Sense261
強MOB・カモモを倒した俺たちは、その後、湖の所まで戻って休んでいるのだが、それまでにまた一悶着があった。
「いやぁ、まさか、カモモとの戦闘で最初の地点より大分ズレているとは思わなかった。まさかのボスMOBと連戦しちゃうなんて」
「けど、問題ないだろ。これで残すはレアMOB一種になったわけだ。ってどうしたんだ、ユン。そんな難しい顔して」
「うーん、いや……なんというか釈然としない」
陽気に先ほどの戦闘を思い出して、楽しそうに先頭を歩くミュウとそれに相槌を打つタクだが、俺は釈然としない気持ちを抱えている。
コミカルな動き異常に非常に高い攻撃力と速度を持つカモモを倒した後に、連戦でこのダイアス樹林のボスであるファンガスジャンボという巨大なキノコのMOBが現れた。
カモモのコミカルで可愛らしい見た目の直後に醜悪なキノコに衝撃はかなりの落差を感じた。更にその形状がミュウの苦手な食材であるエリンギに似ていることから――
「滅びろ、エリンギお化け!」
などと女の子からは滅多に聞けないような鬼気迫る声と苛烈さを増すミュウの攻撃。それほどエリンギが憎いのか、妹様は……。
そして、それに耐えるファンガスジャンボは、とにかく面倒臭い相手だった。馬鹿げたHPと自然回復能力、また状態異常へと圧倒的な抵抗で得意の状態異常が使えないために、チマチマと弓系のアーツでダメージを与えていった。
その結果――カモモと比較すると、弱かった。
ただ、大きくて倒れ辛い的で、時間は掛るが、HPの安全マージンを取りながらの戦いなら倒れることは無い。連戦で精神的に疲れたが、それ以外は特に何もない。というボスだった。
タクもセイ姉ぇもまさか連戦に突入するとは思わずに疲れた表情を見せたが、ミュウ一人だけ、何故か満足げな笑顔を見せていた。
「悪は滅びた」
ミュウさん、ついにエリンギを悪とまで言ってしまうか。
まぁ、そんな戦闘が終わった直後――
「ユンちゃん、肩透かしを食らったような感じね」
「セイ姉ぇ。分かる?」
「そりゃ、ユンちゃんのことだもの。けど、ふふふっ……」
「な、なんだよ」
突然、小さく笑い出すセイ姉ぇに少し狼狽える。
「いや、ごめんね。カモモとの戦いの時を思い出しちゃって」
「ああ! そうだ! なんか、こう、バーンと壁を突き抜けたら、泥沼にベチャって飛び込んで! 何が起こったのか分からなかったから」
「ユンは相変わらず、予想外な方法を使うよな。俺たちの視点から見たら、壊される防御魔法をまた作ったのかと思ったら、泥沼ダイブだからな。一瞬何が起こったか分からなかったけど、危うく笑って剣を落とすところだったぞ」
その時の光景を思い出して、セイ姉ぇに釣られたように小さな笑いを零す二人。それに対して、俺は、やや拗ねた感じで不満顔を作る。
「俺だって狙ったわけでもないんだぞ」
「まぁまぁ怒るなよ。この分だとセイさんの氷魔法で氷を張ったら、どこまでも滑って行きそうだよな」
「それ見たいかも! また戦わない?」
「戦わない!」
ミュウが思いつきで言うが、俺は断固拒否する。カモモ一体でかなり大変だったのだ。少し戦闘から離れて休みたい。
「それじゃあ、今日は切り上げて、クエストの報告しましょう」
セイ姉ぇに促されて、ぼうっと眺めていた湖から視線を外して、ポータルで第二の町まで戻って来る。ヒュステル爺さんに会い、クエスト報告をすると同時に、会話が進む。
「ちゃんと、【砂結晶】を集めてきてくれたのう。さて、これの使い方を一つ教えようかのう。来るのは、薬師の嬢ちゃんだけでいいかの?」
「えっと……タクたちは来る?」
一緒にこの会話の続きを聞くか尋ねるが、みんな首を縦に振る。
「それじゃあ、四人。お願いします」
「ふふふっ、勤勉じゃのう。よいよい、狭い家じゃが入るといい」
