Sense236
クリスマスのイベントが本格的に始まって三時間後――
「ふふふっ、やられたぜ。全く歯が立たない」
「ダンジョンの難易度とギミックが鬼畜過ぎる。運営からのプレゼントにしては酷い」
「メリークリスマスじゃねぇよ! 苦しみますだ!」
多くの挑戦者を返り討ちにした五つのミニダンジョン。ミニの名を冠するが、その難易度たるや、現在存在する如何なるダンジョンをも凌駕する。
そもそもコンセプトが違う。
「それじゃあ、集まった情報を整理するとこうなる」
知人たちが一同に会する食堂の中で、声を上げるのは、タクだ。その脇に、ミカヅチやクロード。俺も一応、話を聞くために参加している。
「通常ダンジョンのコンセプトは、『プレイヤーを楽しませること。継続的な攻略』などを意識して作られている。例えば、何故人はダンジョンに挑むのか、クエストだったり、アイテムだったり。人によっては自分より格上のMOBや単純なレベリングの適性だったりする。または、生産職から頼まれた素材採取なんてのもある。そして、そうしたダンジョンには、道中に休憩ポイントや帰還ポイントなどのセーフティーエリアが設定されている。
プレイヤーが長く楽しめるのがコンセプトだ」
その言葉に俺は、なるほどと感心しながら耳を傾ける。一度言葉を切ったタクは、続いて今回のミニダンジョンについての説明を始める。だが、最初に淡々と説明していたが、この時だけは一瞬だけ苦々しげな表情を作るのを見逃さなかった。
「今回のミニダンジョンは、期間限定のダンジョンだ。だから、プレイヤーは、その限定性のために人が訪れる。どんなに自身のレベルに見合わなかったり、報酬の割が合わないとしても人が来る。来なくても問題ない。そして、そうした背景では、継続してプレイヤーが訪れる必要はないんだ。だから、作られたのが『ガチのダンジョン』だ。プレイヤーを楽しませることじゃない、クリアを困難とした難易度設定。凶悪化されたトラップを始めとした強力なMOB。かくいう俺も突入して、ボスを見ることしか出来なかった」
そうだ。タクを始めとしたミカヅチ、セイ姉ぇ、ミュウなど、この場に居ない大小さまざまなギルド・パーティーが挑戦していったが、難易度からボスに到達したのは数組に留まる。
また、報酬形態がクリア者ではなく、全プレイヤーと言う事で、情報は積極的に公開され、現在でもぞくぞくと情報が集まっている。
「俺たちの目標は、緊急クエストのクリアだ! だから、各ミニダンジョンの情報は広く公開されている。雰囲気は、非常に良い。また攻略の成功率を上げる方法についてクロードから説明がある」
「話を引き継いだクロードだ。まず、全体のクエスト消化率とミニダンジョンとの相関だ。ダンジョン発生直後のクエスト消化率は、58%。そして消化率が60%を超えた段階でダンジョンでの各種トラップ・出現MOBの能力の低下がみられた。現状では、低下しただけでボス到達率は僅かに向上したが、まだ厳しい難易度だ。続いて、それぞれのダンジョンの特徴はミカヅチだ」
「これは、多くのプレイヤーの主観や攻略状況をまとめた。実際に感じ方は違うだろうが、参考の一つにしてくれ。
まず、煉瓦のミニダンジョンは、三階層の比較的小さなオーソドックスなダンジョンだ。ただ、一定時間ごとにダメージを与える熱風が吹き荒れ、罠も普通だがダメージ率も高い。現在、マッピングが進められているステージだ。ボスの【壊力の夢魔】は、物理攻撃に特化されたMOBだ。
続いて、雪原のダンジョンは、完全にオープンフィールドのダンジョンだ。二キロ四方の雪原のどこかにダンジョンの下層に繋がる階段があり、現在、第三階層まで確認されている。難易度が高い原因は、吹雪によるスリップダメージと一定時間毎に階段の位置が変化するために最短コースでの移動が難しい。これに関するボス情報は無しだ」
