Sense230
湿地地帯に辿り着いた俺たちは、沼地を管理するNPCから【沼蓮の根】の場所を聞き出し、モンスターの生息地を一つ突っ切って、沼蓮の群生地に辿り着いた。道中、で様々な素材や採取ポイントも無視して進んだ。
「やっとみつけた!」
足首が浸かるほどの沼地へと泥に塗れても気にせず蓮の傍に近寄り、茎を掴んで、泥の中から根を一気に引き抜く。
「……蓮の根ってレンコンだよな」
泥に塗れて途中で折れたそれは、紛れもないレンコンだった。だが、きちんとクエストアイテムとして認識され、後は日暮れまでに薬屋のババァの所にまで持っていく必要があるが……。
「間に合わないか」
山向こうに沈みかける太陽を見て、俺は小さく溜息を吐く。ここに来るまで時間が惜しくて道中の全てを無視した。HPの損害や速度エンチャントの連続使用。ノンストップで走り続けてたった今、汚れた手足を見て、その場にしゃがみ込んでしまう。
「ははっ、あはは……。結局、クエスト未達成か。残念だな」
赤み掛かった空を見上げて、呟く。ゲームって口で言ってても結構本気だったことに思い至り、悔しいという意味が少し分かった気がした。
ミュウやタクが本気で喜び、本気で悔しがるように、俺も同じだったんだ。
坑道ダンジョンから抜け出した安心感と達成感。そして、脱力感は、仮想現実でも本物だった。
「はぁ、やっぱり諦めたくないけど、今回は駄目だよな」
タクのようにスマートに行動できない。ミュウのように格好良く戦えない。セイ姉ぇのように要領よく動けない。文字通り、手足を泥塗れにして、泥臭く、迫る他者から必死にカッコ悪くても逃げる。
セイ姉ぇたちに助けられたり、今回みたいにフレインに助けられたり。
「全く、笑っちまう。こんな情けない姿だとそりゃ【保母さん】とかって間抜けた呼び方されちまうよな」
諦めて、近くの樹に背中を預けて座り込む。
折角、ミュウやルカートたちと鍛えた回避を使って、最短ルートで湿地帯のモンスターの住処を抜けたが結局、無駄になってしまった。
色々と思う事がある。坑道ダンジョンで襲われた時も奥まで行かずにある程度の場所で無理矢理にでも突破して逃げれば、良かった。
ダンジョン内で迷っても、事前に内部構造を全て把握しておけば、無駄な時間を掛けずに脱出出来たかもしれない。
ダンジョン抜けた直後に脱力して座り込むなんて、時間の無駄遣いだった。
ここに来て、俺は諦めていた。
「はぁ、自分が情けない」
そう呟いた瞬間――俺の頭から水が浴びせられる。
何事かと顔を上げた時、目の前のリゥイが鼻息荒くこちらに顔を向けて居る。
「な、何を……」
もう一度、リゥイの作り出した水球が上から降って来て、俺をもう一度濡らす。
「ちょ、ちょっと待て! 怒ってるのか!? 何で!?」
更にもう一発、水球を頭から受け、泥で汚れた手足と混ざって流れ落ちる。
水で濡れて垂れ下がる髪を掻き揚げて、リゥイを見上げれば、徐々に変化が始まっていた。
体から強い光を放ち、夕暮れ時の中で眼も開けられない程に眩しい。その光の中で辛うじて見える輪郭が徐々に変化していき、光が収まった時、そこには立派な角を生やした成獣が居た。
――【幼獣】がLv100になり、幼獣から成獣へと移行します。これにより幼獣状態での能力的な制限が解除されます。
――幼獣育成によりEXスキル【幼獣化】を獲得しました。成獣を幼獣化させ、召喚コストを削減する代わりに、能力面に制限が発生します。
一度に二つのインフォメーションを受け取り、成獣化したリゥイは、幼獣の時と同じように俺の顔に首を擦り付ける。
ただ、体格が大きくなったために、膝を曲げなければ互いの距離を縮めることが出来ない。いきなりの変化で驚いたザクロは、俺のフードに隠れてしまっている。
「はははっ……。このタイミングで成長したのかよ。なんて漫画的な展開だよ」
普通、覚醒するのは、主人公とかだけど、リゥイが成獣になった。全く、つくづく俺は脇役だよ。
そして、成獣となったリゥイは、首の動きだけで、背中を指し示す。
「乗れ、って事か。リゥイの全力で走って間に合うか。諦めてたのにもう一度やらせるなんてスパルタだぞ」
とは言いながらも座るリゥイの背中にザクロを前に抱えて乗る。
鞍も鐙もない。そもそも乗馬の体験もしたことが無い俺は、見様見真似でリゥイの首にしがみ付き、足でリゥイの胴体を挟み込む。
成獣になっても変わらない鬣の滑らかさを感じていると、ぐんと立ち上がり、一気に視界が高くなる。
