Sense200
あの後、マギさんとヒヤマと一緒に少し和やかな話をして、注文していたピッケルを受け取った。
大小二つの黒鉄製のピッケルに満足しながら、マギさんからのエンチャントの依頼を受けた後日、最初の納品と共に【登山】センスのレクチャーが行われた。
場所は、第一の町より北部の崖。そう、俺やタクがヒヤマたちと出会った場所に近い地点だ。
「じゃあ、これが道具の基本の使い方です。一人ずつ登って感じを掴むとしましょうか。俺が下でサポートするので少し上まで登ってください。途中で掴む場所が分からない場合は、俺が下から指示します。空からの敵もユンさんと俺で打ち払いますから集中してください。集中を切らして、滑落するのが一番危険ですから」
一通りの説明をするヒヤマに俺は、懐かしさを感じ、俺の時より随分と優しい教え方にその部分に小さな苛立ちを覚える。確か、ロープ一本に全体重を預ける練習とかもさせられたが、今回はそれは無い。
「はーい、じゃあ、マギっち? どっち先行く」
「リーリーが先で良いわ。私は、少し観察したいから」
「分かった。じゃあ、行ってくるねー!」
元気よく、教えられた通りに道具で身体を固定して、少しづつ崖に手を掛ける。
俺は、下から見上げる様に周囲を見回す。【鷹の目】から引き継ぐ暗視性能を持つ【空の目】が接近する敵を捕らえ、俺は、軽く弓を弾いて、それを撃ち落とす。今、撃ち落としたのは、蜂型MOBのバンカー・ビーだろう。以前に比べて、レベルもステータスも強化されたために、簡単に撃ち落とすことが出来る。
普段の黒乙女の長弓でも良い感じだが、対空ボーナスの追加効果を持つ魔改造の弓も試しておきたい。
一度、インベントリから弓を交換している時、マギさんが話しかけてくる。
「ユンくん、納品ありがとうね」
「別に、特に問題はありませんよ」
そう言いながら、ヴォルフ司令官の長弓で近づいてきた蜂を打ち抜く。何方も威力としてはオーバーキルのようで対空にどれだけの差があるか分からない。
「あと、もうグランド・ロック登頂作戦には参加するか決めた?」
「何ですか。グランド・ロックが山みたいな呼び方。まぁ、見た目山ですけど」
苦笑いしながら、マギさんからの装備のエンチャントの依頼を消化している時の事を思い返す。
俺は、店のカウンターでお茶を飲みながらのエンチャント作業の中、【アトリエール】に見知った二人が来店する。
「よう、ユン。調子はどうだ?」
「お姉ちゃん、調子はどう?」
「調子って、リアルでも顔合わせるだろ。学校や家で。それにミュウ、知り合いの前でも姉って呼ぶな……全く。まぁ、悪くは無いけど」
入店してきたのは、タクとミュウだ。それぞれ別のパーティーで活動することが多いから一緒に来店するのは珍しく感じる。まぁ、俺の知らない所でパーティーを組んでたりするのかもしれないが。
「それで、二人ともポーションでも買いに来たのか?」
「なぁ、ユン。鳥狩りにいかないか?」
「お姉ちゃん、牛を倒しに行きたいんだけど……」
以下のような言葉が順番に俺に投げかけられる。
二人の台詞に俺は、溜息を吐き出す。
「何となく察しは付くが、説明を頼む」
「じゃあ、代表して俺が話す。今回俺たちがユンを誘ったのは、グランド・ロックとその周辺での戦闘作戦のための勧誘するためだ」
やっぱり、その話か。先日、マギさんの所で聞いた話に関係していると思われる。俺は、続くタクの説明に耳を傾けながら、マギさんから預かったアクセサリーに【採掘】のEXスキルをエンチャントして、回復の合間に話を聞いている。
「それで、タイミングは、来週のグランド・ロックの暴走時に決行。そのタイミングだと共闘ペナルティーの制限が解除されるから――」
「各種類のボスMOBを集団で倒そうって事か?」
「そう、そのために事前にメンバーを集めているの。セイお姉ちゃんは、ミカヅチさん達と羊のボスに挑むらしいよ。今回は、完全にギルド単位でのレイド戦闘をするって言ってた」
「セイ姉ぇが羊でミュウが牛か。タクが鳥って事は、コカトリスのボスか? でもまだ判明してないだろ」
確か、俺はそう聞いたのだが、タクは自信満々に答える。
「確かに判明してないけど、多分グランド・ロックの背中のどこかには居ると思うんだよな。だから、調査のついでに討伐を、な」
大体は予想通りの内容だった。一体、どこからその自信が来るのか。
そして、今回の答えは俺の中でもう決まっていた。
「ミュウには悪いけど、今回はその間にグランド・ロックの背中の採掘調査をしたいんだ。だから、牛は無理かな」
既に俺が答えを決めていた事に、僅かに目を見開き、驚くミュウ。だがすぐに、微笑を浮かべて自分の様に嬉しそうにする。
「そっか。お姉ちゃんはもう決めちゃってたんだ。それじゃあ、別々の戦場で頑張ろう。それと――お土産とかお願いね」
「何かあったらな」
「じゃあ、ユンは、俺と組むか? パーティーは何時ものメンツだけど、大丈夫か?」
「ああ、お邪魔する」
と、簡単に回想するなら、こんな状況だ。
今回は、タクのパーティーに参加する形での調査とコカトリスのボスMOBの発見討伐をメインにする。
「それで、どうかな?」
少し回想に耽っていたのをマギさんの声で引き戻される。
「えっと、今回は、タクのパーティーに入れて貰う予定です。タクのパーティーに合わせた行動になるので、あまり採掘とかは主体じゃないですけど、共闘ペナルティーが解除された状況下では、助け合い位は出来ると思います」
「そっか。でも大丈夫! この【採掘】の腕輪があれば、採掘する要員は増えるから一パーティーに一つレンタルして事に当たらせれば、十分だよ」
「マギっち、ユンっち。おーい」
声のする方に振り返ると、リーリーが少し高い位置から手を振っている。登り切れた様子で子どもっぽい笑顔を振りまいている。
すぐに、サポートしていたヒヤマが降りてきて、マギさんの登山訓練のサポートに回る。
さて、俺も敵を寄せ付けないために仕事をしますか。と軽く気合を入れて、弓を射続ける。
散発的に接近する敵を軽く倒す作業が続く中、思考では、一週間を切ったグランド・ロック登頂作戦への準備の手順を組み立てる。
装備のメンテナンスや消耗品は既に出来ているアイテムをそのまま持ち出せば良い。ただ、こうしたプレイヤーが一度に動く時には、店の消耗品が一部多く売れるためにその補充だけはしないといけないな。と思う。
生産職の仕込みは、自分と店に来るプレイヤーの事まで考えないといけない。まさに、モンスターと戦うフィールドとはまた別種の激戦である。