Sense201
作戦への準備は、俺だけじゃなくて色々な場所に影響を与えた。
まずは、生産職と生産ギルドでは、作戦に必要だと思われる装備や消耗品を見越して、多く生産している。また、それとは別で足りないアイテムも急遽、集団での増産で対応。また、そのアイテムを生産するのに必要な元の素材の買い取り価格を引き上げる事で参加できない中小規模のギルドや後発組のプレイヤーたちも良い資金稼ぎをしていた。
ただ【アトリエール】では、少し困った事態になって居た。
【アトリエール】は、俺一人とNPCのキョウコさんが運営する弱小店舗。作るだけ売れるような状況で個数制限を掛けても、どんどんと売れて行き、生産スキルからの短時間での作成で補充するが、素材が足りない状況になる。
それでどうしようか。と困っている時に、今回作戦不参加の店の常連が、素材不足を聞きつけて直接売りに来てくれた。
こうしたプレイヤーの繋がりって何だか、心が温まるような気がする。
そして、俺自身の準備も終え、当日がやってきた。
「さて、ユン。行くか」
タクとパーティーを組み、二人で町の中央にあるポータルからグランド・ロックの居る平原近くへと転移する。
そこには、既に数十組というプレイヤーが待機しており、各々に談笑している。
「まさか夜からスタートとはな。発生の予定時刻が正確に分からないのにそれまで張り付くって結構つらいよな。明日が休みでよかった」
「まぁ、俺も明日は一日中寝ているつもりで挑むし……」
学生としては、結構不健康だな。と思うが、プレイヤーは千差万別。夜を得意とするプレイヤーや夜がメインの活動する集団も存在する。
それが、今タクに軽く声を掛けている黒や藍色、夜色に近い装備を必ず一点は装備するギルド――【夜半の旅団】さんたちや夜がメインの活動時間のソロプレイヤーの人たちだ。
タクと話す相手を見るとかなり顔が広く感じるが、この中には、今回不参加の人たちも居る。
「おーい、タク。人が多いな」
「ガンツにみんな揃ったな。じゃあ、パーティー組むか」
「今回は、ユンちゃんも居るんだ。今日はよろしくね」
ガンツとミニッツを先頭に何時もの面子がタクに近づいてくる。
俺も軽く挨拶を交わすが、全員登山用の装備に変えて、この場に居る。
ガンツは、特に変化は無いが、他は変えている。ミニッツとマミさんは、ローブであるために、装備自体は大きな変化は無い。強いて言えば、魔法使いの杖が、指揮棒程度の長さのワンドに変えている点だろうか。
普通は、威力を重視する大きめのロッドに対して、詠唱速度を重視するワンド。そう言う風な使い分けがあるが、今回は、サイズの関係で小さい杖を装備している。
特に変化が大きいのは、ケイだ。重量系の鉛色の鎧を脱いで、服の上からでも分かる見事な三角筋のバランスの取れた筋肉を見ることが出来る。身長や肩幅が大きいからとても男らしく頼もしく見える。
装備も大剣から小盾とショートソードという小回りの利く装備に変えている。
「変則的な地形や本来の装備ではないが、よろしく頼む」
「任せろ。【登山】センスの習得には一日の長がある。サポートは任せろ、ユンに!」
「って、俺かよ! まぁ、サポートは全力でするし、嫌じゃないが、お前も慣れているだろ」
俺とタクのやり取りを見て、皆が苦笑を浮かべて、相変わらずだ。と言った生暖かい視線を向けてくる。なんだよ、そんな目でこっち見るなよ。
そんな感じで適度に緊張感を保ちつつ、タクは、他の知り合いとも話をしている。
誰がどこに行く。どんな感じのコンディションか。少し緊張している奴には、適当な話題を振って肩の力を抜いている。そんなタクの姿に、精神的な手助けというサポートやパーティーを率いるリーダーってのを実感する。
幼馴染でありながら知らないタクの一面を見た気がする。
『ヴォォォォォォッ――』
サイレンのような大音響にこの場の緩んだ雰囲気が一気に引き締まるのを肌で感じる。
