Sense263
ログアウトして、早めの夕食を食べた俺は、台所に立ち、料理を始めた。
「なに? お兄ちゃん、お夜食?」
「違う違う。巧の奴の飯だよ。静姉ぇが言った通りなら、ログアウトするのも遅いだろうし、飯もまだだろ」
俺たちと別行動していた巧と静姉ぇだが、巧だけは知り合いから情報を聞き出せたと言うことで、静姉ぇだけ先にログアウトした。
今日は巧一人という事を聞いていたので簡単な料理を作って、ご飯と保存容器に盛り付けて、紙袋に仕舞う。
「お兄ちゃん、私が届けるよ」
「絶対にダメ。女の子一人の外出なんて危ないだけだろ」
「ええっ、それじゃあ、お兄ちゃんだって危ないじゃん」
「口答えしない。それじゃあ、俺は出かけるから。帰りにコンビニに寄るけど、何か欲しい物ある?」
「それじゃあ、アイス! ボリボリくん、ソーダ味!」
「お姉ちゃんは、みゆき大福が食べたいなぁ」
居間の方の炬燵から間延びした静姉ぇの声を聞いて、俺は、買い物リストを記憶する。
「それじゃあ、行ってくるから」
「あっ、それと飲み物とかも買って来て」
追加の品物を心のメモ張に書き留めて、美羽に見送られながら玄関の鍵を閉める。
一月は、日の沈むのが早く夜は寒い。袖を通したコートの中で一度首を縮めて身震いし、空を見上げる。
雲の少ない空のために、放射熱が空に逃げて寒い。
早く巧の所に料理を届けてからコンビニに寄ろう。と決意し、歩き出す。
行き慣れた住宅街の道を歩き、巧の家に辿り着き、玄関のチャイムを鳴らすと、家の中からドタドタとした足音で向かってくる音が聞こえた。
「待ってたぞ、夕飯! それと峻」
「少しは落ち着け、巧。それから俺は、夕飯のオマケか」
ジト目で数秒睨むとはははっ、と乾いた笑いで頭の後ろを掻く巧。ただ、その髪の毛が湿っているので、先ほどまでシャワーでも浴びていたのかもしれない。
「そんな濡れた頭でいると風邪引くぞ。夕飯は俺が温め直すから早く髪の毛乾かせ」
玄関にいる巧を押し返すように、巧の家にお邪魔し、勝手知ったる我が家のように色々な物を準備していく。
ご飯をお茶碗に盛り付け、少し冷えた夕食の肉野菜炒めをラップして一度レンジで加熱し直す。巧の事を考えて、おばさんが用意してあるインスタントの味噌汁に保温ポットのお湯を注ぎ、揃えて行く中で髪の毛を乾かし、首にタオルを撒いた巧が戻って来た。
「おおっ! 美味そうだな! 良いのか! 色々な野菜使ってるぞ!」
「正月に使わない食材を処分しただけだ。冷蔵庫に入れたままだと悪くなるからな」
正月前に使い切れなかった野菜を適当にぶち込んで、申し訳程度に豚ロース肉を切って入れた肉野菜炒めだ。油で炒めたために分量は減ったが、それでも少し多いくらいだが、ガツガツとご飯と一緒に食べ始める巧。
「うん、美味い!」
「そりゃどうも。お茶、勝手に入れるぞ」
「あっ、俺の分も頼む」
インスタントの味噌汁を啜りながら、巧の家のキッチンで緑茶を用意する。部屋の中は温かいのだが、外の空気が冷たく乾燥していたためにお茶が欲しくなった。
二人分のお茶を用意し、巧に渡す。
「ほら、お茶」
「うん、サンキュー。峻の方は、ポーション瓶の方で何か情報ってあったのか?」
「あー、うん、あると言えばあるかな?」
生産職ではない、巧にどのような配合比率。などのコアな話をカットし、簡単な有効素材とそれぞれの特徴を伝え、最後に一つ。分からない事を伝える。
「それで、【料理】センスの補助に使えるポーション瓶が分からないんだよなぁ」
「……」
「巧?」
「いや、ちょっと思ったんだけど、料理関係のステータスって満腹度だよな。それと満腹度の表記は、%で表される」
「うん。そうだけど……」
