Sense196
「はぁ、はぁ……ツッコミ疲れた」
「ふむ、からかうのもこれ位にするか」
「クロっちは、マギっちが居ないと全然自制しないよね。それにユンっちも律儀にツッコミを入れるし」
クロードの一人演説を無視するなり、適当に流せばいいが、どうしても気質的にやってしまう。ああ、ツッコミ過ぎて、頭が痛い。軽く休憩とカウンターに倒れ込む。
「じゃあ、クロっちと僕のどっちの話を先にする?」
「どっちって?」
ひんやりした木のカウンターが気持ち良いが、すこし頭を動かして横目で二人を見る。
「ツッコミ過ぎて、忘れたのか。アクセサリーのテスターと薬師ユンへの依頼の二つの話だ」
「このままだと、メンテナンスの弓すら忘れそうだね」
二人して俺をうっかり屋みたいな言い方して、今言われて思い出した。
「まずは、リーリーの話から聞くか」
「じゃあ、弓のメンテナンスは、問題なく完了したよ。あとは、アクセサリーの効果検証は明日マギっちと出かける時にでもするけど良い?」
「ああ、別に急いでいる訳じゃないから良いよ。気長に待つとするよ」
じゃあ、この話は終わりだね。というリーリー。
「それで、僕が来るまでに『精力剤』とか『興奮剤』とかって騒いでたけど、気になるな」
「子どもが知るべきことじゃないからな。それとそれは別称であって正式なアイテム名は、アブソプション・タブレットとマナ・タブレットだからな」
「まぁ、どっちでも良いんだが……」
「いや、良くないと思うぞ。俺は……」
「それで、その二つの効果って?」
「ああ、それな……」
俺の代わりにアブソプション・タブレットとマナ・タブレットの効果を説明するクロード。
精力剤ことアブソプション・タブレットの効果は、一定時間HPの上限を引き上げる錠剤状のアイテム。
興奮剤ことマナ・タブレットの効果は、一定時間MPの上限を引き上げる錠剤状のアイテム。
どちらもステータスを底上げするアイテムであるために、需要は高い部類だろう。説明しているクロードも暇を見て、狩りや素材採取に出ているが、最近、魔法系センスが伸び悩んでいるために、少しレベルの高いエリアでの採取をするそうだ。
その場合、ステータス強化のブースト・タブレットや今回の依頼品であるアブソプション・タブレットなどでステータスを底上げして、効率よく狩りをしたいそうだ。
HPの上限が上がれば、単純に耐久力が上がる。MPの上限が上がれば、連続した魔法使用が可能となる。
小まめなポーションやMPポーションでの回復でも良いのだが、どうせなら、有り余る資金力に物を言わせて、アイテムをガンガン使ったゴリ押しをするつもりの様だ。
「クロっち、なんて他のプレイヤーも真っ青な事を」
「ふふふっ、他にもユンの作るエンチャント・ストーンの併用で俺の戦闘力は更に増大する」
「一応、どんぶり勘定で計算するけど、エンチャントストーン、ブーストタブレット。後は、アブソプション・タブレットとマナ・タブレットのような値段も決まってないアイテムを抜いても、三十分で数万Gは超えるぞ」
上昇する能力や継続時間で値段は変わるが、どれも通常の狩りで使用すれば、赤字になる。
こういうアイテムは、ここぞのボス戦やクエストで使う物だ。それを常用してのレベリングとは、どんだけ資金があるのか。
「その程度の出費など、防具を一式作って売れば、充分賄える」
「けど、数量は限定するぞ。俺の店は、一種類のアイテムは、一人五個までだからな」
「それだけあれば十分じゃないの? クロっちはそんなに長時間狩りはしないでしょ?」
「まぁな。大体、三日か四日のペースで三十分から一時間。その内、敵の索敵や移動を含めれば、実質その半分と言う所か。だが、ダンジョンなどの閉鎖的空間なら無駄な時間が減る一方。難易度も上がるがな」
となると、五個のアイテムで一時間使う事を考えると、一つ十二分前後。
「じゃあ、クロードの狩りを考えるとアイテムの効果継続時間は、十二分前後に統一した方が良いのか?」
「いや、発見次第、戦闘をするからその半分で良い。ソロの魔法使いは、一回ごとに回復も必要だ」
一回の戦闘が一分半から三分。ソロだと、その倍と考えるとそれが妥当かな。と納得する。
「じゃあ、クロード用に継続時間は六分に調整した奴だな。あと、アブソプションとマナ・タブレットは、まだ挑戦していないからそれは後からで良いか?」
「それにしてもユンっち。特別に調合しても大丈夫なの? 値段とか色々」
「別に問題ないぞ。効果と継続時間は、大体ある程度のバランスが取れてるから値段に大差ないし。それよりプレイヤー毎に用途が違うだろ」
大型ボスや連戦などの長時間の戦闘を強いられる場合、各人が持ち込んだ強化アイテムの継続時間がバラバラだと戦線の維持や攻撃パターンのループが崩れる危険性がある。
また敵に合わせて、一瞬だけ大火力が必要な魔法職や継続して敵から攻撃を受ける壁役でも自身の戦闘スタイルや魔法やアーツの発動の時間に合わせたアイテムが必要になる。
単純に全ての性能が高いのも良いが、状況に応じても必要。
――と、セイ姉ぇの受け売りだが、それを聞いて、ある程度の相談には応えられるように【アトリエール】には、研究とレシピが存在する。
「必要な配合は、一応計算で算出できるから後は、それを作って【レシピ】に登録。MPを消費して量産って形だからな」
そもそも【アトリエール】の利用者の中で本当にごく一部の人たちに相談されたら検討する内容だ。逆に言うと、そこまで戦闘を突き詰めるコアな人間以外は、さほど気にしない事を意味している。
まぁ、そのコアな人間がミュウやタク、セイ姉ぇのような身内が中心なのだが。
「ほへぇ~。ユンっち凄い。そこまでポーションを考えているんだね」
「考えてないよ。ただ、頼まれたから作っているだけだ。戦闘の仕込みと下準備の一端を担っているだけだ。それを言うなら、リーリーやクロードだってプレイヤーの意見を聞いて武器や防具を作ってるんだから同じだろ」
俺がそう言うとリーリーは、鼻の下をこすり、照れたような笑みを浮かべる。クロードは、俺個人の趣味だ。と軽く否定しているが、やっぱり自分の生産分野に誇りがあるのか、自信に溢れている様に見える。
「まぁ、結果は気長に待ってくれ。まだ試してないレシピは、少し時間が掛かるからアブソプションとマナ・タブレットは、二回目の受け渡しで良いか?」
「ああ、狩りに行くペースもそれ程急いでいる訳じゃない」
さて、話は終わりだ。と場にお開きの雰囲気が流れたので、俺とクロードは席を立ち、リーリーは店の入り口まで見送ってくれる。
「ユンっち、クロっち。また来てね」
「ああ、リーリーもまたな。それからクロードも」
「そうだな」
と言いながら、目と鼻の先にあるクロードの店へと二歩歩いて、思い出したかのように振り返る。
「そう言えば、この前貰ったトゥーの実で作ったドライフルーツ。フィオルがかなり気に入って、カットフルーツのロールケーキを作ったんだ。今度、試食に来てくれだと」
「ああ、それは楽しみだな。暇が出来たら、マギさんを誘っていこう」
「それなら次のお茶会は、クロっちのお店って事かな? 楽しみだな」
にこにこと笑っているリーリーに釣られて俺も笑う。
そこから、良し、と気合を入れて【アトリエール】へと戻る。
まだまだやることは、山積みだ。