Sense208
「ふふふっ! きた、きたきたきたっ! お兄ちゃん、来たよ!」
「何だよ。ほらほら買い物の続きだぞ」
十二月も中旬。町並みやお店の品揃えがクリスマスカラーに染まる中、美羽は携帯片手に嬉しそうな声を上げる。
俺としては、外でそんな恥ずかしい声を出すな。と口まで覆ったマフラーの下で呟く。
「イベントだよ。イベント!」
「年がら年中、イベントみたいな物に囲まれた日本人が言うセリフか」
「もう! OSOの公式イベントだよ! 夏以来の!」
「ああ、そう。それで」
俺は、右手に持った買い物のメモに目を落とす。クリスマスに向けた買い物で主に食品系の買い物だ。クリスマスケーキの予約やオードブルの注文。また年末に向けた買い出しだ。
「美羽。何か欲しい物あるか?」
「えっ? そうだね。じゃあ、甘栗とか和菓子でも買ってこうか……って違くて!」
俺のマフラーの端を掴んで、きゅっと締めてくる姿を見て、周囲は微笑ましそうな視線を送って来るが、俺は適当に美羽の頭を押さえて止めさせる。
前回のイベントが夏の終わりで、実に四か月ぶりの事。その間も、アップデートやバグ修正などの細かなアップデートやメンテナンスはあった。それ程までに美羽の中でイベントは、楽しみで仕方が無かったのかもしれない。
そして、美羽の言葉はまだ続いていた。
「それに、イベントは、年明けのアップデートに合わせた内容なんだよ! もう、楽しみでしょうがない!」
「それにしてもこの時期って……またクリスマスの忙しい時期にイベントを上げるなんて」
OSOの運営。多忙で死ぬんじゃないか? と思ってしまう。
「クリスマスとは重ならない様に、その前がイベントだよ」
「また忙しいじゃないか。ゲームの公式イベントで、クリスマス。それに年末か」
静姉ぇもクリスマスからお正月に掛けて一度帰省するために忙しくなりそうだ。
「静姉ぇは、参加できるのか? 移動で時間が掛かるのに」
「うーん。ギリギリ参加できるんじゃないかな? それより早く帰ってログインしたいんだけど……」
「慌てるな。って、どうせ準備期間が一週間程度だろ。そんなに急いでも仕方がないだろ」
「でも――」
「じゃあ、美羽のクリスマスケーキは無しで良いんだな――「ああっ! それは駄目!」――なら先に買い物済ませるぞ。ケーキの予約だけど、どれが良い」
辿り着いたケーキ屋でクリスマスケーキを美羽に選ばせる。
ケーキのサンプルやショーケースの中のケーキを前に悩み始める美羽。
シンプルなショートケーキか、それともサンタの砂糖菓子が乗ったブッシュドノエルか。または、フルーツロールケーキか。クリスマスとは関係なしに、モンブランやチョコレートケーキなどに目移りして、中々に決まらない姿を見ると、早くゲームしたいんじゃないのか。と言いそうになるが黙る。
「どれか決まったか?」
「候補を三つに絞った。……全部買う予定は――「無い。諦めろ」――ですよね」
美羽が選んだのは、イチゴのショートケーキと二種類の違うブッシュドノエルの三種類。価格もだいたい同じくらいのケーキ。それを店員が苦笑するくらいに長く唸り声を上げる美羽。
「こっちのブッシュドノエルの予約をしよう」
「それでいいんだな」
「うん。まぁ、イチゴのショートはどの季節でも食べられるけど、クリスマスの時期が感じられる方が良いからね」
そう言って店員さんに注文して帰る。
ただショートケーキを少し名残惜しそうに見ている美羽は、すぐに明るい表情に切り替えて、早く帰ろう。と言ってくる。
まだ買い物は終わってないのに気が早い美羽を押し留めて、俺たちは買い物を続けた。
二人で買い物を続け、帰宅と共に美羽は自室へと駆けこんでいく。
「全く、そんなに焦っても一週間で出来る事なんて限られているだろ」
とは言え、俺だって一週間後に向けて調整しないといけない事がある。
「どうするかな。センスを」
新しく成長・派生可能なセンスが複数出現し、それを取得したために短い期間にどれを集中的に強化するか。
所持SP26
【魔弓Lv1】【長弓Lv30】【空の目Lv12】【俊足Lv20】【看破Lv20】【大地属性才能Lv1】【魔道Lv18】【付加術Lv40】【調薬師Lv3】【生産者の心得Lv2】
控え
【弓Lv50】【錬金Lv47】【合成Lv46】【彫金Lv25】【泳ぎLv15】【調教Lv19】【言語学Lv24】【料理人Lv10】【登山Lv21】【毒耐性Lv8】【麻痺耐性Lv7】【眠り耐性Lv7】【呪い耐性Lv8】【魅了耐性Lv1】【混乱耐性Lv1】【気絶耐性Lv8】【怒り耐性Lv1】
弓センスは、派生して、SP3を消費して【魔弓】センスを獲得した。派生しても同じ弓センスのアーツを使えるために特に不便は無いが、一度にレベルが下がったために、一時的なステータス低下の影響は大きい。
ただ、魔弓のセンスは、それ自体にもMP上昇の効果があるためにMP最大値は一割ほど増えた。
【大地属性才能】も同じで【地属性才能】で取得した魔法スキルをそのまま使え、新規のスキルを手に入れたが、紹介などはまた今度だ。
だが、上位センスで手に入れたスキルだからと言って、地属性のアースクエイクやロックバースト、エクスプローションよりも軽いスキルのためにボムのマジックジェムと同じように込められたために使用頻度は高いだろう。
他、生産センスの【調薬師】と【生産者の心得】は、一度にレベルが下がったために生産活動での成功率や補助の効果が低下してしまう弊害が起きた。
例えば、今までは成功していたスキルによるハイポーションの作成で失敗が発生する。十個中三個ほど失敗が混じる様になったために久しぶりにハイポーションを手作業で補充する必要が出来、これを機にもう一度調合率や他の素材との親和性を調べ直している。
また、他の生産分野でも失敗が混じるためにイベントまでの一週間でどっちのセンスを重点的に補強するか、選択する必要がある。
戦闘センスか、生産センスか。まぁ、【大地属性才能】は、マジックジェムを作る時に自然と上がる。スキルによる一発生産が失敗率が高い今、余っているMPでマジックジェムを量産すれば良いだろう。幸い宝石は先日、大量に手に入れた。
それに戦闘センスを急いであげる理由も無い。
「まぁ、生産センスだよな。けど、新規レシピとか試すにはまだレベルが低いし」
作業は慣れているが、レベルやステータスが足りずに失敗する可能性が高い。せめて【調薬師】か【生産者の心得】のどちらかがレベルを上げないと上手く作れないだろう。
なら、既存のポーション作成でレベルを上げつつ、別の生産分野で【生産者の心得】のレベルを上げる。これが一週間の方針だろう。後は、必要なアイテムを揃えつつ、イベントに備える。
「……そう言えば、美羽。ショートケーキを食べたそうに見ていたな」
買ってきた物を仕舞い終えた俺は、ふと先ほどのケーキ屋での出来事を思い出す。
「……まぁ、クリスマスも近いし。料理人のセンスでもレベルを上げるか」
俺も自室に戻り、机に置かれたVRギアを頭に装着して、ベッドに横になる。
暗く沈む感覚に身を任せて、OSOへとログインしていく。