Sense266
氷の足場を伝い、皇帝愚足蟲の脚の振り上げ攻撃を避けつづ、アーツを放っていく。
「はぁ! ――【パワー・ウェーブ】」
「――【ハード・スマッシュ】」
「――【弓技・鎧通し】」
俺たち三人の攻撃は、攻撃のタイミングを合わせて、短時間での連続攻撃による連鎖ボーナス狙いでダメージを稼いでいく。
その作戦が上手く嵌る一方で、ボスのターゲットが正面に立つセイ姉ぇから俺たち三人に移り、攻撃の激しさが増す。振り上げた脚が氷の足場を大きく砕き、それを即座に修復するセイ姉ぇ。幾度と行われた氷の破壊と再生で歪になった氷の道を走り、着実にダメージを与えていく。
「残り三割だ! HPとMPの管理忘れるなよ!」
「そんなヘマしないよ!」
ボスの大きな背中越しに軽口を叩きあうミュウとタクだが、ボスの動きが一瞬止まる。それがボスの特殊技のモーションである事に気がついたセイ姉ぇが早くから声を上げる。
「みんな! 音響爆弾が来るよ!」
「ちっ、まぁ、そう簡単にはやらせてくれないか、ユン!」
「分かってるよ!」
既に、ボスの音響攻撃には対策が打たれている。戦いながら考えられた付け焼刃の作戦だが、ピンチをチャンスに変える為に俺は、一番高い氷の道へと走っていく。
「急げ!」
「分かってるよ」
ボスに近く、ボスを見下ろす氷の足場に立ち、ゆっくりと閉じていた甲殻が開くのが見える。俺は、インベントリから両手一杯の宝石を取り出し、開いた甲殻の中に落としていく。
数が数だけにぶつかり合い、撥ねて、甲殻を滑って、湖の中におつりが、多くの宝石が甲殻の内部に入る。
「ユンちゃん!」
「――【ボム】」
今、まさに体内で増幅させた音を吐き出そうとした瞬間に、背中の甲殻内部から爆発が起こる。
湖に落ちたマジックジェムが水柱を上げて、周囲に水飛沫を飛ばす中で、マジックジェムによる多重爆撃を受けたボスは、体内部の空洞を逆流し、口や体中の隙間から煙を吹き出し、巨体を痙攣させる。
「まだだ! やるぞ! ――【スワローライン】」
「合わせる。【マジックソード】――ソル・レイ!」
「最後は、ド派手に、か。なら【属性付加】――ウェポン」
タクの二本の長剣に俺とミュウがそれぞれ強化を施す。光魔法を武器に籠める【マジックソード】がダマスカス製の長剣を鈍く輝かせるが、もう一方の結晶武器であるクリスタルソードが刀身を強く輝かせる。そこに、俺は、ミュウに合わせて光属性の属性石によるエンチャントを武器に与える。
ミュウの時にも見た光景。タクの長剣を覆うように伸びる長剣が、タクのアーツ【スワローライン】によって、飛燕のような美しい斬撃を光で残し、開いた甲殻とそこから噴き出す煙を切り裂く。
「結晶武器が魔法との相性がいいってこういうことなんだな」
軽やかに振るわれる長剣だが、違う種類の剣で結果は違う。ダマスカス製の武器は、速さのままに重い斬撃を与えていくのに対して、クリスタルソードは、本体のみならず、甲殻すら易々と切り裂いていく。
「これでラストだ! ミュウちゃん!」
「はい! ――【リリース】」
深々と剣を甲殻に突き刺し、アーツの勢いのままボスの背に乗るタク。突き刺した長剣には、未だに強い光を宿しおり、ミュウがその力を解放する。
剣先より放たれた光線が内部より貫き、焼き尽くす。
それが決め手となり、ボスは、その活動を停止し、静かになる。
「よし! クエストクリア!」
「タク! 早くそこから退け! 落ちるぞ!」
ボスの背中の上で両手を突き出して、勝利を噛み締めているが、俺はその姿をハラハラしながら見ていた。倒した敵は、総じて光の粒子になる。それはタクの足元にいるボスも例外ではなく――
「あっ……」
「タク!」
タクが空中に投げ出されたように落ちていく光景を見て、俺は、氷の足場からタクを追うように湖へと飛び込む。
かなりの高さからのダイブだったが、【泳ぎ】センスの効果か、衝撃はそれほど感じない。それよりも俺より前に着水したタクは盛大に水柱を上げていたのを見て、焦る。タクは、泳ぐためのセンスを持っていない。
対応するセンスを装備しなければ、如何なるプレイヤーもその環境には適応できない。俺は、沈んでいくタクを見つけ、一気に潜水する。
装備の重量などがあるのか、沈む速度が速い中で、水を強く蹴ってタクへと追い付く。
後ろから抱え込むように浮上する。
(暴れないな。まぁ、暴れられても困るんだけど)
