Sense202
断続的な振動が起こるグランド・ロックで俺たちは、登頂をしている。
下では、戦闘の剣戟と発光を見下ろすことが出来る高さ。丁度、下層と中層の中間。
普段ならこれより上へと登ると鶏型MOBのコカトリスが大量に出現し、更に、戦闘で新たな仲間がリンクする肉の防壁となる。
本来の戦場とは違う変則的な環境では、突破は困難。
だが、グランド・ロックの行動と共に、コカトリスは平原フィールドに散り、数を減らし、超える事が
出来るようになる。
それでも――
「タク! 左下方よりコカトリス接近、数二!」
「了解! ケイ。頼む」
「任された。――【ヘイト・アクション】!」
俺の声に反応して、タクがケイに指示し任せる。それに応えたケイは、一つのスキルを発動させる。
そのスキルは、ケイの身体より紫色の波紋を広げ、向かってくるコカトリスを包み込む。
グランド・ロックの影響で狂暴化したコカトリスが、真っ直ぐにケイへと向かってくる。
「ミニッツ。迎撃に出るよ」
「はい! 準備は良いよ!」
片手でワンドを握るミニッツとマミさんがケイへと向かうコカトリスに魔法を放つ。
マミさんは、風の障壁で接近の妨害と動きの阻害する。その風の障壁に衝突した一体は、障壁に巻き込まれ空中で動きを止めるが、それをすり抜けてもう一匹がケイへと接近する。
そして、至近距離でカマイタチを生み出し、それをケイが盾で受け止めるが多少のダメージを負う。
その直後、ミニッツが貫通性のある閃光で二体のコカトリスを両方とも撃ち抜いていく。
障壁で停止したコカトリスは、攻撃を受けて消滅するが、残りの一体は、体の力を抜き、自由落下で下へと消えていく。
普通のプレイヤーは、今のでやったと思うだろう。だが【空の目】を持つ俺は、落ちた後のコカトリスにターゲットを続ける。
自由落下したコカトリスは、一瞬で身体を立て直し、再び飛んでいる。
ダメージは受けているが、それでも次の獲物を探しに去っていく。
最初の一匹が消滅して、もう一匹が自由落下したのは、そう言う事だ。
片方には、ダメージが蓄積されており、もう一匹はHPがフルのために一撃では落ちなかった。
これによりグランド・ロックの中層では、コカトリスの散発的な襲撃が各所で発生している。
「ユン。ナイス、索敵!」
「俺は、何もしてない。一番の仕事は、ケイだろ」
そうだ。今回の登頂で一番のネックは、変則的な環境だ。
普段は、前衛が前に立ち、防御面の低いミニッツやマミさん、俺といった面々が後方という陣形だが、陣形の組めないこの場では、敵を引き付けるケイが一番の功労者だろう。
【盾】センスのスキル【ヘイト・アクション】は、敵の敵愾心であるヘイト値を稼ぐスキルだ。俺は、ソロプレイが多いためにヘイト値は、余り気にしていないが、魔法使いなどの後衛職は、高威力の魔法を使い、不用意にヘイト値を稼いでしまうと、最優先で倒されてしまう。
それを防ぐために、ヘイト値の管理は重要で、レイド・ボス戦などの長期戦闘などでは、これを管理し、戦闘でのサイクルを回して安定的に狩るのは重要と、タクやセイ姉ぇは言う。
また、この変則的な環境では、俺たちは二列で進行している。
六人パーティーを二つに分けて、先頭を進み、ルートを決定するのは、タクとガンツ。
その下に上下から守ると言う意味で、ミニッツとマミさん。
そして、下から色々な補助を行う俺とケイと言う風な感じで配置される。
一本のロープで六人が進行すると隊列が縦に伸びてしまい、充分には守り切れない。そのために、二つに分けて、なるべくコンパクトに纏めている。
「タク、どうする。そろそろ一度休憩を挟むか?」
「そうだな。上の方に六人が乗れそうな足場があるし、そこで一度止まるか」
タクとガンツがルートを選定し、俺たちは、その後に続いていく。
「これは、辛いわね。ステータス的にも精神的にも」
「リアルだったら、筋肉痛どころの騒ぎじゃないよね」
と休憩スペースに引き上げられるミニッツとマミさんが軽口を叩く。その後に俺も続き、少し長めの息を漏らす。
「タク、どれくらいの休憩を挟むんだ?」
「うーん。正直、分からんな。ここから先が初見だからな。十五分の休憩。休憩中は、三組のローテーションで警戒で良いだろう」
「じゃあ、俺とマミが最初の一組で次に、タクとユン。最後にガンツとミニッツの組み合わせで警戒に当たるのが妥当か」
「じゃあ、その辺りで」
タクとケイの二人が休憩中の動きを決めていく。そこに俺も声を掛ける。
「なぁ、休憩の時に鉱石採掘しても問題ないよな。それが俺の目的の一つだし」
