Sense227
西側の川魚養殖場の湖の水辺に生えている【水鳥草】
東側の沼地地帯の一画に群生する【沼蓮の根】
北側の鉱山地帯で、金属を主食とする【紅粘菌】
それぞれの採取場所が大まかに分かったために、俺はイベント後に初めて町の外に出た。
「半日で回らないといけないのか。効率よく行かないとな」
気持ち駆け足で湖へと向かう俺たち。道中のMOBは、全てノンアクティブだったために無視して進み、辿り着いた湖は、そこそこな広さで船着き場には、NPCとそれのクエストを受けるプレイヤーたちが集まっているのを見る。
「ここでもクエストかぁ……。今は余裕が無いし、諦めるか」
夕暮れまでに集めなければいけない。俺は、湖の縁から顔を覗かせる。何処に【水鳥草】があるか分からないが、相当に深そうだ。
「仕方がない。潜るか」
センスを整えて、リゥイとザクロに待機を命じて、湖の縁から一気に潜水する。
(結構、深いな。けど、一番底にあるんだな)
ほぼ逆さまな状態で湖の底まで一気に潜水して、生えている青白い水草を引き抜く。
一本手に入れた時、湖の草に発生していたターゲット表示が一気に消えたために、これはクエスト用のアイテムで収集が終わった。と言う事だろう。
終われば次に、と思って水中で体勢を整える。そして、見上げる湖面の付近には、船底が見えた。他にも、川魚の養殖区画の網や大蛸型MOBとそれに潜水するプレイヤー。
大型MOBと激闘を繰り広げる彼と一瞬目が合い、軽く会釈を返す。
少し湖付近に上がって行けば、湖の全体像が分かる。町側に位置する湖の縁は一気に深くなっているが、反対側は緩やかな浅瀬になって居る。また、緑色の水草に混じる形で【水鳥草】が混じっているのが見えた。
(本来、浅瀬にも生えていたんだ。けど、反対側まで移動して取るよりも早く採取出来たかな)
結果論だが、良い方向に向いた。と思い、一気に水面から顔を出す。
今まで水でくぐもっていた音が一気に鮮明に聞こえた。水の中からの様子と水面に居るプレイヤーの様子を照らし合わせて少し眺める。
「おい! 船長が浮かんでこねぇぞ!」
「諦めんな! 俺らの船長だぞ! たった一人であの巨大魚に挑んだ」
「でも、よぉ。船長以外13人が挑んで全員、船まで逃げたんだぞ。もう、無理だって」
幾つもの木の船の上で諦めムードが漂っている。
その時――
「とったどぉぉぉっ!」
銛を突き上げ、大蛸の足を引き摺って登場するプレイヤー。
直後、彼の生還に沸き返る船の上。
彼と同じ様にとったどぉー、のコールと共に迎えられる。
水面に上がり、服の水を絞っている俺と目が合った彼は、俺へと手を振り上げて。
「もう一度、とったどぉぉぉっ!」
「と、とったど?」
聞こえたかは定かではないが、彼と同じように拳を突き上げて、やや疑問形で返す。少し羞恥心が働いたのか、声は小さ目だ。それでも彼は、満足そうに頷いて、仲間の輪の中に戻っていく。
一応、彼とは知り合いだから軽くノリを合わせたが、やっぱり恥しかった。
船長と呼ばれたプレイヤーは、日焼けした肌と南国風のシャツを身に纏い、塩で痛んだようなくすんだ銀の単髪。ゴーグルを掛け、軽いノリとおふざけが好きな三枚目キャラだ。
ギルド【OSO漁業組合】のギルマス――シチフク。自称、船長だ。
水中戦闘のスペシャリストでタクの知人らしく、アトリエールを偶に利用する程度の関係だが、相手は俺を覚えていた様だ。
湖での要件は済んだことだし、次の北側の【紅粘菌】を探しに行く。
次の北の鉱山地帯だが、岩山に幾つもの坑道が掘られた坑道ダンジョンで、麓の方の穴程、レア度の低い鉱石と弱めのMOBが出てきて、上の穴ほど坑道ダンジョンの敵が強くなる。
坑道ダンジョンは内部でも繋がっているが、レベルの高い坑道の区域にはダンジョンは外部からも侵入できるが、ダンジョンの入り口まで行くルートにも敵は出現する。
山頂には、レイド級ボスが待ち構えているとの事で――
――距離は長めだが、戦い易い場で進める坑道内部ルートか。
――最短距離だが、傾斜のきつい山肌での戦闘がある登山ルートか。
そう言った実力以外の能力も必要な場所であり、多様なクエストが密集する場所。
「だけど、粘菌を見つければ良いって話だよな」
クエストの概要では、浅い坑道内部で入手可能なためにそれ程深い場所には進むつもりはない。
湖にいる時間は、比較的短く終えることが出来た事を喜びつつ、北の低レベル坑道ダンジョンの入り口を目指す。
「……また、視線? そんなわけないよな」
【看破】のセンスがあるんだ。センスで見つけられないならそれは、気のせいだ。
来る時と同様に駆け足程度の速さだが、すぐに辿り着いた北の坑道地帯は、いわば、第三の町の縮小版ともいえる。小さな採掘小屋と採掘に従事する労働者NPC。また、これからダンジョン内や山の上部に居るクエストの討伐対象を目指すパーティーなど。
皆が、レベルの低い坑道ダンジョンの入り口を見向きしない中、俺はその中に入る。
松明で明かりを確保された薄暗い坑道には、ブルースライムやゴブリンなどのかなり弱い部類の敵しか出ず、軽く相手にしつつ【紅粘菌】を探す。
途中、いくつかの採掘ポイントで鉱石を採取したが、出現せず少しの時間が掛る。
「……やっぱり、気のせいじゃない」
クエストアイテムを探す素振りをしつつ、坑道ダンジョンの奥へと足早に進む。
そして、ある程度の直線通路で振り返る。通路の角や障害物の無い完全な直線。振り返る先には、男女二人組のプレイヤーが居た。
「逃げるぞ! リゥイ!」
確認と同時に逃げ出す俺たちとその後を追う二人組。
俺に用件があるならこそこそと後を付ける必要はない。それなのに、人気のないこんな場所まで付いてくるなんて、何かあるはずだ。
追跡されることにデジャブを覚えなくはないが、一々話を聞く気は無い。
とにかく、撒いて、クエストアイテムを見つけてこの場から離れよう。そう決めた時、俺の顔の脇に何かが通り過ぎる。
「――おいおい、警告無しでいきなりかよ」
坑道の壁に突き刺さったそれを見て、頬を引き攣らせる。幾ら細めの投擲物は与えるダメージが低いと言ってもいきなり投げてくるなんて。
「俺を倒したって旨味なんかねぇぞ!」
薬屋のババァに有り金全部をクエストの前金として抜かれたのに。PKで相手に移る金すらないのに、どうしてこうなった。
当ての無い坑道の逃走劇が始まった。