Sense204
いくつかの無茶が今この場で生き残っている幸運につながっている。
一つ目の幸運は、タクが剣の一本を犠牲に落下速度を減速した事。これによって落下時のダメージが減少出来た事だ。
まぁ、これも落下の衝撃で死亡しても蘇生薬でゾンビの如き復活が出来ると言われればそれまでだ。
二つ目の幸運は、俺が即席で足場を作り、そこに落下したこと。これで一番下まで二人揃っての即死の紐無しバンジーから大ダメージの泥沼ダイブに変わった点だ。
タクが減速しなければ、泥沼へと落ちた時、二人揃って即死だった可能性もある。
大分落ちてきて、現在いる場所は、中層部分の何処かだろう。見上げれば、コカトリスが何匹も見ることが出来た。
そして、最後の幸運は、気絶に耐性が着いていた点だ。落下時のダメージが二人揃ってHPの半分以上のダメージを受けた。この時、気絶の状態異常が発生してもおかしくはない。
それを回避したのは、トゥーの実の砂糖漬けの一時的な気絶耐性の付与。直前の休憩で二人とも口にしたために、落下の衝撃時に手放しそうになる意識を繋ぎとめてくれた。
これも、無くても気絶は回避できたかもしれないが、気絶を避け確率を押し上げた要因の一つにはなっただろう。
これらの幸運がどれか欠けていたら――
一番下まで落ちたか、気絶中にコカトリスに狙われていたか、二人のどちらかが気絶したままだったら片方を守る事に専念して動きが取れなくなるか。
まだ、ギリギリで状況を良くすることが出来る段階である。
「タク、大丈夫か?」
「ああ、ステータス面では問題ない。不幸中の幸いか、下まで落ちたら取り戻し(リカバー)出来なかった。サンキュー、ユン」
と言いながらも、ポーションを断続的に使い、失ったHPを急速に回復させる。俺も同じように回復する。
タクの防具は、本来の装備じゃないが、見た目はボロボロになっている。そして、俺の防具もダメージと落下の衝撃でボロボロだが、防具の追加効果の【自動修復】で俺のMPを吸って少しずつ綺麗な状態に戻っている。
「全く、無茶する。お前は、パーティーのリーダーなんだぞ。俺なんかを見捨ててくれても良いのに」
「……はぁ?」
俺がタクに小言を言うと、怪訝そうに眉を寄せて俺へと顔を向ける。それでも俺は言葉を続ける。
「俺は、ここでリタイアだ。お前だけ上を目指せ。エンチャントや強化アイテムで強引に上層を目指せば、お前一人ならいけるだろ。まだガンツたちと合流出来て、コカトリス・キングとの戦いに参戦できる」
「ユン! お前、何言ってるんだ」
「パーティーだから安全に、無理せずに進めたんだ。俺が居ると足手纏いになる。それに、今から下に降りれば、運良くどこかのボスMOBと――「ユン!」……なんだよ」
不機嫌に返せば、同じように不機嫌を露わにするタク。
「俺がお前をただ助けただけだと思うのか! 必要だから、脱落させる訳にはいかないんだよ!」
「俺が必要、って。俺程度が居なくてもボスくらいは倒せるだろ」
「ああ、倒せる。でもな、倒すのにどれだけのプレイヤーが途中で脱落するか分からない。俺がお前を呼んだのは、ユンの支援が有効だからだ。ユンが居れば、誰も脱落しない最良は無くても少しでも戦いをベターな方向に向けてくれると思ったからだ。だから、ユンが必要だ――ここでリタイアされたくないんだよ」
全く、打算も込だからってなんて熱烈な説得。さり気なく、倒せるって自信満々に言い切る当たり、お前は、何処の物語の主人公だよ、と呆れてしまう。
だが、これだけでタクの説得は終わらない。
「それに、こいつを聞いてお前はリタイアするって選択肢はあるか――『ユンちゃん、大丈夫!?』」
タクが虚空で何かを操作すると、この場に上に居るはずのガンツ達の声が聞こえる。
「はぁ? なにこれ」
「フレンド通信のマルチモードなんだけど……見えない相手が複数での会話だから状況が混乱が起きやすくて不人気なんだ。だから、今は黙って聞いてろよ」
俺は、黙って聞こえる声に耳を傾ける。最初に声を発するのは、ガンツだ。
『タク! ユンちゃんを助けるヒーローになったんならとっとと戻って来い。でないと、パーティーからタクを外して、俺たちと上の奴らだけでボスを倒すぞ』
