Sense198
白い塊は、粘性でもあるのか、水分が完全に飛ぶまで数日という時間が掛かった。時折、表面を触ると水分の含んだ粉っぽい状態を確かめつつ、長い時間を要した。
その間、一度クロードが来店し、自己強化系のアイテムを中心に揃えていく。アブソプション・タブレットとマナ・タブレットの進捗状況を聞いてきた程度の短い会話の間に、一個単価が高価な消耗品が購入される。
去り際に、クロードが――
『この前のアクセサリーは、ちゃんとEXスキルが発動したようだぞ。それを見たマギが何やら商談に来るようだぞ』
と一言残して、早速レベリングの狩りに出かけるようだ。中々に気になる台詞を残したが、本人から直接聞いた方が早いと思う。
あとは、重複する効果の薬とエンチャントストーンなどを買い込んでどれだけレベリングの効率が上がるのか、中々に気になる所だ。
そんな事があって、作業を再開出来たのは、カルココの実の生成物の水分が完全に飛んで白い塊になった頃だ。白い塊を小さな欠片に砕いてから数本のビンに詰めて保存していく。
カルココの実より精製したカルココ粉末は、色々なアイテムの中間素材になるために、一度に大量に欲しい。今回の分量は、個人の研究用と頼まれた薬の分量から計算しても少し少ないくらいだ。
「スキルで実から生成しても良いけど、それだとな……」
何事も一長一短。時間的な短縮にはなるが、カルココの実を【調薬】系のスキルで粉末にしても、一個当たりからの抽出量が段違いだ。
一番費用対効果を考えるならば、大鍋に煮込んだ後で、スキルによる乾燥の促進を行うのがベストなのだろう。
「さて、六分用に調整するためにまずは、作らないとな」
作製に必要な素材――薬石、生命の水、活力樹の実、薬霊草、魔霊草。そして、カルココの実より精製した粉末。これらの分量によって継続時間と効果が変動する。
まずは、丸薬と同じくベースの部分を作成する。
薬石を粉砕し、生命の水を少しずつ加えて、粘土の様にまとめていく。これを飲みやすいような大きさに千切り、形を整えて、乾燥させれば、通常の丸薬と同じになるが、これに更に残りの素材を混ぜることで別の薬に変化する。
例えば、モンスターの素材であれば、そのモンスターの長所であるステータスが上昇するブースト・タブレットに。また、HP回復の素材である薬霊草でアブソプション・タブレット。MP回復の素材である魔霊草ならマナ・タブレットとなる。
俺の普段使っている調合比率の丸薬のベースに活力樹のおろし汁、煎じた薬草、生命の水に溶かしたカルココ粉末を加えるのだが、ここで加える比率で効果が変わる。
本のレシピを参考にするならば、おろし汁が5、煎じた薬草が3、カルココ粉末が2の割合の混合液をベースに少しずつ加える事で出来上がる。
俺も基本を忠実に再現するために最初にそのレシピでベースの丸薬に練り込み、飲みやすく成型して作る。
出来上がったアブソプション・タブレットの継続時間は、十分だ。
アブソプション・タブレット【消耗品】
HPMAX+60【Limit/10分】
デフォルトの効果がこれだ。アブソプション・タブレットの調合比率は、マナ・タブレットと同じであるために、アブソプション・タブレットの比率をそのまま適応できるために、片方を集中的に作業すれば出来る。
ノートに乱雑な線を引き、各調合する項目と比率をメモしていく。
五種類ほどのパターンを繰り返せば、大体の傾向が分かり、それを元に簡単なグラフにして視覚化すれば、どんな感じになるか分かり易い。
活力樹のおろし汁は、効果継続時間に関係している。
煎じた薬草は、最大HPの上昇値に関係している。
そして、カルココ粉末は、両者の要因を増幅している。
ただし、各素材の割合が一定量を下回ったり、極端過ぎる場合、増幅する要因では無くなる。
これらのルールを元に、効果は決定される。
ここで重要なのはバランスだ。
極端に、おろし汁が1、煎じた薬草が1、カルココ粉末が8の割合で調合した場合、最大上昇値が80の継続時間が八分となってしまう。
ここからは今までの簡単な試行からの推測だ。
その結果、おろし汁1、煎じた薬草3、カルココ粉末6が六分レシピの中で効果が高い物となる。
アブソプション・タブレット【消耗品】
HPMAX+180【Limit/6分】
