Sense219
微睡みの中で前後に感じる温かさを感じながら、顔に掛かる光に小さく声を漏らす。
まだ眠っていたいという無意識な思いから体をより縮ませて、少しでも光から逃げようとする。しばらくして、光のぽかぽかとした温かさからふっと力が抜けるのを感じ、また深い眠りへと……
「きゃぁぁぁっ――!?」
「な、何だ!?」
至近距離よりから受けた音爆弾によって一気に跳ね起き、周囲を見回す。俺にくっついて湯たんぽ代わりになって居たザクロがコロコロと転る。
朝の緩い出来事に口元が緩みかけるのを引き締めて、声の元を見る。
仕切りの様になっていたムツキの足から覗くように声の主であるレティーアの方へと目を向けると、そこには、後ろからベルの首を締め上げているレティーアの姿が。
「……何してるんだ? お前ら」
「すみません。起こしてしまいましたね。ちょっと元凶を締めますのでちょっと待っててください」
「ギブギブギブ! レフリー、タオル! タオル!」
溺れる者は藁をも掴む、とはよくいう物だ。手を振り回し、本当に藁を握りしめているベル。いや、話が見えない。
「レティーア。少し緩めないと話が出来ないぞ。それで、何でベルがここに居るんだよ」
「そうです。昨日は、普通に宿に泊まっていたはずですよね」
はぁ、死ぬかと思った。と言いながら、呼吸を繰り返すベル。それに合わせてへにゃりと垂れる獣耳バンドの高性能ぷりに小さな感動を覚えつつも話を聞く。
「いや、レティーが馬小屋で寝る。って言うから心配で朝一番に起きて、様子を見に来たわけですよ」
「それで?」
平坦な声で尋ね返すレティーア。後ろから回していた腕を少し緩めている事から心配されることは嬉しかったのかもしれない。
「で、見に来たらなんと! ユンちゃんとその愉快な幼獣たちとレティーアの寝顔とエルフ耳が目に入り、ここはケモミミパラダイスか……と思った次第で」
「つまり?」
「つまり、見ていてムラムラした。私の方に突き出されるエルフ耳に息を吹きかけた。満足です」
さらりと自身のイタズラを満足げに語るベルにレティーアが引き攣る。そして、聞いていた俺は、対象が俺じゃなくて良かった。と安堵の吐息が漏れる。
「では、反省が足りませんね。少しお話しましょう」
「ノー、ノー、ユンちゃん。ヘルプミー」
「大人しく説教されて来い。と言うか、さっきの声で俺も眠りを妨害されたんだ。俺の分まで説教頼む」
「分かりました。では――」
そう言って、後ろから締めていた腕を完全に解き、その隙をついて逃げ出そうとするベルの服を掴んでずるずると引き摺って行く。抵抗のために子供が駄々を捏ねた様に手足を振り回すベルだが、しばらくして脱力したまま宿屋の裏手へと運ばれる。
ベルのあの反応は、絶対に楽しんでやっている。と印象を受けて、苦笑いを浮かべて見送る。
「全く、何やってるんだか……」
小さく呟きながら、周囲を見る。
レティーアの従魔たちは、まだ眠たそうにしている者も居れば、今の声でも寝ている者も居る。そして、うちのザクロは、俺が跳ね起きた拍子に寝床から少し離れた所に転がり、眠たいのか、元の位置に戻ろうとして途中で力尽きてその場で寝ている。
それに溜息を吐きながら、首筋を咥えて、自分の側に寄せるリゥイ。その様子に、今度は自然と柔らかい笑みを浮かべてリゥイとザクロの身体を撫でる。
既に目を覚ましているリゥイは、嫌がらずに鬣を撫でさせてくれたが、眠りの入ったザクロは、ぐずる様に小さく身動ぎし、手を放すとすっと規則正しい寝息を立てる。
「……」
もう一度、撫でると同じように身動ぎして、手を放す。それを何度か繰り返して反応を楽しんでいるとリゥイから、何やってんだ、こいつ。といった感じの視線を受けて、手を止める。
途中まで突き出した手は、行き先を失いそのままの姿勢でどうするか悩んでいる。
「……何やってるんですか? ユンさん」
「……レティーア。何時から見ていた」
「ちょうど、ベルの説教が終わったので先程から」
「ううっ……酷い目にあったよ~。癒しておくれよ、ケモミミたちよ」