『ユンちゃん、ガンツと同じ事だけど、私からも……待ってるからね。きっと戻ってきてね。それと、パーティーのリーダー不在って締まらない状況を作ったタクくんは、ユンちゃんを連れて戻ってくること。もし、一人で戻ってきたら、また下に叩き落とすからね』
冗談めかしたミニッツの言葉にタクは苦笑し、ミニッツやガンツのタクの扱いに俺は小さく噴き出す。
『ケイだ。お前が戻ってくるまで俺がリーダーの代わりに皆を守っておく。早く来い』
『私も言葉は短いけど、戻ってきてね。一緒にボスを倒して帰るまでが作戦だから』
ケイの短くも頼りがいのある言葉、マミさんの優しい言葉にもう一度上を目指そうという気が起きてくる。
じゃあ、上で待ってる、と言う言葉と共に通信が切れたことをタクが伝えてくる。
「さぁ、どうする?」
「全く、またお前に振り回されるのかよ。少しは、廃プレイヤーに必死で着いて行く俺の事を心配しやがれ。分かったよ、でも、二人とも上に行ける算段は付いているのか?」
「ああ、俺とユンの二人が【登山】センスを持っている。それもそこそこレベルが高い。だから、敵はほぼ無視して強行する」
そんなの時間的な余裕も少ないのだから、今更と言った感じだ。
「それから、これは力技だが、ユンの【クレイシールド】のマジックジェムを使って足場を作る。下からユンが俺に襲い掛かる敵を撃ち落とし、俺がその間に上で足場を作る。そして、俺がユンを引き上げる。これの繰り返しだ」
「何ともカッコ良く俺を説得したのに、やる事は結構ダサいと言うか、何と言うか……」
煩い、これがランダム配置された足場でジグザグ蛇行しないでストレートに受けるコースだ。と反論するタクに、俺もそもそも代案は存在しない。それに乗ることにした。
「じゃあ【クレイシールド】のマジックジェムをありったけ渡しておく。発動のキーワードも同じだ」
「分かった」
「それから、お前を強化する。まずは、マジックジェムと一緒に、各種の強化アイテムを渡しておく」
トレードの画面で回復アイテムやマジックジェム、ステータス強化のアイテムを渡す。
また、タクのアイテムの強化が終われば、次は、俺のエンチャントによる強化。ここからは二人だけの強行軍だ。
タクが先行して登る。気を使う相手が居ないタクは、パーティーでの行動の倍、いや三倍の速度で登っていく。その姿はさながら野生の猿と思った時、一瞬、睨まれた気がする。
「おっと、あんまり無駄な事考えてないで俺のやる事をしないとな」
俺は、弓を取り出し、上空へと構える。
普段使う黒乙女の長弓では無い、【対空ボーナス】そして【支援効果(攻)】を持つヴォルフ司令官の長弓に切り替える。
タクと俺めがけて、襲い掛かるコカトリスに矢を放っていく。
「ちっ、やっぱり【DEXボーナス】が無い分、命中率は下がるか」
対空ボーナスの効果が働き、矢が当たれば、そのまま貫通して一撃でコカトリスすら消滅させるが、こんな時に、普段通りの命中を発揮できないのは痛い。もっと積極的に追加効果を増やしておけば、と後悔する。
俺の矢を躱して、タクへと近づいた一匹は、タクに攻撃を当てるも、反撃を受けて一撃で消滅する。
「アイテム、エンチャント、装備の全体効果。と効果の重複する支援って凄いな。それにアブソプション・タブレットは良いな。HPの上限が上がれば、耐久が上がるのと同じだし」
「そんな喋ってる余裕は無いだろ」
上で、俺の渡したマジックジェムで足場を形成し、俺へと合図を送る。俺は、それに合わせて、ロープでタクに引き上げられる。戦士職としての高い膂力と強化で勢いよく引き上げられていく。そして、引き上げられる俺は、足場の悪さで弓が使えずに、ほぼ無防備で……
「ユン! コカトリスが向かった!」
「分かっている!」
引き上げている最中に、一匹にガシガシと蹴りを受けているのを無視しているタクの方が気にした方が良いんじゃないか、と思うが俺へと向かってくるコカトリスに意識を向ける。
【空の目】で補足した数は、四体。それを全てターゲットする。
「邪魔するな! ――【ゾーン・ボム】!」
補足した四匹に完全に同じタイミングで地属性のボムが発動する。
襲い掛かるコカトリスを倒すには非力な魔法だが、一撃与えれば、下へと落下して離脱する。これで十分だ。
タクに引き上げられ、同じ様な行動繰り返す。
そして、時間を掛けて、上層へと辿り着く。