遂に、グランド・ロックが動き出した。その咆哮を合図に夜の平原をプレイヤーたちが駆け抜けていく。俺たちもそれに合わせて、突き進めば、様々な地点でプレイヤーと暴走したMOBとの戦闘が繰り広げられていた。
「凄いな。これは――」
「ユン、ボサっとするな! グランド・ロックまで最短距離で突き進むぞ!」
タクに声を掛けられて、慌てて意識を引き戻す。
駆ける夜の平原。その中で、俺たちの進行方向から向かってくる一団があった。
「げっ……牛の群れかよ」
爆走する牛の群れに巻き込まれ、撥ねられ、ひき潰されるプレイヤーも少なく存在した。このまま真っ直ぐに進めば、直に俺たちも接触することになる。
「――【ヤオヨロズ】が精鋭! 前へっ!」
乱戦の平原に良く響く力強い女性の声。それと同時に、牛の真正面に大楯を構えて、横一列の陣形で猛烈な突進を受け止めに掛かる。
「――タンカー部隊は、敵の足止めとターゲットの引き付けを! 遊撃部隊は、左右から攻撃を加え次第離脱。魔法部隊は、魔法の準備!」
振り返る先には、大声を上げて先陣を切るミカヅチと後方でミカヅチをサポートするために部隊に指示を出しているセイ姉ぇ。そして、ギルド【ヤオヨロズ】の精鋭たちがフィールドを暴れまわる牛を押し込めている。
「セイ姉ぇ……」
「こんばんわ、ユンちゃん。私は、【ヤオヨロズ】の方で参加してるけど。頑張ってね」
「ああ、行ってくる!」
柔和な笑みを浮かべて、軽く手を振るセイ姉ぇに背を向けて、俺は、タクの後を追う。直後に響く魔法使いたちの魔法の殲滅が平原の一角を鮮やかに照らし出す。
後日知った話だが、セイ姉ぇとミカヅチ、その精鋭ギルドメンバーは、レイドクエストの訓練も兼ねて、この作戦に参加していた。ギルドとしての複数パーティーからの戦闘のプレイヤースキルを高めるために必要らしい。
セイ姉ぇたちや他のプレイヤーたちの間を抜けて、グランド・ロックの背へと向かう俺たち。
時折、そうしたプレイヤーの合間を抜けて襲ってくるMOBをタクとガンツの二人が瞬殺していく。
鎧袖一触と言った感じで二人の進行を止める事が出来ない。その後にミニッツ、マミさんの二人が羊から放たれる魔法を防御系の魔法で防ぐ。
後ろの方では、俺が空に目を向け、コカトリスの襲撃に備え、散発的に空からの攻撃に牽制を放つ。
最後に、殿のケイ。普段とは違う軽装備に身を包むが、小盾で追って来る敵の鼻っ面に一撃を叩きこみ、足を止めている間に逃げ切る。タクたちの様に倒すのではなく、背後からの襲撃を阻止するだけで十分だ。MOBもある程度距離を離せば、別のターゲットにすぐに切り替わる。ここには、相手にすべきプレイヤーはまだまだ多いからだ。
「中々良いよね! パーティー全体が上手く働いて!」
「そうだな! やっぱり、五人より六人の方が一人当たりの負担が少なくて楽だな!」
「余り喋っているな。もうじき、グランド・ロックだ。すぐに取り付く準備をするんだぞ」
こんな乱戦の強行突破の最中、ガンツとミニッツが軽口を叩き、それをケイが注意する。そんなケイにまぁまぁと宥めながらも飛来する羊からの魔法を的確に風の障壁で受け流す。
「さぁ、取り付くぞ!」
地響きを立てて歩行しているグランドロックに近づけば、MOBの気配は消え、同じ様にグランド・ロックの背中に挑戦するプレイヤーたちが周囲で取り付くのに苦労しているのが見える。
ここまで来れば、敵の存在に気を配る必要もない。
タクは、剣を鞘に納めて、グランド・ロックと並走して飛び乗る。上に登ったタクは、六人が居るのに丁度良さそうな場所を確保して、俺たちに合図を送る。
合図に続いてガンツも軽やかに飛び移り、二人で魔法使いのミニッツとマミさんを引き上げるために手を差し伸べる。
「ほらっ! この手に掴まれ!」
「分かってる。って言うけど、結構、タイミングが難しいのよね」
と言いながら、壁蹴りの要領でジャンプして、その手をタクとガンツの二人でミニッツを引き上げる。
マミさんも続こうとするが、タイミングを掴めずに、行こう行こう、と頭が前後に触れている。
何か、小さい頃やった大縄跳びで跳びこむタイミングを掴めたなかった人と似た雰囲気を感じて、頑張れ、と心の中で応援する。
