Sense217
「ありがと、お姉ちゃん」
「本当にありがとうございます」
あの後、しばらく母親探しをして、三十分ほどで見つかった。二十代前半の若々しい女性がしきりに頭を下げている。あと、お兄さんなんだけど。と心の中で呟く。
親子が手を繋ぎ、また人ごみの中に入っていくのを見送って、クエスト完了のインフォメーションが流れる。
――クエスト【迷子の親探し】をクリアしました。報酬:クエストチップ×1
インベントリの大事な物の欄に追加されたクエストチップは、カジノなんかに使われる鮮やかなチップと言うよりも銅色をした五百円玉くらいのコインだ。これでやっと一枚。まだ始まったばかりだ。
「さて、と。ただ闇雲に歩くだけじゃ駄目だよな」
先程の親探しは、最初の十五分くらいを子どもの手を引いて探したが、見当違いな方向を探していた。その後、近くの商店のNPCや街中を歩くNPCに声を掛けて、親の居場所を聞くことで何とかクリア出来た。それを考えると、NPCから何らかの情報が引き出せるかもしれない。そう思い、親探しの時に声を掛けたベンチに座るNPCの場所に戻って来て、再び声を掛ける。
「こんにちは」
「おや、さっきのお嬢さんかい? どうだった? 親は見つかりましたか?」
「ええ、向こうの青果店の前に居ました」
「そりゃよかった。それで私に何か御用で?」
「ええ、どう説明していいか?」
肩に紫のショールを羽織る品の良さそうな老婆に何と言えばいいか。ストレートにクエストくださいとか言えばいいのか? なんか違う気がする。イベントの内容が問題を抱えた町だから……
「えっと、困っている人や問題なんかはありませんか? 最近の事で」
「あれまぁ、あなたは、便利屋さんなのですか? そうですね」
少し驚いたように目を見開く老婆。成程、プレイヤーを便利屋とは、良い言い方だ。
「最近、色々ありますよ。モンスターが狂暴化して、町の狩人や炭工夫たちも中々外に出られませんね。それで町に必要な商品が補充出来ないとかで少しずつ物が値上がりしているんですよ。お肉や薬が最近高くて、老人仲間が嘆いていましたよ」
ほう、これがこの町の問題か。その後も、老婆の話はまだまだ続く。
「それにね。私の娘なんか、花瓶落として足を怪我しちゃったのよ。それに南東まで荷物を届けなきゃいけないのにね。大変よ」
「南東? 町の外ですか?」
「違いますよ。ちょっと待ってくださいね」
老婆は、横に立て掛けておいた杖を持って、ベンチ側の石の敷かれていない地面に絵を描き始める。
中央に丸。それを囲む様に更に大きな丸。それを横切る様に十字に線が引かれ、北に大き目の楕円。西には半月型に掛かれ、南は空白地帯。東は、適当な大きさの丸だ。
「これを見てください」
「これは?」
「この町の周辺の簡単な地図ですよ。この中央があそこのお城で、この外側の丸が壁です」
杖で二度、地面の丸を叩いて指示した後、遠くに見える城の尖塔を指差し、同じように一つずつ説明をくれる。
町は、縦横の大通りに仕切られており、別れた四区分を北東、北西、南西、南東と町の人は呼んでいる事。
町の外は、北に鉱山、西の半月型が養殖場。南が牧草地帯、東が森と沼地となって居る様だ。
全域の大きさや主なフィールド構成は、前回のイベントに近い物を感じるが、これが基本の形なんだろうと思う。前回は、マッピング機能があり、多くのプレイヤーが個々の情報を出して、大まかな全域像を見ることが出来たが、今回は、その機能が排除されている。この段階でこの情報は嬉しい。
「成程。分かり易い説明ありがとうございます」
「良いんだよ。こんなお婆の話を聞いてくれてありがとうね。お礼に飴ちゃん上げるよ」
貰った黒飴を受け取り、こちらが食べるのを待っているのかニコニコとこちらを見てくるので、口に含む。味は、普通の黒飴と同じだ。
