Sense212
「嫌だ! なんで俺があんな非効率で納得できない事をやるんだ!」
「特訓あるのみなんだから! 今日は、別の講師役を連れて来たんだから! 来てよ!」
昨日に引き続き、特訓を言い渡された俺は、ミュウから及第点を貰うまではイベントが始まる日まで毎日続けると言っている。正直、勘弁してくれ。といった感じだ。
そして、圧倒的なステータス差で引き摺られるように、第一の町の外――平原へとやって来た。ここはプレイヤーたちが
PVPの訓練をするのによく使われる場所で、そこには、俺の見知った人たちが待っていた。
「やっほー。お姉ちゃん、連れて来たよー」
「ああ、講師役ってルカートとトウトビなのか」
「ええ、こんにちは。ユンさん」
「……こんにちは」
ミュウ以外でまともに話の通じそうな二人から説得して何とかこの特訓をやめさせようと思った。
「でも、二人が講師役って。イベントに向けての準備とかレベリングとかは?」
「今は、ヒノさんとコハクさん、それにリレイさんが三人でレベリング中です。私たち前衛が多いよりも難易度が高い戦いをしているようですよ」
「……私たちは、自主訓練」
成程。何時ものメンバーが揃っていないのはそう言う事なのか。
「じゃあ、特訓と行きましょうか」
「いや、その必要はないぞ。俺は生産職だ。うん、戦場には出ないし、殆ど戦わないんだ。うん」
慌てて言葉を紡ぎ、何とかこの場から逃げようとする。だが、ルカートとトウトビが揃って首を傾げると、俺に質問を投げかけてくる。
「あの……特訓は嫌ですか?」
「だって、あれだろ? センスを外して、延々と避ける訓練と称して刃物を寸止めするんだろ。それに時折、蹴りや拳も混ぜて、当たってないけど、嫌なんだよ」
泣き言の様だが、俺の心はミュウの特訓でボコボコだ。剣速は、俺の対応できない速度で放たれるために、訓練よりも一方的な威圧行為でしかない。
一方的に突きつけられた訓練の内容が納得できないから、更にモチベーションが低い。
それを聞いたルカートは、微笑みを浮かべたまま、大丈夫です、と答えた。
「大丈夫ですよ。何があったか分かりませんが、ちゃんとお話しましょう。それとトビさん、私の代わりにお説教を」
「……心得た」
表情は乏しいが、何処か自信に満ちた雰囲気を漂わせるトウトビがミュウを引き摺って少し離れた場所に移動する。向こう側で互いに正座で向かい合うミュウとトウトビを見て、ルカートもこちらも。と言ってくる。
「どうして訓練と言う事になったのか。教えてくれますか?」
「えっと……昨日の事なんだが」
大分、噛み砕いた説明だが、キラー・マンティスを倒した後、森の奥へと向かって惨敗を期したこと。俺の【看破】のセンスが反応しなかったこと。などを上げた。
それに、ルカートは疑問に思った事を質問して、それに俺が答える。と言った感じで聞き取りが行われる。
特に、ミュウのやった特訓内容を深く言及しており、だからそんな方法を……と一人納得していた。
「そうですね。まずは、ミュウさんがなぜあんな訓練をしたのか。を説明しようと思います。聞いても、嫌いにならないでくださいね」
「いや、流石に、妹を嫌いにはならないけど……。あの訓練はやり過ぎだ」
「ミュウさんのやったセンスを外しての訓練と言うのは、逆に考えるとセンスの補助無しで避ける。と言う事なんです」
「まぁ、それは分かるけど」
ルカートがセンス外しでの特訓の意味を教えてくれる。プレイヤースキルが足りない大体の原因は、センスやスキルなどに依存しているために成長しない場合がある。
プレイヤースキルは、レベルや数値では表すことが出来ないけど、確かに重要な要素の一つである。その依存先であるセンスを排除しての避けの訓練は、相手の初動から回避予測などを瞬時に立てる訓練。
ただ、ミュウは、最初からかなりの速度で剣を振っていた事では、成果が上がらない。段階を踏んでやるべきだった。
「ミュウさんも悪気があったわけじゃないんです」
「うーん。つまり、簡単に噛み砕くと、格闘ゲームで必殺技を連打する俺に強弱合わせたコンボ技の対処法を教えようとしていたような物か」
「ええ、それも物凄く、長く複雑なコンボを」
随分とざっくりした解釈にルカートが苦笑いを浮かべる。
「少し話は変わりますが、キラー・マンティスと戦ってどう思いました?」
「どう? って特に行動パターンに多様性もないしスキルやセンスも使わない。やたら硬くて一撃が強いのが特徴かな?」
