Sense248
オークションが開幕し、会場が薄暗くなる一方で、司会進行役の男性プレイヤーが現れる。
「レディース・アンド・ジェントルメン! 今宵もお集まりいただきありがとうございます。年末何かと忙しい中で、オークショニアに命を掛ける私の今年最後のオークション。淡々とした商品紹介など致しません。皆様に魅惑のオークションをお届けします。まずは、小手調べ、最初は――」
奇抜な色合いハーフの仮面に白マント、白のスーツを着た中肉中背の男。僅かに見える顔立ちは、お世辞にも美形とは言えないが、その話術やオークションのアイテム紹介の間の取り方、所々に入れるネタの秀逸さと聞いているだけで商品の知識を植え込み、購買意欲を刺激する。
「凄いな。前に観に来た時は、ああいう感じじゃなかったと思うが」
前回見に来たオークションは、厳正粛々とした静かなオークションだが、今回のはまさしくショー。プレイヤー同士の値段の駆け引きを含めた全てを面白可笑しく即興で笑いと笑顔に変えていく。
「生産ギルドでオークショニアを専門に扱うプレイヤーが二人いて、一人は堅実なオークションの司会進行で玄人向けのプレイヤー。もう一人があのプレイヤーでオークションを使ったショーって言われるほどだ。オークションの売上が高いのは前者のプレイヤーなんだけど、あのオークショニアのプレイヤーは、逆にショーとして見る人が多いから未入札での入場料が高いんだよ」
そっとタクが俺に呟きに対して教えてくれる。って、お前、生産職の俺より生産ギルドに詳しいじゃねぇか。
「――31、32、35! 誰も居ませんね。はい。35万Gでの落札決定です!」
たった今、装備一式の商品が落札され、本日最高額を叩き出したが、実際、単体で考えると安く、クロードとリーリーのタッグの装備のオークションの値段とは天と地ほどの差だ。実際、あの時見た装備と使用素材は、現在の防具の方が優れているが、目的や用途、汎用性の高さとロマン装備ではそれは差は付くだろう。
「続いての商品は! 少し早いですが私からの年始のプレゼント! 本来は、事前に告知されるオークションの出展一覧にも乗せないサプライズを三点用意しました。本日は会場に足を運んだお客様限定でのお披露目。中々に見られないレアなアイテムは、どこでお披露目になるかは、ヒ・ミ・ツですが! 最後までどうぞ心行くまで楽しんで行ってください」
ああいうのがあるからこいつの出展だけは、見逃せねぇんだよな。と呟くタク。そして、最初のサプライズは――
「皆さんの記憶に新しい公式イベント! その報酬の一つであるランダムボックス! それも五個のアイテム! 今回は、この場での開封を条件に出品者からの打診がありました! 即断即決のニコニコ現金払いでこの場でお渡しして、そのまま開封ショーの流れです。またスタートもイベントに準じて90万Gとなっております。それでは、スタートです」
小さな木のハンマーを叩くと猛烈な勢いで値段が釣り上がる。手を上げているプレイヤーたちは、目から血涙でも流すのでは、というほど血眼になって競り落とそうとしている。
「なんだ!? あの執念。正直怖いんだけど……」
「あれは……クリスマスの聖夜を過ごしたリア充共の叫びね。彼氏彼女を取るか、ゲームを取るかの選択でリアルを選んだ人の未練の叫びも含んでいるわね」
「なにそれ怖いんですけど……」
二兎を追う者は一兎を得ず、普段ゲームで金を稼いでいるからこういう時にその金に物を言わせて戦う彼らは、鬼神のような表情だった。半ば、諦めていたことだけに執念が半端ない。脱落するプレイヤーが一人、二人と増えて行く中で、残るプレイヤーを苦虫を噛み潰したように見つめるプレイヤーたち。正直、この熱気が怖いです。
「さぁ、372万、372万。いませんね! それでは、落札! それと落札者は壇上に上がってきてください!」
かなり短時間でやつれた表情の男性プレイヤーが落札額と一緒にランダムボックスを手に入れ、両手で掲げる様に持ち上げれば、入札レースで脱落したプレイヤーたちの野次やブーイングが飛び交う。
「おおっと!? これは空気が悪い! これでもまだ大当たりを引けば安い買い物ですが……ハズレアイテムを引いた場合には、皆さんで慰めてあげましょう」
会場からは、既に慰めの声が上がる中、男性プレイヤーは震える手でランダムボックスを開封する。
大柄な彼が強敵に挑む様な雰囲気とアウェイの空間に、折角アイテムを手に入れたのだから彼には良い装備が当たれば良いな。と密かに願っておく。そして――
