Sense249
「暇! 飽きた! なんか、しようよ!」
「何かするも何も。年末くらい大人しくのんびり過ごしたいんだけどな」
「まぁまぁ、美羽ちゃん。はい、みかん」
大晦日当日。大掃除や新年に向けての準備、年納めの年越し蕎麦を早々に食べ、夜の10時を回る頃。両親は、年末デートと洒落込み、俺たちは自宅の炬燵でのんびりと過ごしている。今も、静姉ぇが剥いたみかんを美羽と二人で分け合い、俺は自分の剥いたみかんを食べている。
「美羽。暇って言うけど、知り合いとかは、どうなんだ?」
「みんな、年末は忙しいんだよ。里帰りとか、二年参りとか、家族と過ごすって」
「そう考えると私たちは、特殊なのかしら。家でのんびり過ごしているのは」
ミカヅチもなんだかんだで忙しい。と言っていたわ。と頬に手を当てて呟く姉。そう言えば、実家帰省後は、OSOでは、ギルドよりも美羽とのパーティーが多いらしい。まぁ、時間の調節とかが容易なのも理由の一つか。
「ねぇねぇ! 巧さんは!? 今から呼ぼうよ!」
「無理無理。あいつ、この前クリスタルソード買って、その強化のための素材と資金稼ぎに奔走しているから」
年越しアップデートがあると言っても、やはりリアル重視な面があるために、そうそうゲームばかりにかまけては居られない。
学生という暇な立場でタクは、一人コンスタントに稼ぎ作業を今もしているだろう。
「あー! つまんない、つまんない!」
「駄々を捏ねるなよ。はぁ、ゲームで二年参りにでも行けばいいだろ!」
「それだ!」
仰向けに倒れて、叫んでいた美羽が上体をいきなり起こして、俺に指差す。こら、人を指差すな。
「ねぇ、二年参りに行こうよ! 教会があるしさ!」
「そうね。確かに、日本でいう神社仏閣に相当するわね」
「いや、そうなのか?」
静姉ぇが微笑ましそうに美羽の言葉を受け止めるが、俺は、それで良いのか、二年参りと首を傾げる。
「振袖……は、無理かもしれないけど! 教会へお参り行こうよ!」
教会は、お祈りだと思うのだが。というツッコミを入れたいが、美羽のはしゃぎようを見ているとなんだかそれを言うのは無粋に思えてくる。それに――
「この寒い中をホントに二年参りしないだけマシか」
炬燵の中で両手を温めるように擦り合わせながら、外の寒さを想像して身震いする。
「それじゃあ、私は先に行ってるからね」
「はいはい。俺も後から行くから」
「私も行ってみようかしら」
ぐー、と背伸びをする静姉ぇも美羽の後に続くように自室へと向かう。
二人が居なくなった所で俺もノロノロと立ち上がり、小さく呟く。
「まぁ、教会よって、帰るだけだから別に良いか」
OSOの世界で年越しカウントダウン……。は、誰でも考えそうだな。と思いながら、初日の出はゲームとリアル何方で見るか。と考えたが、OSOは季節感のない常春の空間であるために、ゲームとリアルの日の出のタイムラグを利用して二度日の出を眺めるのもありかも。と考えてしまうが、その行為に意味がないと感じた。
「さて、俺も行きますか」
自室のエアコンで暖房を効かせ、VRギアをセットして、ベッドに寝転がる。引き込まれるようなログインの感覚に身を委ねて、暗闇へと意識を落とす。
「ふぅ、年末だってのに人が結構いるな」
いつものログインポイントである【アトリエール】からミュウとセイ姉ぇとの待ち合わせ場所の教会前へと移動し、二人を待っている。
そう言えば、OSOで初めて二人にあったのは、この場所だったな。と思いながら、周囲を見渡す。
現在、俺と同じように暇をしたプレイヤーたちが教会前に集まり、それぞれが教会内部に入り、思い思いの挨拶を向けている。教会なのに神社の作法を実演している奴は、無駄に綺麗な作法で実行していたり、今日のために用意したと思われる振袖装備に身を固めて知り合いと談笑に興じるプレイヤー。また、今日の日に用意したのか、こんな時まで屋台や露店でアイテムを売る露天商プレイヤー。
個人的に猛者だと思うのは、2パーティー合同の着ぐるみ装備で町を闊歩しているプレイヤーだ。それもそれぞれが干支を模した着ぐるみであるために、かなり周囲から注目を浴びている。中には、興味本位で接触する人は、そのテーマパーク顔負けの着ぐるみの動きで周囲を楽しませる。
「あんな楽しみ方があるんだな」
「ユンちゃん、抱き付いて来れば?」
「抱き付くような歳じゃねぇだろ。高校生だぞ」
いつの間にか近くに来ていたセイ姉ぇとミュウを一瞥して、再び着ぐるみ集団へと目を向ける。抱き付きはしないが、虎の尻尾がピンと立ち、時折膨らんだりしている様子を見ると内部がどうなっているのか非常に気になる。
「ユンお姉ちゃんは、一緒に行こうよ! ほら!」
「だから、姉って呼ぶなよ。全く、仕方がないな」
