Sense207
コムネスティー喫茶洋服店のカウンター。俺は、その位置に座り、手元では細かな作業をしている。
小さな容器に入っている細かなパーツをワイヤーに近い素材に通し、細かなパーツを纏め上げ、大きなパーツに、大きなパーツが纏まって一つのビーズアクセサリーを作る。
ただ、糸を通すだけじゃない、細かく作り込んだ金属製のビーズパーツは、両端に欠けた輪の様に作り、パーツ毎につなげる時、ペンチで潰してチェーンとする。
根気の居る作業であるが、特に場所を選ばない作業のために、工房ではなく、こうして喫茶店の雰囲気を味わいながら、作業して気分転換もしている。
「ユン。前に言っていたフィオルの試作品。トゥーの実を使ったフルーツロールケーキとこっちは、杏っぽいからピーチアプリコットティーっぽく作ってみたそうだ」
「ああ、ありがとう」
カウンターで俯いて作業していた俺に声を掛けてきたのは、クロードだ。
以前言っていたお菓子職人のフィオルさんが作った試作品を持ってきた様だ。
俺は、作業の手を止めて、脇に置かれたロールケーキとフルーツハーブティーを受け取る。
コーヒーやココアを飲む陶器製の容器とは違い、ガラス製の小さなカップに濃い赤色の飲み物が湯気を上げている。
少し口に含むと、強い酸味が舌を刺激し、甘い香りが鼻を抜けてほっとさせる。
続いて、カップを置いて、ロールケーキに添えられたフォークを手に取る。
フォークでケーキを小さく切り、スポンジと生クリームとフルーツの層を崩さない様に慎重に口元に運ぶ。
「それで、どんな感じだ?」
「……酸味と甘みが良いな。けど、ピーチアプリコットのすっぱさが強くて、ロールケーキのフルーツの酸味が消えてるな。甘味と酸味を楽しみたい場合は、紅茶の方が良いんじゃないか? 単品だと良いけど、組み合わせとしては、うーん」
俺の主観を交えた感想にクロードは、小さく溜息を吐く。
「やっぱり、そうか。俺もそう思ったんだけど、フィオルがアプリコットセットをメニューに作ろう。と言ってな。だが、その組み合わせは、お前と大体同じ感想だ」
「悪くは無いんだよ。杏をメインにするセットメニューだったら、フルーツハーブティーじゃなくて、杏ジャムのロシアンティーで良いんじゃないか? ああ、でもお茶が甘いとケーキの酸味が際立つか」
「オーソドックスに紅茶かコーヒーの選択式のセットメニューで良いだろう。まぁ、ロシアンティーのアイディアは、相談してみる」
クロードと試作品の感想を言い合いながら少しずつケーキを食べ、徐々に話の方向性は、雑談へと変わる。
「そう言えば、オークションに【採掘の腕輪】が出品されてたな」
「ああ、あれか。まさか、あんな風に変わるとはな」
マギさんに納品していた【採掘の腕輪】は、技術料が販売売り上げの三割が俺の所に回る契約をしていた。
最初の方に納品した物は、マギさんのお店からのレンタル用のために一個三万Gの技術料が支払われていたが、オークションの売り上げは、俺の予想以上の結果だった。
「まさか、十個セットの百万Gからスタートした【採掘の腕輪】が最終的に二百五十万まで上がるなんてな」
「ああ、それが五セット分の出品。最高で二百五十万、最低二百十万の取引だからな。ボロ儲けじゃないのか?」
最初は、こんなに売れるはずじゃないのだが、大体購入したのが、中規模以上のギルドで自身のギルドである程度の生産をしているプレイヤーが多い。
ギルドの共有財産として設定した【採掘の腕輪】で鉱石を採取し、ギルドの生産職にアイテムを頼む。そういうサイクルが確実に出来上がるのが目に見えている。
