Sense218
「あら! こんな細っちい子が配達かい! 今日一日で終わるのかね」
「やぁね。別に、今日終わらなくても良いでしょ! どうせ足の早い物じゃないんだし!」
「それにほら! 立派なロバが居るじゃない! 荷物を持たせるには十分じゃない!」
「やぁねぇ。あなた、あれは馬よ!」
「「「あははははっ!」」」
けたたましい位に大きな口を開けて笑う中年女性たち。この人たちが【ポストマン】のクエストの依頼主だ。
恰幅が良かったり、陽気だったり、中には、椅子を持ち込んで広場で談笑しているおば様方に頬が引き攣るのを感じる。
リゥイとザクロのレベルを上げるために、召喚して召喚時間を稼いでいるが、リゥイだけは、帰りたそうな風に息を吐き出している。ザクロはおば様方の大きな声に驚いて、俺の服のフード部分に二本の尻尾を出して隠れている。
「それじゃあ、私たちや他の主婦仲間の配達頼んだよ! ああ別に今日中終える必要はないからね! ちゃんと届けた証明書を貰って来るんだよ!」
そう言って、談笑に戻る主婦たちは、また取り留めのない会話で盛り上がる。一方的に重要アイテムがインベントリに収納される。内容は、二十個の配達物と簡素な町のメモ用紙。
ただ、番地のような感じで配達先が書かれており、地図のような高度な道案内などない。
それから配達先を上から順番に回るにもルートを選別した方が良いだろう。また騒がしく話すおばちゃん達に声を掛ける。
「すみません。すみません!」
「あら、あんた。まだ行って無いの!」
「すみません! 番地の見方や覚え方を教えてください!」
煩く喋っていたおばちゃん達に張り合う様に声を上げて尋ねる。インベントリに入れたままのメモ用のノートと万年筆で町の番地の見方を教えて貰う。
町全体は、円形だが、通りは賽の目状になって居るとの事。
南北の通りが優先的に番地表記が来て、町の中央の方から順番に通りに番号が振られている。例えば【北3西5】だったら、中央の城から北に三本目。西に五本目といった感じで番地が決まっている。
また、どうしても道に迷った時は、十字路の上に番地の看板にアルファベットと数字で記されているとの事。
現在位置が【南7西2】の場所で。その地点から渡された番地をノート上に書き込んで整理していくと半分近くは近場だった。
配達する順番には関係が無いので、もしも紙の上から消化していったなら、かなり無駄な往復をしていただろう。
おばちゃん達に礼を言ってから近場の配達先を消化していく。
老若男女。家や軒先に居るNPCに配達物を渡していくが、始めるのが遅かったために近場の配達物を配り終えた頃に夕方近くになり始めた。
前回のサバイバルでは、ベースキャンプで寝床を用意したが、今回はそういう訳にもいかない。いや、別に道端や町の外で一夜を明かしても良いが、文明人としての意地なのか、何処か良い場所で寝たい。と言う気持ちがあった。
なので、町の小さな宿屋を訪れ――
「うちは、動物禁止だよ」
「マジか」
かれこれ何件目か。良い宿を探して、歩き回れば、ギルドが丸ごとや宿を借りていたり、客室が空いてなかったり、今のように動物禁止だったり。歩き続けて、そろそろ日も暮れる。夜でもクエストを探して歩き回るプレイヤーも居るが、俺は早めに寝床を確保したい。そして、今の拒否である。
「いや、普通そうだから。生き物は、脇の馬小屋にでも繋いでくれれば、普通に泊まれるから」
やる気の無い宿屋のオヤジがそう告げてくるが、これまで苦楽を共にしたリゥイとザクロを置いて一人でベッドに寝ることが出来ようか。いや、出来ない。
「じゃあ、俺も馬小屋に泊まる」
「……金が無いのか。そう言う奴も居るからな。通常の馬小屋の使用料で良いぞ。あと、食事は当然付かないからな」
