Sense209
ログインした俺は、【料理人】と【生産者の心得】のセンスを集中的に鍛えるために、食材と道具を揃えて料理を作っていく。
食材は、色々なプレイヤーからの買い取りやNPCのキョウコさんに頼んでの買い出し。
最初は、ケーキの準備だけを考えていたが、どうせならオードブルっぽい物でも用意しようと思いたった。料理は一度に大量に作った方が楽でもある。
そして今――
「うーん。オーブンの温度は、こんなもので良いのか?」
店の店舗部のカウンターに道具を広げ、俺はスポンジ生地をオーブンに入れて焼き上がる間に他の料理も揃えていく。
最近は、鶏と羊型MOBの肉と牛型MOBの牛乳が手に入ったのでそれらを使った料理だ。
鶏肉は、から揚げやローストチキンのための下拵え、羊肉は、マトンっぽいので食品メーカーの広告アイテムである味付けダレに漬け込み、ジンギスカン風な味付けにする。それに野菜を混ぜて焼けば、ジンギスカンになるし、肉に片栗粉を付けて油で揚げれば、美味しい揚げ物になる。
他にも、焼き鳥やスティックサラダなどオードブル用の大皿を少しづつ埋めていく。
「どーせ、また料理作れとか言われるんだろうからな。とっとと取り出して逃げ出してやる」
お祭り大好きな酒飲み共からの逃げ方を考えながらもオードブルの追加料理や余った材料で作れる料理を考える。
「こんにちは。ってここもクリスマスの準備中?」
「リーリーか? どうしたんだ?」
「イベントに向けての準備だよ。ユンっちの所なら一度に色々と揃うし」
「成程。じゃあ、いつも通りにキョウコさんに持って行って」
商品の売買をNPCのキョウコさんに任せて、作業を続ける。
リーリーの肩に乗る不死鳥のネシアスは、一度リーリーの肩より離れて、店の定位置で寝ている二匹の側に降り立つ。
「ユンっちの二匹のレベルはどう?」
「リゥイの方がレベルが先行している。後は、ザクロの方はまだまだだな」
「ユニコーンだから、騎乗用の鞍とか必要じゃないの? 今回のイベントも長丁場になるかもしれないし」
「それは考えているんだけど……どこで頼めばいいのか」
リーリーとそんな話をしながら、ケーキ用のイチゴを切り分けている。反対に、リーリーも視線を合わせずに商品棚のサンプルを物色しながら、話をする。
「頼むんだったら、皮も扱うクロっちかな? でも、クリスマスに向けてクロっちも忙しそうだし……」
「また、クリスマスに向けて変な物用意してるんだろ」
はぁ、と考えるだけで溜息が漏れてしまう。その様子に苦笑を浮かべるリーリー。
「だよね。喫茶店のクリスマスフェアとか、特注衣装の用意とか色々で……」
それに装備のメンテナンスや自分のイベントに向けての準備。
「生産ギルドにも色々とやっているから忙し過ぎて、レベリングも狩りも行けない状態だって」
「リーリーは、どうなんだ?」
「ちょっと忙しいけど、普段と変わらないよ。むしろ、クロっちが色々とやり過ぎだよ。」
それを聞いて安心する一方、俺もクリスマスに向けてのケーキとオードブルを用意する当たり、客観的に見たらクリスマスを楽しんでいる様に思われるのに気がついた。
「リーリー、一応言っておくと俺は、クリスマスを楽しもうとかそんな気は、一切。一切ないからな。これは、ただ、成長した生産センスのレベルを元に戻すために料理センスでレベリングしているだけだからな」
「そうなんだー」
「リーリー、信じてないだろ。全く……」
おざなりな返事にジト目を向ける。そう、これは、レベリングを兼ねた行為であって決してクリスマスを楽しみたいわけじゃない。
「……所で、リーリー。味見するか?」
「うん! 頂くよ!」
「その代りに誰にも言うなよ」
「口止め料ね。心得たよ、ユンっち」
よし、これで下手に知り合いに知られずに、準備を進められる。
「おおっ!? これは不思議なお肉だね」
「それは、羊肉のジンギスカン風揚げ物だな。作るのは楽だぞ。って目を離した隙にごっそり減ったんだけど!」
「シアっちとユンっちの幼獣たちも食べてるよ」
「ああっ! 折角用意したのに!」
どうやら、俺が許可した瞬間に、リゥイが幻術で姿を消して接近して奪っていた様だ。特に気にした素振りも無く、黙々と食べるリゥイと時折俺と前足で支える焼き鳥を交互に見るザクロに溜息が漏れる。
「また作り直しか」
「これもレベリングだよ!」
「って味見以上に食ってるじゃん! はぁ、もういいや。俺も食べるか」
残り少ないオードブルの一つを手に取り、口に放り込む。減っていた空腹度が回復すると同時に、使用したモンスターの肉や素材がステータスを僅かに上昇させる。
「ご馳走様。美味しかったよ」
「俺もご馳走様」
綺麗に平らげたオードブルの残骸が目の前に広がる。また作り直さないとという思いと美味しかったという二つの溜息が零れる。
「そうだ。ユンっち、確か幾つかのセンスが成長したんだよね」
「まぁな。イベントに向けて生産系だけ重点的に補強している所だ」
「うーん。お節介だと思うけど、少し戦闘でもして違いに慣れた方が良いんじゃない?」
「そうしたいんだけど……適正より少し高いし、欲しい素材もある。けど一人だとな」
そう言うと、今度はリーリーが溜息を吐く。
「それなら、手伝うよ。ユンっち。僕もレベルを上げたいし、ユンっちと強さが大体同じでしょ?」
「手伝ってくれるのか?」
俺が予想もしない申し出に目を白黒させる一方、リーリーが無邪気に笑いを返す。
「新しいポーションとかを作る素材集めなら喜んで」
「確かにそうだけど、すぐにってわけじゃないぞ。ただ、使いそうだな、って素材を事前に集めているだけですぐに作成する訳じゃない」
「気にしないでよ。そうだ、ついでに幼獣たちが成長した時の装備の素材でも集めない? 鞍には皮が必要だし、シアっちにも皮の生産素材が必要だから」
リーリーの提案に良い案だと思い、便乗する。
二人で狩りの時間や行く場所を話し合う。幾つか行きたい場所からリーリーと共にエリアの情報を交えて話し合い、俺達程度の生産職でも戦える場所を選んだ。
選び取った場所も話程度には聞く場所であり、リーリーと二人で問題ないと感じた場所だった。
「第二の町の近郊の森の奥を目指す。それで決定だね。ユンっち」
「ああ、ボスさえ超えれば、狩り場だしな。木材、食材の宝庫って話だ」
無理の無い範囲だと思っていた。だが、実際に二人とも行った事のないエリア。話と事実には差があり、何時も俺たちを連れ出すプレイヤーたちがどんな苦労を味わうのか、を良く知ることになる。