Sense253
「大鍋に豚汁作ったから食べてけ」
あの過激な魔法の打ち合い、打ち返しの状況は収まり、俺は逃げ込んだ厨房で作った大鍋の豚汁を持って、また店の前に立つ。
走って逃げ、魔法を受けてボロボロな人たちがノロノロと立ち上がる。
今回の作った豚汁は、先日大量に手に入ったオーク肉を使っている。丸薬向けではない素材だが、料理としては優秀でその効果は、HPの時間回復速度上昇とATKの底上げだ。
また、七味の代わりに、赤い植物MOBからのドロップであるレッドハーブをすり潰した唐辛子もどきを少量振り掛ければ、SPEEDの底上げ効果も加わる。
満足げに戻ってくるミュウやセイ姉ぇを迎えつつ、俺も三人分の豚汁をお椀に注ぎ、豚汁の係りをラテムさんとカリアンさんに譲る。
「はぁ、豚汁が温まるねぇ」
「うん、大根とごぼうが良い味だね。このお味噌は、うちのと同じメーカー?」
「ああ、広告用の食品アイテムであったから買い溜めした。って言ってもつい最近なんだけどな。前は、別の味噌で代用していたから味に違和感が」
そうセイ姉ぇに答えながら、豚汁を口に付ける。温かい味噌の味と柔らかく煮えた野菜、火の通った柔らかい豚肉が胃を温める。
ほっと幸せな溜息が口から漏れる。
時間も深夜の一時を過ぎた頃だろう。どうせ、正月初日なんて、家でテレビを見るか、おせち料理を食べるか。おせち料理は、買ってあるので、家事から一部解放される。
ごろごろして過ごすのだから、この瞬間は無理して付き合って、後で寝る。そう心に決める。
「おっ、来たか。ちょっと、セイ。早速、アップデートの追加クエストが発見されたぞ」
「えっ、ホント!?」
並ぶ俺たちに不敵な笑みを浮かべて、語りかけてくるミカヅチにセイ姉ぇではなく、ミュウが答える。
「ああ、いくつかの新しいクエストの追加やNPCの登場とかも確認されたが、一番のクエストは、センス拡張クエストが実装されたらしいぞ」
「らしい? ってどういうことだ?」
ミカヅチの曖昧な言葉に首を傾げる俺に対して、知っている情報を教えてくれる。
「ただクエスト発生の条件と場所が判明しただけで、クリアはまだなんだよ。条件は、SP50ポイントの消費だって」
SP……センスポイント。センスを取得するためのポイントが50も必要って考えると、かなりだ。
俺は、そっと自身のセンスステータスを開き、確認する。
所持SP39
【魔弓Lv8】【長弓Lv34】【付加術Lv44】【調薬師Lv11】【合成Lv48】【彫金Lv25】【魔道Lv21】【錬金Lv47】【調教Lv32】【生産者の心得Lv10】
控え
【弓Lv50】【空の目Lv19】【俊足Lv31】【看破Lv31】【大地属性才能Lv3】【泳ぎLv17】【言語学Lv24】【料理人Lv13】【登山Lv21】【毒耐性Lv8】【麻痺耐性Lv7】【眠り耐性Lv7】【呪い耐性Lv8】【魅了耐性Lv1】【混乱耐性Lv1】【気絶耐性Lv8】【怒り耐性Lv1】
俺は、受けるのに、ポイントがかなり足りないと感じ、溜息を吐く。
クリスマスイベントの報酬でSPがあったのは、このセンス拡張クエストのためか。あと11ポイント。レベルに直すと、110レベル以上のレベルを上げないといけない計算だ。その遠いような努力を考えると、厳しい。
「俺はまだ無理だな。ミュウやセイ姉ぇは?」
「私たちは、足りてるけど、ユンちゃんは足りないか?」
「それじゃあ、仕方がないか。私とセイ。後はギルドのメンバー集めて受けようか」
「うーん。ミカヅチ、ごめんね。お正月中は、ユンちゃんたちに付っきりのつもりだから……」
ミカヅチと一緒にクエストを受けに行くのか、と思っていた俺だが、それを拒否するセイ姉ぇに軽く目を見開く。
「セイ姉ぇ、いいの?」
「うん。ユンちゃんやミュウちゃんと一緒な時は中々無いからね。なら、このお正月の目標に私たちで拡張センスのクエストをクリアする、ってのはどう?」
「いいね! それ! やろうよ! あっ、そうだ! それならタクさんも入れて顔なじみの四人で攻略とかどう? たぶん暇してるから」
ミュウの提案に、それはいいね。後で予定を聞きましょう。と言うセイ姉ぇだが、ミュウよ。さり気なくタクをボロクソに言ってないか? まぁ、事実だろうけど。
