Sense262
アトリエールに設置してあるミニ・ポータルへと戻ってきた俺は、早速インベントリから砂結晶の入った袋を取り出し、それに調合する素材を取り出していく。
砂結晶と混ぜて、火を加えて色が出るのは、手持ちでは獣系MOBの角や骨、虫系MOBの甲殻・外殻、そして鉱石系だ。
「これから作るの?」
「ああ、まぁ、まずはレシピのデフォルトを試してみるか」
俺は、ポーション瓶を作るのに必要な量の砂結晶を取り分け、粉砕機に掛けて、細かな状態にしていく。全てが粉砕されるまでの間に、工房部の端に置かれた炉に火を入れ、道具を揃えて行く。今回使うのは、吹きガラス用の長い金属パイプだ。
「【細工】センスってアクセサリーを作るセンスのはずだよね。ただリングを作るだけかと思ったら、こんな物まで作るんだから、凄いね」
ミュウが自分の腕に嵌る白いビーズアクセサリーを撫でる。確かに、アクセサリー以外にもジョークアイテムとしての小物なども作ることは出来る。だが、活用できる方法はほんとに極僅かだ。
「言うほど良いセンスじゃないぞ」
ミュウの感想に対して、俺は否定をしておく。その間にも、粉砕の終わった砂結晶を炉に入れて溶かし、ドロドロに溶かす。溶解ガラスが固まらないように炉の中に入れたまま、金属パイプに巻き取っていく。
金属パイプのガラスが固まる前に生産の補助アシストを受けながら、金属パイプに息を送り込んでいく。パイプを回しながら、容器を膨らませ、冷めて固まる前に再び炉に入れて、柔らかく戻す。サンプルのポーション瓶に近い形へと成形していき、最後にガラスカッターで金属パイプから切り落とす。
ポーション瓶【消耗品】
ポーション専用の瓶 追加効果:【回復効果+1%】
出来上がった瓶と従来使っていた瓶を比較して、その差に苦笑いが浮かぶ。効果が回復効果を1%上昇させるだけだ。これはあっても無くても対して変わらないのと同じだ。むしろ労力と素材のことを考えるとやらない方が楽だろうな。
「おおっ!? 出来るの早い!」
「まぁ、正直、あんまり出来は良くない。【彫金】センスの生産アイテムって大体中途半端なんだよ」
俺は、【付加術】を組み合わせることで用途を増やしたが、【細工】系センス単体なら作れる物は多くても効果は低い。一部例外は、アクセサリーなどの装備類だが、それにも相応の生産設備が必要であるために、ある程度のレベルと資金を持たないと辛い。
「まぁ、ここから最適な組み合わせを探さなきゃな」
「じゃあ、出来た奴見せてね。私は、お店の店舗の方で休んでいるから」
「ああ、それじゃあ、キョウコさんに頼んで適当にお茶でも出して貰ってくれ」
そう言って、工房部から出て行くミュウに後ろ手をひらひら振って送り出す。
以前、ビーズアクセサリーの一環で作ったトンボ玉のレシピを取り出す。あの時は、適当に作ったために明確な配合比率などはないが、今回は、素材と色、そして分量ごとに検証してみる。
まぁ、混ぜる量はそれほど多くなくて良いので、ポーション瓶一本分の砂結晶に何グラム加えればいいか、と言った感じだろう。
「さて、まずは、獣系MOBの素材からだから……蝙蝠の牙で良いかな」
それぞれ分類の素材の粉末、1グラムから15グラムで作り、それによる瓶の効果の差を調べる。一本作る時間は、センスのアシストと慣れが合わさり短い時間で作ることは出来るが全ての組み合わせを試行するのには時間が足りないために、まずは当たりを着ける。
蝙蝠の牙の量を変えて作ったポーション瓶をそれぞれ見た結果――7グラムから11グラムの間のポーション瓶だけが効果が発生した。
つまり、加える粉末は、少なすぎても多すぎても効果を失い通常の瓶と同じ効果になる。
「粉末の加える量は、7から11グラムかぁ、そうなると、保存瓶に必要な素材がポーション瓶の五倍だから、35から55グラムの間ね。そして、蝙蝠の牙だと、ステータス上昇系の効果+1ね」
他の種類の素材も調べたが、虫系の場合、【BST回復+1】。状態異常の回復段階を一段階引き上げてくれるのは良い効果である。鉱石系は、残念ながらガラスに色が着くだけで効果は無かった。ただ、一つ、草食獣からのドロップである胆石とその合成素材である薬石を配合した場合、【回復効果+2%】が着いた。
「この差はなんだ? 同じ獣系のMOBの素材だからな。いや、薬石は【合成】センスで作ったから厳密には違うのか? うーん。安価な素材で作ったらもっと種類を増やしてサンプルデータと傾向を調べたいな」
けど、大体の分類は分かった。そうなれば、後は傾向に沿った素材を混ぜて作って納得のいく瓶を作る。
今回は、見つけられなかったが、料理アイテムに適した素材も見つけ出してみせる。
「生産作業は、終わったの?」
「ああ、今一区切りって所だ」
ミュウは、カウンター席に座って、キョウコさんの用意したお茶を飲んで休んでいる。
「それでどんな感じ?」
