Sense199
「こんにちは。例の人を連れてきました」
「いらっしゃい、待ってたよ」
カウンターから立ち上がり出迎えてくれるマギさん。この場には、リーリーは居ない様だ。
「この人が【登山】センスを習得しているプレイヤーね。はじめまして、私は【オープン・セサミ】で鍛冶師をしているマギよ。よろしく」
「えっと、はじめまして。俺は、フリーで【登山】センスの普及に努めているヒヤマって言います。どうぞ、よろしくお願いします」
何やら緊張した感じで受け答えするヒヤマ。体格的にはマギさんの方が小さいのに胸を張って堂々としゃべっている分あまり差は感じない。むしろ、ヒヤマの方が気圧されている様に感じる。
「私の他にももう一人生産職プレイヤーが【登山】センスを学びたいって言うの。だから、互いに都合の良い時間や最低限の習得に必要な時間とかの調整を今日話し合うのがメインね」
「わかりました。とは言え、俺は社会人でログインの時間は、主に夜になります。簡単な練習方法とセンスのコツだけなら一日で習得。数日掛けて個人練習をすれば、登る分には問題ないです。後は、登山中に戦闘の可能性があるので取り回しの効きやすい武器の選択も重要だと思います。後は……普段一緒に居るイワンは別件で指導のサポートをユンさんに頼みたいと考えています」
簡潔に事実を述べるヒヤマとそれを頷きながら聞いているマギさん。
話し合いは大分纏まり、リーリーや俺の意見も双方上手く組み込まれているために当日は問題なく動くと思う。
「それで――報酬は、どのような形になるでしょうか?」
「それなんだよね。何か欲しい物ある?」
片や硬い口調で尋ねるヒヤマと軽くどうしよっか? と続けて尋ねてくるマギさん。
考えが抜けていたが【登山】センスの練習法は、一種の特殊技能みたいなものだ。それを短時間で教わるにも対価は必要だ。以前、俺たちが教わった時は、ヒヤマ側から誘ったが、今回は、マギさん側が頼み込んでいる立場。
「欲しい物って言われても。お金の使い道も余りないし……。ここは武器屋ですけど、俺は俺で直接頼んでいる生産職が居ますから」
「あー、困ったね。じゃあ、参考までにだけど、ヒヤマくんは、どんな方法でお金を稼いでいるの? それと今は困り事とか無い?」
「便利……ですか。お金稼ぎは、出た先の換金率の高い採取アイテムを売る事が主ですね。あとは、困り事という訳じゃないですけど……お願いとして他のプレイヤーに【登山】センスの扱い方や道具の使い方を教えて上げてほしいんです。最近、教える事に時間を取られて、ちょっと自由時間が削られている感じで……」
そう、苦笑いを浮かべて、後頭部を掻くヒヤマ。趣味の登山の時間を確保できないのは辛いよな。それに対して、マギさんは、了承する。
「私もそこまで拘束力を持たせることはしないよ。でも、対策としてレクチャー出来るプレイヤーを増やすしかないんじゃないかな? あ、後は、生産ギルドの方で道具の販売と練習場の建設も一つ提案しておこうか」
けど、ギルドを通しての準備だからすぐには用意できないよ。とマギさんが言うが、それでもヒヤマはどこかほっとしたような感じでいる。
先程までの緊張が柔らいだ様で、マギさんと会った時から何かに緊張していた様に思う。
「ヒヤマ。マギさんを相手にするとそんなに緊張するのか?」
「いやいや、商人で生産職って聞いていたから色々と考えてたんですよ。俺たちの意見が通って一段落って感じですけど」
「意見が通る?」
「さっきも言っていましたよね。『自由時間が削られる』って。それは、趣味センスに傾倒する人たちにとっては結構重要なんですよ。それを解決するにも、俺たちのようなマイノリティーよりも規模も人数も大きな所に丸投げできれば……って考えですよ」
金も名誉もアイテムも要らない人間に何を欲しがるか、と言うと自由な時間か。まぁ、これはこれで一つの報酬の形なのだろう。
ただ――
「だけど、ヒヤマくん個人の報酬はまだ決まってないんだよね」
「この際、公共の登山の練習場が出来れば、無くても良いですよ」
「それで良いの? でも、私としてもその辺はきっちりしたいから考えて」
ヒヤマ個人は、無くても良いや。と言った感じの雰囲気。この分だと何も欲しがらないかもしれないな。と思う。
今まで黙って様子を見ていたが、二人の話も一段落が着き、今度はマギさんと俺が向かい合う。