「これは、ちょっと怖いな」
その呟きを皮切りにリゥイが走り出した。いきなり体を後ろに引かれるような感覚は、乗馬というよりジェットコースターの急発進のような圧力だ。急に走り出したために、慌ててリゥイの首に巻き突くようにザクロを巻き込んでしがみ付き、振り落とされない様に胴体を強く足で挟む。
周囲の景色を見ている余裕は無く、リゥイが木々を避ける為に右へ左へと躱していく度に、至近距離で後ろへと抜けていく木々に冷汗を浮かべる。
「うわぁぁぁぁっ!」
森の中で情けなく響く俺の悲鳴。ロデオマシーンとジェットコースターの複合のような状況に情けない悲鳴を上げるしかなかった。
森を疾走するリゥイは、森の中の開けた場所に出た。
「そこを通るの!? 最短だけど、何で!」
行きに通ったモンスターの生息地。通り抜ける為に足早に駆け抜けて、この場所にいるMOB全てを起こしてしまった。幸い、リンクの範囲の狭さと眠りから起き上がるまでに時間が掛かるために障害にはならなかったが、今は完全に待ち構えている。
「リゥイ! ストップ! ストップ! そこに突っ込むな!」
待ち構える鉱物系MOBのロックドラムは、岩の身体と石の四肢をもつ二足歩行の生物。小型ゴーレムのような存在だ。このままでは、ロックドラムの群れに突っ込む所でリゥイは、俺の指示通り、強い向きの急停止を強く掴まり耐えながら、急停止し――
ボコッ……?
そうとしか表現できない音と得意げな雰囲気を作るリゥイ。後ろ足が跳ね上がり、首を僅かに回すと後ろ足で蹴り飛ばされるロックドラムが胸部を陥没させ、ボーリングの様に別の味方を弾き、最短ルートを作り出す。
「……リゥイ?」
そして、再びの疾走に俺は、状況に着いて行けずに、流されるままだった。
一気に切り開いたルートを進み、左右からロックドラムの体の一部を切り飛ばす投石攻撃をリゥイは、水盾を張ることで弾き返し、そのまま走り抜ける。
「……モンスターの住処を抜けたのか。って前! 前に!」
ロックドラムの住処を抜けた先では、もう速度に対しては、少し慣れた。だが、目の前の光景に再び悲鳴に似た声を上げる。
行きは気にも止めなかった倒木。抗議の声を上げる俺を黙らせるように更に加速し、縦に跳ね上がる。
「はぁ!? ――っ!」
一瞬の浮遊感。地面を蹴り、倒木を乗り越えていく状態で間抜けな声を上げ、着地の衝撃をしがみ付いて耐える。
そのまま、森を抜けて、平原へと抜けていく。
森のような障害の多い場所よりも平原の真っ直ぐな場所の方が予測が出来て落ち着くことが出来た。
空を見れば、日は落ち掛けてた。
「このままじゃクエストがクリア出来ないか。これ以上、心臓悪くしたくないけど、最後に勝つぞ。【付加】――スピード」
リゥイを対象としたエンチャントにより速度が更に上がり、耳元を過ぎる風が煩く感じる。
そのままの勢いで町の入り口へと駆け込み、街中を駆けていく。
このままだと人に当たる。と思っていた猛スピードのリゥイを気に留める人は居なかった。
誰もがリゥイを見えないかのように……いや、俺のMPを盛大に消費して他者をすり抜けていく。
そのまま、人垣を無い物の様に踏破し、薬屋の前まで辿り着く。
そこでしがみ付く力を尽きた俺は、転がる様にリゥイから降りる。
「リゥイ。ありがとう」
その瞬間、突如として現れた白馬と一人のプレイヤーの存在に周囲の人はぎょっとしたが気にも止める余裕は無く、俺は震える足で薬屋に駆けこむ。
「ババァ……。材料揃えたぞ」
全く、なんでこんな大変なクエストなんだ。と睨む様に話しかけると――
「時間ギリギリだね。だが、ちょっとは骨があるねぇ。良いよ。店は自由に使いな。ついでに私の所に来てた依頼も代わりに受けな」
その一言を言って、インベントリのクエストアイテムが消失し、クエストがクリアになる。
だが、それよりも先に――
「……リゥイ」
店の入り口で待っていたリゥイとその大きな背中に乗ったまま、降りれなくなっているザクロを見て、やっと余裕のある笑みを浮かべる事が出来た。
「お前のお蔭でクエストがクリアできたよ。ありがとう」
震える膝と重たい腕でリゥイの首筋を撫でれば、気持ち良さそうに目を細める。
一仕事やり遂げた顔に俺も安心してしまう。
安心し切って、何もやる気がしなくなる。少し薬屋の依頼をやる前に休もう、とそう心に誓う。
やっと用事と一仕事終わって復帰。何時ものペースに戻したいと考えています。