「そうだな。まぁ、HPと状態異常の回復に向いた瓶の配合は出来たけど、まだ不明な点も多くてな。もっと素材のサンプルが欲しいんだ」
「それじゃあ、私の持ってるアイテムとか渡す? もうレベルが結構上がったから使わないままの素材もあるんだ」
「いいのか?」
「うん。その代わりに――リゥイを触らせて!」
暇過ぎてお茶を飲んでいるだけじゃ物足りないとの事。その代りに、余っている素材を一個ずつ無償で支援してくれるとのことだ。
そして俺の選択は――
「リゥイ、ザクロ――【召喚】」
インベントリより取り出した召喚石から二匹を呼び出す。【アトリエール】は狭い店内であるために、リゥイも【幼獣化】の状態で呼び出され、こちらを見上げてくる。
「……技術の進歩のために、犠牲になってくれ」
「承諾と言うことで! うわぁ! やっぱり、この白馬のすべすべ感がいいなぁ!」
いきなりに抱き付き、不意打ちを食らったリゥイとミュウの行動に驚いたザクロが俺の背中に隠れるように飛び上がる。
ミュウに抱き付かれたリゥイは、自分売られたのか……と若干哀愁の漂う視線を向けてくるが、意図的に視線を逸らす。
「はわぁ、やっぱりユニコーンはいいなぁ、どこかに居ないかな」
「ミュウ。それより素材」
「あー、そうだね。忘れてた。ちょっと待って……」
メニューのトレード機能を使い、ミュウから受け取る素材の種類には、感心するばかりだ。
初期とはいえ、ブレードリザードやゴーレムなどのボスドロップや雑魚MOBのレアドロップなど、使えそうな素材を何気なく渡して来る。これだけの数を揃えようと金を出せば、総額で100万Gは超えるような素材だ。
「それで足りる?」
「ああ、十分だ。けど、武器や防具の強化素材に使える物まで混じってるのはちょっと勿体無い気がするな」
「今手に入る追加効果の下位互換だったり、センスとの相性が悪い奴は使ってないからね」
真面目に返答しながら、リゥイの体に顔を埋めるミュウとうんざりとした様子のリゥイ。うん、見なかった事にして生産作業に戻ろう。
「ねぇ、結果をここで見せてくれない?」
「ここで? 生産設備のある場所で手作業で作った方が色々とメリットあるんだけど」
「私一人だと暇なの。ねぇ、お願い」
ミュウに頼まれてしまい、仕方がない。と溜息を吐く。まぁ、生産アイテムの性能を高める為ではないために、デフォルトのままでも良いか。と思ってしまう。
「そう言えば、生産アイテムを手作業でレシピに登録しないで作るのは何時ぶりだ」
一度はレシピに登録して、MPと素材を消費して生産しているので、一からスキル頼りの生産には、少し不安がある。生産した、といった感じにはならないのだ。
「まぁ、良いか。ちょっと素材を揃えてくる」
一度工房部から砂結晶の袋を店舗部のカウンターへと移動させ、メニューにあるポーション瓶のデフォルトレシピに砂結晶と別素材を加えるように操作し、スキルを発動させ、次々とポーション瓶のサンプルを生み出す。
「ねぇ、お姉ちゃん。やっぱり、生産設備で作った方とそんなに差があるの?」
「ミュウも知ってるだろ」
「うん。けど、実際に生産センスは持ってないから知識だけだけどね」
「そうだな、結構変わるな。一番最初にやる時とアレンジの時は、生産設備だな。まぁ、スキルでの自動作成は、DEXのステータスに影響があるからどんなに頑張ってもステータスが低ければ成功率は低いけど、手作業ならある程度手際が良ければ、成功率は補正が掛かってる感じかな」
かなり体感的な部分だけど、そう感じる。それに経験値の入りも手作業の方が多いのも一つだ。そう考えている間に、揃ったポーション瓶の使用素材とポーション瓶の効果をメモしていく。
「ブレードリザードの剣鱗石とゴーレムの地の精霊石も同じ【回復効果+3%】か。他は、スライムの核が薬石と同じ。そのほかは、獣系はステータス強化系の効果を高めるけど……」
なぜ、獣系の素材とこれらの素材で効果の系列が違うのか。頭を悩ませると、ミュウがぽつりと意見を述べてくれる。
「それって、石が共通だよね。牙とか爪、鱗とは違って」
「……それだ!」
確かに、ミュウに言われて気がついた。銅や鉄などの鉱石系の素材は効果が表れなかったから失念していたがその代りにMOBからの石系の素材が有効だった。しかも、サンプルデータを見る限り、回復効果が高いポーション瓶は、比較的レアな素材が多い。
「よし! そうと分かれば後は、系統だって素材を分けて、残った種類の素材から【料理】センスに適した――「ちょっと待ったぁ! そろそろ休まないと! お夕飯の時間だよ」……そうだった。はぁ、忘れてたな」
ミュウからストップが掛り、大人しく使用した素材などを片付ける。ログアウト間際に、ミュウから解放されたリゥイは、不機嫌そうにこちらを睨んでくるので、軽くごめん。と謝る。そのまま、ぷいっ、と顔を逸らされてザクロを連れて店の離れた所に移動したので後でご機嫌を直して貰う方法を考えよう、と思いながらもログアウトする。