Sense254
「……っ、んぁ」
どれくらいの時間が経っただろうか。状態異常のリングを着けて、ミカヅチに導かれるままに意識を手離したことは覚えている。だが、その後、ただ意識がないだけだ。
そして、酷く気分が悪い。熱っぽいような、気持ち悪いような。そして、頭も気持ち重たい気がする。
思考が纏まらないままに、視線を周囲に向けると、近くにミカヅチが寛いでいる姿に安心を覚えると同時に、先ほどの言葉の意味を聞かなくては。
「おっ、やっと起きたか。なんだ? まだ別の状態異常が残ってるのか? その様子だと、毒と魅了と混乱か? なら、この三本を飲めばスッキリする」
そう言って、解毒薬を始めとする状態異常回復薬を渡され、促されるままに、それを口に含む。三種類の薬の味が口に広がり、味の組み合わせの悪さに顔を顰める。その代わりに、頭を覆っていた靄のようなものが無くなり、気分がスッキリする。
そして気がつく――
「なんだこれ!?」
「嬢ちゃんの身を任されたからな。寝やすい恰好に着替えさせた」
「なんで着ぐるみパジャマ姿なんだよ! てか、いつ着替えさせた!」
「嬢ちゃんが眠った直後だ。レベリングに必要だから、装備を変えさせて貰っただけだ。ここをどこだと思ってる【ヤオヨロズ】のギルドホームだぞ。」
「いや、だからってパジャマである必要はないだろ!?」
「見た目パジャマだが、特定の状態異常への耐性効果があるんだ。状態異常の処理の関係で、そういう耐性装備を着けたままの方が経験値の入りが良いんだよ。それに面白いだろ? 眠りと気絶は、妨げないために、面倒な混乱と怒りの耐性装備だ。パジャマってチョイスがなかなかだろ」
「迷惑だ!」
俺は、声を上げて、ミカヅチに抗議すると、どこ吹く風か、両手で耳を塞ぎ、こちらの文句を一切聞かないとアピールしてくる。また、着ぐるみパジャマのフードの耳が垂れてくる、手足の袖が長く、付属の長い尻尾が足に絡まりそうなので、立ち上がることを諦めた。
俺は、座ったまま眉間に皺を寄せて、立っているミカヅチを見上げるように睨みつける。
「私一人で何時間も何もせずに付き合うんだ。これくらい役得があってもいいでしょうに」
「えっ……あっ、三時間以上も経ってる。確かに、好意とは言えレベリングに突き合せちゃったのは悪いけど、だからってこれは納得できねぇよ。それと……スクショとか勝手に取ってないだろうな」
慌ててメニューを確認すると午前の四時半。ミカヅチのギルドの訓練室にやって来たのが一時だったために、それほどの時間が経っていることに気がつく。
「……悪かった。レベリングに必要だから装備しただけなんだ。そんなに嫌がるとは思わなくて。だが、スクショは、勝手には撮ってない。それは信じてほしい」
「えっ、いや。その……」
ふっ、とミカヅチが悲しそうな顔をして俺から顔を背ける。その姿にちくりと罪悪感が刺激される。
「そのだな。……まぁ、今回の事は、流すよ」
「心配になるほど、ちょろいな。こりゃ、セイも心配するわけだ」
「うん、なにか言ったか?」
「いや、何でもない」
悲しそうに逸らしていたミカヅチの顔は、ニカッといい笑顔を向けてくる。もしかして、またいい様にあしらわれたのか。
まぁ、それよりも聞きたいのは――
「ミカヅチ、状態異常のレベリングじゃないのか? なんで時間だけが経ってるんだ?」
「だから、きっちりレベルが上がってるって。まぁ、自分のステータス見れば分かるだろ」
「そんな簡単にレベルが――なんだよ。これ」
そう言って、促されるままに、メニューを開き、目に入る様々な情報に混乱する。
所持SP48
【付加術Lv44】【調薬師Lv11】【毒耐性Lv8】【麻痺耐性Lv8】【眠り耐性Lv30】【呪い耐性Lv12】【魅了耐性Lv16】【混乱耐性Lv13】【気絶耐性Lv30】【怒り耐性Lv12】
控え
【弓Lv50】【長弓Lv34】【魔弓Lv8】【空の目Lv19】【俊足Lv31】【看破Lv31】【大地属性才能Lv3】【泳ぎLv17】【言語学Lv24】【料理人Lv13】【登山Lv21】【合成Lv48】【彫金Lv25】【魔道Lv21】【錬金Lv47】【調教Lv32】【生産者の心得Lv10】
きっちりとレベルが上がっている。俺は何かをした記憶は無い。
眠りと混乱の状態異常アクセサリーは装備したが、それ以外の状態異常が上がる要素が思いつかない。
「ミカヅチ、何をしたんだ?」
「特定の装備、センス、そしてレベル上げのプロセスを理解しての徹底したレベリング法だよ。それじゃあ、簡単に説明するか」
ミカヅチも同じ目線で腰を下ろし、簡単に説明を始める。
「まず、状態異常だが、これは、プレイヤーのステータスに行ってもある程度の抵抗ができる。まず、DEFが高いと、毒、麻痺、眠り、気絶の四種類な。そしてMINDが高いと呪い、魅了、混乱、怒りだ。ぶっちゃけステータスが高ければ、耐性センスは必要ない。と言ってもある程度だから、プレイヤーのDEFとMINDに関わるのは、成功率が変わるだけで成功率の最低値は10%前後。ステータスが高いと抵抗が成功しやすいわけだ。まぁ、嬢ちゃんは経験ないか? 【呪加】を使っても失敗すること。あんな状態だ」
