Sense239
悪魔トナカイの数が徐々に減り、取り巻きからの弾幕のような攻撃は勢いを弱めていく。この調子なら、全ての取り巻きを処理してボスを仕留められる。そんな楽観視していた時だ。
俺よりも前を疾走する一組のパーティーがボスの悪道の夢魔に接近し、斬り付ける。
それに続くようにミュウや他のパーティーたちも代わる代わるにリーダー格の悪魔トナカイと悪道の夢魔に切りかかる。
「調子良いな。まぁ、後ろから襲われない様に俺が処理するか」
大分、ソリの操作が慣れた俺は、片手で手綱を操る。
最後尾を走っている俺は、斜めより突進してくる悪魔トナカイに麻痺の状態異常薬を投げつけながら、他のトナカイの追撃に警戒する。
また、真後ろに位置するトナカイには、ボムとクレイシールドのマジックジェムを放り投げ、真下から掬い上げるような爆発や障害物の激突で後ろの崩壊へと巻き込む。
不安定な足場で弓などの武器での攻撃が出来ない俺は、悪魔トナカイを後ろから迫る道の崩壊に落とす形で少しづつダメージを与え、戦いに貢献していく。他のプレイヤーにHPを削られた悪魔トナカイは、麻痺で動けない所で崩壊に巻き込まれ、消滅した。
残りの悪魔トナカイも交戦しているプレイヤーに徐々に駆逐されている。一方、敵方の劣勢で戦闘の段階が一段跳ね上がる。
『この人間風情が! こうなれば、聖人の力の一端を使い、この場で葬ってくれる!』
大きな声に前を向けば、夢魔が激高し、自身を中心に波紋のような衝撃波を生み、誰も近づけないでいる。って言うか、その攻撃を使えるなら、何故最初から使って、プレイヤーを場外に落とす方法をしないのか。という考えはナンセンスなんだろう。
少しお門違いな考えをしている間にも展開が移っていき、夢魔は、仰々しく右手を振り上げる。少年の格好ながらに、空間に反響する声が迫力を生む。
「――『捩れ、捩じれ、穿たれ、途切れろ、我が空間で何人も前には歩ませぬ。我が、悪道の名が命ずる!』」
「はははっ、折角慣れたばかりなのに……」
俺の絞り出したような震える声。それは、目の前の光景にある。
真っ直ぐだった雪道が、うねり、曲がるコースになっていた。
こんな、レースゲームのような連続カーブのコースでどうやって追い付けば良いのか。
「チャンス! お姉ちゃん! 火の属性とスピード強化!」
「はぁ!?」
「早く!」
「ああ、もう! 【付加】――スピード。【属性付加】――ウェポン!」
夢魔の衝撃波が消え、複雑化するコースの中で、ミュウの要求に応える為に速度のエンチャントと武器に火属性を付与する。そして――
「カーブを作ったからって、逃げられないよ! ――【ナイン・ソード・スラッシュ】!」
「うぉぉっ!? と、跳んだ!?」
カーブの膨らみ、インコーナーすら突き抜ける形でコースの外へと飛び出すミュウ。直前にソリを跳ね上げ、勢いのまま滑空して、大胆なショートカットを行い、そのままの勢いでコースの復帰と夢魔の脇へと炎と【アーツ】を敵に浴びせる。
また、突き抜けた勢いで、コースから外れそうになるのを、ソリ自体をスリップするように回転させて、減速させる姿を見て、冷や冷やする。
一歩間違えれば、そのままコースアウトでリタイアする可能性があるのに、無茶をする。
「うわぁ……危なかった」
「無茶しないでくださいよ。コハクさんやリレイさんが居るんですから」
「そうそう、うちらも頼りにしたってや! いくよ、リレイ」
「はい。いつも通りで――【ラヴァ・カノン】」
「そして、押し出す――【クイック・ブラスト】!」
リレイの生み出した灼熱の弾丸が悪路を走る夢魔へと向かい、その背後から追い抜くようにコハクの生み出した突風の面攻撃が、雪を巻き上げ、夢魔の動きを一瞬止め、追い付いた灼熱が夢魔と騎乗している悪魔トナカイを包む込む。それに追い討ちを掛ける様に、近づいては離れるを繰り返し、炎の中の影へと攻撃を加え、魔法を重ねる様に撃ち出し、ダメージを短時間で稼ぐ。