セイ姉ぇを誘ったが、振られた、と大仰に溜息をつくミカヅチが、納得しつつもこちらに提案してくる。
「仕方ないな。けど、セイが早くギルドに戻って来るように、ちょっと嬢ちゃんを預からせてもらうぞ。SP不足でダラダラと受けるのを長引かせられたらたまらない。ハイスピードレベリングする」
「うん。それはお願いできるかな?」
「何なら、今からギルドの方に招いてやっても問題ない」
勝手に話が進む中、俺は口を挟めずにいた。だが、ありがたいことにミカヅチ監修の元でのレベリングだ。
ただ、不安もある。
「短時間でそんなに簡単にレベリングが出来るのか?」
「出来るさ。現に、それでうちのギルドの連中はレベル上げした奴もいる。さぁ、とっとと準備していくぞ」
「マジで今からかよ」
「それと、嬢ちゃんの店から状態異常関連のアイテムとポーションを出来るだけ持ってくれば、よりレベリングの効率が上がる」
俺が思いついたのは、以前聞いた状態異常系センスのレベリングの事だろう。と当たりをつける。ミカヅチとPVPの訓練をして、心を折られた経験があるために、戦闘にならないのは安心だ。
「で、嬢ちゃんは、今のSPはどれくらいある?」
「だから、嬢ちゃんって言うなよ。はぁ……39だ。残りSPは11必要だ」
「なら、八種類取得でSPは、8SP必要だが、レベルをそれぞれ30まで上げれば、24SP。必要な50SPにはすぐに到達する」
「いや、一応、八種類全部取得してるけど、控えでレベルが低い」
「そりゃ重畳だ。四種類をレベル30か、八種類をレベル20で達成できる。それじゃあ、ちょっと借りてくわ。なに、レベルを上げるのに、ざっと10時間あれば、事足りる」
「逆に、それほどの時間で済むのか、俺はこれから10時間も拘束されるのか……」
そう言って、ミカヅチに引き摺られるように連れ去られる。一度【アトリエール】へと寄り、ミカヅチたちのギルド【ヤオヨロズ】のギルドホームへと足を踏み入れる。
「なんか、久しぶりだな。入り口は変わらないんだな」
「内部は多少変わってる。訓練場はこっちだ」
案内されたのは地下の石壁で出来た訓練場だ。高さがあり、テニスコートほどの広さもある。
「そんじゃあ、ギルドの備品も貸して始めようか。――ギルド【ヤオヨロズ】式、バッドステータスレベリングを」
そう、不敵に笑うミカヅチに息を呑むが、すぐに気持ちのいい笑いを浮かべる。
「そう心配するな。嬢ちゃんの持ってきた状態異常アクセサリーを装備して、状態異常薬を使うだけだ。使ったら、すぐに、状態異常回復薬を使う。なに、難しいことじゃない。ただ、効果が重複できるからギルド補完の四セットも使うだけさ」
「それでレベリングできるのか?」
「出来る」
まだ、半信半疑だが、ミカヅチの話では、状態異常耐性のセンスは、状態異常の無効化と軽減の効果を持つ。
【毒耐性】レベル10なら、【毒1】は、確実に無効化できるが、【毒2】以上の効果だと、軽減するだけになる。そこからレベルを上げることで無効化と軽減できる幅が広がる。また、毒を受けた瞬間に経験値が入り、センスで無効化しても、微量の経験値が入る。
だから、毒を受けたら、自然回復する前に解毒。自然回復の時間を極限まで抑え込むことで、ハイスピードで出来る。
「アクセサリーの装備重量が10だろ。だから、片手に五個づつ装備すれば、二つ同時にレベリングできる。それに麻痺で動けなくても、ポーションとかで回復してやるよ。最初は何からレベルを上げる? オススメは、毒と麻痺、眠りと気絶の組み合わせだ」
「それじゃあ、眠りと気絶で頼む」
ミカヅチに勧められるままのそれを頼み、俺は、センスを装備し直す。
全てのセンスを状態異常系に装備し、直後に状態異常リングの効果が発動する。
「……くっ」
「そのまま、身を任せろ。すぐに、意識が途切れるが、次に目を覚ました時は、大分レベルが上がっているはずさ」
狭くなる視界に抗うが、細めた目元にミカヅチの手をかざされて、ゆっくりと仰向けに倒される。髪を優しく撫でられ、次第に身を任せ、俺はそのまま意識を手離す。