Sense241
ミュウと【道のダンジョン】をクリアした俺たちだが、その直前に攻略された【巨大樹のダンジョン】と話題を二分することになり、注目はされたが、しつこい程の注目とも言えなかった。
白馬に乗り、悪道の夢魔を打ち倒した美少女聖騎士のミュウの登場。これは、かなり絵になる姿と道のダンジョンの特殊性とその攻略までの過程などがプレイヤー間の話題として上がった。
また俺たちの攻略直前に【巨大樹のダンジョン】は、三グループの競争によるボス討伐であり、ほぼ同時にダンジョンを潜り始めたために、プレイヤーたちは、攻略の有無や攻略グループでトトカルチョを始めていたり、様々な方法で楽しんでいるプレイヤーたち。
勿論、俺もダンジョン攻略の一人として視線を集めたが、余り注目されたくないために、大人しく一人静かな所へと逃げ込むことにした。
何より、声が出ないのでは、他者とのコミュニケーションも取りづらいのも逃げた原因の一つだ。
最後に俺が使った【音響液】は、広域麻痺効果のあるアイテムだが、デメリットが大きい。
俺が直接口に含んで使用した場合、その後はしばらくの間、スキルやアーツの発動が出来なくなる。その回避方法としてセイ姉ぇのような無詠唱での魔法の活用もあるが、残念ながらその方法は俺には無かった。
本来、投擲物に付着させて、着弾地点に大音響を生み出し、相手を麻痺させるアイテム。
オババが言うには、狩人たちが石に染み込ませて、投げ込み、動物を傷つけずに捕獲する道具と言う設定だそうだ。綺麗な毛皮ほど高く売れ、小瓶の更に少ない量でも十分な効果が得られる。
だが、俺は、小瓶を全てを飲み、相応のデメリットとして声が使えない。
「もう少し、効率よく使えば、長く使えたんだけどな。勿体ない事した」
「仕方ないんじゃないのか? ミュウちゃんに引っ張り出されてのぶっつけ本番なんだから。にしてもユンらしくないことするな。効果も調べずに使うなんて。六時間か? 声が使えなかった時間は」
「一応、NPCから効果は聞いたんだけどな……」
頭を掻きながら、あれは自分でも驚いたからな。思っていたより、制限が長かった。そして、一人ひっそりとクエストを消化しようと思っていた所でタクと合流。
今は、タクと共にのんびりとクエストチップを集めている。
「けど、まさかタクとこうして細々としたクエストするとは思わなかった」
「俺だってそうだよ。武器は耐久度ギリギリまで使用して、直せる設備が無いんだから」
そうなのだ。タクは、二番目にクリアされた【巨大樹のダンジョン】に競って攻略したパーティーがタクたちで、激しい競争の中でクリアしたのだが、タク一人の損耗が激しく、クリア後に一人装備の不足などを理由に俺のレベルに合わせて行動している。
ミニッツやガンツたちは、別の知り合いと組んだりしてパーティーで最後の追い込みをしている。タクはタクで個人的な事情でパーティーメンバーに制限を掛ける事を嫌い、こうして俺の所に来た。
今持っている装備も簡易防具とNPC製の数打ち品の鉄剣という間に合わせの装備。
本来の武器であるダマスカス鋼の二本の長剣は、直す設備と素材がマギさんのお店【オープン・セサミ】にしかないために、こうして代わりの武器を使っている。
「それにしても。ダンジョンを無理に攻略しなくても良いのに。あの直後、クエストの消化率が上がってダンジョンの難易度も下がっただろ。それに報酬とかも無い訳だし」
「そんなこと言うなよ。ゲーム全体の貢献と高難易度でクリアしたい、って気持ちがあるんだよ」
「知識としては理解しているけどな。まぁ、全部のダンジョンがクリアされたから良いか」
【煉瓦のダンジョン】と【墓場のダンジョン】の残っていたダンジョンもタクたちのクリアの後、クエストを消化によって難易度を下げた所でクリアされた。
また、全ダンジョンがクリアされた後は、サンタクロース復活の演出と共に、今までクリアされたダンジョンが一番優しい難易度で復活し、その内部での死亡は、チップや蘇生薬の消費無しで入り口へと戻されるというかなり安全仕様になっていた。一種のアトラクションとなり、ダンジョン攻略に乗り出さなかったプレイヤーたちも優しいダンジョンで雰囲気は楽しめていたと思う。そう思うと高難易度でのダンジョン挑戦は、一番に攻略に乗り出した人への特権かもしれない。