「はい、残念。どれも平凡な汎用装備ややや扱いにくかったり、非戦闘向けですね。ですが、一個20万前後のアクセサリーです、大事になさってさいね」
五点が20万Gを考えれば、100万G相当。本来の値段であるスタート90万Gを考えれば、得だが……まぁ、彼は夢を買ったと言うことだろう。
「オークションはまだまだ続きます! 皆様一度お財布を確認してはいかがですか? それでは次の商品です!」
周囲に慰められる男の表情には苦笑い。背中には哀愁。目には、次のイベントには有給取ってでも参加するという意思を漲らせているようだ。まぁ、頑張れと心の中でエールを送る。
「あいつは、100万Gの相当のアイテムを372万で買った。272万は、夢を買ったんだ」
「いや、宝くじじゃねぇよ」
タクの呟きに反射的にそう返す。
エミリさんもばっちり聞いており、小さく噴き出して、的確な表現ね。と俺に言ってくる。
その後も、どのタイミングでサプライズが出るのか楽しみにしつつ眺め、中盤に一度サプライズが入る。
それは、レッドオーガとブルーオーガのドロップから作られる二種類の甲冑鎧と大太刀だ。確か、素材であるドロップを結構な数集めないと作れないユニーク装備のはず。集めるのが面倒な装備が全てセットで売りに出され、それは二人の剣士風の男女が揃って落札。
そして、一番最後にサプライズがやって来た。
「それでは! 本日の通常予定は終わりましたが、最後にサプライズ! 本邦初公開となる、生産武器をご紹介!」
脇より現れた布の掛けられた台座から、布を剥ぎ取るとそこには、一本の抜き身の剣が立て掛けられていた。
「こちら! 鍛冶師マギの最新作! 一つの巨大水晶を削り出し作られた水晶の剣――クリスタル・ソード! その美しい結晶と」
オークショナーのプレイヤーが剣を手に取り、華麗な演舞を披露する。彼自身、レベルの高いプレイヤーのようだが、なんでオークション会場に居るのか。これはあれか? 意外性という奴だろうか。
「結晶武器は、非常に軽く、早く。また魔法との親和性が高いので! ――【フレイムタン】」
クリスタル・ソードに炎属性の武器強化の魔法を施し、刀身が赤く熱を持ち、炎を噴き出す。それだけの事に会場が感嘆の声を上げる。
「凄い火力だな。武器への魔法効果の増加とか? そんな所か?」
「そうなのか?」
「普通の武器に【フレイムタン】をはじめとする武器強化の魔法使ってもあそこまで火は吹かないぞ」
あまり多くの魔法を見ない俺としては、比較対象がイマイチ分からないが、目の前の炎の剣を見て、魔法剣という単語を思い浮かぶ。
「単純な攻撃力と武器耐久度は、ダマスカス製の装備には劣りますが、魔法と組み合わせる事でその攻撃力は飛躍的に上昇します。また、今回提供したのは、無強化のクリスタル・ソードなので、自分好みの属性の武器に仕上げることが可能です。今回は、材料費120万Gから!」
魔法剣士とは、男のロマンだったのだろうか? 今までサプライズ狙いのプレイヤーだけでなく一度入札したプレイヤーも真剣な表情で武器を競っている。そして――
「472万! 473万!」
当初の四倍近くの値段にまで迫ろうかという段階でもまだ三分の一以上の人が入札していた。
そして、場の空気をじっと感じ取る男が手を上げた。
「――500万G!」
いきなり、ここに来て1万G刻みになって居た所に20万以上も乗せて来た。隣の男。しかも、自信満々の表情で会場を一望する。
今の今まで入札に参加しなかった男のいきなりの参加に俺もエミリさんも驚く。
「さぁ、500万という本日の大台に乗りました!まだどうですか皆さん!」
タクの自信に満ち溢れた表情。そして、それからこれ以上掛けられるかの無言の駆け引きが置き、引いていく人が増える。そこに――
「505万G」
タク本人が、牽制の意味も込めて、更に値を釣り上げる。無意味な行動のようだが、これが決め手となり、タクがクリスタル・ソードを購入した。
「……なぁ、そんな金。よくあったな」
「この前のクリスマスイベントに向けて金稼いだのに、結局、所持金制限掛けられて使い道が無かったからな。年越し前に盛大に使うのさ」
「規模がでけぇよ」
呆れながらも鞘の無い抜き身の結晶武器を手に入れたタクは、満足げに頷きそれを仕舞う。これから一度、武器に付ける強化素材とそのドロップを考えるそうだ。そこで、エミリさんと解散する。
休みの暇な時間を潰せた。と言うことで良いだろう。