「そうです。最初、私たちもその特徴にやられました。当時はまだレベルも装備も今に比べて弱く。特殊攻撃ではない通常の攻撃すら必殺技の様に感じました。スキルの発動の予備動作のみを気を配っていた私たちですが、負けた経験から通常動作にも気を配り、少しずつ色々なMOBとの戦い方を色々な事を覚えました。通用攻撃の回避や防御時にダメージを相殺できるインパクトの瞬間、適切な避け方など……その中で、今回、ユンさんが感じた『囲まれた時の立ち回り方』や『敵を倒す優先順位』なども分かるつもりです」
「そっか。俺はごり押ししてたんだな」
「ええ、ですから。少しですが、特訓してみませんか? ミュウさんの様に無理はしません」
「なんか、ルカートに教えて貰うと出来そうな気がしてきた」
確かに、ミュウの特訓も意味はあるのだろうが、付いていけない。ミュウの特訓の場合、どうすれば良いか? と尋ねても、しばらく唸り声を上げて、ドーンやズバシュッと言った身振り手振りで教えるのだ。もはや、理論だった行動では無く、良く言って、天性の資質。悪く言えば、野生の勘のようなもので動いている。
一流のスポーツ選手が一流の指導者ではないのと同じように、ミュウも指導者には向かない性質だろう。
「なんか、お姉ちゃんが失礼な事考えてない?」
「……ミュウ。正座」
「ううっ……そろそろ足が痺れてくるよ」
「……そしたら、突く」
「ひぃ!? ト、トビちゃんの鬼ぃぃ!」
ミュウの説教はまだ続いている様だが、それを素晴らしくスルーするルカート。
「まずは、遅く剣を振るので無心で避けてください。避ける幅は、小さく。最小限とは言いませんが、次の動作の阻害しない程度に留めてください」
そう言われて始まる訓練。最初は、非常に簡単だったが、段々と早くなり、通常のMOBが使ってくる攻撃速度まで上げられると恐怖心が先に来て、大きく飛び退いてしまう。そこで一度、休憩が入る。
「じゃあ、この速さが今の限界ですか」
「はぁはぁはぁ……んっ、ちょっと無理」
「大丈夫ですよ。それでどうでした? 何か感想でもありますか?」
「ミュウ程の無茶じゃないけど……随分キツイ」
まぁ、今まで戦闘職が歩むべき道を短時間で習得しようとするのだ。どこかで無理は生じる。またステータスのような可視化された能力じゃない以上、どのレベルかの判断は自分には出来ない。
「そうですね。避ける以外にも、武器で急所を防御するなどの動作を覚えて貰いたいですね。接近時のユンさんの戦闘スタイルはトビさんに近いので実演して貰いましょうか。ミュウさんも手伝ってください」
やっと正座から解放される。と立ち上がるミュウと静かに逆手で短剣を引き抜くトウトビ。
トウトビを中心に、ミュウとルカートが左右から挟む様に位置する。俺は、それを一歩引いた視点から見詰める。
「それでは、軽くで行きましょうか。――はっ!」
ルカートの掛け声と共に、鋭い突きが放たれ、それをトウトビは、半身で躱す。それに追い打ちを駆ける様にミュウが剣を振るうが、少ない動きで回避する。ミュウとルカートが交互に攻撃を繰り返し、それにトウトビが反応すると言う動作だ。そして、攻撃パターンも俺が先程までルカートを相手に受けていた太刀筋と同じ。それをランダムに交互から放つので、決まったパターンの繰り返しだが、その速度は今の俺では反応は難しい。
また、敢えてタイミングを外した攻撃をトウトビが逆手の短剣で弾く。
一切のアーツやスキル無しの攻撃を反射神経と反復活動でギリギリで避けていく。正直、音ゲーをハードモードでプレイしている姿を見ているような気分になる。
「ラスト! ――とこんな感じになります。まだまだ簡単な速さですよ」
「いや、無理。絶対に追いつけないって」
そう呟く俺に、ルカートはただ苦笑いを浮かべるだけ。
「ユンさんにも訓練の手伝いをして貰いたいんですよ」
「はぁ!? 俺も攻撃に加われってのか!」
「いえいえ、結構、早めの速度にも慣れたので、ユンさんに速さと攻撃を強化して頂けたら、と思いまして」
「あれより上のハードモードで練習するのかよ」
俺一人に掛かりっきりになる程、ミュウたちも余裕があるわけじゃない。寧ろ、俺がミュウたちの訓練に乗りかかっているんだ。
「分かった。出来る限りの事は手伝うよ」
「じゃあ、交代で避けの訓練をしましょうか。私たちは、ユンさんに強化された状態で。ユンさんは、段階的に早くしていきましょう」
「次は、私! 私がやる!」
音頭を取るルカートにミュウが手を上げる勢いで居る。すまん、妹の元気が良過ぎてと心の中で謝りつつ、ルカートとトウトビにエンチャントを施す。
その後は、ミュウの回避訓練を暫く見守るが、早すぎて目で追いきれない。先程は、辛うじてフェイントかどうかの判断が出来る攻撃だが、一瞬の動作にフェイントに引っかからずに躱す自信はない。
そんな緩急とフェイントを織り交ぜた猛烈な攻撃に時折当たるミュウと当てるルカートとトウトビの駆け引きがハイレベル過ぎて理解できなかったとしか言えない。