「さて、そろそろ時間だな。ユンは結果どうだった?」
「クエストチップは、56枚だな。タクは?」
「何度か、無理してチップ消費したから59枚だ。ってユンは、ホントに細々としたクエストしかしてないのか? 俺と大差ないな」
「生産系以外は、あんまり外に出てないからな。けど、タクは意外だな。もっと多いのかと思ったけど……」
「最後の追い込みだよ。ほら、装備も不十分じゃ、難易度の高いクエスト無理だろ」
そう言って、鞘の納められた長剣で肩を叩くタク。そんなものか、と思いながら、イベントの終了のインフォメーションが流れる。
【――成績集計開始。以降の行動は加算されません。集計後、結果発表。繰り返します】
いよいよ始まったイベントの結果発表。とは言っても前回のようなランキングではない。そして、しばらくして、俺たちの前にメニューが表示される。
【――クエスト消化率:86% クリスマスダンジョン:制覇 所持クエストチップ数:56枚】
全体としての結果と個人としての情報。そして、イベントのルール説明でのクエストチップがアイテムと交換できる。また、クリスマスダンジョンの完全制覇で全プレイヤーに何らかのアイテムが送られるはずだ。
そして、一つ一つの結果が順番に説明されているのをタクが声に出して読む。
「なになに……【クエスト消化率が80~90%の報酬は、7SPが追加されるのか】って普通にセンス絞ってレベル上げしてれば、割と余ると思うんだけどな」
「良いんじゃないか? でも報酬の中で90%より上があるんだな」
「そうだな。あー、悔しいな! 最高の報酬が欲しかったんだけど!」
「お前は……余っているって言ったのに、もっと欲しいのかよ」
「それはそれ。これはこれ」
そう言う現金な親友に小さく溜息を吐き、俺は、次の報酬に関して目を通す。
【――おめでとう。聖人・サンタクロースを夢魔の手から復活しました。全プレイヤーの協力のお蔭です。聖人・サンタクロースは、あなた方に感謝の印として【プレゼントボックス】がプレゼントされました】
「なぁ、タク? 【プレゼントボックス】って何だ? って何!?」
タクは、両手に大きな包装のされた箱があり、それが光を発している。次第に光が収まると同時に、箱が爆発して白い煙がタクを包み込む。
「タク! 大丈夫か!?」
「成程な。【プレゼントボックス】ってのは、思い浮かべた一番近い物を手に入れるアイテムなんだな」
「いきなりやるなよ。ビックリしただろ」
「俺もどんなものか分からなかったんだから仕方ないだろ」
もくもくとしたギャグみたいな煙の中から振るわれたのは、剣の鞘だった。タクの使っている長剣サイズの鞘だが、鞘自体に特殊な効果でもあるのだろう。今、タクが欲しい物は――
「――耐久度回復か?」
「正解だ。長剣限定だけど、耐久度を一定まで回復してくれるものらしい」
「完全回復じゃないんだ」
「そこが残念だけどな」
そう言って、肩を竦めるが、割と良いアイテムのように思う。まぁ、イベント終了のタイミングじゃあ不要かもしれない。
「ユンも【プレゼントボックス】を開けるんだろ。何が欲しいんだ?」
「何って言われても……困るな」
「良いから見せてくれよ」
そう言うタクは、視線を俺に向けて、ワクワクと言った感じで期待している。
期待の視線を送られ、幾つもの候補を上げていく。
無限の矢立てや植物の種、ポーションのレシピ集などを想像したが、どうにもしっくりこない。
一度取り出して、箱を持ってみるが、重さとかは特に感じない。
欲しい物、欲しい物……と念じ、一つ思い出す。
「ああ、――【魔力付与台】はどうかな?」
直後、光を発し、目の前でコミカルな爆発音を発する箱。その中から現れたのは、俺が薬師の所で使っていた汎用生産設備の【魔力付与台】だ。ただ、薬屋にあった奴よりも小さく簡素で一言で言えば、タブレットサイズの石版だった。
素材やアイテムにMPを注ぎ、その効果を引き上げる魔力付与台。ポーション関連では試したが、それ以外の【合成】【錬金】【彫金】【料理】と多くの生産センスにどのように対応するのか。
試しに、薬草にMPを注いでみたが、薬屋の道具ほどMPの注入速度やMPにおける費用対効果は良くない。
薬屋の高性能な方が、MP100注いで、50の効果が得られるのに対して、同じ量のMPで半分以下だ。効率面では、かなり落ちているが、入門用の道具と考えれば、十分だ。
