Sense246
ズシン、ズシン、と一歩ごとに重音を響かせる一体の巨像。その体は銀で構築された錬金MOBのシルバーゴーレムが第三の町近郊の鉱山ダンジョンの第三層を進んでいる。
その巨体によってダンジョン内のMOBを漏らさず引き付けるシルバーゴーレムとその脇に付き従うアシッド・ドールを後ろから俺たち三人は眺めている。
「なぁ、大丈夫か?」
「大丈夫よ。第二層まで進めたんだから」
「ううっ、なんか、俺も戦いに加わりたいな。なぁ、駄目か?」
「駄目よ。それと運用実験が終わるまで我慢」
「分かった」
今にも、集まったMOBたちの中心に飛び出し、無双したそうなタクを止めるエミリさん。そんなお預け状態のタクは、今にも飛び出しそうなのを我慢しているゴールデンレトリバーのような姿を幻視してしまう。
そして、第三層の敵との接触。
ゴブリンの上位種が占めていた第二層よりも強力なMOBで占める第三層。最初に顔を見せたのは、メタボ体型の人型だ。その実、脂肪の下にしっかりとした筋肉を持つ上向きの鼻が特徴的なオーク。
そのオークも全て同一の名前だがそれぞれ装備が全く違う集団だった。剣士、壁役、遊撃手、弓兵、魔法使いと言ったそれぞれ武器を持ち、そこそこな連携をするオークのパーティーや一体の上位種であるオーク・チーフと複数のオークが集団戦で出現する。
この第三層は、別名『試金石』と。事実、この付近では、金鉱石を始め、銀や鉄、宝石も手に入るために【鍛冶】や【細工】センス持ちのプレイヤーには有用な場所だが、それとは別の意味がある。
「さぁ、試させてもらいましょう。行きなさい、シルバーゴーレム、アシッド・ドール!」
本来、散発的に襲ってくるMOBだが、この場所は、他よりも本格的な連携を始めてくる。
オークたちには、特殊能力は与えられず、プレイヤーの適性レベルよりやや低めにステータスが設定されている。だが、技術的な面だと見劣りする訳では無い。一部に限り、見習う様な部分もある。
だが、ここで図るのは、パーティーや個人の立ち回りの上手さだ。
個々の能力を重視したゴリ押しでは、この階層では通用しない様に調整され、この階層を突破できて初めてパーティーとしての連携がちゃんと出来ている。と評価できる。
そんな連携の練習場で天井ギリギリの大きさの巨像が集まって来るオークたちと対峙……いや、薙ぎ払う。
「おおっ、壮観だな。オークが吹き飛んでく」
タクが薄暗い洞窟の奥へと消えていく重装備のオークを感心した様に眺めている。俺は、ゴーレムの巨腕が振るわれるごとに薙ぎ倒されるオークの集団に数の暴力を超える質量の暴力を見ている。
そして、オークの集団に視線を釘付けになっている俺の袖をエミリさんが引いてくる。
「さぁ、ユンくん。ここで採掘でもして様子を見ようか」
「えっと、MOBの動きは見なくて良いのか?」
「ちゃんと戦えるからしばらく敵と戦わせないと何とも言えないから。その前に別のMOBの素材やさっき使った銀鉱石を補充しないと」
そう言って、ピッケルを取り出し、近場の採掘ポイントに打ち付ける。
俺も足りない素材の補充をするのも良いか。と思い、黒鉄製のピッケルで同じように掘り始める。
警戒は、タクとMOBたちに任せて周囲の採掘ポイントを二人で掘り始める。
採掘できるアイテムの中には、上質な鉄鉱石やアメジストとアクアマリンの原石なども掘り出した。
オークを殴る打撃音と屠殺場のような悲鳴をバックに二人でそれなりの量の鉱石を集めることができた。
「鉄が五十七、上質な鉄が十八、銀が二十、金が十、宝石の原石が三十一と……中々ね」
「配分はどうする? って、タクも要るか?」
大人しく警戒していたタクは、時折抜けてくるオークやその攻撃に対処しており、既に敵が殆ど居ない所で鞘に入った長剣で肩を叩きながら振り返る。
「俺は使わないから二人で分けてくれ。それより、オークのドロップも凄い事になってるぞ」
タクが片手で操作して、可視化されたメニューをエミリさんと除く。
オーク肉が三十三と量産装備の数々。オーク肉は、良質な豚のブロック肉でたまに【アトリエール】にも持ち込まれ、【料理】センスで調理しているので見知っている。
肉としては、ビックボアより脂身が多い点だろう。また強化丸薬の素材にするには、少し油分が多いために余り向かない。
人型に近いオークとその断末魔を聞いたが、別にオーク肉に特に感慨はない。この時点で、MOBとアイテムは別物という考えが働いているのか、それともゲームに慣れてしまったのか。
「俺は、オーク肉があれば十分かな? あとは、少しの装備があれば良い。採掘したのは、宝石の方が多めなら良いな。エミリさんは?」