ここで一度、飲み物で喉を潤すミカヅチは、再びダンジョンの説明を始め出す。
「三つ目の巨大樹のミニダンジョン。これは、先の二つのように回避困難な熱風や吹雪のようなダメージ消耗は少ない。ただ、MOBのスポーン間隔が非常に早く休憩などなしの連続戦闘での消耗が大きい。このエリアのボスは、魔法主体の【魔導の夢魔】だ。攻撃魔法のカウンターと連続攻撃を主体とするために息の吐かせない弾幕状態だ。
四つ目の墓場のダンジョンは、状態異常やHP・MPを吸収するアンデット主体の雪原と同じオープンフィールド。MOB自体の移動速度は遅く、個々は弱いが、リンク範囲が広いために逃げてもどこまでも追跡しすぐに対処不可能な数に膨れ上がる。階段の法則は、雪原と同じだ。ボスの【結界の夢魔】は、魔法防御と耐久が高く、アンデット召喚などで更に物理的な距離を開けてくる。厄介さだ。最後に――」
一際、異彩を放つミニダンジョン。残るは道のダンジョン。
「道のダンジョンは、初めからボス戦闘だ。よくスクロールアクションなんかであるトロッコバトルや移動する乗り物に乗ったままの戦闘って感じだ。まぁ、あれは、2Dだったり平面だから出来る事でVRだと恐ろしく難易度が高い。更に落ちたら、すぐに復帰しないとそのまま死に戻りだ。蘇生薬とかは、あまり意味が無い点で一番特異的なダンジョンだ。
ボスの【悪道の夢魔】とその取り巻きの悪魔トナカイが八匹。各ステータスは、どの敵よりと低いと予想されるが単純な取り巻きとの連携でリタイアを狙ってくる。足の速さに自信があるなら、乗り物に乗らずに、自力で走れば、まぁ……何とかなるんじゃないか? その辺は、確証が無い」
ミカヅチの語る五つのミニダンジョンの性質を考えると俺の出番は、無さそうだ。ここは大人しく未達成クエストを見つけて、クエスト消化率に貢献するしかない。
俺は、この集まりからそっと抜け出す。
空を見上げれば、遠くに僅かに見えるミニダンジョンの外観。とは言っても内部はそれ以上に広がっている亜空間だ。
それにそっと溜め息を吐きながら、近くのクエストボードへと歩いていくが、ミニダンジョン出現直後に未達成クエストへと殺到し、しばらく経った後だ。残っているのは、高難易度くらい。あとは、クエストボードに乗らないクエストを探しても良いが、少し出遅れた感がある。
「仕方がない。薬屋のオババの所に戻るか」
まだ残っている未達成のクエストが残っている。一つでも多く達成するために、薬屋に戻ってくれば。
「なんだい。威勢よく金稼いでくるって言って出た時と殆ど変らないじゃないかい」
「いや、まぁそうだけど……オババ。仕事ください」
「勝手にそこのボードから選びな。レシピの話は前にした通りだよ」
そう言って、奥へと言ってしまうオババ。なんとなくイベント後も変わらないオババに安心感を得つつ、ボードを確認する。一日経過したボードには、それなりの数の未達成が残っていたはずだが、少し消化されている。
「誰かが、ここに来てクエストをクリアしたのか……まぁ、いいや。俺の目当ては残ったままだ」
残り二十万。目当てとしていたレシピの中からふたつ選べる。俺が選んだのは――
「オババ。【メガ・ポーション】と【MPポット】の作り方を教えてくれないか?」
「いいさ。とは言っても作り方は、ポーションやハイポとかと同じさね」
そう言って取り出すのは、薬霊草の上位である薬秘草。そして、魔霊草の上位である魂魄草が用意された。
これをポーションと同じように煎じて、水を加えてポーションの形を整える。だが、この段階のポーションは、一つ違いがある。