しかし、俺の応援は、面白い方向に裏切られる。
「マミ。無理する必要はない」
「えっ、ケイ! ちょっと、下ろして!」
後ろから足元を救い上げる様にマミさんを抱きかかえるケイ。
寡黙な大男がメガネを掛けた大人しい女性を片腕でお嬢様抱っこしている状況に目が点になる。
「ケイ! 下ろして、恥ずかしい!」
「舌を噛むぞ。それに、落ちない様に俺の首にしっかり腕を回しておけ」
「えっ、きゃっ!」
おっとりとした感じのマミさんが恥ずかしそうに可愛い悲鳴を上げる。
その声を無視して、ミニッツと同じように、しかし、戦士としてのステータスの高さで一気に跳躍して、タクたちの居る場所よりやや下の二人が乗るのに十分な場所に降り立つ。
「最後は、ユンだ!」
「あ、ああ……」
ケイって意外と積極的なのか、と新しい一面を感じつつ、壁を蹴り、タクの手を掴んで上に引き上げられる。
「おっと……大丈夫か?」
「ああ、それよりケイとマミさんは」
引き上げる勢いのまま、タクの胸に頭を押し付けるが、特別な思いも無く先に登った二人の方が気になる。
そっちの方は、下からケイが。上からミニッツがマミさんを上手く押し上げて、登ってきている。
その後、軽くケイも登ってきて全員が揃う。
「おい、ケイ。何を嬉し恥ずかしな行動をやってるんだよ。見知った相手じゃなかったらセクハラでGMコール受けてるぞ。爆発しやがれ」
「えっと、あっと……別に嫌じゃないですよ。驚いただけで、ありがとう。ケイ」
短い返事をするだけのケイに対して、ガンツに脇を小突かれている姿は、嫉妬に狂う男のようでパーティー内に笑いが生まれる。
「何を笑ってんだ。タク! お前は、何をユンちゃん引き上げる時、抱き締めてんだ! お前だって戦犯だ!」
「はぁ? ユンって、こいつはなぁ……」
タクが俺を見て、何とも微妙な表情を作る。そうだよ、ゲームでは女性でも俺はリアル男だ。
しかし、それを見たガンツは、何を誤解したのか余計にヒートアップする。
「なんだ!? リアルで幼馴染美人三姉妹を見ているから。美少女のユンちゃんは、見飽きたってか! クソ、青春しやがって!」
「いや、だから俺は、女じゃなくて男だ――」
事実を訂正しようとした瞬間、遠方で爆音が多重に響く。
それぞれ別の方向だが、暗闇を見通す【空の目】でフィールドの至る場所で大きな戦闘が始まったのを捉える。
きっとあの中のどこかでミュウとセイ姉ぇが戦っているだろう。
そして、その後に三か所目の爆音も起こる。それも至近距離で。
「はぁ!? ボスって羊と牛と鳥だろ! コカトリスのボス種ってフィールドの方に配置か!?」
「後二匹居るだろ。後二匹、一斉に魔法を使わなきゃいけないような敵がフィールド本来のボスMOBのライトニング・ホースと――「ふははははっ、死なねぇMOBなんて居ねぇよな! 野郎ども!」」
こんな各所で乱戦の巻き起こる夜のフィールドでは、異様に良く聞こえる男の声に、俺はぎょっとしてそちらの方を向く。
「人相手にキルするのも良いが! キル出来ない程のMOBってのも良い相手だな! 野郎ども、準備はいいかぁ!」
荒々しい号令と共に具体的な作戦も方針も無いまま、前進を続けるグランドロックを取り囲む者たち。
「牛や羊、鶏なんてチンケな奴ら相手しないで、デッカイ相手をキルするぞ――【獄炎隊】の馬鹿野郎ども、突撃!」
一番の馬鹿野郎は、お前だよ、フレイン。何でわざわざ勝てないような超弩級モンスターに挑むんだよ。と内心で呆れる俺たち。
PKギルド【獄炎隊】のギルドマスター・フレインは、なんというかハイリスク・ハイリターンな命のやり取りの緊張感を楽しみたいという欲求が突き抜けた馬鹿野郎だ。
自分のギルド引き連れて、負け戦とは……と思ってしまう。
色んな所で色んな戦いが始まっている。
「さぁ、他の奴らが始めてるんだ。俺たちもここからスタートしようぜ」
タクが全員に声を掛けて、上へと見上げる。
グランド・ロックの頂上。未踏の場所を俺は睨むように見上げる。