その後ろからヨタヨタと歩いてくるベルは、藁のベッドに跳びこみ、レティーアの従魔や今も寝ているザクロを抱き寄せる。リゥイだけは、素早い動きでその手を掻い潜り、俺の脇に立っているが、急に抱き寄せられたザクロは、驚き目を覚ます。
「おおっ!? 威勢が良いね! 受けて立とう! うりうり」
目を覚ました従魔や、暴れてパンチを繰り出すザクロに対して、お腹や首回りをもこもことマッサージで反撃する。
朝から騒がしく、また平和だ。
「今の内に朝食の準備するか。少し待ってろ」
「待ってろ? って……」
レティーアの呟きを無視して、エプロン装着、生産キットの魔導ガスコンロ二つ並べ、フライパン、そして食材を揃えていく。ブロックベーコンから適当に切り、それをフライパンでカリカリに焼き、その上から卵を落として、ベーコンエッグ、レタスなどを千切り、モーニングの準備を進める。
パンなどは、トースターが無いから少し味気ないために、卵、牛乳、砂糖を混ぜた液に浸して、一度フライパンで焼けば、フレンチトースト。他にも、人間三人に従魔が七体。全員を満足させることは無理なので、足りなかったら各自が食事を追加すればいいか。
「ほら、出来たぞ」
「ほわぁっ!? ユンちゃん、なんか私たちの分まで作っているんだけど、良いの?」
「ん? 何が?」
「面倒だし、食材とかも使ったでしょ」
「私たちは、自前の食糧があるんで大丈夫なんですけど……」
そう言いながら、薪割り用の丸太台の上に並べられる料理をじっと見つめる二人。ありふれたモーニングを並べ終わり、俺は、行平鍋に牛乳を注ぎ、ホットミルクを作りながら、特に何も考えずに思った事をそのまま言う。
「一人で食べてもつまらないだろ? 食事は他の人と一緒の方が断然良いって。まぁ、レベル上げのついでだと思ってくれ」
そう言って振り返ると、無表情のまま視線を逸らすレティーアといやいやと首を振るベル。
「いやー。ユンちゃん、そんなセリフをさらりと言うなんて。聞いているこっちが恥ずかしいわ」
「美味しそうですね。料理が上手なのは良い事ですね。女の嗜みって奴ですか。私? 料理なんて知りません」
そう言いながら、料理の前に集まる者たち。なんか、途中、褒めているのか貶しているのか分からない言葉が聞こえた気がするが、無視しよう。
適温になったホットミルクを三人分のカップと平皿に注ぐ。レティーアとベルは、朝食のメニューに対して過剰ともいえる反応を見せるのが、少し大げさだなと思いながら、口に含む。うん、良い出来。
朝食の会話は、ベルの仕入れた情報や昨日話していなかった情報、また前回同様に今朝追加された掲示板の情報の交換に当てられた。
掲示板の内容は――【街中クエスト掲示板その5】【検証、クエストボードに載らないクエストの有無】【高難易度クエスト攻略対策スレその3】【効率重視クエスト、チップ収集編】【冒険者の館その10(雑談)】【てくてく旅行記・地方都市編】【アイテム・レート掲示板】など。
既に色々なクエストの情報があり、盛んに情報が交錯する。
「高難易度クエストに無謀にも挑戦。昨日で三つのレイド挑戦パーティーが半壊かぁ……うちらには、遠い話だねぇ」
「蘇生薬の補充も出来ない状況ですし、相応に難易度が上がっている。って事ですよね。ただ、フルメンバー参加で一人当たりのチップが四十枚って事は、何度も負けると美味しくないクエストですね」
「そもそも、チップの蘇生が町の復帰地点での蘇生だから、戦闘を継続するには、蘇生薬や蘇生スキルが必要になるだろ」
「アイテムのレートを見る限り、蘇生薬のレートが天元突破してるねぇ……」
三人でそんな会話をする。レティーアとベル、俺は、食事を自分のパートナーたちに分けながら少しづつ食べる。ザクロは、平皿に注いだホットミルクを前足でひっくり返してしまい、全身が真っ白に塗れてしまったのをレティーアの草食獣のハルやフェイアリーパンサーのフユが舐めて、汚れを取る姿などは微笑ましく感じる。
ムツキやナツ、リゥイは、食事量が足りないために、生野菜のサラダや果物を食べたり、ウィスプのアキは、薬草の盛り合わせを内部に取り込んだ。そう言う光景を目にする。
そして、食事を終えて俺たちは、活動を始める。
ほのぼの回。