そういう奴。ファンタジーらしく、貧乏人は馬小屋を間借りする生活。ちょっと普通の宿生活に憧れる。って奴か。
宿屋のオヤジに教えられた通り、宿の脇にある広めの馬車置場を抜けた馬小屋へ向かい――先客が居た。
馬小屋の一区画を象が占拠していた。いや、すげぇな。最近の馬小屋って象も居るんだ……って。
「――そんなわけあるかぁ!?」
「何を一人で奇声を上げているんですか?」
「っ!? レティーア!」
「はい。ユンさん、こんばんわ」
象の足元。藁の上にマントを敷き、他の召喚獣達も周囲に召喚して座るレティーアが居た。
草食獣、ミルバード、ウィルオ・ウィスプ、フェアリーパンサー、そしてガネーシャ。
「何でお前がここに居るんだよ。それにベルや新人どもは?」
一人でレティーアがここに居る事に不思議に思う。一応レティーアは、【調教】メインかつ初心者支援ギルド【新緑の風】のギルドマスターだ。
「流石に、ムツキを召喚したままでは、宿に入れませんので。ベルは、一人宿に。私は、こうして旅の仲間たちと親睦を深めているのです」
「はぁ……それにしても。戻しておけば良いんじゃないのか? 五体同時召喚って無茶して」
「今はギリギリですけど、逆に言うと今の様に纏まった時間に召喚し続ける方が、楽なんですよ」
澄ました顔で言うレティーアの横に座る様に俺たちも馬小屋に入る。
敷き詰められた藁は、かなり量が多く、空気を含んで反発力を生む。レティーアと同じようにマントを敷いて座れば、即席の寝床がすぐにできる。
座り込んだ、リゥイの身体に背を預ければ、意外と居心地が良い場所だ。
「ここ良いな。なんか、ベッドとは違う趣きがある」
背中にはリゥイの身体を。俺の胡坐の窪みにすっぽりと入り込むザクロ。そのまま体を横に倒せば、寝ちゃいそうだ。
レティーアもフェアリーパンサーのフユに体を預け、寄り添う様に他の従魔たちが控える。ただ、実態を持たないウィスプだけが、この場の数少ない光源となってゆらゆらと揺れている。
「はぁ、疲れた。レティーアは、今日はどんな感じだった?」
「ギルドの面子で自分たちの無理の無い範囲でクエストをやりました。まぁ、初日と言う事でそれ程多くのクエストは出来ませんでしたけど、チップを七枚ほど集めましたよ」
「俺と同じだな」
互いに、馬小屋で脱力し切った状態で、視線を合わせずに話をする。
俺がインベントリから軽いサンドイッチと飲み物を取り出し、レティーアにもお裾分けする。俺は、リゥイやザクロにサンドイッチを千切って食べさせる。
レティーアのウィスプだけは、サンドイッチが気に入らないのか、素材である薬草を取り込み、その体の光度を増す。と言う事があった。
ぽつりぽつりと互いの情報を交換するが、初日と言う事でそれ程多くの情報は互いに知らなかった。
ただ、昼間見たクエストボードと同様の物は、町に点在しており、また場所ごとに微妙に依頼内容に違う物が混じるようだ。
例えば、俺が見た南側のクエストボードとレティーアが見た西側のクエストボードでは、共通するクエストもあるが、その掲示板にしかないような特徴的なクエストがあった。
明日の配達では、ルートに各所のクエストボードを回りながら、簡単そうな内容の物を探していこうと一つ心にメモする。
そのまま互いに、語り疲れて、自然と倒れる様に眠る。
隣に無防備な女の子が居ると言うが、巨体なムツキの前足が俺たちを遮る様に伸ばしており、それが良い感じの区切りになって居た。
ザクロを抱えて膝を軽く折り曲げて横向きに眠る。前と後ろが温かく感じながら、すぅと引かれる様に眠りに着く。
一日目が無事に終わった事に感謝しながら、出来ればイベント中は、ずっとこんな穏やかな感じが続けばいいと思ってしまう。