そう言って、悪い右足を引き摺るように家に招いてくれる。中には、染みついた薬草の緑の匂いが広がり、ポーション作りで慣れた俺としては、安心する香りで余計な力が抜けて、いい感じでリラックスできる。ミュウとタクは、嗅ぎ慣れていないためか、少し不思議そうにするが、不快な様子はない。セイ姉ぇに至っては、普段通りだ。
「それじゃあ、教えようかのう。まずは、【砂結晶】の用途じゃが、容器を作るための物じゃよ」
「今度は、容器。つまり瓶かぁ」
俺は、その言葉に天井を仰ぐ様に見る。
「なぁ、なんで瓶が必要なんだ。既にあるだろ」
「タクは、生産の方はあんまり知らないだろうけど、あのポーションの瓶ってのは、ポーション系を詰めるためにタダで無限に手に入るんだよ」
「つまり、薬だけじゃなくて、容器にまで特殊な効果を持たせる。ってこと?」
「ほほほっ、白いお嬢さんも中々頭の切れがいいのう」
そう言って、砂結晶と対比するように二本の瓶を見せてくる。
一つは、俺が普段使っている無色透明な瓶で中のポーションが透けて見える。ただ、もう一方は、藍色の瓶だ。その色から中身のポーションの色が判別できないがどちらも同じ種類のポーションらしい。
「これには、幾つかの種類が合ってのう。砂結晶に素材を混ぜることで色が変わる。見れば、白いお嬢さんのブレスレットにも使われとるのう」
「ええっ!? これ、それが使われたの!?」
以前、ミュウに渡したビーズアクセサリーのパーツに砂結晶を溶かして作ったガラス玉が入っている。
幾つもの金属粉末と混ぜて、色を変えて研究したのを覚えている。
「じゃから、薬の種類ごとに適した色の瓶が存在するんじゃ。この青い瓶は、儂が見詰めた調合の一つじゃがな」
「それで、ヒュステル爺さんは、自分で瓶を?」
「いんや。ワシが砂結晶と素材を調合して、ガラス職人に渡すんじゃよ! 役割分業は大事じゃからな!」
はははっ、と笑う爺さんに、そういうこともあるんだな。と苦笑いしながらも、すぐに表情を戻して真剣に考える。
金属でも多彩な色に変わる。MOBの素材。とりわけ、虫系の甲殻や獣の骨なども対象素材だ。種類によっては、効果が無く、無色透明になるパターンもあるために試行パターンは減るが、色々と試す必要はありそうだ。
「おやおや? ユンお姉ちゃんがやる気になったようだね」
「そうだな。こうなりゃ、ユンは梃子でも動かねぇし。まぁ俺たちは俺たちの方で情報でも探しますか」
「そうね。タクくんと私は、知り合いに当たってみるからユンちゃんのこと、お願いね」
「楽しそうじゃのう。ワシからは、レシピとして【ポーション瓶】と【保存瓶】の二種類じゃ。これがあれば色々と研究ができるじゃろう」
そう言って、ヒュステル爺さんからの話が終わり、クエスト達成のインフォメーションを受ける。すぐさま、貰ったレシピを確認し、その違いを理解する。
「片方は、使い捨ての消耗品でもう片方は何度も使えるタイプか」
ポーション瓶は一回きりの瓶に対して、保存瓶は、詰め替えれば何度も使える。消費素材の差があり、ポーション瓶は普段使っているのと同じサイズなのに対して、保存瓶は、分厚いガラスの四角形の瓶だ。その中には、飴玉や固形薬、ポーションなどを保存するのに適しているとの事だ。そして俺が思いついたのは――
「これで梅干し作ったらうまく漬け込めるかな」
「お兄ちゃん……」
うっかり、兄と呼んでしまう程にミュウの呆れてしまったようだ。だが、これは重要なことだ。美味しく漬け込めるかで、【調合】センスだけでなく、【料理】センスへの応用も利く。それ以前に、瓶を作るために【細工】センスも必要になるのだから、一人で全てを行うのは大変だろう。
「まぁ、ある程度の成果を出して、周りに伝えればいいか。俺は【アトリエール】に戻るけど、着いてくるか?」
「うん! 行く!」
元気のいい声を聞きながら、ポータル経由でアトリエールへと戻って来る。さぁ、新年早々だが、新しい生産アイテムを知るのは何時だって楽しい。