Sense259
「やっぱり、魔法とアイテムの違いでしょ」
「それは、どういうことだ?」
首を傾げてミュウの仮説の意味を聞き出そうとするが、可愛らしい唸り声を上げて、首を捻るだけで説明される気配はない。それに見かねて助け舟を出すセイ姉ぇ。
「こう言えば、いいんじゃないのかな? ユンちゃんの作ったマジックジェムが別の人に渡して使った場合、それで引き寄せた敵はユンちゃんの方に行く?」
「ああ!? そうそう! そんな感じのことだ!」
ミュウがすっきりした顔で声を上げる。その言葉にタクが更に肉付けする。
「まず、あり得ないよな。だから、プロセスとしては、普通に魔法での攻撃だったら、攻撃したプレイヤーもしくは、そのパーティーへと向かってくる。だけど、マジックジェムは、一度手から離れたアイテムだ。マジックジェムを発動させたら、まずは発生させた場所に移動。次に、攻撃プレイヤーへと向かう。って二段階のプロセスを辿ったんだろう。」
「今まで気がつかなかった」
「まぁ、発動させた場所が近ければ、プロセスの感覚が短いからな。でも、なんで気がつかないんだよ」
そうは言われても、使うマジックジェムは、ボムとクレイシールドの二種類しかなかった。そして、その魔法を使う時は、防御か、単体MOBに使うか、密集地に投げ込む方法しか使っていなかった。今回みたいに、広範囲のMOBをリンクさせるような使い方はしていなかった。似た効果に使える爆弾も範囲はそれほど広くはない。
その状況を端的に言葉にする。
「……確殺したい時くらいにしか使っていなかった」
「あー、そう言えば、お前だけ別ゲーやってる感じだったよな。センサー爆弾や地雷、毒薬。それに弓矢の精密射撃。お前は、一人で傭兵やる気か」
「失礼な奴だな。俺は、ファンタジー系のゲームでただの生産職をしているだけだ」
「ファンタジーに謝れ!」
何故か、タクに怒られた。納得できないが、ミュウはうんうんと頷いていた。セイ姉ぇは二人を宥めつつ、その情報で有用な作戦を立てることへと話を持っていく。
「パーティーで戦うなら、ユンちゃんのマジックジェムで一か所に集めて、私とミュウちゃんの範囲魔法で殲滅とかが効率がいいかもね」
「一応、マジックジェムはアイテムでの発動だから、俺も普通に魔法は使えるぞ」
「なら魔法使い三人の開幕攻撃で先制してからの通常戦闘って感じかな?」
「なら、次の相手は、強MOBでいいんじゃないか?」
タクたちが選んだ相手は、どうやらこのエリアの強MOBらしい。センス拡張のための特殊クエストを消化するためだが、その前に――
「もう一つ、【砂結晶】を集めるクエストもあるだろ。俺はそっちの方がメインなんだけど」
「ごめんごめん、忘れてた」
タクが一応謝って来るが、未知の生産技術ってことで俺の中では重要なのだ。そんなに簡単に忘れられるのは少し不服だ。
「奥の方に居る雑魚MOBを倒しながら、素材を集めて、強MOBに挑む。でいいのか?」
「そうだな。今日は、それで終わりにして、クエスト報告したら解散かな? 俺とセイさんは、このエリアを知っているレベルの奴らからレアMOBの情報がないか聞いてくる」
「なにかヒントになるものを知っているかもしれないからね。それでミュウちゃんはどうする?」
「うーん。暇だから、ユンお姉ちゃんの方についてるよ。面白そうだから」
そう言われるが、生産は淡々としており面白い物はないと思うのだが。
一度話を区切り、森の奥へと向かう。ダイアス樹林の入り口部分は、陰鬱な森と言った感じだが、逆に奥の方は、細い小川が森を走り、澄んだ雰囲気の落ち着いた森だ。
ひんやりとした冷たい空気が木々の間を流れ、吸い込む空気と小川の流れる音が心地のいい安心感を生み出す。
木々もそれほど密集していないために、リゥイに乗り、森の中を移動する。
「なぁ、森の中のMOBの情報お願いできるか?」
「分かったわ。ボスMOBと強MOBは後回しとして、雑魚の二種だけど、一匹がツインヴァイパーって二つの頭を持つ蛇型MOBね。毒液とか噛みつき。尻尾による打撃攻撃。後は、HPが減ると防御力を減らしてHPを回復させる【脱皮】ってスキルを使うからやや持久戦が必要かな? ちゃんとしたパーティーなら問題ないわ」
「それって、俺たちみたいなアンバランスパーティーだとどうなるんだ?」
「回避して、切る!」
「それと、俺がパリィして斬る」
ミュウが拳を作り、何にも心配する要素はないとタクが言う。確かに、俺がパーティーから離れている間に三人で二種の雑魚MOBを倒したようだ。
パーティーに壁役が正面に立ってくれないから不安だ。だが、タクは、二本の長剣の受け流し(パリィ)で疑似的な壁役を出来なくもない。
俺が不安そうにするとミュウがもう一体のMOBについての説明を始める。