「例えば、紅茶一杯で満腹度が3%回復するとして、ポーション瓶に入れると、【回復効果+2%】だったら、満腹度の回復量が5%にならないか?」
「……その考えは無かった」
確かに、HP、MPと同じく満腹度も回復対象だ。まだ検証していないが、その可能性があるとすると……
「つまり、料理の味を向上させる素材は――」
「アイテムとしての回復量は、上昇するかもしれないけど、味までは保証できないぞ」
「そんな……」
ああ、おいしい漬物、とがっくりと肩を落とす。
「なるほどな。だとすると、次の相手は、ユンにとって丁度良い相手かもしれないぞ」
「うん? どういうことだ?」
「ダイアス樹林の残りの一種類の事だよ」
「ああ、それでレアMOBの情報はあったのか?」
「情報って言うか、倒した奴らに話を聞いてきた。あと、姿が見えないからレアMOBじゃなくて、普通にボスMOBらしい」
「それはどういうことだ?」
俺が首を傾げると、巧は一度ご飯を勢いよく掻き込み、良く噛み締めてから話し始める。
「ボスは、ファンガス・ジャンボ以外にももう一体ボスが居て、それぞれのボスの奥は、エリアが違うんだ」
「そんな……ダンジョンじゃないんだから分岐ルートとか無かっただろ」
「一か所だけ、俺たちが探してない場所があっただろ」
鬱蒼とした森の入り口部分や湖周辺、奥の清涼な森と小川などは調べた。まだ調べていないのは……
「……まさか、湖の中?」
「正解。一度接近すれば、湖から浮上して、水辺で戦うんだと……シチフクが言ってた」
ギルド【OSO漁業組合】のギルマスの名前に、水辺のスペシャリストならではの発見だと感心する。その一方で、水中に適応で出来るのは、俺一人しかいない事実に気がつく。
「囮と言うか、ボスに接近するのって……」
「お前しかいないだろ。まぁ、そこまで大変じゃないだろ」
「また他人事みたいに」
「ボスドロップは、【愚足の光珠】って強化素材にも使える石だ。今のお前の欲しい種類のドロップだろ?」
よし、全力で湖底から引きずり出して倒してやる。と小さく拳を握りしめる。
「さて、俺は飯も食い終わったし、まだまだクエストに関して調べてみるわ」
「そうか。じゃあ、俺はお茶を一杯貰ったし、帰るな」
「ああ、玄関まで見送るわ。あと、容器とか今度洗って返すな」
「分かった。それじゃあ、また明日」
巧に見送られて、自宅へと帰る。帰りの途中でコンビニに寄り、頼まれたアイスと飲み物、あとは適当に摘まめるお菓子を忘れず買って帰る。
先ほど、巧が話していたボスMOBの話は、俺が帰った後に巧からメールで詳細が送られたらしく、妙にやる気の姉妹が待っていた。
俺は、冬空の下で冷えた体をお風呂で温めてから布団に入り、眠りに着く。
「あー、そう言えば、ドロップ整理するの忘れてた」
強MOBのカモモとファンガスジャンボのドロップを取り出すのを忘れていた。
後日、ボスドロップを整理した結果、アイテムの詳細が色々と分かった。
カモモのドロップは、【カモモ印の桃】という食糧アイテム。種がないために栽培できないものでATKとSPEEDを上昇させる食べ物だ。以前、出会った、サハギン亜種のサバキンの鯖缶と同じ雰囲気が漂う。
ファンガスジャンボのドロップは、【茸の丸太】というアイテム。これを素材にも使えるが、これを立て掛けて、水をやると継続的にキノコが採取出来る。このキノコは、ファンガス・ジャンボの特性に近い高い耐久力を付与してくれる。
料理に使えば、HPの上限とDEFとMINDを一時的に上昇してくれる。
調合に使えば、状態異常の予防薬の素材として使えるが、現状では素材が足りなくて不可能だった。
これらの事が分かった後は、アトリエールの日蔭で干しキノコを作って保存することになる。