「こんな年寄りの話を聞きたくなったらまた来てね」
「ええ、それじゃあ、また困ったら話を聞きに来ます」
お婆さんとの三十分以上もお話をして、色々な情報を聞けた。離れた後で大事なクエストに関する話を聞き忘れているのを思い出した。
「しまったなぁ。仕方がないから一度大通りに戻って、クエストを探すか」
今いる場所が、大通りの脇の小さな露店通りの奥のベンチ。俺は、元来た道を戻るように大通りに向かう。
プレイヤーやNPCが大勢行きかう大通りの熱気は、凄くこの時点でかなり精力的にクエストをクリアしようとしているのが分かる。
「レイド級ボス討伐のクエスト参加者募集中です! バランスよくパーティー組んで行きたいです! 残り人数は二十人です!」
「ポーションの納品系クエストをやるので、手持ちのポーション売って下さい! 相場の1.5倍出します!」
「共同でクエスト受けませんか! 報酬の高いクエストです!」
大通りで声掛けしている内容に耳を傾ければ、レイド級クエスト、納品クエスト、討伐クエストの声掛けだろう。どこか適当な路地のNPCからクエストを受けようと歩いているとポーションの納品の声掛けをしているプレイヤーに声を掛けられた。
「なぁ、ちょっと良いか? ポーションが余ってたら売ってくれないか?」
「えっ? いや、まぁ、回復量が少ないから余ってるけど……何で?」
「納品系のクエストをクリアするために数が足りないんだ」
明らかに年下の俺に両手を合わせて頼み込む青髪の青年プレイヤー。そんな捨てられた子犬みたいな目をするな。年上の長身だから、寒気がする。
「そのクエストってどこで受けられるんだ?」
「ああ、受注は、あそこの酒場や商会にクエスト・ボードって言って、クエストの内容を書いた紙が貼ってあって、それでクエストと詳しい報酬を見ることが出来るんだ」
「へぇ……。って事は依頼主のNPCと直接会ってないんだ」
「中には、一度依頼主のNPCに会いに行かなきゃいけないクエストもあるみたいだけどね」
そう肩を竦める青髪の青年。なるほど、クエストボードが町の各所にあるのか。あれ?
「読めたって事は【言語学】のセンスって持っているのか?」
「読むのに必要だよね。俺は前に取らされたからボードの依頼を読めたんだけど、読めないプレイヤーは早速取得するか、NPCか持っているプレイヤーに代読して貰っていたよ」
勿論、代読は有料で。とか中々に強かな、と言う印象を受ける。
「本当に、ネット小説で文字が読めない主人公の気分だっただろうね。それにクエスト用紙一枚読む毎にお金を取られたり、低レベルの【言語学】だと報酬の低いクエストしか読めなかったりで、苦労しているらしいよ。一枚毎に、クエストの報酬とリスクが書いてあるけど、早速――」
青髪の青年がちらりを視線を俺の後ろに向ける。俺も釣られてそちらに向くと、膝を着いて、地面に向って叫んでいるプレイヤーとその仲間と思しきプレイヤー。皆、表情は暗い。
「クエスト失敗で罰金。所持金制限を掛けた理由は、この辺にあるのかもしれないよな。失敗覚悟のクエストの乱発防止。それに……」
「金銭で解決出来るタイプのクエストの乱発防止だな。良い話を聞けたよ。ありがとう。お礼ついでに少しポーションを売るか?」
「おおっ!? やっぱり、人に親切にすると良い事あるな。納品数が三十個単位だから後、二十個必要なんだよ」
「分かった。じゃあ、二十個な」
インベントリには、各種回復アイテムは揃えているが、青髪のプレイヤーは、回復量が少ないために、持ち込まなかったからこうした失敗をした。と言っていた。
彼とポーションとお金をトレードしながら、彼の案内を受けてクエスト・ボードの前まで進む。因みに、情報量込みと言う事で、普段、お店で売っているのと同じ値段でトレードしたら感謝された。
