Sense256
「おう、来たな。待ってたぞ」
「タクさん、こんにちは!」
「こんにちは、タクくん。今回はよろしくね」
休憩を入れて、再度ログインした俺たちは、タクとの待ち合わせである教会前へと来ていた。アップデート直後で人の密度が高くなっている場所だが、比較的簡単にタクを見つけることが出た。
「すまんな、タク。なんか、付き合わせちゃって」
「別に気にしてないって。こっちもパーティーメンバーが軒並み、正月の予定とかで、一週間ほど長時間のログインが出来ないらしいからな。それと、うちの親も親戚の付き合いとかで出かけて飯無いんだけど……」
「おばさんたちも忙しいんだな。うちの親は、昨日からデートだから後で簡単な物なら届けるぞ」
助かる、と顔を突き合わせての相談をしている。たまにタクの親不在の時、あるものを適当に食べて不摂生をするために多少は気に掛ける。
「おーい、何時までもそこに居ないで早くクエスト受けに行こう!」
「ミュウちゃんが呼んでるな。さぁ行こうか」
「分かってるよ」
ミュウとタクに促されて、その場から移動する。少し離れた場所から「くそっ、新年早々ハーレムパーティーかよ」「ネットもリアルもリア充かよ。ガッテム!」「幼馴染属性の近所、通い妻属性とか、もうギャルゲーの世界かよ。それに美人三姉妹とか!」
振り返ると、今にも血の涙を流しそうな表情の男たちが居るが、どこにハーレムパーティーが居るのだろう? 俺もタクも男だし、どちらかと言うと比率的に男性が多いパーティーが大半だ。気のせいかな?
「ユンちゃん、ミュウちゃんとタクくんが待ってるよ」
「ごめん」
セイ姉ぇと共に、先行する二人の後を追うようにゆっくりと教会の中へと入る。
昨日は、蝋燭で仄かに照らされていた空間は、ステンドグラスから光を取り込み、清潔感のある白が映える。
そして、人気のない空間だった教会内部には、一人の壮年の神父の前に行列を作っている。
「あれがクエストNPC?」
「らしいな。受けるパーティーによって条件が変わるみたいだけど」
俺たちは、列に並んで漏れ聞こえる言葉に耳を傾けると「桃藤花の花びらを使った蘇生薬の納品か、まぁ金出して買えるな」「水属性のボスMOB討伐かぁ、水系のボスはフィールドと相まってメンドクサイ」「げっ、レアMOBのドロップ納品かよ。見つけるのも面倒なのに、更に、ドロップ率が低い奴。オークションに出てるかな? てか、俺が使いたいのに」「お前はいいよ。そいつ、特定のアイテムに集まる特性があるからそれを利用すれば、見つけるのは楽だぞ」
一部の試練は、簡単そうに感じる内容だが、受ける本人にとっては、面倒な内容だったりするようだ。そう考えるとミュウやセイ姉ぇ、タクたちと一緒に居ると難易度が跳ね上がるのではないだろうか。
「ほら、ユン。順番だ」
「ああ……」
なんだか、そこはかとなく不安になる俺たちは、四人揃ってSP50を消費することで神父からクエストを受注した。
――特殊クエスト【センス拡張・三つの試練】を受理しました
そのメッセージを受けて、神父から最初の依頼を貰う。
「あなたたちに課せられた第一の試練は――」
ごくり、と緊張から唾を呑みこみ、試練の内容に耳を傾ける。
「――【ダイアス樹林のMOB全種討伐】です」
「……それだけ? っていうかどこ?」
「「うわぁ、そう来るかぁ」」
俺は、少し簡単じゃないか? と思い、すこし肩透かしな感じがしたが、ミュウとタクは、違う反応を示した。セイ姉ぇも二人の様子に苦笑いを浮かべる。
「うーん。これは、微妙な試練ね」
「セイ姉ぇ、どういうこと?」
「まず、ダイアス樹林ってのは、第二の町近郊の森の奥。近郊の森の奥の薄暗い森を含む密林なんだけど……。行くまでに面倒、エリア自体が足場が悪くて、見通しも悪い。天然トラップとか、そんなのが一杯ある中で全種類の討伐は時間が掛かるかな?」
「なるほど……」
「そもそもプレイヤーが集めた情報として知られている種類が、7種類何だけど……」