「私は、装備を貰うわ。全部鋳潰して、鉄のインゴットにすれば、アイアンゴーレムの素材になるでしょう」
鉱山で鉱石を集め、MOBのドロップを潰してインゴット。二重の意味でここは美味しい鉱石採取場だ。
装備の中には、オークチーフの金の腕輪や銀の短剣などもあり、少量ながら、貴金属も手に入る。残念ながら、どれも追加効果の無い数打ち品のような装備。
「じゃあ、俺は、このアクセサリーと高く売れそうな銀の短剣で良いぞ」
「くっ、一番が高くてシルバーゴーレムの素材になる銀装備やアクセサリーをピンポイントに……けど、タクくんが選んだ物を差し引いても有り余る鉄で妥協しましょう」
そう言って、大体の配分が決まった。それから俺たちを守ってくれていたシルバーゴーレムに視線を向ければ、大分HPを減らしている。また、アシッド・ドールも流石にゴーレムの側で大量のオークを相手にし切れなかったのか、体を泥の様に崩してから消えていく。
「大分、表面が削れているわね。あれだけのMOBを相手にして十分戦えるけど、呼び出すコストと今回の収入を比較すると赤字ね」
貴金属装備やインゴットを合わせてもシルバーゴーレムを呼び出したコストを賄えない。さらに、アシッド・ドールの消滅で大赤字、と判断し、小さく溜息を吐くエミリさん。一度、呼び出したシルバーゴーレムを再び秘石に戻し、今度は、金の巨像・ゴールドゴーレムを呼び出す。
片膝を付く様な姿勢で待機しているゴールドゴーレムを見上げる。
「さぁ、次は、ゴールドゴーレムの運用実験と行きましょうか」
「なら俺から提案だ。このまま奥に進もうぜ! 折角三人居るんだから、良い機会だろ」
「そうね。それじゃあ、運用はそこにしましょう。このまま同じ方法で調べても赤字にしかならないなら、少しでも利益を回収しないと」
えっと……と俺を置いてきぼりにした会話を繰り広げるタクとエミリさん。二人は、俺の方に目を向け、どうする? と聞いてきたので、他のプレイヤーが話していたある事柄を思い出す。
「確か、この第三層の奥って……ああ。良いんじゃないの?」
俺も考えに至り、納得の声を上げ、話が纏まった。
いそいそと巨像の掌に乗り、ゴーレムの肩まで引き上げて貰うエミリさん。そして、片方の掌にワクワクした表情で見上げるタク。
そう言って、こっち来い。と手招きするので近づけば、タクに手を取られて、そのままゴーレムの掌に乗ることになる。嫌な予感がして、ゴーレムの掌から降りようとしたが、既に掌は、地面より離れ、動き出していた。
「じゃあ、奥まで進むとしましょう!」
ニコっと笑みを浮かべてるエミリさんを見上げる。徐々に前進してくゴーレム。正直、掌は硬いし、動くたびに下から突き上げるような衝撃に、その場でしゃがみ込み、ゴーレムの太い指にしがみ付くように耐える。
「いやいや! 普通に徒歩で向かえば良いだろ!」
「徒歩だと再度出現した敵との交戦が面倒だから、このまま一気に振り切るつもりよ」
そう言って、俺とタクを乗せたゴーレムがその歩く速度を僅かに速める。確かに、歩いて進むよりも断然早い。だが、早く歩く分だけ、下からの揺さぶりが大きく、正直、リゥイの全速力よりも乗り心地は悪い。
「うわっ……ほんとに振り切っている」
ゴーレムの移動でリンクしてきたMOBを置き去りに、重音響かせ進んでいくゴーレム。後ろでは、ブーイングの様に声を上げて、俺たちを見送るオークたち。
そんな彼らの見送りに対して、奥へと向かう。
鉱山の第三層の奥にいる第四層と別の出口を繋ぐボスであるビックオーク。ゴールデンゴーレムと並ぶ巨体に脂肪よりも盛り上がる筋肉。そして、天井へと向かう長い牙と、粗末な腰布以外は身に着けていない無手の巨大なオークこそがここのボスMOB。
それを倒そうとゴールドゴーレムのテスト相手として選んだのだ。
「さて、ゴーレム単体だと荷が重いと思うから。タクくんとユンくんも手伝ってよね」
「ああ、分かってる。というより、俺もちょっと欲しいんだよ。ボスのレアドロップが」
「ユンもか? 俺もだ」
タクも俺も揃ってボスのレアドロップである強化素材狙いのようだ。
そして、俺たちが進んでいく先にドーム状の空間が広がり、その奥に扉を守る様にゴーレムと同サイズのオークがいる。
「さぁ、行きなさい! ゴールドゴーレム!」
エミリさんの掛け声に合わせて、俺たち三人は、一度停止したゴーレムから飛び降り、散開する。
タクは、走りながら、長剣を引き抜き、遊撃へと回る。エミリさんは、ゴーレムの影に隠れて、得物である連接剣をじゃらりと弛ませ、ゴーレムの後ろからビックオークへと振るっていく。