大人しくしている分には助けるのは楽だ。そして、湖の水面に辿り着き――
「ぷはぁ――」
「げほげほっ……あー、死ぬかと思った」
「全く、心配掛けさせやがって」
湖に浮かぶように引き上げたタクは、頭だけ空を向いたまま、俺にされるままに救助される。
「適応するセンスが無いと駄目だな。全く、体に力が入らない。こりゃ、センス持ってない奴が船に乗るとか、海上に出るのは無謀だな」
「何だよ。しみじみと言って……」
「いや、ちょっとな」
俺は、タクを後ろから抱えるように湖の淵に戻って来る。
そこには、既に氷を消滅させて、タクの長剣を回収したミュウとセイ姉ぇがいた。
「お帰り、ユンちゃん。タクくん」
「ただいま。それで、剣はどうやって回収したんだ?」
「セイお姉ちゃんが、氷を伸ばして、落ちてきたところで受け止めてた」
こう、サクッと。と分厚い氷に剣が突き刺さる様子を手で表現するミュウ。
それって、タクを氷で受け止めればよかったんじゃ。と思ったが、剣とは違い生身のタクがあの高さから氷に叩きつけられる姿を想像して、ぶるっと震えた。
下手したら、潰れトマト。勢い殺せずに氷を破って湖に落ちる可能性を考えて、やらなくて正解だと思った。
「それにしても、結構デカいボスだったよな。この先ってどう行けばいいんだ?」
湖から上がり、タクと共に一息吐いた俺は、そう疑問を口にする。
拡張クエストの第一段階も達成し、目当てのボスドロップの【愚足の光珠】も手に入った。なら、気になるのは、ボスを倒した奥のエリアだ。
「それなら、ちょっと来てくれ」
湖で溺れかけたタクだが、早くも復活し、俺とミュウ、セイ姉ぇが近くに来るように手招きするので湖に近づく。そして――
「うわぁ、何あれ」
ミュウが指差す先には、目の前の湖の湖面が渦巻き始める。タクは躊躇いなく、渦の上へと乗ると、沈む様子なく立っている。
「どういう原理で足場として機能してるんだ? というか、ファンタジー過ぎるだろ」
「まぁまぁ、けど、この渦に乗れば、次のエリアに行ける。ってこと?」
「その通り。流石、セイさんは話が早い」
「じゃあ、私も乗る!」
湖に落ちないようにタクに手を取られて、渦の上に渡るミュウ。セイ姉ぇにも同じように手助けする。
「ほら、ユンも乗れ」
「あ、ああ。分かった」
俺は、湖に落ちても自力で復帰できるから要らないのだが、差し伸べられた手を無視するのも感じが悪いとその手を取る。
「それじゃあ、行くとするか」
四人が乗った事で、足場の渦が沈み始める。しかし、渦は、水を侵入させずに、球状のまま形を変えて、ゆっくりと水の中へと移動する。
「ほわぁっ! 凄い! 水中トンネルとか水族館であるけど! その比じゃないよ!」
興奮する美羽は、バリアのように水を防ぐ渦に手を当てて、水中の様子を見回している。
透明度の高い湖の深い所へと徐々に移動し、俺がボスを引き摺り出した穴の中へと入っていく。
最初は、真っ暗な空間だが、光り輝く魚たちが水中を照らし、湖底の。いや、地下水脈の様子を映し出す。
「おおっ!? あれはボスの幼体かな? ちっちゃい」
「いや、十分デカいだろ」
バスケットボールほどの大きさのボスの幼体が見える中で、深海魚っぽい魚や水草などを眺めて進んでいく。そして、光輝く魚とは違う白い光が進行方向に見え、そちらを向くと出口が見える。
「ここが、湖の先――っ!?」
水中より浮かび上がり、太陽の光に目が眩み、手を光の方向に翳す。徐々に光に慣れて来た目が見た光景は、白い砂浜だった。
「うわぁっ! 楽しそう! 海だよ、海!」
「そうね。綺麗な砂浜ね。近くに敵も居なさそうね」
出口である小さな水の流れ道と転移オブジェクトのポータル。そして、見渡す限りの白い砂浜と青い海。波が砂を洗う音が心を落ち着かせる。
「さて、帰ろう! 私たちだけで楽しむのは勿体無い! 今度は、みんなを連れて来ようよ!」
「そうね。それに、拡張クエストをまずは終えなきゃね」
ミュウとセイ姉ぇに言葉に頷き、ポータルを登録する。これでいつでもこの場所に転移してくることができる。かなり難易度の高い場所なのか、まだプレイヤーのいない砂浜で思いっきり遊ぶのもいいし、一人で波と砂の音に耳を傾けるのを想像するだけでも楽しみだ。
一人、苦い表情を作り、シチフクとの約束を履行しない、と呟くタクは、見なかったことにして四人で第一の町へと戻って来る。
その足で、教会のクエストNPCの元へと向かい、第二の試練を受け取ることにする。