Sense231
「なんだい、店の前に居座って。来ない客が余計遠のくじゃないかい」
店から出て来た薬屋のババァが俺を見て、まがった腰を逸らせて、皺だらけの顔でリゥイを見上げる。
「何とも立派なユニコーンだね。良い薬の材料が取れるよ」
「な、なにを言うんだ」
余りの物言いにNPCであるにも関わらず、反応して、慌ててリゥイを隠すように間に立つが、成獣となってその姿は隠せない。俺のその様子を見てババァが、冗談さね。と意地の悪い笑みを浮かべて言う。一瞬、本気にしたぞ。
「全く……同じ年寄り相手にするなら性悪のババァより孤児院の院長の方を相手にしたいよ」
あっちの方は、接するのは苦じゃない。孤児院の院長は、品の良い老婆であんな穏やかな人に魅力を感じる。片や、声を張り上げる性悪な老人よりもよっぽど……
「あんた、人をババァ呼ばわりするんじゃないよ! そこに直りな!」
「ええっ! 怒られるの!?」
「良いから座りな!」
石畳の上に正座させられる俺とそれに習い、隣に並ぶように座るリゥイと膝の上に座るザクロ。
「私だって昔からあそこの院長に比べられたりして気にしてるんだ! そりゃ、現役シスターの頃から美人だったし、年取ってみんなから慕われてるのは、あっちの方さね!」
「ああ、やっぱり……」
「黙らっしゃい! でもね。知り合って短いあんたにババァ呼ばわりされるいわれは無いよ!」
「す、すみません……」
少し反発心でババァ呼ばわりしていたのはいけない、とNPCに諭されるとは思わなかった。
確かに、ババァは、不味かったかもしれない。
「これからは、薬屋のオババとでも呼びな。その方が高齢の薬屋っぽいじゃろ」
「いや、それで良いのかよ。ババァもオババも同じだろ」
「いいんじゃよ。ワシが納得すれば」
ひひひっ、と森に住む魔女の様な笑い声を上げる薬屋のババァ改めてオババが、そこに立ってないで店に入りな。と促す。
「しかし、縁起が良いね。薬屋に毒と水の浄化を代表する一角獣が居るんだ。良い宣伝になるよ。それが分かってたらあんたを素材探しになんて行かせずに、客寄せか売り子にでもするのに」
「おい、俺の労力全否定かよ。そんなに言うなら先払いした五万G返せよ」
「嫌だね。こりゃ、ワシの金じゃ。金が欲しけりゃ、そこのボードに張られている依頼でも受けな」
「この……業突張りのオババが」
オババは、好かんがここは我慢してクエストに目を通す。
クエストは、指定された薬を大量に用意するクエストだ。
材料は、店にある素材を使って良いとの事なので素材採取に出る必要が無いので、時間短縮になって良い。
ただ――
「元々ワシが作るはずの薬だから材料だけはあるけど、無駄に使ったら、報酬から無駄にした材料費を天引きするからね! それと知らない薬の作り方は、教えてやるよ。ただし一レシピ十万Gで」
「また金か。今は【調薬師】と【生産者の心得】のレベルが低いし、時間を掛けて地道に稼ぐしかないか」
所持SP26
【魔弓Lv5】【長弓Lv32】【付加術Lv42】【調薬師Lv4】【合成Lv46】【彫金Lv25】【魔道Lv18】【錬金Lv47】【調教Lv24】【生産者の心得Lv3】
控え
【弓Lv50】【空の目Lv15】【俊足Lv26】【看破Lv26】【大地属性才能Lv1】【泳ぎLv16】【言語学Lv24】【料理人Lv11】【登山Lv21】【毒耐性Lv8】【麻痺耐性Lv7】【眠り耐性Lv7】【呪い耐性Lv8】【魅了耐性Lv1】【混乱耐性Lv1】【気絶耐性Lv8】【怒り耐性Lv1】
センス構成を変更して、調合を開始する。
下級のポーションや丸薬は、レシピによる作成でMPを消費して時間を短縮して作成する。
ただ、【生産者の心得】が低レベルであるために一度に大量の素材を消費した大量生産の場合、失敗の割合が増えるので、安定して作製できる三個前後の数で作っていく。
小分けにして作れば、MPはそれほど消費しないが、ただ、クエストで要求される数が百個単位であるために、時間が掛かる。町のクエストボードの依頼と比べると要求数に応じた報酬であるために、生産職としては、MPと材料の続く限り用意できるので美味しいクエストだ。
また十数個あるクエストの中には、未知のポーション作成の依頼がある。
――【音響液】【増草剤】などの興味をそそる薬に。
――【メガポーション】や【MPポット】などの既存の薬の上位薬などがある。
全部の未知の薬のレシピを覚えるのは無理でも今選んだ四種類。計四十万Gは、今目の前に掛かっているクエストを簡単な順番で作って行けば、一つか二つは、すぐに貯まりそうである。それ以外を教えて貰うには、外部でお金を稼ぐ必要がある。
孤児院での寄付は早まった、と思いながらも自分の顔を叩いて気合を入れる。
「それから寝泊りするのは良いけど、あんまり店を汚すんじゃないよ。それからクエストの納品アイテムは必ずこの場で作った物限定だよ。手持ちのポーションなんか紛れさすんじゃないよ」
そんな気合に水を差すような事を言って、店の奥へと引っ込むオババ。だが、まあ良いかとすぐに忘れて、潤沢な素材で薬を作り始める。
MP消費による生産とMP回復時間を利用した手作業の生産。疲れていた事実すら忘れて、複数のポーションを並列で作る。
前回のイベントを思い出すほどの忙しなさを感じながら、自分のためにだけに多くのポーションを作り続ける。
レベリングとお金稼ぎとクエストチップ集めと――
ボードに張られた簡単なレシピのクエストは、半分を終えて、疲れが意識の表面に出ると同時にリゥイの身体に倒れ込む。
そのまま、硬い工房の床とリゥイの身体に頭を沈める。
イベント四日目は、夜中過ぎに寝たのにいつも通りの時間に目が覚めた。何故か背中に毛布が掛かっていた事に首を傾げながら、適当にサンドイッチを齧りながらポーションの作成に取り掛かる。
クエストで要求されている回復薬、状態異常薬、計13クエストをMPポーションも利用してハイスピードでクリアしていく。途中でセンスのレベルが上がったために失敗は殆どしなくなった。
途中、オババと話をしたが、やっぱり口煩い老人という事実を再認識した。
正午少し過ぎた頃には、クエスト報酬を合わせるとクエストチップ40枚。所持金、24万G。
途中、ながら作業で幾つかの失敗をしたために、僅かに報酬が減らされたが、それでも十分だった。
「よし。残りの足りない16万Gを外で稼ぎに行くとしますか」
「なんだい。もう行くのかい? そんだけ短時間に作れるんなら他のレシピの金だって溜まっただろうに」
「もう少し稼いでから教えて貰うよ。それに何時までも口煩いオババと一緒だと疲れちまう」
「はっ! 小娘が粋がるんじゃないよ! でも稼ぎに行くんならたんまり金持ってあたしに貢ぐんだね」
「だから、女じゃねぇよ。俺は男だ」
とそんな言い合いをして、俺は店を出る。
「さて、良いクエストでもあるか。って言っても俺が受けるクエストは低報酬ばかりだからな」
だが、俺の知らない間にも町の中は変化が生じていた。
プレイヤーによる変化と運営による変化が、半日以上も前から――