「その話聞いてなかったから、ポーションの納品のついでに技術料受け取りに行ったら三百万Gをぽんと渡されたんだぞ。色々とマギさんも笑いが止まらなそうな様子だったし……」
アクセサリーを作って、エンチャントしただけでウハウハだ。まぁ、そう言うのは、先駆者の特権であり、今では俺と同じ【付加】センス持ちと生産職が手を組んで、二番煎じで【採掘の腕輪】を作っている。値段は、やや割高だが初期より安定している様子を見るとなんだかあくどい商売をしている気分になる。
「何か、人を騙したような気になるな」
「気にすることは無いぞ。オークションは、その時の状況や参加者の思惑で値段が釣り上がるシステムだ」
「でも……」
「それに、マギだってあんなに稼ぐとは思わなかったみたいでな。得た金の殆どを【生産ギルド】の訓練施設に投資している」
「それって……」
「プレイヤーへの還元だな。【泳ぎ】や【登山】なんかの趣味センスを訓練する場所をギルド内に作った。まぁ釣堀りやコンサートホールなんて要望もあったが、実用性優先で幾つかを作った」
釣りセンスと音楽や楽器系のセンス持ちが要望したのだろう。まぁどちらもネタや趣味センスの部類だ。
これも生産職以外のプレイヤーへの還元という事だろう。それなら俺も店で安く消耗品を提供しているからプレイヤーへの利益還元とは言えるだろうが……
「あまりこの話で悩んでも仕方が無かったな。それより、グランド・ロックに行ったそうだが、どんな様子だった?」
「夜通し、山登りと鉱石採掘で疲れたよ。俺もその日は、昼間は延々と寝てた」
「興味はあったんだが【採掘】も【登山】も持っていないからな。今回は、見送りだった」
「あの大規模作戦でのドロップを持ち込んだ奴も居ただろ? 強化素材を使ったりも出来ただろ」
話題を上手く切り替えたクロードと別の話をする。今回のグランド・ロックの登頂は、直に生産職が出ていく場面もそう多くは無い。普通は、俺の様に自分で出向くのは例外だと思う。
「ユンは、強化素材を手に入れたのか?」
「まぁ、一応な」
「どうするんだ? 防具か? それとも武器に使うのか?」
特に、武器にも防具にも不足はしていない。因みに、コカトリス・キングのレアドロップの強化素材【王鶏の鶏冠】の追加効果は【範囲強化:極小】という装備品のどれに付いていても、範囲スキルやアーツの効果範囲が増えるという物。魔法使いなどは、有効かもしれない。ただ、俺のエンチャントは、範囲と言うよりも【空の目】の視認範囲の対象を指定する効果なので、範囲系のスキルとはまた別だ。ただ、地属性魔法のマッドプールや爆発攻撃のエクスプロージョンなどは範囲が広がるが、また自爆しかねないのでスキルのコントロールが甘い俺には、逆に無駄だと思われる。
「今回は――」
「おー、お姉ちゃんがここに呼ぶなんて。珍しいね」
カウンター席の俺を見つけた人物が俺に声を掛けてくる。
入り口に背中を向けた形だったために、振り返る様にここに呼び出した人を見る。
「ああ、ちょっと約束事の履行をな」
「約束事? 何だっけ? ああ、その前にクロードさん、紅茶とショートケーキセット」
「少し待ってろ」
俺の隣のカウンターに腰を下ろしたミュウは、ケーキとお茶が来るのを待ちながら、俺の言った言葉を思い出そうとうんうんと唸っている。
その様子に思い出せるか、ニヤニヤしそうになる口元を隠すことが出来ない俺は、人へのサプライズという物が出来ないタイプの人間かもしれない。
「あっ、分かった! 夕飯のリクエスト! 鳥の甘辛丼の事だ!」
「いや、そっちかい! って違うから。はぁ、ほら、ビーズアクセサリー。お前の言っていたデザインとは少し違うけど」