「そうだったな。じゃあ、休憩回数を小まめに増やして、鉱石採掘の回数を増やすか? 進行ルート上の採掘ポイントも可能な限り回収する形で」
「いや、そこまでする必要はないよ。大体の場所での採掘の種類や数のサンプルが欲しいだけで生産に使う分を集めるのは、一人の時でも十分だ。進行速度を落とす訳には……」
「ところが、これは一人の問題じゃないんだよな」
俺の後頭部に集まる視線に振り向くと全員から期待の籠った視線を貰う。
「ああ、なるほど……」
「形式的には……なぁ」
まぁ、よろしく。と言葉少ないタクの意図は大体読めた。今のパーティーの組み方は、戦闘パーティーと採取要員である生産職という形だ。
つまり、俺が守られている事で、安全に鉱石を採取できるというギブ・アンド・テイクの関係が出来上がっている。とは言え、パーティーを組む時、明言化している訳でもないし、俺も一応は戦闘に参加しているために、戦闘パーティーの中に、採掘のスキル所持者が一人紛れているとも捉えられるが……。
「一応、俺の方での未確認のアイテムや極端に採掘量の少ないアイテム以外なら配分するぞ」
「よし! 流石、ユンちゃん、話が分かる!」
「やっぱり、アクセサリー用の鉱石とその装飾の宝石かな」
「武器や防具の強化用と資金稼ぎで貰おうか」
「ねぇ? ケイ、他には無いの?」
やや興奮気味に自信に腕を叩いて、ガッツポーズを決めるガンツ。アクセサリーを作る素材を一式必要とするミニッツ。実利一辺倒な内容のケイと彼に期待の籠った視線を送るが気付かれていないマミさん。
(ユン。悪いな、まぁ、モチベーションの向上だと思ってくれよ)
(こんな小さな事でアイテムの独占なんかしないさ。別にそれ程固執している訳でもないしな)
小声でタクと話し合い、これは少し気合を入れて掘らないといけないかな。と思ってしまう。
「それじゃあ、早速、ユンには採掘。他は、警戒と休憩だ。他に何かあるか」
「じゃあ後は、タクにこれを渡しておくか。全員の空腹度の管理よろしく」
俺が取り出したのは、小瓶に詰まったシユの塩漬けとトゥーの砂糖漬けを一つずつ渡す。
まぁ、精神的に疲れた時は、甘い物で癒されたり、梅干しのような酸っぱさでこんな真夜中を乗り切れれば、と思っている。
この時、企業の広告アイテムであるインスタント・コーヒーでも買ってくれば良かったな。と少しばかり後悔した。
「良く気が回るな」
「一応、俺の出来る限りの準備はしてきたつもりだ」
「流石、サポートキャラを自称するだけの事はあるな」
「いや、たった今。広告アイテムのインスタント・コーヒーも持ってくれば、と後悔している」
「いや、そこまで行くと冒険とは趣旨が違ってくるだろ。それは、冒険じゃなくて、散策とかソロ狩りの時にでもやってくれ」
夜の、山で、不味いインスタントと言うシチュエーションが良いのであって別に普段は飲みたいとは思わない。
まぁ、タクとの無駄話を続ける時間も無いので、俺は、早々に採掘を始める。
マギさんから購入した黒鉄製のピッケルを振るい、採掘ポイントを掘り起こす。以前の道具よりも掘る回数を少なくアイテムを採掘できるので、効率は良い。
入手した鉱石は、各種宝石の原石と積炭石がメイン。後は、ブルライトと同じような火、水、風、土の四属性の性質を持つ鉱石。特に目新しい物は無い。
俺たちが休憩している間も散発的にコカトリスが襲撃してくる。
休憩を終えて、上へと登っていくと同じように登頂に悪戦苦闘するプレイヤーたちとすれ違う。
とにかくグランド・ロックの上部へと目指すプレイヤーや各所の採掘ポイントで鉱石回収するプレイヤーたちなど様々な人たちを見ることが出来る。特に、鉱石を採掘するプレイヤーたちの中には、腕に俺のエンチャントした【採掘の腕輪】を装備しているプレイヤーも居た。
俺たちは、どちらかと言うと自分たちのペースで進んでいる。
断続的な揺れとステータス、精神的に辛い女性陣にペースを合わせるために、他のプレイヤーよりはどうしても遅めな進行をしている。
何度かの休憩を繰り返し、着実に前進する。休憩を繰り返す毎に増える採掘された鉱石群と減るタクに渡した小瓶の中身。
酸っぱいシユの実は、疲れた体と夜の働かない脳に刺激と活力を与え、甘いトゥーの実は、脳と味覚に十分な安らぎを与えてくれる。
俺も含めて、全員が休憩の度に口にするために、減っていく。
時折の襲撃と休憩を挟みながら、時間を掛けてグランド・ロックの三分の二を登り切った。
既に【空の目】でも見通せない程の高さまで来ていた。