「へぇ、これがクエストボードか」
「うん。丁度、これが俺が受けているクエストさ」
そう言って、指を指す茶色のメモ用紙には、【クエスト:ポーション納品】と書かれている。
概要としては、ポーションの在庫不足で値段が高騰。三十個単位の納品を求める。というクエストだ。
また、報酬は、NPCに売った値段の七割程度のお金とクエストチップが一枚。最初から所持していれば終わる納品クエストは、少し俺向けかもしれない。
「さて、俺の方はクエストが終わったけど、君はどうする?」
「俺もまだ余裕があるから二、三回ほど同じ奴を受けて見ようかな」
ポーションの納品クエストに目を通し、上手く受理された。そのままシステムに任せて、アイテムを納品。新たに一枚のチップを手に入れたが、同一クエストは、何度も受けられない様だ。俺の視界に写るクエスト用紙に赤いバツで線が引かれる。
「受けられないのか。残念だな」
「そう簡単には行かないよね。もう一つ言うと、今のクエストの紙は茶色っぽいでしょ? 俺が最初に見た時は白かったんだ。その後、クリアしたプレイヤーが出た後で色が茶色に変わった」
「……つまり、どういうことだ?」
「つまり、茶色がクエスト攻略済みって事。それで、白い紙は、クエスト未クリアの依頼。全体のクエスト消化率によっても報酬が変わるからその目安なんじゃないかな?」
そう言われると全体の一割程度の紙の色が変わっている。それもどれも簡単にこなせるタイプの物だ。
俺は、隣の男性と話をしてクエストの一覧を精査していく。
青髪プレイヤーの【言語学】のレベルは、俺より低いのか、美味しいクエストを見落としていたりする。
互いに、簡単に行えるクエストだけを消化していく。
成果として
――【ハイポーション納品】【MPポーション納品】【ST回復薬納品】【鉄鉱石納品】【薬草納品】【弓矢納品】をクリアしました。
報酬:代金×6、クエストチップ×6
基本的な物は、こんな所だ。余分に持ち込んだ消耗品や生産素材を少額の代金とクエストチップに変えることが出来たのは大きい。
ただ、どれも基本、チップ一枚と低報酬であり、また二枚以上の納品系のアイテムは、難しいアイテムが多い。
蘇生薬の納品なんかも報酬の良いクエストだったが、保険として残しておきたいために、このクエストは受けなかった。
残りは――
「お遣い系の報酬が現物支給とか要交渉って怪しいな。それに極端に報酬が低い物が」
「それはあれじゃない? アイテムだったり、情報だったり」
隣の青髪プレイヤーがフォローを入れるが、別にフォローは要らない。俺は、白いままのお遣い系のクエストの一つを受注する。
――クエスト【ポストマン】を受注しました。
「あれ? それを受けるのか? もう、チップが五枚以上あるだろ?」
「個人的には、町の中でゆっくり過ごしたいんだよ」
「そっか。変にクエストボードに付き合わせて悪かったね。俺は、レヒトだ」
「俺は、ユンだ」
青髪プレイヤーのレヒトと互いに自己紹介して、俺の名前を聞いたレヒトが目を見開く。アトリエールのユン、と小声で呟いた時は、ついに俺の店の名前も浸透しだしたと言う事に小さな感動を覚える。
「それじゃあ、ユン。ここでお別れだ。いや、通りかかった人に声を掛ける物だね。勇気は踏み出す一歩だ」
「何だよ。それ……」
呆れながらも、俺が小さく笑えば、レヒトも照れたように笑う。
互いに、初対面だったために、フレンド登録はしなかったが、また縁があれば、会うだろう。彼と別れて、俺は【ポストマン】のクエストの指定場所へと向かった。
青髪青年プレイヤー・レヒトは、今後出てくるのか。珍しく、残念度の低い好青年キャラです。