「ユンくんに商談の話なんだよね。リーリーと一緒に出かけた時は、驚いたよ。【付加】センスの【技能付加】の応用なんだよね」
「ああ、汎用性のあるEXスキルだけど……」
「ユンくん、それをアイテムとして売らない? 私が統一規格のアクセサリーを用意するからそこに【採掘】のEXスキルを付加して。勿論、技術料は払うよ」
「それって需要があるんですか?」
首を傾げるが、俺の視界の端では、目を輝かせる大柄の男が頷いている。
「あると思うよ。まぁ、私個人の口で言うよりもヒヤマくんの意見を聞いた方が良いんじゃない?」
「あります。俺たちが集める換金率の高いアイテムですけど、結構な割合でレアな鉱石があるんです。でも、【採掘】EXスキルの入手は面倒だから俺も含めて殆どの同輩は、普通の採取ポイントから手に入る高価な素材を主な稼ぎとしているんです。それが、鉱石限定でも換金率の高いアイテムを狙えるなら、欲しいです。と言うより報酬でそのアイテムください!」
と、こんな感じの意見もある。とマギさんは言う。
「後は、最前線のプレイヤーの進むフィールドやエリア何かのアイテムを採掘するのに、一々私たちのようなプレイヤーが同伴するのは、双方の負担だから素材の持ち込みをしやすい様にする配慮かな? 最初は、レンタルで特定のパーティーに渡して、数が揃ったら少しずつ流通させるつもり」
「はぁ、必要なのは分かりましたけど、まだイマイチよく分かりません。けど、技術料って事はどれくらいの割合で?」
「一個十万として、三対七の割合はどう?」
元となるアクセサリーの用意と販売などを考えると一個当たり三万G。それを考えると――。
「悪くないんじゃないですか。俺は、良いと思いますよ。一人だとあんまり多くは作れませんよ」
実際、MPポーションを大量に使い、待機時間終了と共に再使用を繰り返せば、かなり短時間で量産出来るだろうが、そればかりに時間を取られたくない。
「大丈夫だよ。ユンくんが考えるような事は無いよ。そもそもそればかりを頼んじゃったら、ポーションの納品がストップしちゃうじゃない」
「でも、装備に付与するには、【付加】のセンスが……」
「ちゃんと目星は着いているわ。確かに【付加】のセンスを習得している人は少ないし、ユンくんレベルまで育てている人は知らないけど、装備にEXスキルの付与が出来るレベルの人は何人か居るわ。だから、その人たちが稼げるようになるための先駆けとしてのお願いかな?」
そういう側面もあるのか。確かに【付加】は不遇センスと呼ばれているが、持っている人がちゃんと他にも居るという事実に嬉しいような安心するような気持ちになる。まぁ、他人云々が無くてもエンチャントだけで一個当たり三万Gの副次報酬は美味しい。
「分かりました。引き受けますよ」
「ありがとう! それじゃあ、二日後までに納品第一回目にしよう! それまでにこの五十個の装備にEXスキルをお願いね」
「えっ? ちょっと……」
「それから第二回の納品は更に二日後で同じ数。一週間の間を開けて第三回目が最後の納品でその時百個お願いね。いやぁー、引き受けてくれて助かった。同じ生産職の人たちもグランド・ロックの採取素材が気になって居たから本人出向くには、レベルが足りないから。これで戦闘職プレイヤーに【登山】を覚えて【採掘】して貰う下地が出来た」
俺とヒヤマは互いに顔を見合わせて、話の内容を吟味する。
つまり……
「なんか、【登山】センスが凄い事になって居るのか?」
「俺もそう思う。と、言うよりも何故ここでグランド・ロックの話が……」
確かにマギさんにグランド・ロックから採掘出来た強化素材の話は話したが、何故大事になって居る。
「ここで一つ宣言します! 来週、私たち生産ギルドは、プレイヤーをバックアップしてグランド・ロックの暴走時にグランド・ロックの頂上を目指します。そこでの採掘アイテムの調査をするために多くのプレイヤーに参加して貰う。集団作戦を展開します! という事だけど、参加する?」
楽しそうに、小首を傾げて尋ねてくるマギさん。なんか、期待の込められた目で見つめられている。ヒヤマは、すぐに頷いたが、俺としては、もう一度あのMOBたちの阿鼻叫喚の嵐に突入する気はあまりない。
だけど……。
「まぁ、参加するかな? 多分だけど、他からも参加を勧められると思うし」
確かな確証はない。だが、そんな予感は、その後的中する事となる。