Sense237
「くぅ……クエストチップ溶かした」
「それは、ご愁傷様だ。ライナ」
心の篭らない労いの言葉を口にした俺。最初に俺に連絡を寄越したのは、意外にもライナとアルたちの後発組パーティーだ。
俺に会って、消耗品を補充する事は予想出来ていたので、ポーションなどを準備していたが、そこから一転して愚痴に始まる。
ちなみに、クエストチップは、溶かしたとは、本当に溶かしたのではなく、無駄に消費してしまった事を指している。
「行けると思ったのですけれど」
「何処をどう考えたら、クエスト消化率70%台で後発組がクリアできると思うんだ。フラン」
「私も行けると思ったのに……」
「だから、何でそう極端なんだ? ライナは」
他のストッパーの役割のアルや大人しい性格のユカリがコントロールしないと。ってそもそもパーティー四人で攻略って五人パーティーのタクたちだって失敗したんだ。
「まぁ、地道にレベリングし直すわ。クエストチップも集め直さないとね」
「じゃあ、シショー。また来ます」
ひらひらと手を振って、肩に槍を乗せるライナと頭をぺこりと下げるアル。店から出る時、ライナが肩に乗せた槍を入り口の梁にぶつけて慌てるなどどうも締まらない見送りをする結果になった。
その後も、未達成クエストの後のアイテム補充に来るプレイヤーや何度もクエストチップを消費して攻略情報やクリアを目指す知人たちが訪れて、俺からアイテムを買っていく。
前回のイベントでは、空腹度システムの影響でユンは飯屋の印象だったが、アトリエールのユンは、ポーションなどの消耗品というイメージに変わっていたのは嬉しい変化だ。ただ――
「また、ユンちゃんの手料理食べさせてね」
「だから、アトリエールは料理屋じゃねぇよ!」
そう言って追い出す場面が多々あった。まだまだ努力が足りないか。
そして――
そんな中で最初のミニダンジョンの攻略情報が耳に入る。
「……雪原のミニダンジョンが攻略されたのか」
『ああ、って言ってもボス情報無しからの一発クリアに驚いたけど、逆に他のボスの傾向が分かってたからな。事前に分かっていた【妨勢の夢魔】って名前と他のダンジョン傾向から防御重視のボスって予想できたからな』
気を利かせたタクがわざわざ俺にフレンド通信でその情報を教えている。
「そう言うもんなのか?」
『けど、問題は、無名や中堅の所がクリアしたことだ。逆に同じような規模の中堅どころのギルドやパーティーが突撃して爆死する事例が後を絶たない』
「って事は、クリアしたパーティーは、隠れた実力者か」
俺がそう呟くと、そういう事だ。と言いながら、消耗品のポーションを受け取るタク。
『まぁ、隠れたって言っても知り合いだな』
「俺の知り合い?」
『シチフクの【OSO漁業組合】がボス討伐で、お前の知り合いの【新緑の風】がサポート体制に入っていたって話だ。詳しくはその内に話が聞けるだろ』
レティーアたちが何らかの活躍をしたって話を聞いて、知人としては喜ばしく思う。
『俺もタイミングを見て、ダンジョンに挑んでくる。それで負けたらまたアイテム補充で戻って来るな」
「失敗前提かよ、まぁ、話を聞いてる限り仕方がないにしても、クリア報告の方を聞きたいんだけど……まぁ、失敗した時は、またアイテムの補充してやるよ」
『ああ、サンキューな。それとユンも挑戦しないのか? 一つだけユンにピッタリのがあるだろ』
「あれか……。いや、俺はどうするんだろうな。まだ、情報待ちかな」
俺が唯一戦えると予想される道のミニダンジョンだが、未だ、挑戦へと一歩が踏み出せないでいる。
絶対に勝てる確証、有効的な戦略、効果的なアイテム。そうした物を欲しがって、でも多分揃わずに、このイベントは終わるんだろうな。と思う。そもそも、積極的に動く理由もない。
「元々、生産職が戦う場面でもないだろ」
『そりゃ違うって。って言っても仕方がないか。俺は、俺で楽しんでくる』
そう言ってタクとの通信を切り、ほっと一息吐く。だいたい、一通りの知り合いからの連絡が受け終わり、皆それぞれがイベントを楽しんでいる。俺も今回はソロで動いて十分楽しんでいる。
「――けど、自分で動かなきゃダメかな。タクが言う通り、別に生産職だからって隠れている必要はないし。俺も一丁やるか!」
そう思い、自分の頬を軽く叩き気合いを入れる。
とは言っても、いきなりに突入する気はない。準備や万全を期して、挑む――
「何やら、やる気なオーラを感じて推参!」
「ミ、ミュウ。なんだよ、そのやる気のオーラって」
「正確には、隠れてユンお姉ちゃんを見張っていた。有望な人材の確保は、最重要事項だからね!」
「おい、色々とツッコミどころがあるけど……っておい手を引くな!」
「お姉ちゃん、駄目だよ。ゲームは準備を完璧にして挑む? それもアリだけど――」
急に俺を攫む手を離されて、前につんのめるのを耐えてミュウを見る。挑戦的な笑みを浮かべて、人差し指を俺の鼻先に突き付けている。
「ゲームは、常に準備の時間は与えてくれないよ! 事前に準備するか、手元のアイテムでやりくりする! 情報が来てから安全策で挑むよりスリルがあるじゃない!」
「だけど、な」
「今こうしている間にも、誰がミニダンジョンを攻略するか分からない状況。報酬は無くても、形の無い満足感はある物なの! だから、今すぐゴー!」
「ちょ、ちょっと待て! 少し待て!」
やる気は出たが、今すぐにというほど心の整理は、付いていない。それに――
「お前、ルカートやヒノたちはどうしたんだ。パーティー組んでるだろ」
「甘いよ。私たちも道のミニダンジョンの情報は集めて、大丈夫だと判断して誘ってるんだから。道のミニダンジョンには、共闘ペナルティー等の制限はない。当然だよね、道中なしの全力ダンジョンなんだから」
「それってボスとの戦闘が全部同一個体って事か? それだとダメージだけ与え続ける波状攻撃って……」
「それは無理。何十人か挑んだら、別の並列コースに切り替わってリセットされるから」
「分かった。それと、十分待ってくれ! それで準備だけ整える!」
「五分! それ以上は待たない。待つとスリルが薄れるもん」
「充分だ!」
俺は、一度オババの所へと向い、オババから俺が今回必要だと思う物を買った。
メガポーションとMPポットのクエスト報酬。それと知り合いにアイテムを売った儲けを使ってまた所持金を消し飛ばしたが、目当てのアイテムを手に入れた。ただ、時間が無い。
「よし、時間一分オーバーだけど、行くよ!」
「やっぱり、そんなに急ぐ必要はあるのか?」
「ない! けど、あることにして!」
「全く、無茶苦茶だな」
けど、こうして引っ張り出されるのが少し悪くない。と思ってしまう。
そして、道のミニダンジョンの前に待っていたルカートたちと合流し、他の挑戦するプレイヤーも含めて、一緒に道のミニダンジョンの入り口へと立つ。