Sense243
薄暗い工房部では、掲げられたランタンの光源を押し返すように、青白い光が部屋の一部から溢れ出し、弱めていく。
「うーん。効果は、二割増しって所だな」
場所は【アトリエール】の工房部。そして、俺は、現在イベントで手に入れた【魔力付与台】を使って、色々なアイテムにMPを注ぎ込む。カチャカチャと様々な生産器具が触れ合う音が響く中、後ろでギシギシと噛み合わせの悪い椅子の軋む音を無視して作業を続ける。
「……素材アイテムの性能底上げ、完成品への魔力付与による能力アップ、って所か」
素材アイテムへの魔力付与の結果、その素材を使ったアイテムの性能は、二割増し。
完成品への事後の魔力付与でも殆ど効果の差は無い。
ただ、メガポーションやMPポッドは、普段使っている素材と同じだが、魔力付与を使わなければ、ハイポやMPポーションになる。後付けでMPを注いでもアイテムが変化する訳では無いので、作成手順としての側面もある。
薬草や鉱石に事前に魔力付与を与えた状態で【錬金】【合成】センスを使うと、魔力付与の効果が消失する
また、アクセサリーへの魔力付与は、修理や強化、鋳潰して素材に還元した後は消えてしまう。
魔力付与の効果は、簡単に消えてしまう事が分かっただけでも十分だった。
「まぁ、だからと言って店売り用には出せないけど――「なぁ、ユン。暇だから、どこかのダンジョンとか狩りに行かねぇか?」――」
俺は、そっと手に持った素材を机に置き、先ほどからギシギシと煩く椅子を鳴らし、声を掛けて来た本人に振り返って応える。
「だから、行かないって言ってるだろ。【アトリエール】で作業中だ。出てけ、タク」
「いや、イベントで手に入れた【魔力付与台】ってどんな感じで生産に組み込んでるんだろうな、ってな」
椅子に座り、肘をついたタクがそう答える。最初に工房部に招いた時は、少し見学したい。と言うことだったが、少しして飽きて、俺をどこかに連れ出そうとする。
「そんなに暇ならガンツやミニッツたちと出かければ良いだろ」
「残念。みんな年末で忙しいみたいで俺が暇なんだよ。高レベルは一人だと無理だし、ユンと二人ならいける範囲が広がるしな」
まぁ、そうだよな。それぞれリアルの事情があるようだし。俺とタクは、幼馴染で生活サイクルが近いからこうして顔を合わせるが……っと。
「タク。少し待った。フレンド通信が来た」
「良し! これで三人目!」
いや、まだタクの誘いに乗るとは限らない。ってか、誘う気かよ。全く、と小さな溜息を吐きながら、確認した通信相手は、エミリさんだ。
「はい、ユンです」
『こんにちは、ユンくん。調子はどう?』
「隣でタクが騒いで煩い。エミリさん、引き取って」
「おい、ユン! 誰が煩いだ」
『あはははっ、ご苦労様』
エミリさんには、タクの言葉が聞こえないはずだが、余りのタイミングの良い掛け合いに苦笑いが零れてしまう。
「それでエミリさんは、何か用?」
『うーん。まぁ、用事って程じゃないけど、ユンくんの所に素材があるかな? と思って連絡したの。ちょっと年末の暇な時間に手の出していない【合成】や【錬金】を試してたんだけど、失敗時のロスを考えて無くて大きく不足しちゃって』
「ああ、そんなことか。使わない素材を多少は貯め込んでいるので必要な分があれば提供するよ」
『ありがとう。それじゃあ、銀鉱石が七十個に金鉱石が五十個、それと同種の宝石三十個に酸系のアイテムが五十個はないかな? ちゃんと相応のお金も払うから』
「ああ、鉱石系ならストックはあるけど、宝石はちょっと無理かな?俺が使っているからごめん」
【魔力付与台】の追加で宝石への魔力付与をすることで宝石に込められる魔法のランクも一段階上がった。まだ地属性の強力な攻撃魔法である【エクスプロージョン】は無理だが、度々使う【マッドプール】と使用頻度の低い【アースクエイク】の二種類が新たに追加された。宝石を起点とするために発生ポイントに仕掛けての遠隔起動、と戦い方の幅は広がる。
『それでいいよ。後は酸系のアイテムはある? できれば強力な酸を欲しいけど』
「それなら、ダメージポーションや俺の生産用に調合した触媒の強酸を……ってあれは、この前使って無いな」
時々、暇を見て【彫金】センスを鍛えているが、俺個人のお気に入りレシピがあり、度々酸を使うので在庫が少ない。近々、生産者ギルド経由で纏めて買い込もうと思っていた。