「いいかい。【メガ・ポーション】と【MPポット】は最後に魔力を加えて効果を安定と向上させる必要がある。そこの薬用の【魔力付与台】があるじゃろ。そこにポーションを乗せて、魔力を注ぎな」
「これでいいのか?」
容器に詰められたメガポーションを台の中に置き、台の前の手形に両手を押し当てると少しづつMPが抜けていくのを感じる。どのくらいの量を込めればいいのか分からないが、一気にMPを流し込まず、少しづつMPを流し込めば、液体の色が澄んでいき、光り輝くポーションになっていく。
「ふぅ、これってMPを一気に注ぐとどうなるんだ?」
「何を馬鹿なこと言ってるんだい! 爆発でもさせたいのかい!」
「うわっ……」
「この【魔力付与台】で魔力を注げば、色々な種類の薬の効果が向上されるよ」
「まるでエンチャントみたいだな」
「それとは別だね。能力上昇って指向性を最初から持たせたのが【付加】のエンチャント。無形のまま付与して定着させるのが生産技能の【魔力付与】だよ。これは、どの生産分野にも通じる事さ」
「じゃあ――俺のアクセサリーも――「あたしの店は薬屋だよ! そんなこと許さないからね!」――駄目か」
言ってみたが、俺の【アトリエール】には、こんな生産設備はないはずだ。どこで手に入れれば……
「一応言っておくけど、普通じゃ手に入らないからね。ちゃんと決まった手順と能力に応じた生産職にのみ購入許可が出されるんだ」
「つまり、クエスト受けて、購入できるように。か、また帰ったらやらないとな」
「だから、ここであたしが勝手に使わせたことは、みんなには内緒だからね」
「分かったよ」
とは、言いつつも、今の俺の興味はこの【魔力付与台】の扱いにあった。
【魔力付与台】を使うポーションやハイポや使わないメガポーション。など色々なパターンでの回復量など。また状態異常を回復させるST回復薬や状態異常薬に使った場合。
また、食べ物に対して使った場合の空腹度の変化やアクセサリーにはどのような効果があるのか。
生産前の素材と生産後のアイテムでは、どのような違いがあるのか。
「むむむっ、色々と知りたい事が出て来たな。まずはポーションの違い――「あんた、その前にそこのクエスト片付けな!」――忘れてた」
つい目の前の未知に集中してしまい、本来の未達成クエストの事を忘れていた。
俺は、慣れた手順でメガポーションとMPポットを生産していく。現在の【調薬師】のレベルが7になったが、レシピからの生産はまず成功しなかった。試しにやってオババに叱られた。
横着せずに、少しづつ作って【魔力付与台】でMPを注ぎ、MPの回復時間にベースのメガポーションとMPポットを作る。作業サイクルは、殆ど変らないために苦なく作れる。
「なぁ、オババ。工房って好きに使っていいんだよな。なら、俺が持ち込んだ素材で好きにアイテム作っていいか?」
「勝手にしな。仕事が終わったんならね」
メガポーションとMPポットの納品クエストを終えて、ハイポ、MPポーションの生産を始める。
どうせ、そろそろ頃合いだ。イベントでのアイテム制限が無いから、素材を十分に持ち込んだ。それらに【魔力付与台】を利用した性能の底上げ。
大体、MPの5%も注ぐとポーションの臨界に達し、それ以上だと爆発する。詳しく調べた訳じゃないが、俺のMPで2%から3%くらいが一番回復の上昇幅が良いのでそれを目安に生産していく。
また溜め込んで、時間の経過したポーション類は、【魔力付与台】は使えなかったので、一連の生産動作に組み込まないと対応しないということだろう。
そして、一通のフレンド通信が忙しさに拍車を掛ける。
トロッコバトル。ドンキーコング・リターンズやラムラーナ、星のカービィの特定のボス戦みたいな感じ。乗り物を乗った主人公が縦横無尽に動いてボスと戦うあんな感じ。ただしあれは2Dです。