俺が差し出したのは、白を基調としたビーズのブレスレットだ。
メインのパーツであるガラス玉は、金属を混ぜて乳白色になり、完成したそれを一度炉に入れて加熱。水に入れての急速冷却で内部に不規則な罅の入ったクラッシュガラスなっている。
光に通すとガラス玉の内部で色付き、乱反射する光が綺麗だ。
形状もブレスレットにしたのは、動き回るミュウにイヤリングやネックレスは邪魔になるだろうし、胸部のプレートメイルとブローチなどは組み合わせ的に合わない。
それを考えて、指輪か、ブレスレットの二択になり、ミュウの希望したデザインに近い物を作るには、ブレスレットが一番近いのでブレスレットになった。
「おおっ!? これは良いじゃん! 凄いじゃん!」
「そんなに驚くような物じゃないって。細かい作業を細々とやっただけだ」
「ホントに貰っていいの!」
「良いけど、俺に便宜を図ってくれよ。アイテムの採取依頼とか、モンスターの討伐依頼を」
「勿論! うーん。どっちの腕に使おう。右は剣を持つし、左の手首かな?」
自分の手首を見比べて、俺からメニューの経由で受け取ったブレスレットを装備した。
「どう? これ!」
「良いんじゃないか?」
左手首を掲げるミュウにそう答えると奥でお茶とケーキを用意していたクロードが声を掛ける。
「それならブレスレットに合う服装でも選ぶか? ここは喫茶洋服店だ。サンプルの服を着ての撮影会も出来るぞ」
「やる! すぐやる!」
持ってきて貰ったケーキとお茶を一気に食べるミュウを見て、女の子らしくない姿に呆れてしまう。
あっという間に食べ終えたミュウは、服を見てくる。と言い残し、NPCの店員に案内されて店の奥へと消えていく。
「ユン」
「ん? なんだ?」
「本当に良いのか? あれに二つも強化素材を使っているだろ」
「良いんだよ。どうせ、どっちも俺にとっては使い道が無いんだし」
まぁ、必要になれば、その時はミュウにでも頼めば良いか。と残りのピーチアプリコットティーをちまちまと飲みながら、思う。
スノーホワイト・ブレスレット【装飾品】
DEF+8、MIND+12 追加効果【支援効果:攻】【範囲強化:極小】
アクセサリーのステータスは、以前よりも増しているが、先を進む生産職プレイヤーの品に比べれば、まだまだ弱い。まぁ、必要に応じて、アップグレードしていけば良い。
それにしてもスノーホワイト・ブレスレット。白雪の腕輪なんて我ながら捻りの無い名前だな。と思ってしまう。
「お姉ちゃん! これどう!」
「全く、バタバタとしてもう少しは――」
言葉が続かなかった。紺色をベースにしたA字型のドレスは、細かな銀の刺繍が入っており、肩と背中を大胆に露出した姿は、喫茶店内の客の目を引いている。
背筋を伸ばし、自信満々の笑顔でその場でターンして見せる。ちゃんと手首にもミュウに送ったブレスレットを付けて。
「パーティー向けのドレスだ。まぁ、ネタの一種だが、こうも着こなすとは、姉妹揃って良い逸材だな」
「ふふん。どう? お姉ちゃん。似合ってる?」
「はぁ~、俺としては、似合い過ぎて色々心配になるくらいだ」
これは、兄そして家族としての贔屓目を含めた言葉だ。全く。と溜息が漏れてしまう。
「心配って、過保護だなぁ~」
「過保護にもなるって。もう元の服に戻せよ。俺の要件は済んだから」
「え~っ、嫌だよ。もう少しこの服楽しみたいし」
と言いながらドレスの裾を摘まんで見せるミュウ。
「そうだ! 一緒に何か着ようよ! ドレスは、嫌だろうからタキシードとか、執事服なんてのは?」
