Sense222
丁度良い時間に目を覚ました俺は、軽い食事を取り、夜間限定クエストに出る。
出がけに、隣の馬小屋を見たが、今日はレティーアは居ないみたいだ。ベルとどこか良い場所でも見つけたのだろうか。それはさておき、掲示板に載っていた夜間クエストは、ヒントだけで具体的なクエストの内容や報酬は不明。分かるのは、夜間、何処で、どんなNPCが。という点だ。
そして、俺の目の前には――
「なにこの行列……」
目の前には、パーティーや個人が綺麗に列を作っている団体。ざっと見て三十人以上は居るんじゃないだろうか。また、少し離れた位置でも臨時のクエスト攻略のメンバーを集めていた。
それらの先頭集団の先には、初老で執事服風の男が六人から八人の団体を目の前の屋敷に案内している。
「これは……どういうクエストだ?」
「クエスト説明を始めますので、まだ聞いていない人は、こちらに来てください! その後で、メンバーを組んで、列に並んでください。円滑なクエスト攻略の進行のためにご協力を」
まるでテーマパークのアトラクションに並んでいるような雰囲気に呑まれる俺は、大人しく説明している人の近くに寄る。彼は、まだ混んでいない時にクエストを行ったプレイヤーでこの場を円滑に進めるための有志らしい。
「このクエストの分類は、要人護衛クエストです。パーティーに潜入して、パーティー中に襲い来る暗殺者から要人を守る事がクエスト目標です。潜入と言う事で、普段の装備は、強制的にパーティー衣装に変更させられ、使える武器も一つのみという縛り環境の中で、どれだけ、要人の近くに陣取り、敵からの襲撃を効率よく捌くのが重要です……」
補足だが、目の前の屋敷は、NPC店舗などのような多重空間になっており、同じ内装の空間が幾つも並行してクエストを行っているとの事。なので、待っていれば、大丈夫。この待ち時間に他のプレイヤーとの交流や情報収集などの楽しんでください。また、潜入は、必ず偶数のペアで潜入。また男女ペアの方が位置取りがし易い。とのこと。
「最後に、クエストの成功報酬は、参加者に一人チップ五枚と五万Gです。それでは、クエスト攻略のメンバー組みをしてください。次の説明は、五分後にします。それでも決まらない人は、適当にこちらで組みます」
一度、解散を宣言した説明係の人は、少し離れた場所に移動し、説明を聞いていたプレイヤーは、皆パーティーや知り合いと話し合いすぐに列に移動を始める。
ただ、一人で来たために、一緒に受ける相手が居ない。何処かに良い相手は居ないか。と何を基準に良い相手とするべきか。今晩は、受けずに流して、明日にでも……。
「おっ? 【保母さん】だ。一人?」
「ん?」
嫌な呼び名に眉を顰めて振り返ると、一人のプレイヤーが居た。俺と同じように一人で相手探しをしていたんだろう。
「一人? なら、俺と野良でクエストを受けない?」
「ちょっと待ちっ! お前、魔法使いだろ。【保母さん】と武器の組み合わせが悪いだろ。ここは俺と……」
「いや、ただ来ただけで……」
「ちょっと待ちなさい! 可愛い子を野郎の中に入れておけるかぁ!」
「俺の話を……」
一人が二人。二人が四人。組むのは、男女が好ましいから女性パーティーも組んでくれると言ってくれるのは嬉しいが、徐々に数が増えていく。リゥイとザクロが居るから少し目立ったのか。あまり好ましくない状況になっている。
男女共に俺を狙う様な目をしており、複数の視線を受けて、後退りする。
こういう視線とかは、苦手だ。打算的な考えで誰か一人を決めればいいが、どうしても安心できない。
「ご、ごめ――「おっ、ユン。待っててくれたのか」へぇ?」
見知った声が後ろから掛かり、両肩に手が置かれた。首だけ振り返れば、そこには、幼馴染の顔が間近にあった。
「……タク?」
「おう。と言う事で、悪いな。こいつは連れて行くぞ」
悪い笑みを目の前に集まっていたプレイヤーたちに向けて、人ごみから俺を連れ出す。
見事な手際で俺を攫って行くタクは、少し離れた所で待っていたパーティーメンバーたちと合流する。
「お待たせ。ユンがまた面倒な事に巻き込まれてた」
「おい、タク。人をトラブル・メーカーみたいに言うな」
こいつ、自覚ないのかよ。という視線を複数から受けるが、不本意だ。腕を組んで無愛想な表情を作るケイとその横のマミさんが苦笑いを浮かべている。
「と、言うよりもタクたちは何でここに居るんだよ」
「そりゃ勿論、クエストを受けに来たんだよ。流石に、昼間に受けられるクエストは数多くあるけれど、夜間も受けられるクエストや夜間限定ってのは少ないようだからな。短い時間は有効活用しないと」
こいつは、そんなにカツカツにクエストを受けなくても余裕で多くのチップを集められそうなのに。
「それにしても、さっきの集まりは何だったの? ユンちゃんの可愛さにみんながアピールしてるの?」
タクに全部掻っ攫われて、残ったプレイヤーたちはしばらく悔しそうな目を向けて居たが、すぐに諦めたのか、近くの人同士と話し合い、ペアを作り始めている。
「クエストでペアを作らなきゃいけないからだよ。俺なんかを誘って何の得があるんだろうな。戦闘力が低いのに……」
「そりゃ、可愛い女の子が一緒だからだろ! 男なら野郎同士と組むより可愛い子だろ」
「むしろ、男とペアを組むなんて安心できないでしょ。それなら女の子なら安心よ」
