから全く同じだろ。ミュウとタク、セイ姉ぇたちは、完全に俺に任せて静観を決め込んでいる。このテンションにツッコミは出来ないと判断したのだろうか。
「あー、満足だ。質じゃなくて量で攻めてくるとはな! 質もまだ処理が甘い肉使ったのは減点だが満足だ。そんじゃ結果発表するぞ。お前ら――不合格な」
「はぁ!? 何でだよ!」
一番頑張った俺は、『喰い岩』に食って掛かる。確かにワイバーンの肉の処理は少し失敗したが、満足と言っている。どこで間違えたのか分からない。
「満足したんだろ」
「料理は満足した。けどなぁ――料理舐めんなよ。小娘が」
「――なぁ!?」
今までの陽気な口調の人面岩は,顔を構成する穴を今まで忙しなく動かして、人間味を表現していた。だが、今の一言の時には、顔の動きが無くなり、声のトーンも一段低くなる。
「料理は、ただ食べるもんじゃねぇよ。それをどれだけ華やかに見せるかも料理だ。俺が『喰う』からって目が見えねぇ訳じゃねぇぞ。料理の器すら、手を加えずに、出しやがって。こっちを味も期待してるが、見た目も期待してんだよ! 味の評価してんじゃね。総合評価してんだよ」
確かに、【料理】の評価には盛り付け方の綺麗さもあるが、余り重視していない。また、今までの評価だって十分だと思っていた。
「味は合格だ。次は、見た目か器の課題をクリアしたら、通してやるよ。期待してっぞ」
俺には、『喰い岩』の放った言葉が衝撃的過ぎて、その後の言葉が耳に入らない。足取りフラフラの状態でミュウたちに迎えられる。
「絶対に、満足のいく食器を作ってやる」
「いや、ユン。方向性迷子になってるぞ」
タクが俺に対して、ツッコミを入れたが、俺の耳には入らない。
絶対に、満足させてやるぞ、『喰い岩』。
ユンくんの料理スキルなら簡単に突破できると思った? 残念、方向性が盛大に迷子になってるよ。