「何で俺が。それにそんなのが都合よく――「あるぞ」――ってあるのかよ!」
カウンターに肘を付けて、こちらを楽しそうに見ているクロードとその後ろで、銀のトレーをフルスイング五秒前で構えている店員ロールを楽しむ女性プレイヤーのカリアンさん。
「ねぇ? 着て見ない?」
俺を上目遣いで見上げるミュウ。はぁ、もうこうなると何か断り辛いな。
「……まぁ、男性物の服なら」
「「「うぉぉぉっ――!」」」
「うるさいわぁぁっ――!」
バァーンとトレーをフルスイングし、クロードがカウンターに頭を強く打ち付け、店内で歓声を上げた客は全員その瞬間の姿勢のまま固まっている。
「じゃあ、色々なポーズとかやってみない! どんなシチュエーションが良いかな?」
「って、手を引くな! 分かったから」
「他にもアクセサリーってあるの? 色々な物も付けてみたいんだけど」
「あるけど……」
「良し。今回は、アクセサリーをメインにしたファンションショーをしよう!」
「おい、主旨が変わっているぞ、ミュウ!」
「良いじゃない! 減るもんじゃないし!」
ミュウに手を引かれて始まる突発的なファッションショー。
主に露出の少ない服と俺の髪を色々と弄って、ミュウが一人楽しんでいた。
途中、色々な知り合いが茶化しに来たり、興味本位でショーに参加したり。いつの間にか、突発的なイベントに早変わりしていた。
今は、ミュウとミュウのパーティーがきゃっきゃと騒ぎながら、新しく着替えた服をみんなの前に披露している。
「ふぅ、やっとミュウの興味が俺から離れた」
再び、カウンター席に戻って来た時は、黒の燕尾服を着て、髪の毛をネタポーションで少し伸ばし三つ編みにしてハーフアップにしている。髪留めは、俺が作った髪飾りを使われて居る為に少しむず痒い。
「お疲れの様だな。ユン」
「全く、何でこんなことになったんだよ。って、コーヒーは頼んでないぞ」
「こんな美味しい俺得な展開になったんだ。その礼とでも思ってくれ」
それならとカップを手に取り、口を付ける。苦味と酸味で少し疲れが取れた気がする。
本当に楽しそうに次々と服を変えてみんなの前に現れるミュウたちに本当に楽しんでるな。と感じる。
最近は、他人に頼まれた事をする日が多かった。今度は、何か自分が主体となって行動をしたいものだ。
そろそろリゥイの幼獣のレベルが100になりそうだ。時間があったら、もっと召喚しておきたい。
―ステータス―
NAME:ユン
武器:黒乙女の長弓、ヴォルフ司令官の長弓
副武器:マギさんの包丁、肉断ち包丁・重黒、解体包丁・蒼舞
防具:CS№6オーカー・クリエイター
副防具:
アクセサリー装備限界容量 2/10
・無骨な鉄のリング(1)
・身代わり宝玉の指輪(1)
所持SP35
【弓Lv50】【長弓Lv30】【空の目Lv12】【俊足Lv20】【看破Lv20】【地属性才能Lv30】【魔道Lv18】【付加術Lv40】【調薬Lv51】【登山Lv21】
控え
【錬金Lv47】【合成Lv46】【彫金Lv25】【泳ぎLv15】【調教Lv19】【言語学Lv24】【生産の心得Lv50】【料理人Lv10】【毒耐性Lv8】【麻痺耐性Lv7】【眠り耐性Lv7】【呪い耐性Lv8】【魅了耐性Lv1】【混乱耐性Lv1】【気絶耐性Lv8】【怒り耐性Lv1】
インフォメーション
・New:【弓】のレベルが50に到達。派生センスが発生。
・New:【地属性才能】のレベルが30に到達。上位センスが発生。
・New:【調薬】のレベルが50に到達。上位センスが発生。
・New:【生産の心得】のレベルが50に到達。上位センスが発生。