「はははっ、不本意だよ。ガンツ、それにミニッツ」
俺は男なのだから。と言葉の後に続けようとしたが、タクが気になる事を言ったために口を噤む。
「他に考えられるのは、ユンとイベント中だけでも縁を結んでおこうって考えだろうな。一応、前回のイベントより消耗品が出回り易いとは言え。ちょっと値段が上がってる。それに、蘇生薬が……」
「蘇生薬が何だ?」
「いや、何でも無い。それよりあそこが列だろ! さっさと並んでクエスト受けようぜ」
「おい、俺は帰りたいんだけど……」
「良いじゃん。ここまで来たんだから。折角なら受けようぜ」
タクに背中を押されるように列に並び、同じ様に後からついてくるガンツ、ミニッツ。ケイにマミさん。
列の後ろに並ばれて、横から抜けようとするも逃げ場がない。
「はぁ……なんでこうなったんだ?」
「良いだろ。それにこの場で情報交換できるんだから。遊園地の待ち時間だと思えば良いだろ」
「待ち時間って苦痛なんだけどな」
ミュウとタク、セイ姉ぇと小さい頃に行った遊園地での記憶を思い出す。アトラクションの長い待ち時間に携帯ゲームでタクとミュウが延々と時間を潰し、俺もゲームをやらせて貰ったが、三人が強すぎて、どのゲームでも惨敗を重ねる。またゲームに負けて凹んだ先のアトラクションでも更に精神ダメージは加算される。
光線銃で的を狙い得点を競うシューティングアトラクションでは、思い通りの点数が稼げずに悔しい思いをし――
ホラー系のアトラクションでは、過度に怖がる俺とその隣で笑いながら進むミュウとタク。俺と手を繋ぐセイ姉ぇ――
遊園地で良い思い出は、テーマパーク限定のデザートやファンシー系のアトラクションやパレード、後はお土産を選んだり……って普通に楽しんでいるな。
「ユン? 苦痛と言いながら、何故表情が柔らかい?」
「そんな事無いぞ。待ち時間は、苦痛だ。待ち時間にタクとゲームでボロボロに負けるし……」
「ほへぇ、ユンちゃんが乙女の顔している。破壊力抜群だぁ」
「ああ、これが嫉妬だな。ああ、パーティーメンバーに対して殺意の波動が……今なら例のアレを使えそうだ」
ぽかんと小さく口を開くミニッツに、背中から黒いオーラを幻視出来そうなほど強い視線をタクへと向けるガンツ。お前ら、落ち着け。
「それよりクエストの説明聞いてただろ? 廃人様の見立てはどうなんだ?」
少し皮肉を込めた言葉にタクは、にかっと笑みを浮かべて見返して来る。その様子に軽く流されて、反抗の意志をジト目に込めて見返す。
「やっぱり、報酬が安定しているってのがミソだよな」
「ミソ? 安定ってどういう事だ? 五枚って枚数が安定?」
「確かに報酬は良いな。だけど、パーティーの討伐系のクエストの報酬は、違うんだよ。成功で三十枚とか」
「うん? 六人パーティーで分けたら一人五枚だろ? 同じだろ」
俺の言葉に、見事に嵌ってくれましたとニヤニヤと笑みを浮かべるタクとガンツ。我関せずのケイとそっと寄り添っているマミさんは、話に入ってこない。
分からずに、首を傾げる俺にミニッツが補足してくれる。
「私たちのパーティーは、五人でしょ? 五人で成功報酬三十枚のクエストを受けた時――」
「ああっ!? そう言う事か!」
討伐クエストなどパーティー前提のクエストなどは、人数で報酬を割るために実際より少なくなる。また、人数を減らすとその分、報酬は増えるが一人当たりの負担が多くなり難易度が高まる。
逆に、今回のクエストは、一人当たり五枚。これは、参加人数問わず、安定して報酬が見込めると言う事は、パーティー、ソロどちらでも参加しやすい。
パーティー向け以外にもレイド級クエストなんかも破格の報酬の様に見えてチップ数での計算を見れば、パーティー向けよりも少し多い程度かもしれない。
とは言え――
「慣れない事はしたくないな。要人警護のクエストとか戦闘アリとか苦手なんだけど……」
「いや、そこは問題か? 他にも防具の強制縛りや武器の仕様数制限とかあるだろ。そっちの方が問題だろ」
俺は、二剣流だけど、個別の剣だから、一本しか使えないぞ。と愚痴るタクだが、事実俺の戦闘力は高くないために、これまでなるべく戦闘系のクエストは控えていたのだが……。
「なぁ、タクたちってどれくらいチップが集まった?」
「二十八枚だな。まぁ、俺たちは、人数が一人少ない分、一人頭で多くなってるけどな」
「はぁ、やっぱり戦闘系の方が稼げるのかな? 俺は、十五枚だぞ」
地味なお遣い系クエストと派手な戦闘クエストの差を見せられた気分に凹む。
「俺たちは、スタートダッシュのように短い期間に一気にクリアしたからこの結果なんだぞ。連戦で消耗品や装備の耐久が減り始めてる。だから、そろそろアイテムの補充に数日割くからペースは落ちるぞ」
「そうか。そうだよな」
少し、タクに慰められたかな? タクに心配されたかもしれない。という事実に落ち込んでちゃ駄目だな。と気持ちを奮い立たせる。また、タクからクエスト情報を得るのだが、主に討伐系のメインにしているために俺の好みの情報は無かった。ただ、フィールドの特徴は出現するMOBの話を聞けたのは良かった。
流れに任せて列に並んでいたが、遂に列から抜け出す機会を失い、順番が回ってきた。
(嫉妬の)殺意の波動に目覚めたガンツ。自称、格闘家の彼は、瞬獄殺が出来るのか? 多分、ありません。