「もう一種類は、物理と魔法の耐性を持つ『蘇りし自動人形』ってもう少し捻った方が良い名前だよ」
「なんだ。その名前は……」
「いるんだよね。こういうの。『暗愚なる盗賊』とか『愚鈍なる不死者』みたいな感じのクエスト用に用意されたMOBや敵対NPCに似たネーミングセンス」
「俺が知ってるのは、『深緑の狩人』ってクエスト限定のボスMOBだな。まぁ、これだけデカいゲームなんだから名前決める人も複数人いるだろ」
作品に統一感ねぇな! と思うが、イベントで出たスパイス・スパイダーやヨウショク・マグロもダジャレのようなセンスを考えると逆にこれだけの名前を一人で思いつく人がいたら感心する。
「まぁ、名前は良いとして。HPを回復して戦うツイン・ヴァイパーとは違って、耐性系と高いHPと防御ステータスで戦うタイプね。あとは、ランダムで火、水、風、地の魔法のどれか一種類を使うわ」
長くネーミングセンスについて語りそうになるのでセイ姉ぇが補足を加える。どちらも中型以上、大型未満のMOBで複数では襲ってこない。一対多数の戦いになるが、どちらも耐久度が高い。
「時間効率で考えると、ドロップとかは普通より少し少ないけど、戦闘経験って面だと美味しいんだよね。金策には向かないけど、レベル上げには良い。けど、ソロ向きじゃないって」
そう評価を下すミュウに、そういう面があるのか。と納得して、見つけた採掘ポイントへと降りる。
流れる綺麗な小川の水底へと入り、農業用のスコップを取り出して、突き立てる。
白く濁った小粒の砂を水底から掬い上げて、クエスト用の麻袋に入れて行く。
「これが【砂結晶】か? どんなアイテムが出来るんだ?」
「ああ、こんな感じだ。――ちょっと待ってくれ」
タクが覗き込むようにしてこちらを見るので、インベントリの中に入れたままの練習用の腕輪を見せる。鉄製のリングの溝に溶かした砂結晶を流して、固めた腕輪だ。
粉砕した砂結晶に金属の粉末を混ぜたために濃緑色のガラス質で覆われている。
それをタクに渡す前に、【技能付加】で【採掘】のEXスキルをエンチャントして渡す。
「そっちの方でも採掘できるからよろしくな」
「マジかよ」
「そう嫌そうな顔するな。スコップ貸してやるから」
そう言って予備のスコップをタクに渡す。タクは、採掘の腕輪を装備して、見つけた木の根元を掘る。タクには、【発見】や【看破】、【第六感】のような感知系のセンスがないので隠れた採掘ポイントを見つけられないが、それは仕方がないだろう。今、掘っている場所も隠しポイントの一つだ。
俺は、麻袋に砂結晶を詰めて、別の採掘場所へと移動する。
「ねぇ、まだ終わらないの?」
「これで三分の一だ。あとは、自分用にもう一袋欲しいんだ」
「うう、早く」
「はいはい」
ミュウが待ちきれずに訴えてくるが、適当に聞き流し、採掘を終える。
そこでふと視線を上げると――なんかいる。
「……なにそれ」
「これが強MOBのカモモだよ。私たちが触らなければ、反応しないノンアクティブだから大丈夫よ」
「でも、ボスMOBよりも強いんだよ。こんな見た目で!」
と自慢げに言うミュウだが、その姿は……鳥か?
鳥というよりカモなのだろうか。つぶらな瞳と横広の黄色い嘴なのだが、胴体がデカい。
体の大きさが三メートル、高さ一メートル弱はありそうな巨大なカモだ。
「なんか、分からないけど、こういうのって可愛いよね。でも触っちゃうと戦闘になるから残念なんだよね」
「なんか、着ぐるみとかでも見ている気分になる」
目をキラキラさせた状態のミュウとは対照的に、俺は、その生物を考察する。
体の殆どが着ぐるみのようなずんぐりむっくりな姿で申し訳ばかりに短い手足を持っている。頭の上に桃色の果実を乗せ、嘴と細く非力そうな足と頭でのんびり歩く姿は、生物としての利点のどこにあるのか、非常に疑問に思う。
ゆるキャラかテーマパークのキャラクターと言った方が理解できるだろう。そもそもネーミングが、カモと桃を合わせて、カモモとか……。
「全く、ふざけ過ぎだろ。外見から」
「いや、見た目で惑わされるな。そいつは、ガチでヤバい」
タクが採掘からも戻って来て、そう断言する。
「なんせ、高いHPを持ち、魔法と近接格闘を主体に戦う奴だぞ。見た目は、ファンシーな着ぐるみだが、動きが早い。さらに、あの頭の上の桃を食べることでHPと状態異常を回復させる。唯一の弱点が、高速移動で木にぶつかる。ってお茶目な側面以外は、ボスを超えるスペックだぞ」
「想像できないんだが……」
まぁ、先にクエスト用の素材を集めてからだ。
俺は、視界の端に強MOB・カモモを捉えながら、採掘を続ける。
ファンタジーに全力で喧嘩売るような敵MOBいても良いでしょう。
その第一弾として、強MOB・カモモ