今までの直線から左右のカーブが混ざるコースの勇気のいるインコーナーからの攻め込みや中盤に差し掛かって、変則ステージに何時までも居たくない心理が重なって怒涛の攻撃ラッシュとなった。
「よし! 大技の成功や!」
「順調ですね。ちょっと手応えが無いくらいですよ」
二人でソリを並走させて、タッチし合う。だが、俺も他のプレイヤーたちもはっと前を向くと炎に包まれた夢魔が炎の中から割れた聞こえ辛い声でしゃべっていた。
「この、下等種風情がぁ!? 少し遊んでやれば付けあがりやがって! 僕を本気にさせたな! 『空より道を穿て、氷柱の檻』!」
炎を割った夢魔の頭上には、幾十、幾百もの氷の槍が展開されている。
「おいおい、展開が付いていけないぞ」
最後尾で走る俺は、展開された氷の槍が打ち出された軌道を見ていた。発射された氷の槍は、プレイヤーや地面に無差別に突き刺さり、夢魔の攻撃と障害物がすぐさま出来上がる。
俺は、こんな氷の道を突き進む勇気は無く、人の作り上げた道を追随する。が前方に走るプレイヤーの被害が大きい。何人かのプレイヤーは、氷の障害物にぶつかり、ソリから落ちたり、コースアウトやダメージによるリタイアで数を減らし、更に落ちたプレイヤーの残した物が更なる障害となり、それらが俺たちに襲い掛かる。
「コハク!」
「って、俺の方にも来た!」
プレイヤーが振り落とされ、制御の失ったソリが高速回転しながら、こちらの方へと直進してくる。また、右前方では、バスタードソードを振るい、道を作るルカートの取りこぼしが、コハクに当たり、ソリから落ち、雪道に転がる。
このまま、数多くの氷の障害物を安全に抜けて、コハクをリカバリーする技量はなく、目の前を迫るソリの障害物は、左に避ければ安全に回避が――
「コハク! お姉ちゃん!」
「っ!? ああ、もう。男は、度胸だ!」
俺は、体を右に傾けて、氷柱のような氷の障害物に突っ込んでいく。最初から安全に抜けられないならリスク覚悟だ。
「コハク! 捕まれ!」
「ユンさん!?」
バキバキと氷の障害物を体当たりで突き抜け、砕けた氷の破片でダメージを負いながらも、コハクを捕捉する。捕まれって言いながら、掬い上げる様に無理矢理に拾い上げる。
「助けてくれるのはありがたいんやけど……このまま行くと、落ちるやん!」
「分かってるよ! でもな、コハク。俺に精密操作なんて期待するな!」
「なんでそんなに自信満々に言えるん!?」
コハクを回収するために自分で制御出来ない速度で疾走しているために、このまま進めばコースアウトになる。
この先の展開は、俺が何時もミュウたちに振り回されているのと同じように、俺がコハクを振り回す番だ。それに対して、少し罪悪感はあるが、生き残るためだ。躊躇いは無い。
「じゃあ、次は跳ぶぞ!」
「へぇ? 跳ぶって……わきゃぁ!?」
コハクを抱えたまま、虚空しかない雪道の外へと進むソリを飛び下り、俺は、これまで温存していたリゥイを呼び出す。
「来い、リゥイ! ――【召喚】」
ソリから飛び降りると同時に、真下より召喚されたリゥイが俺たちを乗せて、走り出す。
俺たちの乗っていたソリは、そのままコースを外れ、消えて行き、ソリから振り落とされたプレイヤーが後方の崩壊に巻きこされる瞬間を見た。
最後に、助けてくれ。と言わんばかりに手を差し出していたが無茶言うな。一人拾うのだって命懸けだ。
リゥイに道を任せて、ミュウたちの居る前方に急ぐ。中盤戦を超え、残るプレイヤーが少なくなってきた。
変更点
【クイック・バースト】→【クイック・ブラスト】