「よし、早速これを使って……「まだ、終わってないぞ。ユン」……そうだった」
すっかり目の前の生産設備に心を奪われて、忘れていた。
まだ、クエストチップのアイテム交換があった。
アイテムの交換レートは、決まっており、その範囲内でイベントアイテムを手に入れられるそうだ。
チップ1個……三万G
チップ5個……SP+1交換券
チップ10個……ランダムボックス(一個)
チップ20個……ランダムボックス(三個)
チップ30個……ランダムボックス(五個)
チップ50個……プレゼントボックス(一個)
チップ100個……メイキングボックス(設置、機能拡張)、伝説級武器(回数制限有)、準伝、魔改造素材の武器交換、ダンジョン所有権(期間限定)、個人フィールド増設券(個人)
チップ300個~……個人フィールド増設券(ギルド限定・オプションによりチップ個数が変動あり)
なお、イベント終了までに決まらない場合は、自動的にお金に変換される模様だ。
「なぁ、タクはこれみてどう思う?」
「前回のイベントの入賞アイテムがチップ百枚相当だから妥当かもな。俺も死んでクエストチップを消費した数と最後の追い込みが出来れば、ギリギリ届くか届かないかの所だけど……、まぁ、俺たちはそれは選べないからな」
「だよな。何を選ぶか」
「SP交換は、次回のアップデートで関係がある風なニュアンスの事が告知されてた。あとは、ランダムボックスは、完全にランダムらしいな。このどことなく九割九分がハズレと分かっているのに、当たりに期待するワクワク感が溜まんないな」
「いや、思った物が来るならプレゼントボックスじゃないか? まぁ、思った物より大分性能は劣化している様だけど……」
逆に、劣化と言うより抑えられている感じか。タクの鞘だって、応急処置的な性能だし、俺の魔力付与台も使い方を覚える為の練習道具のような物だ。
「悩むな。チップ59枚でランダムボックスの五個と三個の組み合わせか、プレゼントボックスとSP交換券か。チップがあと一枚足りてればな」
「俺は、プレゼントボックス一つとSP交換券か。三個と五個のランダムボックスの組み合わせだな」
とは言ってもタクほど俺は、悩んでおらず、早々にアイテムを選ぶ。
「よし、俺は、決まったぞ」
「マジか! 何を選んだんだ!?」
「プレゼントボックスとSP交換券。それと端数は、お金にした」
「ユンは、それか。ちなみに理由は?」
「残しておけば、欲しい系統のアイテムを願って呼び出せると思って」
相変わらずの安定志向の奴め。と言っているが、欲しいアイテムが無ければ、コレクターズアイテムとしてひっそりと【アトリエール】に飾るのも良いだろう。
「けど、得られるアイテムは、一個だろ。同じアイテム選んでも芸はないし、俺はランダムボックス選んで、他の奴らと一緒に開けるとするか」
「なんだ? ここで開けないのか?」
「大勢で開けた方が面白いだろ。それにその場で不要なアイテムをトレード出来るしな」
「それは、福袋の中身交換かよ」
俺がそうツッコむと、確かに同じだな、楽しげに笑うタク。大勢に囲まれてランダムボックスの中身に一喜一憂する場面を想像するとその中に参加できない事に少し寂しさを覚える。
「さぁ、そろそろ時間だ。ユンは、リアルに戻ったらどうする?」
「どうするじゃねぇよ。時間がそれ程立ってないならクリスマス直前だろ」
「そうだったな。じゃあ、俺の方も何か持ってユンの家に突撃するか」
「セイ姉ぇもイベント終わったらすぐに実家に飛んで帰って来るって話だ。昔みたいに四人でクリスマスパーティーだな」
それと、何か持ってくるのは良いけど、パーティーゲーム持ち込んでただ飯を食うだけなら帰れ。と一言釘を刺しておく。まぁ、小母さん、タクのお母さんは良識ある人なのでジュースくらい持たせると思う。
「分かってるよ。じゃあ、またリアルでな」
「ああ、イベントお疲れさま」
イベント終了と共に、強制転移させられ、通常サーバーに戻される。
今回は、ソロでの参加で静かに過ごせると思っていたが、結局いつものドタバタになった。
それでも楽しかった事が多かったので、終わりよければ総て良し。だと思う。
イベント終了。だけど、イベント終了後のリアルがちょっとあります。