さて、どうした物か。と視線を彷徨わせた先に暇そうにしているタクが目に入る。
「よし! タクに素材を集めさせるか。粘菌スライムとアシッド・ドーザーの通常ドロップ。頼んだぞ! それぞれ50個」
「はぁ!? 何で俺が……」
『おお、タクくんがやってくれるんだ。じゃあ、私の方でも少しお礼の準備をしておかないと』
「タク、お礼が待ってるぞ」
「任された! 雑魚の百匹でも二百匹でも狩って来てやる!」
そのままの勢いで【アトリエール】を飛び出していくタク。全く、お礼の内容も聞かずに飛び出すなんて、それほど暇を持て余していたか、と思いながら小さく笑う。
そして、意識をフレンド通信の相手であるエミリさんに戻す。
「それで、それを使って何をするつもりなんだ?」
『ユンくんなら良いかしら。ちょっと私の使っている使役MOBいるでしょう? あれって前に行った【合成】や【錬金】……まぁ、センスの詳しい説明は置いておくとしてセンスを使って生み出したけど、今回は更に強力な奴を創ろうと思ってね』
「ああ、いたな。そう言えば……」
空を飛ぶムカデのようなMOBで運んで貰ったり、岩石の巨人にぷちりと潰されたりと色々な思い出がある。俺も同じセンスを持っているが、強力な合成MOBなどは作り出していない。そもそもの活用方法が畑で出来た上質な薬草を質を落として数を増やしたり、逆に自分用や一部お得意様用の高品質ポーションのための素材の強化に使っている以外は、最近だと余り使っていない。
そもそも使役MOBならリゥイとザクロという二匹のレア使役獣が居る為に、必要性も無かった。
一応、簡単なレシピは知っているが要求素材が高価な割に能力が無いと手を出していない。
「それじゃあ、今ある素材を持って【素材屋】に向かえば良いのか?」
『ええ、お願い。タクくんへのお礼は、まぁ簡単なアイテムの買い取りと実演で良いかもしれないけど、ユンくんは何が欲しい?』
「じゃあ、レシピでも教えて貰えるか? 【属性石】の作り方を」
『うーん。ちょっとレシピのレートが高いかな? それにユンくんの蘇生薬二つにタクくんを待つためのおやつも付けてくれたら教えるね』
「商売が上手いな。了解だ。って言っても数少ないから大事に使ってくれよ」
フレンド通信でエミリさんと契約を交わして、アイテムをインベントリに入れて【アトリエール】を出る。途中、タクは、エミリさんの【素材屋】の場所を知っているのだろうか? と首を傾げるが、まぁ後から連絡すればいいか。と頭の片隅に追いやり、西洋風の街並みの裏路地へと進んだ先、薄暗い路地に面した看板の無い一軒の店に辿り着く。
「相変わらず、ここって暗いな。って言っても前に来た時は、夜だったな。エミリさん、お邪魔します」
「こんにちは、ユンくん。待っていたわ」
何やら、奥で作業をしていたエミリさんが振り返り、俺に柔和な笑みを送って来る。
俺も笑顔で入り、昼間でも薄暗い店内が工房部に近い雰囲気で非常に落ち着く。
「ちゃんと素材を持って来たぞ」
「じゃあ、お茶飲んでタクくんが来るのを待ちながら、素材の売買とレシピ交換なんてどう?」
「わかった。それじゃあ、俺はお茶の準備するな。ちょっとスペース貰うぞ」
エミリさんに了承を貰い、カウンター越しにカップとお茶、そしてトゥーの実の砂糖菓子とそれを細かく生地に練り込んだドライフルーツ入りのソフトクッキーを盛り付ける。
「相変わらず、細かいな。一つ貰い、っと……。んっ~! 一時的な耐性付与の料理をお茶請けとして出すって贅沢よね」
「別にそんな贅沢じゃないですよ。自分で作ればいいんですから」
「それが出来ないから高くつくのよ。【コムネスティー喫茶洋服店】のフィオル作・トゥーの実のロールケーキとロシアンティーのお持ち帰りセットなんて、限定百個の1万Gが飛ぶように売れてるわよ」
「うわっ、試食で意見したことがそのまま採用されたのか」
気にするところそこなの? ってあのメニューの考案ってユンくんだったの。と小さく驚かれたが、俺はただ試食した時に感想を言っただけだよ。と笑いながら、説明し、小さく自身のカップに口を付ける。温かいお茶にほっと息が漏れる。
「まぁ、その話は後でしようか。素材の融通で色付けてあるから受け取って」
エミリさんからトレードで対価を頂いた。後は、レシピの交換とタクを待つだけだが、百匹以上のMOBを狩るのに時間はかかるだろう。今は、お茶を飲める幸せに浸ろう。
冒頭部分の出だしを迷ってました。遅れてすみません。