ミュウに注意をしたが、目の前の嬉しそうな表情を見て、大人しくミュウに手を引かれて、集団の前まで連れて来られる。
早速、白蛇の着ぐるみプレイヤーへと接触を図るミュウだが、いきなりタックルのような抱き付きを行い、相手はそれを耐える。
「こら! いきなり飛びつくな! 少しは歳を考えろ」
「ほわぁぁっ……」
だらしのない表情で白蛇の着ぐるみ……の尻尾をモコモコしているミュウに大人しくされるままの白蛇さん。俺は、他の着ぐるみたちに頭を下げるが、身振りで大丈夫だと伝えてくれる。流石、プロフェッショナル。
「……あの、握手、してもらってもいいですか?」
ミュウが仕切りに楽しんでいるのを見て、俺も少し羨ましくなる。だが、歳甲斐も無くはしゃぐのも性に合わないので、握手を妥協すると、大振りなリアクションでそれに応じてくれる着ぐるみたち。最初の犬さんのグローブのような手で包み込まれるような握手をした。
「へぇ、鶏は、羽根が一枚一枚付いてるんだ。それに猪の手先がちゃんと蹄になってる」
続いて、鶏の人と猪の人と握手する。鶏の手は、羽根が一枚一枚丁寧につけられており、その翼を俺が両手で掴む様な握手だった。猪の方は、やや硬い三角形に切れ目の入った手を握る。
その間にミュウは、ウサギの耳や虎の尻尾、龍と羊の角を堪能している。
握手を堪能した俺と同じく着ぐるみのチャームポイントを堪能したミュウを連れて、セイ姉ぇの元に戻る。
「どう? 楽しめた?」
「あ、うん。まぁ、ちょっと……」
離れた所から見守るセイ姉ぇの保護者的な視線に、俺もまだセイ姉ぇから見たら子どもなんだと感じさせられた。それを誤魔化すように声を上げる。
「それより! お参りだろ。ほらいくぞ」
「バイバーイ! 頑張ってね!」
今度は逆にミュウの手を引き、教会へと向かう。ミュウは、全力で着ぐるみ集団へと手を振り返し、また別の人への対応をしている。
俺も一度、振り返り、小さく頭を下げれば、こっちが恥ずかしいほどに手を振ってくれる。
「ふふふっ、ユンちゃん。楽しめたみたいね」
「もう、知らん」
つん、と俺は、そっぽを向けば、ミュウは、空いている手で俺の頬を突いてくる。それを無視して、人の入れ替わりが激しい教会へと足を踏み入れる。
「そう言えば、教会には初めて入るかも」
「そうね。特に何かあるわけでもないんだけど……まぁ、あるのは教会での独自アイテムの販売かな?」
セイ姉ぇに言葉を聞きながら、夜の暗さを掻き消す小さな蝋燭の光が教会の白い壁と混ざり合い、淡い光景を作り出す。
「それじゃあ、どうやってお参りする?」
「そうね。じゃあ、簡単に膝でもついて祈りましょう」
「おおっ!? 聖騎士の誓いっぽくやる!? やっちゃう!?」
まぁ、ミュウがやりたいならどうぞ。と思いながら、三人で教会のステンドグラスの前で膝を突き、手を合わせて、握り締めて祈りを始める。
(えっと……来年? もいい年でありますように。それから、家族が健康で無事過ごせますように。他は、多少俺の扱いが改善されますように……)
その後、一通りのお願いを心の中で呟き、そっと目を開ける。
「お姉ちゃん、何をそんなに真剣に願ってたの?」
「ありきたりな、家内安全、健康祈願だ。あとは、学業成就ぐらいか?」
「なーんだ。つまんない」
「ユンちゃんは、安定志向ね」
「そう言うミュウとセイ姉ぇは、何を願ったんだよ」
俺ばかりに話させる二人から聞き出す。
「ふぇ? 私は……楽しく生きられますように!」
随分可愛らしい回答にちょっと意外に感じる。ミュウの場合は、新作ゲームやボスとの熱いバトル、レアアイテムとかを真剣に願いそうだと思った。
「私もユンちゃんと同じ感じかな? あとは、楽しく暮らせますように、って」
「なんだ、ミュウもセイ姉ぇも同じか」
そう言えば、セイ姉ぇもゲームの達人。廃人様の一人だよな。そうか考えると、ミュウと同じ事を願っても意外性がない。はっ、これは印象の違いと言う奴か。
「なに、ユンお姉ちゃん。一人で百面相してるの? なんか、失礼なことを考えてない?」
「全く、全然」
強く否定するが、ミュウの疑いの眼差しがしばらく続き、耐えられなくなり目を逸らす。そんな俺たちは、後ろから来る他の参拝プレイヤーに場所を譲る形で教会から抜け出し、再び露店の広がる町へと進む。
「うーん。これからどうしようか? どっかのダンジョンに潜る?」
「私は、年越しは町の方で過ごしたいな。ミュウちゃんがダンジョンに行きたいなら手伝うけど」
「俺もダンジョンはパス。適当に食べ物出してるお店に寄って時間でも潰さない?」
俺たち三人は、これからの予定を考える。現在、夜の11時。年越しまでの残りをどこで過ごそうか悩んでいる。
「甘い物が食べたい」
そう小さく呟いたミュウの言葉に俺たちは賛成し、クロードの店である【コムネスティー喫茶洋服店】へと足を運ぶ。