走り込み、足元を斬っていく、タク、ゴーレムの死角から連接剣がヤスリの様にオークの表面を削っていく。
そして俺は、離れた位置から弓を構えて、オークの頭部へと矢を放っていく。
『BURAAAAAAAAAA――!』
オークの咆哮と共に、無手で振るわれる破壊の拳。それをゴーレムが金属の身体で受け止め、お返しと拳を握り、オークの身体に突き刺す。
圧倒的HPの多さと衝撃波すら伴う特殊攻撃の打撃。
ゴーレムと巨大オークとのノーガードの殴り合いの様子を見ながら、俺たちは、少しずつダメージを蓄積させていく。
「なんか、気分は、地球防衛隊だな」
有名な三分間しか戦えない巨人と怪獣の戦いに参戦する防衛組織の攻撃のような気分になる。まぁ、ダメージは、しっかり通っているし、エンチャント込みでダメージ量を底上げしているので、別に俺たちの攻撃が低い訳じゃない。ただ、巨人に対して、おもちゃのような戦闘機で戦ってるとどうしても頼りなく感じる。
そして、HPが半分を切る頃に――
「発狂モード来た! ユンくん、タクくん!」
「了解。――【マッドプール】!」
俺は、地属性の足止め魔法であるマッドプールを唱え、ビックオークの左足の付近に生み出す。
生み出された、泥沼に足を取られ、大きく体を傾けたビックオークの顔面を緩慢なモーションで殴るゴールドゴーレム。その一撃で右膝を着く。
「そこだ。貰ったぁ!」
膝を着くことで高さの変わったオークの脇腹をその二本の長剣を深々と突き刺し、そのまま後ろへと切り裂いていく。
『BUMOOOOO――!?』
「ちっ、ユン。火力の底上げ!」
「分かってるよ! 【付加】――アタック【呪加】――ディフェンス!」
タクには、攻撃のエンチャントを。そして、ビックオークには、防御のカースドを施し、タクの攻撃の舞台を整える。
「行くぞっ! ――【ファング・スラッシュ】!」
左右に引いた二本の長剣。左右の長剣が赤く光り、オークの広い背中へと切り掛かる瞬間に、剣先がぶれて、振り切られた姿勢になって居る。
タクがアーツを使うのは珍しい。と思いながらも、遅れて聞こえる斬撃がオークの背面を深く傷つけ、斬られた勢いで上体がゴーレムの方に傾く。
背後からの攻撃で強制的に前のめりにされるビックオーク。その顔面を再び、ゴールドゴーレムの拳が捉えて、後ろへと殴り倒す……って!
「タ、タクがオークの下敷きに!?」
「ああ、自律的なAIじゃないから味方を巻き込むのか……。シルバーゴーレムよりもステータスは高いけど、高過ぎると巻き込むのも問題かも、タクくん、生きてる?」
少し、やってしまった。と溜め息を吐き出すエミリさんと軽いパニックになる俺。
砂煙が立ち込める中では、オークの巨体が光の粒子となって消え、その下で大の字で倒れるタクの姿が見て取れる。
「おい、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄り、減っているHPをインベントリから取り出したポーションで回復させる。
「くくくっ、あはははは――」
「あー、タクくんが壊れた?」
「失礼なこと言うなよ。まさか、斬り付けた敵に殴り返されるとは思わなくて。あー、アーツの硬直時間で逃げそびれて、俺もまだまだだな。って思ってな」
「いや、潰されてHPそんなに減ってない時点で十分だと思うぞ。俺は……」
慌ててポーションで回復させたが、特に瀕死という程のダメージでもない。精々、軽傷程度のダメージでまだまだ、と言っているタクをジト目で見る。
タクは、特に気にした様子も無く、汚れても居ない服を払いながら立ち上がる。
「さて、ボスドロップは……まぁ、こんな物か」
「ユンと遠藤の方はどうだ?」
「だから、エミリって言いなさいよ。私は、当たり【巨豚の牙】ね」
「俺もレアドロップだった」
「確率そんなに高くないのに、くぅ、羨ましいな」
少し悔しそうな表情をするタク。あんまりこのまま放置していると、復活したビックオークに再挑戦しかねないと思い、エミリさんとアイコンタクトして、移動する事にする。
エミリさんのゴールドゴーレムもノーガードな殴り合いで大分ダメージを蓄積していた。
「ほらほら、ゴーレムの戦闘力も調べ終わったし、帰りましょう」
「そうだぞ。あんまり長いしても仕方がないだろ」
そう言って、二人で名残惜しそうにビックオークの倒れていた場所に目を向けて居るが、流石に一人で戦うために残ったりはしない様だ。
こうして、ゴーレムの戦闘力を調べ終わった俺たちは、【アトリエール】へと帰っていく。