なるほど、そうなると、気がつかない間に俺も状態異常を抵抗している可能性もあるし、または、MOBよりプレイヤーの方がステータスが高いから抵抗されやすいわけか。
「まず、基本知識な。次に、状態異常には二種類ある。DEFの値で防げる身体異常。MINDで防げる精神異常だ。これは、状態異常が重複する場合、まず、身体異常の方が優先される」
「どうしてだ?」
「さぁ、それは分からないが、MOBの中には、自分で怒りや混乱で自分を強化するパターンがあるんだ。だから、それに重複して有効なのが、身体異常ってだけだ。そこで今回のレベリングの一つ。精神異常より身体異常が優先される」
「……身体異常だから、毒、麻痺、眠り、気絶だよな。って事は俺が寝ている間に、精神異常系の状態異常を?」
「正解。って言っても、無差別に攻撃する混乱や怒り、魅了状態で戦わない措置の一つってだけだ。ちなみに、寝ている間は、嬢ちゃんの持ってきた毒薬等を使ったからな」
「な、なるほど……。って、今思い出したけど、うちのリゥイ。状態異常を回復させるスキル持ってるんだけど……使えばもっと早くに片付いたんじゃないか?」
「それだと、眠らせて着ぐるみパジャマ着せられないだろ」
「おい、本音!」
俺が声を上げて、抗議すると分かり易いとで言うように笑われた。冗談だ冗談と手をひらひらとさせるが、信じられない。ジト目でしばらく睨むが、いつまでもそうしている訳にもいかずに小さな溜息一つで睨むのを止めた。
「話の続きな。結局、状態異常を受けた時点で経験値が入るんだから変わらないって。それに、レベル30ならリングで受ける【眠り3】と【気絶3】は、完全に無効化できる。毒のスリップダメージや呪いのランダムのマイナス効果なんてHPやSPの管理が必要だから、それに比べたら、放置しても治る、眠りと気絶にアイテム使うのはもったいないだろ」
「そんなの作ればいくらでもあるぞ」
「ほう、じゃあ、次は、毒と麻痺の耐性を上げるか? 身体異常のレベルを上げれば、すぐにSP50になるだろ」
「そうだな。頼む」
「任せておけ。っと、着ぐるみパジャマは、怒りと混乱だから、今度は、こっちのチェック柄のパジャマだ」
マジか。と言うか、何故パジャマしかない。これを作った【ヤオヨロズ】のメンバーはパジャマ好きなのか、と思ってしまう。また、ちゃんと差し出されたパジャマのステータスには、毒と麻痺の耐性効果が付いていた。
これも効率的なレベル上げのため、レベル上げのため、と念じるように小さく呟き、装備を変える。
両手には、毒のポイゾナスリングと麻痺のパラライズリングを装備し、自ら作り出した毒薬を煽る。
さらっとした毒薬だが、毒薬の方は、やや酢のようなキツイ味だが、次に飲んだ痺れ薬のせいで舌まで麻痺し、味など分からなくなった。ついでに口まわりも痺れて呂律が回らない。
「した、しひれて、しゃへれない。きもひわるい」
「くくくっ、そのまま横になってろ。毒と麻痺で辛いだろ。すぐに回復してやる」
リングの効果も発揮し、自身の作った状態異常が更に上乗せされる。手足も痺れてキツイ。大人しく、横向きに倒れて、ミカヅチがポーションを振り掛けてくれるのを待つ。
「またか?」
まだか? と催促の言葉を掛けるとちょっと待て。と言われる。毒の熱っぽさと麻痺の痺れが地味に辛い。これをレベル30まで上げるのに、眠りと気絶と同じく三時間かかるのは辛いが、耐えられない程じゃない。呼吸がやや早く浅いが目を瞑り、耐える。
耐えているが、何時まで経って回復される気配がなく、状態異常のリングが更に効果を発動し、毒と麻痺を重ねる。
「みはづひ?」
まだ痺れの取れない舌でミカヅチの名を呼び、閉じていた眼をそっと開いて見ると、目を輝かせて、空いた手をこちらに向けてくるミカヅチの姿が飛び込んでくる。
言いようの知れない不安を感じ、逃げようと体を捩るが、麻痺で動けない。徐々に毒のスリップダメージを蓄積する焦りの中で、回復のためのハイポを使われるだけだ。
「ちょっとだけ……痛くないはずさ」
期待の篭った目のミカヅチに、俺は、熱っぽさと気持ち悪さから目元が潤み、回らない舌の代わりに僅かに動く首を左右に振って拒否する。
それでも、差し出された手が徐々に近づき、不安と恐怖で頭から血の気が引く。
そして――
「――――っ!?」
声にならない悲鳴が訓練場に響き、反響する。
痺れた足を人差し指でぐっと軽く押し込まれ、痺れた感覚に悶えるのだった。
正座で痺れた足を触ると人は悶える。極悪非道な所業である。だが、人は好奇心と悪戯心でそれを行う。と言うことで、エロい展開を期待したか、残念でした。
きっと、ユンくんは、いい声で悲鳴を上げたでしょう。