メニューから見れるクエストの詳細には、0/8という数字。つまり、ダイアス樹林は、8種類のMOBが居るらしい。未知の一種類を探すクエストに等しい。
「長丁場になりそうだから、並列していくつかのクエストも受けちゃう?」
「そうだな。確か、採取系のクエストがあったはずだから、ユンも居るしじっくりと腰を据えてやるか」
ミュウとタクの提案には、俺は判断材料を持っていないので提案に乗ることにする。だが、それ以前に、俺はダイアス樹林の入り口で躓いた口だ。リーリーと一緒に冒険には楽という言葉に踊らされて、踏み込んで返り討ちにあった。
その記憶は、随分遠くに感じるが、その実まだそんなに時間が経っていない。
「トーンプラント、ホッパーラビット、コボルト・ソルジャーは入り口付近で出会えるから、奥の方にいる雑魚二種、強MOB一種、ボスMOB、最後に、未確認のレアMOBって所だね」
「おれ、植物と兎とコボルトの嵌め殺しで一回死に戻りしたんだけど」
「大丈夫だよ。前より回避のプレイヤースキルは高いはずだから!」
そう言って、あれよあれよ、と言う間にミュウたちと共に連れて行かれる。長丁場になる予定なのに、準備なし。まぁ、インベントリに必要な物は揃っているが。
そして、ポータルで第二の町へと移動し、とある民家の扉を叩く。ダイアス樹林の採取クエストを発注してくれるNPCがいるらしい。小さなこじんまりとした家から人がゆっくりと歩いてくる気配がする中、扉が開いた先には――
「おや、こりゃ珍しい組み合わせじゃな。前に一度依頼を受けてくれた坊主に嬢ちゃんたちと……マーサの所で配達しておった嬢ちゃんかぁ」
右足が悪いのか引き摺っているその老人NPCの名前を俺は知っている。彼は、ヒュステル爺さんと呼ばれるNPCだ。確か、彼は趣味で【釣り】をやっていた。
「なんじゃ、採取の依頼か? それと……ふむ。同じ【調合】をもつ嬢ちゃんもおることだ。あっちの方のクエストも頼もうかのう。採取には、【フィナ豆】を二十束。採掘の方は、スコップか何かで【砂結晶】を一杯持ってきてくれんかのう?」
「なんか、隠しクエスト見つけちゃった感じ? なんで? 原因はユンお姉ちゃんだよね」
「十中八九、ユンだよな、これ。たぶん、生産系センスの有無が大きいだろ。会話の前後から考えると。それにしてもフィナ豆? 砂結晶? 関連が分からないんだけど」
「……何となく分かる。と言うか、ちょっと待って――」
俺は、インベントリから愛用している一冊の本を取り出す。蘇生薬等の調合レシピが記載されているレイドクエストの報酬【経験則的民間薬事典】にフィナ豆を使ったレシピがあった。
「確か……蘇生薬、アブソプションでもマナ・タブレットでもない。あった、再生薬――リジェネ・ポットの材料だ。それと【砂結晶】はガラス細工を作るのに使ったな」
「嬢ちゃんは物知りじゃな。じゃが、それは半分正解と言うところじゃな」
俺の答えは、概ね正解らしい。だが、まだ足りないらしい。
「他にもダイアス樹林は、薬師にとっての素材の宝庫じゃ。色々な薬の素材を集めて、儂の依頼を完遂できたら教えても良いぞ」
その言葉に僅かに目を見開き、それでもまだ特殊クエストの試練の最中だ。試練のダイアス樹林のMOB全種討伐のついでにクエストを受けることは良いのか、とミュウたちに目を向けると、満面の笑みで頷いてくれた。
「ユンがゲームの知識と技術を得れば、その分強くなるんだ。俺たちのことは気にせず、ガンガンやれよ!」
「そうだよ! それが回って私たちの助けになるんだから」
「そうね。ユンちゃんが一度負けたダイアス樹林。ユンちゃんのリベンジの手助けをしましょうか」
「タク、ミュウ。それにセイ姉ぇ……」
「決まりじゃな。それじゃあ、素材を頼むぞ。わしは釣りに行ってくるから」
そう言って、ヒュステル爺さんは重い右足を引きずりながら、釣竿と籠。そして、虫除けの除虫香を焚きながら、家を出て行く。
クエストの素材採取も無事受理され、第一の試練のスタートラインに立つことが出来た。