出来上がったマナ・タブレットもアブソプションとほぼ同様の効果であるが、問題もある。
デフォルトレシピでのカルココの粉末よりも三倍も多く消費するために当初予想して精製した粉末の量とほぼ同量だという事だ。
「よりによって、一番手間が掛かる素材を一番使うなんて……はぁ、仕方がないか」
アブソプション・タブレットとマナ・タブレットを作る過程で一番辛いのは、大釜前の毒との攻防戦であり、多めに作ったと思った粉末もかなりの量を消費する。その分、それなりの量を作ることが出来たが、今在庫が少なく、精製も面倒なカルココ粉末が足りない。
「ふぅ、キョウコさんに畑の調整して貰わらないとな。カルココの実の増産と安価なポーションの安価な素材は、市場からの購入に切り替えを頼まないと」
今出来上がったアイテムを仕舞い、腕を組んで上にあげて背伸びをする。
なんだか、ここ数日の間は忙しくてリゥイとザクロの相手をしていなかった。久々に軽食でも持って散歩にでも出かけるとするか。
そう思いながら、店の店舗部に移動するとフレンド通信が届く。
相手は、メッセージを送っておいた登山プレイヤーの片割れだった。
『こんにちは、ユンさん。メッセージ見ました。登山に興味があるプレイヤーが居るとかで』
「正確には、素材アイテム入手のために登山を覚えたいプレイヤーだな。動機は不純かもしれないけど、教える事は出来るか?」
『良いですよ。最近、ログインしてなかったですけど登山人口を増やすのが目的の一つですから。でも、最近同じ登山プレイヤーが教えてほしいって言われることが多くなって個人のプレイに支障が出始めているんですよ。何でですか?』
「あー、それか……。それは――」
簡単に理由を説明すると、北側の山肌を登った洞窟の奥が新たなエリアでそこへと行くために多くのプレイヤーが登山センスを使っている事。
「と言う訳だ。まぁ【登山】センスの利用だけが侵入の方法じゃないけど、他の方法も同様に大変だ」
『成程。わかりました。そのユンさんの知り合いに関しては分かりました。けど、条件でユンさんも一緒に来てください』
「俺が? どうして……」
別に面倒だとは思わないが、そんな必要はないと思うのだが……。
『今、イワンさんが他のプレイヤーのレクチャーに出払っていて俺一人だと戦力面で心配なんですよ。だから、ユンさんには地上からの援護をお願いしたいんです』
「そう言う理由か。俺から頼む事だから引き受ける」
それに、最近は自分の店に籠りっぱなしで気分転換したい、という思いもある。
「それでレクチャーは何時くらいが出来る? と言うより今から会いに行くか? 顔見せしておく必要もあるだろうし」
『日程の調整とかは、その時という事で。一度【アトリエール】で消耗品を補充しに行くんで』
「じゃあ、待ってる」
ヒヤマとのフレンド通信が途切れた後、マギさんとリーリーのログイン状況を確認して、二人に連絡を取る。ヒヤマを連れて、マギさんの【オープン・セサミ】で顔合わせと言う話になり、その時に俺の注文していたピッケルの受け取りの話もした。
ある程度話を纏めている間にヒヤマも店に辿り着き、ハンドサインで俺が通信をしている事を伝えると、待っている間に商品を決めて、購入していた。
「久しぶりだな。ヒヤマ」
「久しぶり。と言ってもちょくちょく消耗品の買い足しには来ているんで出会わないだけですけどね」
苦笑いしながら、俺よりも頭二つ分は大きな体と皮鎧と服からでも分かる盛り上がった筋肉。
「じゃあ、早速で悪いけど行くか」
「気にしないでください。俺だって打算で動いている面もある」
「打算? まぁ、それは分かるけど……」
彼らみたいな攻略に集中するより趣味に傾倒する色物プレイヤーが打算と口にしてもピンと来ない。俺の表情からイマイチ理解していない事を感じ取ったヒヤマは、簡単な補足をする。
「強いプレイヤーにくっついて行ったことのないエリアに行けるでしょ? それに繋がりがあれば、連れて行って貰えたりもするし、その分こっちは登山って得意分野を提供するんですけど……」
そこまで【登山】センスが普及していないのか、中々……と。短く刈り上げた頭を掻く姿に納得する。
待ち合わせの【オープン・セサミ】までの何気ない談笑を楽しみながら、俺たちは、歩いている。